私の恋愛事情
連載じゃないものを更新してしまう私・・・つたないですが楽しんでいただけたら幸いです。実話をもとに多少脚色しています。
「若い男はなぁ、付き合ってる女との結婚なんか考えてないし結婚する気はあるのかなんか聞かれでもしたら萎えちまってもうその女と付き合い続けるのなんか無理になる生き物なんだよ。」
目の前の男から漏れたその一言は、私の心を大きな刃でぐさりと貫いた。
私こと、有坂由姫(25歳♀)には大学生の頃から付き合っている彼氏がいる。
須藤樹、26歳(♂)。
180cm以上はあるだろう身長、真っ黒の髪をワックスで立て、同じく黒い目は猫の目と似た形をしている。鼻は高く、唇は少し厚めでセクシーだ。
体型はほどよく筋肉がつき、逆三角の背中から漂う男らしさは思わず抱きついてしまいそうになる。
1つ上の彼と付き合い出したのは、私が大学に入学してまもなくのことだった。
実家から離れて暮らしたことのない私は、初めての一人暮らしに戸惑い、少々引っ込み思案な性格も災いしてなかなか友達もできず、寂しい毎日を過ごしていた。
周りではどんどん友達の輪ができ始め、一人取り残された感覚にこのままではいけないと奮起し、たまたま手に押し付けられたサークルの勧誘のビラを握り締め、そのサークルを訪ねた。
そこは大学周辺に住む子どもたちといっしょにキャンプに行ったり公園で遊んだりする子どもサークルだった。
彼はそのサークルの一員で、私が部屋をノックしたときにドアを開け、笑顔で部屋に通してくれた。
「名前はなんていうの?・・・由姫ちゃんか。かわいい名前だね。俺は須藤樹。樹でいいよ。よろしくね。」
椅子をすすめお茶とお茶請けを私の前に出しながら気さくに話しかけてくる彼は、少し怖そうな見た目とは裏腹に、笑うと目尻が下がりとても優しい顔になる。そんな彼に私は次第に心を開いていった。
彼が間に入ってくれたおかげで友達もでき、寂しい思いをしなくなった私は、きっかけをくれた優しく格好良い彼に惹かれ、子どもサークルに入った。
もともと子どもは好きだったから、彼のことがなくても雰囲気が良いそのサークルには入っただろうけれど、やはり彼がいる、という理由が大きかった。
しかしサークルに入ったとたんに、私はある事実を知った。
なんと彼には既に彼女がいたのだ。
同じサークルで、そのとき彼より1つ上の学年だった矢吹依織さんだ。
彼女はすらりとした身体に、長いストレートの茶髪、そしてとても整った美しい顔立ちをした女性だった。
性格もサバサバしていて、とてもじゃないけど彼女にかなうはずもなく、私の淡い思いは伝えることもなく崩れ去った。
「だから、それがしんじらんねーんだよ。なんでそんな無責任なことができるわけ?そんなやつとこれからもやってくなんて無理なんだけど。」
「ちょっと待って!お願いだからわかってよ!無責任なのは承知してるわ、でもどうしようもないの!もう苦しいのよ!」
事実を知って1週間ほど経った頃、そろそろ夏服を買い揃えようと思い、大学から少し離れたショッピングモールにでかけ、その帰りにモダンな雰囲気が漂うカフェでお茶をしていたところに、そんな言い争う声が聞こえてきた。
何事かとちらりとそちらを見て、慌てて視線を逸らした。
なんと言い争っていたのは樹先輩と依織さんだったのだ。
見てはいけないものを見た、と瞬時に悟った私はできるだけ目立たないようにそろりと席を立ち、急いで喫茶店から出た。
二人が何を言い争っていたのかはもちろん気になったけれど、もし私が聞いていることが二人にばれてしまったときのことを考えると、やはりこのまま去ってしまうことが正解だと思ったから。
それからしばらくして、依織さんはサークルを突然辞めてしまい、学校も休学の手続きをしてしまった。
サークルと学業、どちらにも疲れてしまい、すこし鬱々としてしまったようで、しばらく休養がほしい、とのことだった。
奇しくもそのときにちょうどサークルでの大きなイベントを抱えており、前任者であった依織さんは今回の責任者に指導をしていたところだったため、多少の混乱は避けられなかった。
普段であれば皆暖かい言葉でもって何かしら声をかけたことだろうけれど、タイミングが悪かったせいか、ただただ呆然とし、そして事態を収めるために走り回った。
依織さんが休学を決めたと同時に、樹先輩との仲も終わってしまったということも噂で聞いた。
あのとき言い争っていたのはおそらくこのことなのだろうと思った。
樹先輩の様子は依織さんと別れたあとも以前と変わらないように見えた。
良き先輩であり、活動にも積極的で、よく笑い、皆にしたわれていた。
「由姫ちゃーん、これあげる。さっきコンビニ行ったら新作のスイーツが出てたんだよ!好きそうだなー、って思って買っちゃったから、食べて」
「あ、ありがとうございます。いつもすいません。でも、嬉しいです」
「由姫ちゃーん、今度この映画見に行かない?見たいって言ってたよね?」
「あ、はい。見たいです。すごく気になってたので」
変わったことがあるとすれば、以前よりもよく話しかけてくれるようになったことだろうか。
