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異世界キャバクラ王 ~酒チートと氷魔法で、夜の社交界を支配する~  作者: 阿鼻恭介
夜の店、その第一歩

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第19話 試験店舗、金獅子亭

初めての執筆で読みにくいところもあると思いますが楽しんで読んで頂けましたらうれしいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

夜の金獅子亭の前に、三人の男が立っていた。

一人はこの店の主であるマルク。太い腕を組み、酒場の入口に背を向けるようにして立っている。営業を終えたばかりの店内からは、まだ肉料理の匂いと酒の残り香が漏れていた。ランプの灯りは半分ほど落とされているが、木製の扉の隙間からこぼれる暖色の光が、路地の石畳をぼんやり照らしている。

一人はバルド・グランツ。ルミナス最大の酒商会の会長でありながら、派手な護衛を連れているわけでもなく、夜の路地に静かに立っていた。上質な外套の裾が夜風に揺れる。表情は穏やかだが、その目には商売人特有の計算がある。ただしカイルのような相手を押さえつける計算ではない。もっと大きな流れを見ている目だった。

そして最後の一人が、俺だった。

異世界に来てまだ数日。冒険者ギルドに登録したばかりの身元不明の少年。普通なら、この二人と商売の話をする立場にはない。けれど今、俺は確かに交渉の場に立っている。理由は一つ。俺がこの世界に存在しなかった酒と氷の使い方を持っているからだ。

バルドが馬車の荷台に積まれた酒樽へ視線を向ける。

「まずは、今日の件を詫びよう」

その言葉に、マルクが眉を動かした。

「会長が謝ることか?」

「私の商会の名で動く者が、結果として君の店に迷惑を掛けた。なら私の責任でもある」

静かな声だった。だが軽くはない。組織の長としての言葉だ。マルクもそれを感じたのだろう。怒りをぶつける代わりに、深く息を吐いた。

「酒樽は助かった。正直、明日も来なかったら厳しかった」

「明日から通常納品は戻す。私の名で手配しておく」

「カイルは納得するのか?」

「納得するかどうかは問題ではない。命令に従うかどうかだ」

バルドの声がわずかに低くなった。その一瞬だけ、会長としての厳しさが見えた。温厚な商人というだけではない。この街で大きな商会を率いている男だ。必要なら部下を切る覚悟もあるのだろう。

俺は二人の会話を聞きながら、少しだけ胸の内で警戒を強めた。

バルドは味方になり得る。少なくとも今は利害が一致している。だが、彼は善意だけで動く人間ではない。今日の酒樽も、単なる親切ではない。俺たちを助けると同時に、こちらの対応力を見ていた。商人として当然だが、忘れてはいけない。バルドは大人であり、商人であり、組織の長だ。俺の夢を無条件に応援してくれる存在ではない。

だからこそ、交渉の相手としては信頼できる。

甘い言葉で近づく人間より、利益を求める人間の方が読みやすい場合がある。

「それで、試験店舗という話ですが」

俺が切り出すと、バルドはこちらを見た。

「場所を変えよう。立ち話で済ませる内容ではない」

マルクが頷き、俺たちは営業後の金獅子亭へ戻った。

◇◇◇

閉店後の酒場は、昼とも夜とも違う空気を持っている。

客がいない大広間には、使い終えたテーブルが並び、椅子は逆さに置かれている。床には拭き掃除の跡があり、厨房からはまだ湯気と油の匂いが残っていた。壁際の棚には空のジョッキが整列し、ランプの火が揺れるたびに影が伸びたり縮んだりする。

ここは店だ。

ただの建物ではない。人が集まり、食べ、飲み、笑い、喧嘩し、金を落として帰る場所。その一日の終わりの静けさの中で商売の話をするのは、不思議と気分が引き締まった。

マルクが奥のテーブルに腰を下ろす。バルドはその向かいへ座り、俺は二人の間に座った。年齢的にも立場的にも、本来なら一番下座で黙っているべきだろう。だが今日の話では、俺が中心でもある。奇妙な構図だった。

