影を継ぐ王②
兄上は、いつも背中で語る人だった。
剣を振るう姿も、本を読む姿も、まっすぐで、誇り高かった。
幼い僕にとって、それは“完璧な王子”の姿そのものだった。
兄上のようになりたい。
そう思って、毎日剣を握った。
兄上が勉強しているなら、僕も机に向かった。
兄上が夜遅くまで庭で素振りをしていたから、僕もこっそり真似した。
けれど——気づけば、まわりの大人たちは僕を褒めるようになった。
「第二王子は天才だ」
「兄上を超える器ですな」
その言葉の意味が、子どもだった僕にはわからなかった。
ただ、兄上の顔が少しずつ曇っていくのを見ていた。
兄上はいつも言う。
「俺なんかより、お前の方がすごいよ」
そのたびに胸が痛くなった。
僕の努力を見てくれないのではなく、
兄上が自分を責めているのが、わかってしまうから。
王位継承の話が出たとき、僕は震えた。
兄上こそが王になるべきだと思っていた。
だって、兄上は誰より努力して、誰より真っ直ぐな人だから。
僕は言った。
「僕は王になりたくありません。兄上の隣で仕えたいのです」
兄上は、少しの沈黙のあとで微笑んだ。
その笑顔が、どうしてかとても寂しそうで、
胸が締めつけられた。
翌日、兄上は王位を辞退した。
理由を聞いても「お前が適任だ」としか言わなかった。
僕は泣きそうになるのを必死で堪えた。
——どうしてそんなに、自分を追い詰めるのですか。
即位の日、民は僕の名を叫び、祝福の鐘が鳴り響いた。
けれど、僕の視線はただひとりを探していた。
兄上は群衆の後ろで、静かに拍手をしていた。
あの日から何年も経つ。
兄上は王都の片隅で静かに暮らしている。
たまに訪ねると、相変わらず穏やかに笑って言う。
「俺なんかより、お前の方が眩しいよ」
違う。兄上。
僕が眩しさを得たのは、
あなたがずっと影で光を受け止めてくれたからだ。
でもその言葉を、僕はまだ伝えられない。
それを口にしたら、兄上が本当に消えてしまいそうで——。
だから今日も、僕は祈る。
兄上の影に、少しでも陽が届くようにと。