以前も話しかけてきてくれていたが、遊びに誘ってくれたり、というのはなかった。
映画や水族館、好きだと言ったら少し遠い動物園にも連れて行ってくれた。
2ヶ月ほど経ったころ、樹先輩がすごく真面目な顔で私に言った。
「あのさ、気づいてたかもしれないけど、俺、由姫ちゃんのことが好きなんだ。もしよかったら、付き合ってくれないかな。大事にするし、幸せにできるように頑張るよ。由姫ちゃんに好きになってもらえるように努力もする。・・・だめかな?」
「え・・・えっと、その・・・はい、嬉しいです。でも、私でいいんですか?」
「由姫ちゃんがいいんだよ!俺、絶対大切にするから!」
そう言うと、樹先輩は私に抱きつき、やったやった、と小さく飛び跳ねた。
その姿がいつもの格好良い姿と違い、すごく可愛くて、思わず笑いながら私も一緒に飛び跳ねた。
でも私は大きな疑問を抱えていた。
真っ黒で毛先にくせがある髪、スレンダーとは言えないぽっちゃり気味の体型、背も高くないし、顔も別に美人ではない。
依織さんとは全然違うぱっとしない自分を何故好きになってくれたのか、どうしてもわからなかった。
私たちは付き合い始めても、前と何か変わったことがあったかと言えば特に何もなかった。
強いて言うならデートの回数が増えたぐらいだろうか。
問題もなく関係を続け、いつしか6年の月日が流れていた。
私達は同じ会社に就職し、私は総務課に、彼は営業に配属され、特に変化もない平凡な日々を送っていた。
彼は成績も優秀で、見た目の良さも相まって女性にかなりもてていた。
私たちが付き合っていることは会社の人には言っておらず、ただ大学の後輩とだけ知られていた。
彼は社内の女性の注目の的であったし、私みたいな女が彼の彼女だと知られたら、どんなことになるか想像に難くない。
彼と私は相談し合った上で誰にも告げないことを決めていた。
そんなある日、同じ部署の飲み会に誘われ、私は二つ返事でそれを受けた。
そこで同じ課の男性(この方は多少軽薄な方で、とっかえひっかえしていると噂の先輩だった)に冒頭のセリフを言われたのだった。
もう付き合って6年、いや7年目に突入したのだ。
私も25歳だし、ちょっとくらいそういうことを考えても仕方がないと思う。
私たちはうまくいっているように思えたし、このままいけば自然とそんな流れになると思っていた。
そんな考えがあったからか、私は最近結婚するなら式は海外であげるのが夢、ということをちらっとこぼしてしまった。
しかし、そう言ってしまった後から、少し彼の様子がおかしくなったような気がしていた。
会う回数が減り、会っていても他のことが気になるようにそわそわしたり、早く帰りたそうにしたり・・・
そんな矢先にこのセリフだ。
私は彼に振られるのではなかろうか、彼の気持ちが冷めてしまったのではなかろうか、そんなことが頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
だって、彼の行動はどう考えてもそんな気がしてしまうのだ。
もう、私のことは好きじゃないの?愛していないの?
ふわふわとした未来への期待が絶望に変わっていくのがわかった。
その日はどうやってマンションに帰ったのか、気づいたら家についていた。
「おい、由姫、今何時だと思ってんだよ。飲み会っつってもこんな遅くなるか?もう1時だぞ。・・・由姫?どうかしたか?なんか顔色悪いぞ」
家に入ると樹先輩がいた。最近は私の家に来ることなんかなかったから、すごく驚いた。
「ごめんなさい。まさか来てるとは思わなくて・・・言ってくれれば早く帰ってきたのに。
私、ちょっと飲みすぎたみたい。先にお風呂に入っちゃうね。」
樹先輩を見ると不安な気持ちが更に膨れ上がり、私は彼を避けるようにして脱衣所に駆け込んだ。
苦しくて涙が出そうで、あのまま二人でいると動揺のあまり余計なことを口走りそうだったから。
確かに結婚はしたい。
彼以外となんて考えられない。
でも、例え彼と結婚できなくても、彼と別れることは絶対にできない。
そばにいられるなら、それでいい。
だって、こんなにも彼を愛している・・・
冷たいシャワーを浴びながらそんなことを考えていると、脱衣所の外から彼の声がした。
「由姫?大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。かなり気分がよくなったよ。もう出るから」
そう応え、シャワーを止めるとタオルで身体を拭き、脱衣籠の上段に置いてある部屋着に袖を通した。
「ほら、水。」
彼はコップに水を波波と注ぎ、私に差し出した。
ありがたく受け取り、それを一気に飲み干し、ざわついた気持ちをなだめた。
「ありがとう、楽になった」
笑顔でコップを返すと、彼も笑った。
「しかしめずらしいな、由姫が飲み過ぎるなんて。いっつも酔わないぐらいでセーブしてんのに、今日は気分が悪くなるまでのんで、何かあったのか?」
心配そうに私を見る彼を見て、たまらない気持ちになった。
私のこと、冷めてない?
