青空の境界線
基本的に寡黙な俺の携帯が、珍客にびくついていた。俺はそいつを手に取り、受話ボタンを押す。
「もしもし?」
「あ・・・高橋君?久しぶり。アタシアタシ。わかる?」
声の主は女性だった。どおりで、俺の携帯が慌てるわけである。ただ、俺の携帯の液晶に、相手の女性の名前が表示されることはなかった。
「いや、すまん。誰だっけ?」
「大井です。番号登録してないの?」
・・・。
高校2年の時になる。放課後の教室というベタなパターンで、俺は彼女に告白された。そして、俺はそれを断っている。そのことが原因という訳ではないが、俺と彼女には壁が生じた。番号を登録しなかったのも、このことからだ。
「まぁまぁ。で、どうしたの?」
「あのね、突然すぎるかもしれないけれど、あたし、結婚するの」
受話器越しに、暗号が届いた。俺はその暗号を解読するのに、しばし時間を要した。
「けっこん・・・」
にわかに信じがたいことを聴いてしまった俺は、慌てふためいた。
「そ、それでいつ結婚式あるんだ?」
「今から」
俺は言葉を失った。
時は過ぎ、正月番組を見飽きた頃、友達から1通のメールが届いた。案の定新年の挨拶だったが、メールの末尾に、遊びに行こうという誘いがあったので、俺は救われた気持ちになる。断る理由も無かったので、了承することにした。動きのない日常に刺激を与えるには絶好の機会だった、というのが本音である。
遊びに行く当日、寒冷前線に屈服した関東は大泣き。なだめることの出来ない俺は、午後の紅茶を、午前に飲む。そんなささやかな抵抗も虚しく、雨は窓ガラスに襲い掛かる。
「どうしようか、今日」。
「あきらめよう・・・」
コタツにはミカンが置いてあり、それを食うことによって、俺は少しでも自分の不幸を消化しようとしていた。
携帯が鳴る。メールだ。
[今あたしは新婚旅行中です♪ひょっとしたら、子供が出来ちゃうかもねぇ♪赤ちゃんが生まれたら、見せてあげるね!]
言わなくてもいいことを言ってしまうのが、大井の悪い癖だった。メールには画像が添付してあり、そこには楽しそうに笑う大井の姿があった。
経験をしたことのない俺には、結婚が陰か陽のどちらに分類されるのかも分からない。ただ、画像には笑顔の大井が映し出されている事実。彼女は結婚に幸せを見出した。
「自分なりの幸せを見つけた人が幸せ、か」
幸せはどこなんだろうな。普通に歩いていても、遭遇することは稀だ。だったら、こっちから探してやればいいさ。
ふと、窓の外を眺める。家の少し前では、雨が今もなお降り続いている。俺は少し、その光景を角度を変えて覗いてみた。
「雨ねぇ」
俺は大井に返信した。
[幸せそうで何よりです。こっちでは今、雨が降っていて、外出は出来そうにありません。でもね、知ってた?そんなに雨も、悪いもんじゃないんだぜ?]
俺の心は、晴れていた。