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異世界キャバクラ王 ~酒チートと氷魔法で、夜の社交界を支配する~  作者: 阿鼻恭介
酒で死んだ黒服、異世界でビール革命を起こす

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第16話 会長バルドの本音

初めての執筆で読みにくいところもあると思いますが楽しんで読んで頂けましたらうれしいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

翌朝、俺はギルドの簡易宿泊室で目を覚ました。

窓の外は薄く白んでいる。朝焼けというにはまだ淡く、夜の名残が街の屋根に残っていた。木製のベッドは硬く、前世の安アパートで使っていた寝具と比べても決して快適とは言えない。それでも、森の中で目を覚ました転生初日を思えば、屋根があるだけで十分だった。

しばらく天井を見つめる。

昨日の出来事が頭の中を巡っていた。

カイルからの提案。

ビールの製法開示。

商会専属の醸造師という誘い。

そして、それを断った自分。

冷静に考えれば、かなり危ない橋を渡った。異世界に来てまだ数日。身分は冒険者ギルドに登録しただけ。住まいは借り物。資金もわずか。そんな状態で、この街の酒流通に大きな影響力を持つ商会の営業責任者と正面からぶつかったのだ。

普通なら無謀だ。

前世で言えば、アルバイトの黒服が大手飲食企業の幹部に喧嘩を売ったようなものかもしれない。そう考えると笑えない。

だが、後悔はなかった。

あそこで製法を渡せば終わりだった。商会に入れば安全かもしれない。安定した給料も得られる。だが、それは俺が目指している未来とは違う。俺はただ酒を作る人間になりたいわけではない。酒を中心に、人が集まり、楽しみ、金を使い、また来たいと思える場所を作りたい。前世で好きだった夜の店を、この世界で、もっと良い形にして作りたい。

そのためには、最初の武器であるビールを手放すわけにはいかなかった。

「……まずは足場固めだな」

小さく呟き、俺は起き上がった。考えるべきことは多い。酒商会との関係、金獅子亭との契約、供給量、価格、将来的な店舗資金。そして何より、敵を増やしすぎないこと。商売で勝つには、商品力だけでは足りない。味が良ければ売れる、などという単純な話ではない。誰が売るのか、どこで売るのか、どの程度の量を流すのか、誰に利益を分けるのか。その全部を設計しなければ、良い商品ほど早く潰される。

身支度を整えて部屋を出ると、ギルドの廊下はまだ静かだった。朝早くから依頼へ出る冒険者の足音が少し聞こえる程度で、夜の酒場じみた騒がしさはない。階段を下りて一階へ向かうと、受付ではミレイナが書類を整理していた。

「おはようございます、レンさん」

「おはようございます」

「今日は早いですね」

「少し考え事がありまして」

「また酒ですか?」

「だいたい酒です」

ミレイナは小さく笑った。もう俺の印象は完全に酒の少年らしい。間違ってはいないが、少し複雑だ。

その時、ギルドの入口が開いた。

朝の冷たい空気と一緒に入ってきたのは、背の高い中年の男だった。上質な外套を着ているが、派手さはない。高価ではあるが、見せびらかすためではなく、長く使うための服。整えられた髭。落ち着いた目。歩き方には無駄がなく、周囲を威圧するわけではないのに、自然と視線を集める。

俺はその男を見た瞬間、昨日のカイルとはまるで違う種類の商人だと分かった。

「朝早くにすまない」

男は受付へ軽く頭を下げた後、こちらを見た。

「レン君。少し時間をもらえるかな」

バルド・グランツ。

バルド酒商会の会長本人だった。

◇◇◇

俺たちはギルドの応接室へ移動した。

前にも使った小さな部屋だ。木製のテーブルと椅子、壁際の棚、窓が一つ。豪華さはないが、外の喧騒から離れて話すには十分だった。ミレイナが茶を用意してくれたが、バルドはそれに軽く礼を言うだけで、すぐには口をつけなかった。

彼は俺の向かいに座り、しばらく黙っていた。

沈黙が苦ではない人間だ。

カイルの沈黙は相手を焦らせるためのものだった。だがバルドの沈黙は違う。相手を見るため、場を整えるため、自分の言葉を急がないための沈黙だ。こういう人間は手強い。感情で揺さぶる相手ではない。こちらの薄っぺらい虚勢など、簡単に見抜かれるだろう。