バルドは懐から羊皮紙を取り出し、テーブルに広げた。

「試験店舗という言葉を使ったが、要するに新しい酒の提供方法を、この金獅子亭で限定的に運用するということだ」

「ビールだけじゃなく、今日やった氷入りの酒も含めてですか?」

「そうだ」

バルドは頷いた。

「今日の報告を聞いた。通常の酒樽が不足する中で、君は果実酒を冷やし、水で割り、蒸留酒に氷を入れ、エールを料理と組み合わせたそうだな」

「はい」

「それで売上が落ちなかった」

「むしろ少し上がりました」

マルクが横から補足する。

「客も面白がってた。最初は酒が少ねえと文句を言われるかと思ったが、氷が入ってるだけで妙にありがたがる奴もいた」

「氷は高級品だからな」

バルドの視線が俺に向く。

「君の氷魔法は、酒商売においてビールと同じか、それ以上に価値があるかもしれない」

俺は少し驚いた。

ビールより氷。

そう考えるのか。

だが言われてみれば、その通りかもしれない。ビールは強力な商品だ。しかし一種類の酒でしかない。対して氷は、既存の酒すべての価値を変えられる。エール、果実酒、蒸留酒、ワイン。冷やすだけで印象は変わる。氷を入れるだけで演出になる。既存の酒商会にとっても、敵ではなく味方になり得る。

これは大きい。

ビールは既存市場を破壊する可能性がある。だが氷の提供方法は、既存市場の価値を底上げできる。敵を減らすというバルドの考え方にも合っている。

「なるほど」

俺は呟いた。

「氷なら、既存の酒も売れますね」

バルドの目がわずかに細くなる。

「そこに気付くのが早いな」

「会長が言いたいのは、ビールだけを前に出すと敵が増える。でも氷を使った新しい飲み方なら、酒商会も酒場も利益を得られる。だから受け入れられやすい、ということですよね」

「その通りだ」

マルクが腕を組んで唸る。

「確かに、今日の客は普通の果実酒でも喜んでたな。氷が入ってるだけで特別感がある」

「氷が入っているだけ、ではありません」

俺はつい口を挟んだ。

「冷たさ、見た目、音、飲み方の説明。全部が揃って特別感になります。氷を雑に入れるだけだと、すぐ飽きられます」

二人の視線が俺に向く。

しまった。少し前のめりになりすぎたかもしれない。

だが、ここは重要だった。

前世で夜の店を見てきた俺には分かる。商品は単体で売れるわけではない。高い酒をただ机に置いても価値は半分以下だ。照明、グラス、注ぎ方、声かけ、周囲の盛り上げ、誰が飲むのか。そういう細かな演出が価格を支える。

氷も同じだ。

ただ冷やすだけなら、すぐに日常化する。だが「特別な飲み方」として体験に変えれば、価値は残る。

バルドは愉快そうに笑った。

「君は本当に、酒ではなく場を見ているのだな」

「前にも言いましたが、俺が売りたいのは場です」

「面白い」

彼はまたそう言った。

その言葉が、今回は少し重く聞こえた。

◇◇◇

話し合いは具体的な条件へ移った。

試験店舗として、金獅子亭では三種類の商品を扱うことになった。

一つ目は、これまで通りのビール。ただし数量は一日五杯から始め、需要を見ながら最大十杯まで増やす。価格は高めに維持し、限定品としての価値を守る。提供時には必ず「安全鑑定済み」「品質維持のため少量提供」と説明する。

二つ目は、氷入り蒸留酒。既存の蒸留酒を使うが、俺が作る透明な氷を加え、少量をゆっくり飲む高級な飲み方として売る。価格は通常の蒸留酒より高くする。ただし酒そのものは既存商品なので、酒商会にも利益がある。

三つ目は、冷やし果実酒。果実酒を冷やし、適量の水で割り、軽く飲みやすくする。女性客や酒に弱い客、あるいは昼間の軽い飲みに向けた商品として扱う。これは将来的に客層を広げる可能性があった。