結婚について言っちゃったこと、いやに思ってない?
なんで最近あんまり会ってくれないの?
どうして早く帰りたそうにするの?
もう私のこと・・・愛してないの?
そう聞いてしまいそうになり、私は彼から視線を逸らした。
「ううん、なんでもない。ちょっと調子に乗っちゃっただけなの。」
早口にそう言う私に彼は不思議そうな顔をしたが、言及はしなかった。
「・・・そっか。 あのさ、俺、由姫に言わなきゃいけないこと、あるんだ。」
「え・・・」
彼が私を真剣な眼差しで見つめそう言うのを聞き、私は思わず彼を凝視してしまった。
嫌な予感に冷たい汗が背中を流れ落ちる。
「俺さ、最近、俺達のこのままの関係を続けるのって、どうかと思うんだよな」
そこまで聞いて、私は嫌な予感が現実に変わったことを察した。
彼がまだ何か言っているが、もう何も理解できない。
いや、いやよ!別れたくない!愛してるのに、こんなに愛してるのに!
結婚なんて望まない、もう二度と口にしない、だからお願い、別れるなんて言わないで!
私は気づいたらそう口走りながら、涙を流していた。
だめだ、こんなことを言ったら、余計に重たく思うに違いない。まずはとにかく泣き止まなければ!
そう思うのになかなか涙は止まらない。
彼はそんな私をあっけにとられたように見ていたが、はっと我に返ると慌てて私を抱きしめた。
「おいおい、何言ってんだよ!勝手に勘違いすんなって。俺が言ってんのは、そうじゃなくって・・・」
彼はそこでだまりこみ、顔を真っ赤にして、一言一言噛み締めながら口にした。
「そろそろ、新しい関係に進まないか?愛してるんだ、どうしようもなく。これから先、由姫より好きになる人なんか、絶対にいない。由姫がいないともうだめなんだ。俺の奥さんに、なってくれませんか?」
私は驚いて、あれだけ流れていた涙もぴたりととまってしまった。
自分が思っていたことと正反対のことを告げられ、私は内心パニックだった。
愛してるって、愛してるって彼は言った。
奥さんになってほしいって・・・
少しずつ彼の言葉を理解していくにつれ、私は喜びでまた大泣きし始めた。
よかった。嫌われたわけじゃなかった。
嬉し泣きをする私に苦笑して、彼は小さな小箱を取り出した。
それを渡され、開けてみると、ティファニー・セッティングのプラチナの指輪が収まっていた。
彼はそれをそっと取り出し、私の左手の薬指にはめた。
「お前が結婚のことちらっと言ってたから、今が攻め時だと思ってこっそり予約したんだ。俺、秘密にするとか苦手だからすぐ言っちまいそうでさ、出来上がるまではと思って由姫にあんまり会わないようにしてたんだ。全然会わないのは俺が我慢できないから会ってたけど、言い出さないようにそわそわしちまって、ちょっと空回りしてたかな。
でも、これ今日できたって店から連絡きてさ、もう我慢できなくて来ちまったんだ。プロポーズって雰囲気とかすげー大事だってわかってたんだけどさ、どうしても今日言いたくて・・・まさか由姫が変な誤解してるとは思わなかったけどな」
彼が私にそう言うのを聞いて、私も今日あったことを話した。
不安に思っていたことも。
「ばーか。俺がお前を離すわけないだろ?結婚だって、本当は由姫が大学卒業してからすぐにでもしたかったけど、仕事になれるまではって思ってさ。それに、俺、由姫のこと一目惚れだったんだ。あの頃、依織ともめてて、気持ちも冷めてて・・・ちょっとすさんでたんだけどさ、由姫がサークルに訪ねてきて、嫌な気分が全部ふっとんだんだ。小さい身体で、何か思いつめた顔してさ。すっげーかわいかった。俺が守ってやりたいって思ったんだ。依織とはすぐに別れるつもりだったし、由姫が誰かにとられる前になんとかものにしたいって思って、アプローチかけて・・・由姫は全然気づいてなかったけど、サークル内でもお前結構人気あったんだよ。くるん、ってした髪も、くるくる動く表情も、ちまちましたとこも、小動物みたいで癒されるって。はは、おれすっげー焦ってたんだぜ」
樹先輩から語られる事実に、私は唖然とした。
そんなこと、全然知らなかった。
あっけにとられている私の手を握り、樹先輩が言った。
「それよりさ、俺、返事聞いてないんだけど。」
「ご、ごめんなさい、私ったら・・・あの、私もすごく好き、愛してる。だから、私を奥さんにしてください。幸せにします!!!」
テンパって叫んだ私に樹先輩は大笑いし、私を強く抱きしめた。
「幸せにしますって、それ俺のセリフだろ!由姫はやっぱり最高だ!」
二人して笑いながら、明るい未来に走り出した。
勘違いってこわいです。しばらくしたら樹視点も更新したいです。




