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死に損ないと死神

作者: 佳春

ふと浮かんだ話です。

明るくない話です。

見苦しいものになってしまっているかもしれません。お気を付けください。

私は十年前交通事故にあった。

その時、奇跡的に私は助かった。

だけど、大切な弟はその事故で死んだ。

私は一年入院をし、三回手術するほどの重体だった。

二度目の手術の時、弟が即死だったと知った。

事故にあった時、私と弟は強く手を握っていた。

私が車の下敷きになって、意識が朦朧としていた時、弟はすでに死んでいたという。

私はそれを知って泣き叫んだ。

その交通事故から十年。

私はまだ弟の死を引きずっている。




十年経ち、私は二十歳となっていた。

大学二年生だ。

この十年のうちに新しい兄弟も増えた。

今は小三の妹がいる。

私には大事な妹だ。

両親も妹を可愛がっている。

妹は明るく可愛く元気な子だ。

私もその笑顔に救われることは少なくない。

弟を失った私の心の空白を妹は少しずつ埋めてくれている。

でも、喪失感は消えない。

どんなに月日が経ち、季節が巡っても、弟が死んだという悲しみは消えない。

私はふとした瞬間に、事故現場に足を向けてしまう。

もう十年経った今、事故現場はその様相を変えてしまっている。

それでも、私は来てしまう。

ここに弟がいないことは、頭ではわかっている。だけど、体はそれを受け入れてくれない。

ここに弟がいるのだと体は言い続ける。

私はここに来る度、護れなかった罪悪感と虚無感に苛まれる。

それがわかっているのに、ここに来ることをやめられずにいた。

そんなある日。

弟の命日だった。

私は一人で墓参りに来ていた。両親は辛くていまだ来られない。

だから、私一人で来た。

ここには確かに弟の遺体がある。

だから、命日の墓参りはどんな時でも欠かさない。

弟の墓前に手を合わせている時に、私の携帯電話が鳴った。


「もしもし」


出てみると、お父さんからだった。


「どうしたの?」


水桶を片しながら、聞く。

すると、険しい声で返ってきた。


「・・・・・・え?」


お父さんが早口で言う。

だから、今聞いたことに耳を疑った。


「・・・なんだって?」

『だから、瑠香が、倒れたんだ!』


その言葉に荷物を全て落とした。

また、失ってしまうのか。

弟みたいに護ることができないのかと。

私は走った。

妹の瑠香が運び込まれた病院に走る。

病院には項垂れる母とそれを慰める父が居た。

私は息を切らしながら、両親に近寄る。


「る、瑠香は・・・?」


両親がゆっくりと私を見る。

すると、父が首を振った。

まさか、妹もいなくなってしまうの・・・?


「瑠香の脳に末期の腫瘍が見つかった。もう・・・長くは生きられないそうだ」


父が苦しそうに言った。

母は泣きだした。

私は立ち尽くした。

大事な妹の脳に腫瘍。

まだ小学三年生なのに。

その日、瑠香は集中治療室に入院が決まった。

母は妹から片時も離れることはなく、病院に泊まった。

私と父は一旦家に戻った。


「私は瑠香と母さんの着替えを取ったら、病院に戻る。お前は明日も大学があるだろう。今日はきちんと寝て、大学に行きなさい」


そう言って、父は荷物を持つと病院に戻って行った。

私は電気をつけずにリビングに座りこんだ。

弟は事故で死に、妹は病気で死ぬのか。

また、大切な兄弟が死ぬのか。

私はそれを考え、家から飛び出した。

向かう先は事故現場。

そこに向かった意味は私にはわからない。

でも、そこに向かった方がいいと体は言っている気がした。

ところどころ電球の切れた街灯のある道。

仄暗い事故現場。

周りは静かで音はしない。

私は今日、この時は、ここに弟がいるような気がした。

だから、弟の名前を呼んだ。


「拓!」


返事はない。

私の声は闇に解けて消えた。

確かに弟がいるような気がしたのに。

妹を護って、と言いたかったのに。

私では護れない。

また弟みたいに失ってしまう。

それは絶対に嫌だ。

妹が死ぬくらいなら、私が死ぬ。

本当なら十年前に消えていたかもしれない命だ。

だったら、妹を生かすためならこの命、捨ててやる。

弟を護れなかった時点で、私は姉失格なんだから。

だから、今度は・・・


「妹だけは、死なさないで・・・」


私は泣きながら崩れ落ちた。

ここには私以外には誰もいない。

嗚咽を漏らしながら、私は泣いた。

そんな時、街灯の明かりが全部消え、淡い光が目の前に現れた。

私はその光の中心にいるものを見て、笑みを浮かべた。


「拓・・・」


弟とは大きくかけ離れた姿をしている。

全身は黒い布で覆われ、フードからのぞかせる顔は骸骨で、大きな鎌を持っている。

まさに死神の姿だった。

それでも、その死神が拓だと、弟だとわかった。

なぜだかはわからないけど、確信を持って言える。

この死神は拓だ。

十年前に失くしたはずの大切な弟だ。


「拓、でしょ・・・?」


聞いても返事はない。

それでも、拓だ。

私はどうして死神の姿をした拓がここにいるのか、不意にわかってしまった。


「瑠香を生かす代わりに、私の命を奪いに来たのね」


私は笑みを浮かべた。

十年前の事故で生き残ってしまった命を妹のために使える。

これほど有意義なことはない。


「この死に損ないの命を瑠香のために使えるならいくらだって差し出せるわ。もちろん、拓が生き返るというなら、私は喜んで死を選ぶことができる」


私は笑みを深めて死神を見る。

死神は微動だにしない。

ああ。

私が十年前生き残ったのはこの時のため。


「さあ、私の命を持って行きなさい。その代わり、瑠香を助けて」


私は両手を広げて、微笑む。

死神はゆっくりと私に近づき、鎌を両手で持ち、振り上げる。

そして、私はゆっくりと目を閉じた。


「・・・こんなお姉ちゃんでごめんね」


小さくそう言うと、空を切る音と共に私の意識は消えた。




弟の命日に姉も十年前の事故現場で死亡。

同時刻に妹の病状は急激に回復。

後の検査により、脳の腫瘍が転移もなく、すべて無くなっていることが判明。

医師の話によると奇跡だという。

ある人物は言った。

姉が妹の死の身代わりになったのだと。

姉は弟と同じ場所同じ日に死んだ。十年前に死んでいたかもしれない場所で死んだ。

もしかしたら、弟が姉を連れていったのかもしれないと。

両親は二人の子を失った。

しかし、もう一人子供がいる。

弟が姉を護るために命を使い、姉が妹を護るために命を使った。

この残された子は二人分の命のおかげで生きているのだと感じていた。

だから、二人に感謝していた。

二人の墓前で両親と妹は手を合わせる。

そして、三人は微笑みを浮かべながら、墓地を後にした。



『また、会う日まで元気で・・・・・・』

どうでしたでしょうか。




良ければ感想をお待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実際に主人公と同じ境遇になったらどうだろう。そう考えると、とても難しいテーマのお話だったと思います。 それでも主人公はしっかりと意志を持って妹さんのために自らを犠牲にするという選択をする。…
2012/12/16 02:59 退会済み
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