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異世界キャバクラ王 ~酒チートと氷魔法で、夜の社交界を支配する~  作者: 阿鼻恭介
夜の社交場を目指して

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第46話 制服完成

朝の西通りは、穏やかな陽光に包まれていた。


石畳の隙間から伸びる小さな草が風に揺れ、商人たちが店先を掃き始める音が静かな通りに響いている。


Club Moon Dropも、開店へ向けた最後の準備が進んでいた。


改装はほぼ終わり、店内には新しい木材の香りが漂う。


受付、客席、カウンター、厨房。


すべてが少しずつ形になり、「空き店舗」だった場所は、ようやく「店」と呼べる姿へ変わり始めていた。


そんな朝だった。


一台の荷馬車が店の前で止まる。


「お待たせしました!」


荷台から飛び降りたのは、仕立て屋の娘ノアだった。


その後ろから父親である仕立て職人もゆっくりと降りてくる。


荷馬車には三つの木箱が積まれていた。


レンは店の外へ出て二人を迎える。


「ありがとうございます。」


「ご注文いただいた制服をお持ちしました。」


父親が笑顔で答えた。


その声に気付いたリリアが店から顔を出す。


「制服?」


「届いたの?」


続いてエレナが勢いよく飛び出してくる。


「本当に!」


セレナも穏やかな足取りで外へ出る。


ミーナは少し遅れて姿を見せ、ロイも入口の横に静かに立った。


全員の視線が自然と木箱へ集まる。


誰も口を開かない。


それほど、この日を楽しみにしていたのだ。


レンは木箱へ手を掛ける。


「開けてもよろしいですか?」


「もちろんです。」


ノアが頷いた。


蓋をゆっくり持ち上げる。


木の香りと共に現れたのは、美しく畳まれた制服だった。


店内が静まり返る。


深い夜色。


漆黒ではない。


月明かりを映した夜空のような濃紺。


光を受けると、わずかに青みが浮かび上がる。


襟元には細い銀糸。


袖口にも控えめな刺繍。


派手さではなく、品格を感じさせる仕上がりだった。


「……綺麗。」


エレナが思わず声を漏らす。


ノアはほっとしたように笑った。


「レンさんから伺った通り、『安心感と高級感』を大切に仕立てました。」


レンは一着を手に取る。


軽い。


だが布にはしっかりとした張りがある。


「動きやすそうですね。」


「はい。」


父親が頷く。


「座る時間が長い仕事と伺いましたので、肩や腰へ負担が掛かりにくいよう工夫しています。」


「それに――」


ノアが続ける。


「オーウェンさんから椅子の寸法も教えていただきました。」


レンが目を丸くする。


「椅子まで?」


「はい。」


「座った時に裾が崩れにくい長さへ調整しています。」


レンは思わず笑みを浮かべた。


(皆で店を作ってくれている。)


