影の名を呼ぶ②
兄は、いつも俺の少し後ろを歩いていた。
子どもの頃から、そうだった。
運動会でも、成績表でも、褒められるのはいつも俺。
でも俺が振り返ると、兄は必ず笑って「すげえな、お前」と言ってくれた。
その笑顔の奥にあるものに、俺はずっと気づかないふりをしていた。
兄は不器用だったけど、優しかった。
俺が風邪を引けばお粥を作ってくれたし、テスト前には眠気覚ましのコーヒーを淹れてくれた。
「お前は頭いいから、受かるよ」って言いながら、兄の指先はいつも震えていた。
高校を卒業して、俺は大学に合格した。
家族は喜び、写真を撮った。
兄は笑ってた。でも、その笑顔が妙に遠かった。
あのとき、どうして気づけなかったんだろう。
兄が、自分の居場所を探していたことに。
俺が光を浴びるたび、兄が少しずつ影に沈んでいっていたことに。
兄がいなくなった夜、俺は兄の部屋に入った。
机の上には、埃をかぶった本と折りたたまれた紙。
それは、俺が小学生のときに兄からもらった手紙だった。
「弟へ。お前が笑ってくれるなら、それで十分だ。」
何度も読んだはずの言葉なのに、今はただ、胸が痛かった。
兄は本当に、俺の笑顔だけを願っていたのか。
それとも、俺に光を奪われていたのか。
俺は兄の写真を見つめながら、呟いた。
「兄さん、俺……ずっと、兄さんが好きだったんだよ。」
でももう、その言葉は届かない。
兄がいた場所には、光も、影も残っていなかった。




