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影を継ぐ王④
あの日も、いつものように兄上の背中を見ていた。
凡才だと思われているけれど、私にとっては輝かしい光だった。
努力を重ね、静かに耐え、誰よりも真っ直ぐに生きる人。
私もその背に追いつこうと必死だった。
剣も勉学も、できる限り兄上の影に合わせた。
「兄上のようになりたい」
それだけを胸に、毎日を生きていた。
だが、その日は違った。
馬車に乗る前の、ほんの一瞬の笑顔。
兄上が私を見て微笑む。
「頑張るなよ、無理はするな」
私はそれを聞き、何も言えずに頷いた。
事故は突然だった。
次の瞬間、世界から音と光が奪われ、胸が冷たくなる。
兄上は目の前で——いや、心の奥で——立ち尽くすしかなかった。
その後、病室の静寂。
誰もが悲しむ中で、私はただ兄上の手を握る。
「私が…私がもっと強ければ…」
必死に笑おうとしても、声にならなかった。
あのとき、初めて知った。
凡才だと思っていた兄上の強さは、私を支える光だった。
私の天才も、努力も、あの背中に触れなければ意味がなかったのだと。
死の間際、私は心の奥で兄上に言った。
「…兄上、ありがとう。私の隣にいてくれて」
でも、次の瞬間にはもう、兄上の声も顔も消えていた。
残されたのは、比べられることの重さだけ。
そして、兄上の胸に残る「私の不在」の影だけだった。