「昨日、カイルが君に会ったそうだ」

バルドが口を開いた。

「はい」

「製法を求めたとも聞いた」

「そうですね」

「断ったそうだな」

「断りました」

俺が答えると、バルドは少しだけ笑った。

「正しい判断だ」

意外な言葉だった。

「正しい、ですか?」

「ああ。もし君があそこで製法を渡していたら、私は君を商人として評価し直す必要があった」

それは褒め言葉なのか、試されていたのか。判断が難しい。

バルドは茶を一口飲んだ。

「カイルは優秀だ。実務を任せるには十分な能力がある。だが視野が狭い。目の前の利益と管理できる範囲を守ることに意識が向きすぎる」

「会長がそれを言っていいんですか?」

「本人にも言っている」

堂々としたものだった。さすが会長というべきか。

俺は少しだけ警戒を緩めた。少なくとも、バルドはカイルと同じ方向で俺を潰しに来たわけではなさそうだ。

「では、今日は何の話でしょう」

俺が尋ねると、バルドは目を細めた。

「君のビールについて。そして、君自身についてだ」

空気が少し重くなる。

「まず確認したい。あの酒は、君にしか作れないのか?」

真正面から来た。

俺は一瞬だけ考えた。ここで嘘をつくべきか、曖昧にするべきか。だがバルド相手に雑な誤魔化しは通じない気がした。

「今のところは、俺にしか作れません」

「今のところ?」

「技術を再現できる人間がいない、という意味です」

嘘ではない。正確にはスキルなので再現不可能だが、それを言うわけにはいかない。

バルドは頷いた。

「なるほど。製法は秘匿する。当然だな。では次に聞こう。君は、あの酒をどうしたい?」

「どう、とは?」

「大量に売りたいのか。高級品として扱いたいのか。酒場向けに広げたいのか。貴族向けに閉じるのか。あるいは、酒そのものは入口で、別の商売を考えているのか」

その質問に、俺は思わず口を閉じた。

鋭い。

バルドは分かっている。俺がただビールを売りたいだけではないと見抜いている。カイルが商品の所有権を取りに来たのに対し、バルドはその先の構想を聞きに来た。

俺はこの男を少し甘く見ていたのかもしれない。

「すぐ答えなくてもいい」

バルドは穏やかに言った。

「だが商売の方向性を間違えれば、どれほど良い商品でも潰れる。特に君の酒は強すぎる」

「強すぎる?」

「ああ。今のルミナスの酒市場から見れば、あれは異物だ。美味すぎる。珍しすぎる。話題になりすぎる。だから扱いを間違えれば、既存の酒場も酒商も敵に回す」

その言葉は重かった。

俺も分かっていたつもりだった。だが、バルドの口から聞くと現実味が増す。確かにビールは強い。強すぎる商品は、周囲を壊す。既存の酒が売れなくなれば、恨みを買う。既存の流通を飛ばせば、商人を敵に回す。価格を下げれば市場を荒らす。価格を上げすぎれば貴族や権力者に目をつけられる。

どの道にもリスクがある。

「では、会長ならどうしますか?」

俺が尋ねると、バルドは静かに笑った。

「私なら、まず敵を減らす」

「敵を減らす」

「利益を独占しようとしないことだ。もちろん、主導権は手放してはいけない。だが周囲に利益を分配しなければ、商売は長続きしない」

まさに商人の考え方だった。

前世の経済学でも、似たような話はあった。市場に新しい価値を持ち込む時、既存プレイヤーを全て敵に回せば摩擦が大きくなる。共存できる仕組みを作るか、少なくとも一部を味方につける必要がある。

「金獅子亭だけで売り続ければ、他の酒場は不満を持つ。君が自分で大量販売すれば、酒商会が反発する。逆に商会へ全て渡せば、君は主導権を失う」

「では?」

「限定販売を維持しながら、販売権を段階的に広げる。ただし、製造権は君が持つ。価格と数量も君が決める。商会は流通と調整を担う。酒場は販売の場を提供する。利益は三者で分ける」