家具職人。


仕立て屋。


内装職人。


誰一人として「自分の仕事だけ」をしているわけではない。


店全体を見て、それぞれが最高の仕事をしてくれている。


「ありがとうございます。」


レンは深く頭を下げた。


父親は少し照れたように笑う。


「こちらも楽しい仕事でした。」


◇◇◇


一つ目の木箱には女性スタッフ用の制服が収められていた。


四着。


リリア。


エレナ。


セレナ。


ミーナ。


それぞれ採寸した寸法で、一着ずつ丁寧に仕立てられている。


「基本の形は同じです。」


ノアが説明する。


「ただ、リリアさんだけ少しだけ調整しています。」


リリアが首を傾げた。


「私だけ?」


「はい。」


「受付にも立ちますし、お客様の席でも接客されると伺いました。」


「立っている時間と歩く時間の両方が長いので、腰回りの仕立てを少しだけ変えています。」


リリアは制服を受け取り、ゆっくり布を撫でた。


森でレンと出会った日が思い浮かぶ。


依頼を受けながら生活していた毎日。


接客なんて、自分とは縁のない世界だと思っていた。


それがレンと出会い、少しずつ挨拶を覚え、言葉遣いを覚え、人と向き合う楽しさを知った。


店探しを手伝い、改装を見守り、仲間が増えていく姿を見てきた。


その積み重ねが、この制服へ繋がっている。


リリアは自然と微笑んだ。


「……本当に、もうすぐなんだね。」


レンも穏やかに頷く。


「はい。」


「ようやくここまで来ました。」


リリアは制服を胸へ抱き寄せる。


「私、この制服に恥ずかしくない接客ができるよう頑張る。」


「期待しています。」


レンのその一言だけで、リリアは照れくさそうに笑った。


◇◇◇


エレナは自分の制服を見つめたまま固まっていた。


「私専用……。」


今まで服は買い与えられるものだった。


自分の仕事のためだけに作られた服など、一度もない。


「こんな綺麗な服、初めてです。」


「着る人が綺麗だからですよ。」


レンがそう言うと、エレナは顔を真っ赤にする。


「そ、そんな!」


リリアが笑う。


「レンさん、さらっと恥ずかしいこと言うよね。」


「本当のことです。」


エレナは制服を大切そうに抱えながら、小さく頷いた。


「この服に負けないくらい、ちゃんと接客できるようになります。」


その瞳には、昨日までよりも強い決意が宿っていた。


◇◇◇


セレナは制服の内側まで丁寧に見ていた。


縫い目。


布の重なり。


糸の処理。


一つひとつを確認している。


「素晴らしい仕事ですね。」


父親は嬉しそうに笑う。


「見えない所ほど丁寧に仕立てました。」


「さすがです。」


セレナは静かに頷く。


「服は着る人を映します。」


「ですが、この制服は着る人だけでなく、お店そのものを映す服ですね。」


レンはその言葉に感心した。


確かにそうだ。


この制服は個人のためではない。


Club Moon Dropという店の価値を表す服なのだ。


◇◇◇


少し離れた場所で、ミーナは制服を見つめていた。


まだ手を伸ばせずにいる。


レンは静かに近付く。


「ミーナさん。」


「……はい。」


「これはあなたの制服です。」


「私の……。」


ミーナは恐る恐る受け取った。


柔らかな布の感触が指先へ伝わる。


「こんなに……綺麗。」


その一言だけだった。


けれど、その表情には昨日までなかった柔らかな笑みが浮かんでいた。


レンは安心したように頷く。


この制服は、彼女の背中を少しだけ押してくれる。


そんな気がした。


◇◇◇


二つ目の木箱には黒服用の制服。


ロイは静かに制服を受け取る。


昨日までの革鎧とは違う。


魔物と戦うためではなく、人を守るために立つ服。


レンから教わった黒服の仕事。


店の空気を守ること。


女性スタッフが安心して働ける場所を作ること。


その一つひとつを思い出しながら、ロイはゆっくりと制服を見つめた。


「……この制服に恥じない黒服になります。」


短い言葉だった。


だが、その声には昨日までなかった決意が込められていた。


レンは満足そうに微笑む。


「期待しています。」


◇◇◇


三つ目の木箱には予備制服や替えの備品が収められていた。


予備の銀糸。


替えの釦。


修繕用の布。


営業が始まれば必ず必要になるものばかりだ。


ノアの父親は言った。


「服は作って終わりではありません。」


「長く着てもらうための準備までが、私たちの仕事です。」


レンは深く頷いた。


「店も同じですね。」


職人は嬉しそうに笑う。


「ええ。」


「良い店は、一日では完成しませんから。」


レンは二階を見上げた。


「それでは、試着しましょう。」


女性四人は二階のスタッフ控え室へ。


ロイは二階の事務所へ。


それぞれ制服を抱え、期待と少しの緊張を胸に階段を上がっていった。


レンは一階で、静かに二階を見上げていた。


スタッフ控え室からは、時折笑い声が聞こえてくる。


「エレナ、その襟少し曲がってる。」


「えっ!? 本当?」


「じっとしていてください。私が直します。」


「ミーナさん、そのままで大丈夫ですよ。」


賑やかなやり取りに、レンは思わず頬を緩めた。


改装を始めた頃、この建物には誰の声もなかった。


今は違う。


二階には仲間がいる。


それだけで、この店はもう空き店舗ではなくなっていた。


その時だった。


女性スタッフ控え室とは反対側。


二階の事務所の扉が開く音がする。


革靴の音が静かに近付いてきた。


階段の上へ姿を現したのは、ロイだった。


黒を基調にした黒服の制服。


肩幅へ合わせて仕立てられた上着は無駄なく身体へ馴染み、深い夜色の生地が落ち着いた存在感を醸し出している。


昨日まで着ていた革鎧とはまるで違う。


戦う男ではない。


店を守る男だった。


ロイは少しだけ襟元を整えながら階段を下りる。


着慣れない服なのだろう。


歩幅は普段より少しだけ小さい。


一階へ降りると、照れくさそうにレンを見る。


「……どうだ。」


レンは頭の先から足元までゆっくり見渡した。


「想像以上です。」


ロイは少し目を丸くする。


「そんなにか。」


「はい。」


レンは笑顔で頷いた。


「強そうです。」