「女性客か」

マルクは少し考え込んだ。

「うちは冒険者や商人の男が多い。女の客は少ねえぞ」

「だからこそです」

俺は答えた。

「女性客が安心して飲める酒場は、それだけで価値があります。今は無理でも、将来的には客層を広げられます」

「女が来る酒場ねえ……」

マルクにはまだピンと来ていないようだった。

無理もない。この世界の酒場は男の場所という色が強い。荒くれ冒険者が大声で飲み、喧嘩し、肉を食らう。女性客が気軽に入るには、少し空気が重い。

だが俺が作りたいキャバクラは、その先にある。

女性が働く場所である以上、女性が安心できない店では駄目だ。客の男たちが金を使う場所ではあるが、そこで働く女の子たちが不安を感じる空間にはしたくない。前世で見た嫌な店の記憶が、俺の中に残っている。酔った客を放置し、女の子に我慢を強いる店。売上のために危険な客を切れない店。俺はそういう店を作りたくない。

だから今から、少しずつ空気を変える必要がある。

「レン君」

バルドが俺を見る。

「君の最終目標は、女性客を増やすことではないな」

やはり鋭い。

俺は少し迷ったが、正直に頷いた。

「はい。女性が安心して働ける店を作るためにも、まず安全に飲める空気を作りたいんです」

マルクが眉を上げた。

「働ける店?」

バルドも興味深そうに黙っている。

まだ説明するには早いかもしれない。だが、この二人には少し話してもいい気がした。少なくとも今後の協力者候補だ。

「俺の故郷には、女性が客と会話をして酒の席を楽しくする店がありました」

マルクが目を丸くする。

「娼館とは違うのか?」

「違います」

俺ははっきり答えた。

「酒を飲みながら会話を楽しむ店です。女性は客の隣で話し、場を盛り上げる。客はその時間に金を払う」

マルクはしばらく固まっていた。

バルドは腕を組み、興味深そうに目を細めている。

「それは……成り立つのか?」

マルクが聞いた。

「成り立ちます。むしろ、かなり強い商売です」

「女と話すために金を払うのか?」

「人は、自分の話を気持ちよく聞いてもらうために金を払います。自分を認めてもらうために金を払います。楽しい気分になるために金を払います」

前世で何度も見た。

客は酒だけを飲みに来るのではない。自慢話を聞いてほしい。疲れを慰めてほしい。自分を特別扱いしてほしい。若く綺麗な女の子に笑ってほしい。そういう欲望は、どの世界でも存在するはずだ。

マルクは理解しきれない顔をしていたが、バルドは違った。

「場を売る、という意味が少し分かった」

彼は静かに言った。

「酒はその場を成立させるための道具なのだな」

「はい」

「面白い。だが危険でもある」

「分かっています」

女性を前に出す商売は危うい。前世でも綺麗事だけでは済まなかった。だからこそ、ルールが必要だ。客を選ぶ力が必要だ。女の子を守る黒服が必要だ。鑑定スキルがあれば危険客を見抜ける。氷魔法があれば暴れる客を止められる。酒を管理できれば、泥酔も防げる。

俺のスキルは、偶然ではなく、この店を作るために揃っているようにも思えた。

「今すぐ作るわけではありません」

俺は続けた。

「資金も人材も場所も足りない。だからまずは酒で基盤を作る。客を知る。街を知る。信用を作る」

「その第一歩が金獅子亭の試験店舗か」

バルドが言った。

「そうです」

マルクは頭を掻いた。

「なんか話がでかくなってきたな。俺はただの酒場の親父なんだが」

「だからこそいいんです」

俺はマルクを見た。

「金獅子亭はこの街で人が集まる場所です。ここで新しい飲み方が受け入れられれば、他でも通用します」

マルクは照れくさそうに鼻を鳴らした。

「上手いこと言いやがって」

「本音です」

それは本当だった。

金獅子亭には場の力がある。客が集まり、噂が生まれ、感情が動く場所だ。俺の夢の原型を試すには、最高の場所だった。

◇◇◇

契約内容は、その場で大筋が決まった。

バルド酒商会は、金獅子亭への通常酒の安定供給を保証する。その代わり、試験店舗で得られた販売データや客の反応を共有する。ビールの製造権は俺が保持し、販売数と提供方法の最終決定も俺にある。氷を使った提供については、俺が技術指導し、金獅子亭が運用する。商会は既存酒の供給と、将来的な展開先の調整を担う。