俺は黙って聞いていた。

正直、かなり現実的な提案だった。

カイルの提案は、俺を取り込むためのものだった。だがバルドの話は、俺の主導権を認めた上で、市場全体にどう広げるかを考えている。器が違う。そう思わざるを得なかった。

「会長は、それでいいんですか?」

「何がだ?」

「製法を取らなくても」

バルドは低く笑った。

「取れるなら取りたいさ。商人だからな」

正直だった。

「だが取れないものを無理に奪おうとすれば、壊れる。君が逃げるか、敵になるか、酒そのものが消える。それは損だ」

「損、ですか」

「ああ。商人にとって、最大の悪は損だ」

その言葉には妙な説得力があった。善悪ではなく損得。冷たく聞こえるが、商売の場ではむしろ信用できる場合がある。綺麗事を並べる人間より、何を得たいか明確な人間の方が交渉しやすい。

◇◇◇

バルドは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

「正式な契約ではない。案だ」

俺は受け取って目を通した。

内容は大まかに言えば、ビールの販売に関する提携案だった。製造者は俺。販売場所は当面、金獅子亭に限定。ただし今後、俺の許可を得て別の酒場へ拡大可能。流通と調整をバルド酒商会が担当。価格は俺、金獅子亭、商会の三者協議。利益配分も明記されている。

悪くない。

むしろかなり良心的だった。

少なくとも、カイルの提案とは比べものにならない。

だが、だからこそ慎重になる必要がある。

良い条件に見える契約ほど、見落としが怖い。前世でもそうだった。キャバクラの体験入店、業務委託、紹介料、イベント協賛。うまい話には必ず細かい条件がある。俺は羊皮紙の文面を何度も読み返した。

そして全鑑定を使う。

――――――――契約案:ビール販売提携案危険度:中不利条項:現時点では重大なものなし注意点:将来的な販売拡大時に主導権が曖昧になる可能性あり推奨対応:即時署名は避け、修正交渉――――――――

便利すぎる。

全鑑定、商売で強すぎる。

俺は内心で驚きつつ、表情には出さないようにした。

「悪くないと思います」

「では署名するか?」

「いえ」

バルドは少しだけ目を細めた。

「理由を聞こう」

「将来的な販売拡大時の権限が曖昧です。どの酒場に出すか、どの数量を出すか、最終決定権は俺が持ちたい」

バルドの目に、わずかな興味が浮かんだ。

「続けて」

「あと、販売場所ごとに雰囲気を崩したくありません。ビールはただの酒ではなく、特別な体験として売りたい。どこでも雑に売られると価値が落ちます」

バルドは黙って聞いている。

「だから、販売店には条件をつけたいです。提供温度、注ぎ方、数量、価格、宣伝方法。最低限、それを守れる店にだけ出したい」

言いながら、俺は前世の夜の店を思い出していた。

同じ酒でも、出し方で価値は変わる。雑に置かれたボトルと、照明の下で丁寧に開けられるボトルでは、客が感じる価値が違う。安売りされればブランドは壊れる。良い酒ほど、売り方を管理しなければならない。

バルドはしばらく黙った後、ゆっくりと笑った。

「君は本当に十六歳か?」

「よく言われます」

「言われるだろうな」

彼は愉快そうだった。

「いいだろう。修正しよう。最終決定権は君に残す。ただし、商会が販売候補を提案する権利は認めてもらう」

「それは問題ありません」

「品質管理についても、君の基準を尊重する。だが基準は文書にしてもらう必要がある。商売は口約束では続かない」

「分かりました」

話が進んでいる。

俺は少し不思議な感覚を覚えていた。

異世界に来てから、状況は目まぐるしく変わっている。森で狼に襲われ、冒険者に拾われ、酒場で不味いエールを飲み、ビールを出し、商会とぶつかり、今は商会長と契約交渉をしている。