「ですが、それ以上に安心感があります。」


ロイは首を傾げた。


「安心感?」


「昨日、お話ししましたよね。」


「黒服は怖がらせる仕事じゃありません。」


「店にいるだけで、お客様も女性スタッフも安心できる存在です。」


ロイは制服の袖へ目を落とした。


「昨日までの俺は革鎧だった。」


「魔物と戦うための服だ。」


「だが、この服は違う。」


「人を守るための服なんだな。」


レンは力強く頷く。


「はい。」


「この制服は剣を振るうためじゃありません。」


「安心を届けるための制服です。」


ロイは静かに息を吐いた。


「まだ似合っているかは分からない。」


「でも。」


少しだけ笑う。


「この制服に恥じない黒服になる。」


レンは右手を差し出した。


「よろしくお願いします。」


ロイも力強く握り返す。


「ああ。」


その握手には、開店へ向けた覚悟が込められていた。


◇◇◇


二人が話していると、控え室の扉が開いた。


最初に姿を見せたのはエレナだった。


「レンさん!」


勢いよく呼び掛けたあと、昨日教えられたことを思い出したように足を止める。


「慌てない……慌てない……。」


小さく呟きながら、一段ずつ丁寧に階段を下りてきた。


その姿にレンは思わず笑う。


「昨日よりずっといいですね。」


「本当ですか!」


「はい。」


「営業中も今みたいに落ち着いて歩ければ大丈夫です。」


エレナは胸を撫で下ろす。


「よかったぁ。」


改めて制服を見る。


夜色の制服は彼女の元気さをそのまま残しながら、少しだけ大人びた印象を与えていた。


ロイも頷く。


「似合っている。」


「えっ、本当ですか?」


「ああ。」


「店が明るくなる。」


エレナは照れながら制服を見下ろした。


「この制服に負けないくらい頑張ります!」


その笑顔を見て、レンは自然と頷いた。


この子なら店の空気を明るくしてくれる。


そう確信できた。


◇◇◇


続いてセレナが姿を現す。


ゆっくりと階段を下りる姿は、まるで以前からこの制服を着慣れているかのようだった。


背筋は真っ直ぐ。


歩幅は一定。


立ち姿に一切の乱れがない。


レンは思わず感心する。


「本当に似合っています。」


セレナは優雅に一礼した。


「ありがとうございます。」


「制服とは不思議なものですね。」


「身に着けただけで、自然と背筋が伸びます。」


レンは微笑む。


「その気持ちが大切です。」


「この制服は店の品格でもあります。」


セレナは制服の袖を優しく撫でた。


「この店に相応しい立ち居振る舞いを身に付けます。」


その声には静かな決意が宿っていた。


◇◇◇


三人目はリリアだった。


「レン。」


階段の上から呼ぶその声に、レンは自然と視線を上げる。


制服姿のリリアは、今までで一番大人びて見えた。


受付にも立ち、客席でも接客する。


その役割を考えて仕立てられた制服は、動きやすさと上品さが見事に両立している。


リリアは少し照れながら一階へ降りてきた。


「……どう?」


レンは答える前に少しだけ見惚れてしまった。


森で出会った冒険者。


接客を覚えたいと言って、一つひとつ努力を重ねてきた少女。


その姿が自然と重なる。


「すごく似合ってる。」


リリアは安心したように笑った。


「よかった。」


「最初にレンへ接客を教えてもらった時は、こんな日が来るなんて思わなかった。」


制服へ視線を落とす。


「冒険者だった私が、お店で働くなんてね。」


レンも笑う。


「でも、リリアはずっと頑張ってきた。」


「だから、この制服が似合うんだと思う。」


リリアは少し照れながら肩をすくめた。


「そんなこと言われると恥ずかしい。」


「でも。」


レンを見る。


「レンの店で働けるの、本当に嬉しい。」


「ありがとう。」


その笑顔は、受付に立つ彼女を自然と想像させるものだった。


◇◇◇


最後にミーナが姿を見せる。


少し緊張した表情。


けれど、一歩ずつしっかりと階段を下りてくる。


制服姿のミーナは静かな美しさをまとっていた。


レンは優しく微笑む。


「とても似合っています。」


ミーナは驚いたように顔を上げる。


「……本当に?」


「はい。」


「ミーナさんにしか出せない雰囲気があります。」


リリアも頷いた。


「うん。」


「落ち着いていて、すごく素敵。」


エレナも嬉しそうに笑う。


「綺麗です!」


セレナも静かに微笑む。


「この制服が一番映えているのは、ミーナさんかもしれません。」


ミーナは制服をそっと握り締める。


「私……頑張ります。」


その言葉は小さかった。


だが、昨日までよりも力強かった。


◇◇◇


レンは改めて全員を見渡した。


黒服姿のロイ。


制服姿のリリア、エレナ、セレナ、ミーナ。


まだ営業は始まっていない。


客もいない。


酒も一滴も出していない。


それでも、この光景を見た瞬間、レンは確信した。


もう店は始まっている。


仲間が揃った今、この場所はただの建物ではない。


Club Moon Dropという店になったのだ。


「皆。」


全員がレンを見る。


「今日、この制服が完成しました。」


「でも、本当に店を作るのは制服じゃありません。」


レンは一人ひとりの顔を見渡す。


「この制服を着る皆です。」


「皆の笑顔や気遣い、お客様を思う気持ちが、この店を作ります。」


店内に静かな緊張が流れる。


そして全員が力強く頷いた。


レンは笑った。


「明日からは制服を着たまま接客練習です。」


「歩き方、席への案内、お酒の提供、受付、お見送り。」


「営業と同じ流れで練習を始めます。」


「はい!」


元気よく返事をしたのはエレナだった。


その声に皆が笑う。


店内へ、初めて仲間たちの笑い声が響き渡った。


その笑い声を聞きながら、レンは静かに店内を見渡す。


入口。


受付。


四つのテーブル席。


L字カウンター。


厨房。


そして半個室のVIP席。


何もなかった空き店舗は、確かに夢の店へ変わろうとしていた。


Club Moon Drop。


開店まで、あと少しだった。


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