その令嬢は金で婚約を買っている
「おい、サリア。これを払っておけ!」
「またですか?」
学校に着いて馬車を降りた途端、おはようの挨拶よりも先に私の婚約者は一枚の書類を突きつけてきた。
受け取ったそれは宝飾店からの請求書だった。ダイヤのネックレスらしいけど、婚約者である私は貰ってない。きっと彼が個人的に仲良くしている女の子たちへのプレゼントだろう。
私の婚約者のリード・テムタクル。
彼はテムタクル商会の跡継ぎで、賭博と女が大好きな金のかかるクズ。
ただ、顔が良かった。とんでもなく。
目映いばかりに輝く金色の髪、宝石のような青の瞳に筋の通った高い鼻。それらが絶妙なバランスで配置されて、傾国どころかいっそ一回転して正位置に戻るくらいの顔の良さだった。
「口ごたえか?俺はいつ婚約を破棄してやったっていいんだぞ」
「待って。お金のことならなんとかしますから、それだけは……!」
「だったら大人しく払っておけ!」
「わかりました……。結婚費用から払っておきます」
「最初からそうすればいいんだよ」
言うだけ言ったリードは少し離れた場所にいた女の子の肩を抱いて離れていった。
そうすると、一部始終を見ていた友人が駆け寄ってくる。
「あなたも大変ね」
「いつものことだから」
友人の目には心配の他に、呆れの色が浮かんでいる。でもこれはまだいい方。
私たちの婚約を知っている人間のほとんどは、私が金で彼との婚約を買ったと嘲っている。愛のない婚約に縋りつく哀れな女と笑っているのだ。
事実、私は大金を積んでリードとの婚約にこぎ着けた。少なくない金額をテムタクル商会に投資したことで、私との婚約に頷かせたのだ。
我が家はロンデ伯爵家。広い領地と莫大な資金を持つ由緒正しい貴族のお家だ。冴えない見た目をした私が彼と婚約するにはお金しか方法がなかったし、むしろそれが得意分野だった。
私は金を払ってでもリードと婚約をしたかったのだ。
さて、リードからの金の無心の日々が続いたとある日のこと。この日も学校に登校してきた私にリードが請求書を突きつけていた。
「賭けのツケが溜まってきた。払っておけ」
「嫌です」
「なっ……!?婚約を破棄されてもいいのか!」
「なんと言われてももう払いません」
今までとは一転、私はリードの要求を突っぱねていた。これはリードもその様子を見ていた学校の生徒たちも驚いた顔をしている。
「金が払えないならお前と婚約してる意味なんてない!婚約破棄だ!」
「その婚約破棄、了承いたしました。それじゃあ、お金を支払っていただける?」
「婚約破棄の慰謝料か。ふん、そんなものすぐ払ってやるよ」
「それだけじゃないわ。使った結婚費用、きちんと返してくださいまし」
「は……?」
「当然でしょう?あれは結婚する二人のためのお金。赤の他人になったなら、返していただきませんと。額はそう……、ざっとだけれど金貨三万枚は超えていたかしら」
私の言葉を聞いた瞬間、リードがざっと顔を青ざめさせた。
金貨三万枚。テムタクル商会程度の規模なら、破産間違いなしの額だ。彼の足りない頭でもそれは理解できたようだ。
「支払いは一括。出来ないなら、テムタクル商会をいただくわ」
「それなら婚約破棄をやめる!お前と結婚すれば金を払わなくていいんだろ!?」
「婚約破棄はもう成立しています。今さらなかったことにはできませんわ」
今から金貨三万枚を用意するのは難しい。おそらくリード一家は商会を差し出すことになるだろう。
私の狙いは元からテムタクル商会だった。
リードがいずれ私との婚約を破棄するために、我が家が投資した金を慰謝料の分だけ手を付けずにいたことは知っていた。
だから、彼好みの可愛い女の子や賭博に誘う悪いお友達を彼の周りに送り込んだ。すべてはリードに負債を負わせて、テムタクル商会を買い取るため。
「……お前、最初から商会が目的だったんだろう。どうしてだ」
「あら。心当たりがない?」
「あるわけないだろう!」
「じゃあ、この顔に見覚えは?」
私が合図をすると、背後で控えていた執事がそばに来る。彼は私と年の変わらない青年で、青みがかった黒髪が特徴的だ。誠実そうな印象がある。
それを見たリードはまたよりいっそう顔色を悪くした。今にも倒れてしまいそうだ。
彼はアルト。テムタクル前商会長の息子で、リードとは従兄弟の関係になる。リードの父親はアルトの父親の弟だ。
「あ、アルト……?どうしてお前がここに……」
「お前ら一家に追い出されてから、サリアの家に拾ってもらったんだ」
「まあ、拾ってもらっただなんて。私たち、将来を誓い合った仲でしょう?当然のことをしたまでよ」
「お前ら、グルになって俺を騙したのか!この極悪人め!」
リードの言葉に私とアルトは顔を見合わせる。そして、アルトが言い返した。
「騙されるのが悪いんだろ?お前ら、父さんにそう言ってたじゃないか」
リード一家は詐欺師とグルになって、嘘の投資話を持ち込んだ。人のよかったアルトのお父様は身内の言うことだからと信じて、まんまと資産と商会を奪われてしまったというわけ。そのショックで、いまはすっかり寝付いてしまっている。
でも、まさか私の家がバックについていたとは知らなかったのだろう。私のお父様とアルトのお父様は趣味を通じて知り合ったお友達。その関係で、私とアルトも幼い時から親交を深めていた。
ちなみに、今回誰よりもテムタクル商会奪還計画に乗り気だったのはうちのお父様だったりする。
「そんなわけですので、きちんとお金、払ってくださいましね」
私はアルトの腕に抱きつきながら、にっこりと笑って言う。そして、絶望して膝から崩れ落ちたリードを置き去りに馬車に戻った。これでは今日の授業は無理だろう。
「……サリア」
「なあに?」
「ありがとう。すべて君のおかげだ」
「計画の立案やもろもろの手配は全部アルトがやってくれたじゃない」
「それはそうだが、君はこのために婚約破棄までしたんだ。……本当にすまなかった」
一緒に馬車に乗り込んだアルトが膝に頭がつきそうなくらい頭を下げる。私は「まあ、」思ってもいなかった謝罪に目を瞬かせた。
「アルトが謝る必要なんてないのよ。私から巻き込まれにいったんだから」
「しかし……」
「もし私の経歴に傷をつけて申し訳ないと思うなら、ちゃんと貰ってほしいんだけど……。どうかしら」
「僕たちは将来を誓い合った仲だろう。それは最初からそのつもりだ」
さすが、私の惚れた男だ。
もじもじと指を絡ませながら言う私に、アルトは即答。大真面目な顔をして言っていた。