数日前まで、俺はキャバクラの黒服だった。

それが今、異世界の酒市場に関わる契約を結ぼうとしている。

人生は本当に分からない。

一度死んでいるから、なおさらだ。

◇◇◇

話し合いが一段落した頃、バルドはふと表情を変えた。

「レン君。最後に一つだけ聞きたい」

「はい」

「君はなぜ、そこまで酒にこだわる?」

その質問は、今までの商談とは違っていた。

利益でも契約でもない。

俺自身への質問だった。

俺はすぐには答えられなかった。酒で死んだから。キャバクラが好きだったから。黒服だったから。経済学部だったから。理由はいくつもある。だが、どれも一つでは足りない。

しばらく考えてから、俺は答えた。

「酒そのものというより、酒がある場所が好きなんです」

バルドは黙って聞いている。

「人が集まって、話して、笑って、少しだけ本音を出す場所。普段は言えないことを言えたり、少しだけ自分を大きく見せたり、嫌なことを忘れたりする場所。そういう空間が好きです」

前世の記憶が蘇る。

華やかな店内。

シャンパンの泡。

女の子たちの笑顔。

客の見栄。

裏で泣くキャスト。

走り回る黒服。

綺麗なだけではなかった。汚い部分も多かった。酒で壊れる人間も見た。自分も酒で死んだ。だからこそ、今度は酒に飲まれる場所ではなく、酒を楽しむ場所を作りたい。

「俺はいつか、そういう店を作りたいんです」

「酒場ではなく?」

「酒場より、もっと人を楽しませる場所です」

バルドは目を閉じた。

数秒後、彼は小さく頷いた。

「なるほど」

その声には、先ほどまでの商人としての計算とは別の響きがあった。

「君は酒を売りたいのではない。場を売りたいのだな」

俺は驚いた。

その言葉は、俺がまだうまく言葉にできていなかった本質だった。

場を売る。

そうだ。

俺が作りたいのは、酒そのものではない。

場だ。

空間だ。

体験だ。

キャバクラとは、まさに場を売る商売だった。

「その考えは、面白い」

バルドは静かに言った。

「そして危うい。だが、大きく化ける可能性がある」

「協力してくれますか?」

俺が尋ねると、バルドは笑った。

「利益になるならな」

実に商人らしい答えだった。

だが、それでいい。

むしろそれがいい。

綺麗な言葉だけの協力より、利益で結ばれた関係の方が強い場合もある。お互いに得がある限り裏切りにくい。もちろん油断はできないが、信頼の最初の形としては十分だった。

◇◇◇

応接室を出る頃には、朝の光はすっかり強くなっていた。

ギルドの広間には冒険者たちが集まり始め、依頼掲示板の前では今日の仕事を探す者たちが声を上げている。その中を歩きながら、バルドは最後に俺へ言った。

「契約案は今日中に修正させる。急ぐ必要はない。よく読んでから決めなさい」

「ありがとうございます」

「それと、カイルには私から話しておく」

「大丈夫なんですか?」

「彼は私の部下だ」

その一言には、会長としての威厳があった。

だが俺は全鑑定を使わなくても分かっていた。

カイルが素直に引くとは限らない。

組織の上が納得しても、下が勝手に動くことはある。むしろ自分の立場が危うくなったと感じた時、人は余計に危険な行動を取る。

バルドもそれを分かっているのだろう。

「ただし、気をつけなさい」

彼は静かに続けた。

「商売で一番厄介なのは、負けを認められない人間だ」

その言葉が妙に耳に残った。

◇◇◇

バルドが去った後、俺はしばらくギルドの入口に立っていた。

街は朝の活気に満ちている。荷車が通り、商人が声を張り、冒険者が笑いながら歩いていく。何気ない日常。その中で、俺の商売は少しずつ形を持ち始めていた。

バルドとの提携。

金獅子亭での限定販売。

ビールの品質管理。

そして、いつか作る店。

まだ遠い。

だが道は見え始めている。

その時だった。

背後からリリアの声がした。

「レン!」

振り返ると、彼女が少し慌てた様子で走ってくる。

「大変!」

「今度は何?」

「金獅子亭の前で、誰かが変なこと言ってる!」

嫌な予感がした。

「変なこと?」

「うん。あのビールは貴族の酒を盗んだものだって」

一瞬、胸の奥が冷えた。

噂。

来たか。

カイルか、それとも別の誰かかは分からない。

だが動きは早い。

安全性で潰せない。

契約で囲えない。

なら次は信用を削る。

予想通りだった。

俺は深く息を吸った。

商売は始まったばかり。

そして敵もまた、次の手を打ってきたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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