利益配分については細かい調整が必要だったが、少なくとも方向性は見えた。

俺は全鑑定で契約案を確認した。

――――――――契約方針:金獅子亭試験店舗化危険度:中利益見込み:高主な利点:信用形成/販路確保/既存酒商との共存/酒文化展開の足場主なリスク:商会依存/カイル派の妨害/提供技術の模倣推奨対応:段階的契約/提供手順の秘匿/人材育成――――――――

やはりリスクはある。

だが進む価値はある。

「一つ条件があります」

俺が言うと、バルドとマルクがこちらを見た。

「氷の作り方は教えません。提供手順は教えますが、氷そのものは俺が用意します」

バルドは即座に頷いた。

「当然だな。君の強みを渡す必要はない」

「それと、危険な客には売らない権利をください」

マルクが少し驚いた顔をする。

「危険な客?」

「泥酔している客、暴力的な客、女性に絡む客。将来的には店の空気を壊す客です。そういう人間には、特別な酒や氷入りの酒を出さない」

これは前から決めていた。

高い酒を売る時、金さえ払えば誰にでも出すという姿勢は危険だ。店の空気を壊す客を放置すれば、良い客が離れる。女の子が働く店ならなおさらだ。客を選ぶ権利は絶対に必要だった。

マルクは少し考えた後、頷いた。

「うちでも暴れる奴には出さねえ。それは構わん」

バルドは目を細めた。

「君は客を増やすだけではなく、選ぶことも考えているのか」

「はい。悪い客を入れると、長期的には損になります」

「その年でそれを言えるのは大したものだ」

前世で嫌というほど見たからだ。

金を使うからといって、何をしても許される客を残す店は、いつか壊れる。女の子が辞め、良い客が離れ、残るのは乱暴な客と短期的な売上だけだ。

俺はそういう店を作らない。

この異世界で二度目の人生をもらった意味があるとすれば、そこをやり直すことなのかもしれない。

◇◇◇

話し合いが終わる頃には、夜はさらに深くなっていた。

店の外へ出ると、ルミナスの通りは静まり返っている。遠くの酒場から笑い声が聞こえるが、昼間の喧騒とは比べものにならない。夜風は少し冷たく、石畳にはランプの光が細く伸びていた。

バルドは馬車へ向かう前に、俺へ振り返った。

「レン君。君の考えは新しい。だが新しすぎるものは、必ず反発を生む」

「分かっています」

「特に、君がいずれ作りたいという店は、人によっては下品だと見るだろう。人によっては危険だと見るだろう。人によっては、金になると見て奪おうとするだろう」

「でしょうね」

「それでもやるのか?」

俺は少しだけ空を見上げた。

異世界の夜空は、前世より星が多く見える。繁華街のネオンも、高層ビルの光もない。あるのは冷たい夜気と、遠くで揺れる酒場の灯りだけだ。

前世の俺は、酒で死んだ。

なら今度は、酒で何かを作りたい。

人を壊す酒ではなく、人を楽しませる酒を。

女の子を消耗させる店ではなく、女の子が自分の価値を高められる店を。

客が暴れる場所ではなく、客が自分を少しだけ良く見せられる場所を。

「やります」

俺は答えた。

「俺はそのために、この世界で生きます」

バルドはしばらく俺を見ていた。

やがて、満足そうに頷いた。

「なら、私も利益がある限り協力しよう」

「利益がある限り、ですか」

「商人だからな」

その言葉に、俺は笑った。

それでいい。

今はそれで十分だ。

馬車が夜の通りを去っていく。マルクは店の入口で大きく伸びをした。

「とんでもねえ話になったな」

「そうですね」

「だが、面白くなってきた」

「俺もそう思います」

マルクは俺の肩を強く叩いた。

痛い。

だが不思議と嫌ではなかった。

この街で、少しずつ仲間ができている。マルク、リリア、ガイルたち、そしてバルド。完全な味方とは言えなくても、それぞれの利害で繋がり始めている。

商売は一人ではできない。

バルドの言葉が頭に残る。

本当にその通りだと思った。

そして翌日から、金獅子亭には新しい木札が掲げられることになる。

【氷入り酒、試験提供中】

それは小さな木札だった。

だがその一枚が、ルミナスの酒文化を変える最初の看板になるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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