11話 聖女を目覚めさせた方法とは?
「アルバートさんに聞いていい?」
最初に質問を始めたのは、ヤービスだった。
「アルバートさんは、魅了にかかった時に意識はあったの?それとも、ずっと彼が意識を支配?してたの?」
アルバートは思い出しながら口を開く。
「そうですね。巡礼で王都を離れ始めてから意識がずっとふわふわしてる感じでしたね。」
「全てが現実味がなく、夢の中のような⋯⋯。そんな感じでしたね。」
ヤービスがフムフムと考える。
「その時は、既に彼に支配されていたのかもしれないね。彼が主体だから、アルバートさんが何かを思ったり考えても意味はなかったんだろうね。」
ヤービスの話しを聞いて里奈が話す。
「アルバートが魅了にかかったのではなくて、彼が魅了にかかった。魔術師を捕らえて魅了が解けたからアルバートが出てきちゃった。」
「アルバートの魔力が荒れたのはそれね。」
そう話す里奈にアルバートが答える。
「少し違うかな。魔力が荒れたのは聖女が眠りに就いたから、彼はショックを受けていた。聖女に対して疑問と少しの怒りを持っていた。だから魔力が荒れたんだ。」
「そこに私が覚醒し始めたから、彼は私をまた押し戻そうとした。魂が喧嘩し始めたら、意識も飛びますね。」
「彼はどうしても、聖女に名前を呼ばれたかった。自身の小さな願いを叶えて貰いたかった。だから、目覚めようとする私を全力で押さえた。お互いの力が均衡していたので、どちらも出られず眠りに就いたのでしょうね⋯⋯。」
最後は呆れたような疲れたような口調でアルバートが話し終えた。
「愛し子様。どうやって息子を目覚めさせたのです?」
(そう!それです。侯爵!!)
ヤービスも聞きたかった事だった。
「どうやってって、聖女を無理矢理叩き起こしたわ!」ニッコリ❀
(わ!で、ニッコリって⋯⋯)
ヤービスの呆れ顔に気が付いた里奈は
「里山の家に帰って、アルバートと偽物の新婚生活を過ごしたの⋯⋯。」
里奈は記憶を見せる事をしなかった。
何故なら、知られたくない恥ずかしい事が色々あるからだ⋯⋯。
転移してアルバートを布団に寝かせた。
里奈は白狐に
「本棚の本は全部本物?」
そう問いかけた。
『ここにある物は全て本物だ。結界から出れば文字は消える。他の物もそうだ。この世界にない物は消え、ある物は残る。』
「解ったわ。」
里奈は本棚から数冊の本を出した。
恋人との過ごし方
楽しい新婚生活
楽しい老後
本を読み出す里奈を白狐は暫く放置した。
青龍はアルバートの側でじっとしている。
青龍は里奈を信じて待つ事にした。
かなり時間が過ぎたので、白狐が声をかけた。
『里奈よ。本を読んでどうするのだ?アルバートを目覚めさせる手立てが書いてあるのか?』
里奈は白狐の声に顔を上げて、
「アルバートを目覚めさせるんじゃないのよ。聖女を叩き起こすの。」
白狐も青龍も、 ((??))である。
『聖女を目覚めさせてどうするのだ?』
「聖女が寝てるからこんな事になったんじゃない。責任とって彼を何とかしてもらうわよ!」
策があるようで全く無い里奈に呆れる白狐だが、手立てが無い以上里奈の好きにやらせるしかなかった。
里奈は本を熟読すると、パタンと閉じた。
「私が今からお芝居するけど、気にしないでね!」
それだけ言うと里奈はアルバートに浮遊魔法をかけた。
アルバートの頭上に魔法陣を展開し、魔法陣がアルバートを包み込んだ。
アルバートがムクリと起き上がり、里奈を抱きしめた。
アルバートの瞼は閉じているので、里奈が勝手に動かしているのだろう。
白狐は放おって置く事に決め、子狐の姿になるとこたつの中に潜っていった。
アルバートと里奈の偽物のイチャイチャが始まると、青龍も慌ててこたつに潜り込んだ。
白狐は青龍に
『暫くはここにおる方が精神のために良いだろう。』
青龍はコクコク頷き、白狐にくっついて眠る事にした。
里奈はアルバートと仲良く過ごしながら、心の中で聖女に問いかける。
(リリカさん。貴女の愛したルーカスさんが呼んでるわよ。起きて!)
ずっと聖女に呼びかけた。
一緒に手を繋ぎ里山を散歩し、夕食も一緒に作った。
お風呂すら一緒に入ったのに、聖女は目覚めない⋯⋯。
里奈の精神は疲労困憊だった。
本に書いてあった恋人とのイチャイチャや、仲良い夫婦の暮らしを再現しても反応しない。
夜になり、就寝の時間が迫ってきた。
「⋯⋯。」
(アルバートと致すことは苦ではない。ないけど、意識のないアルバートと致すのは虚しい⋯⋯。)
白狐と青龍には隣の社に移ってもらっている。
布団に横たわるだけのアルバートを見つめていると、里奈は寂しさに襲われた。
喉の奥が熱く、そして痛い⋯⋯。
「アルバート。起きてよ!私のリリって言って!私に執着してよっ⋯⋯。」
里奈は泣きながらアルバートの唇に自身の唇をあてる⋯⋯。
反応のないアルバートの頰を撫で、
「リリって呼んで。私だけのリリって⋯⋯。」
アルバートの胸に顔を埋め、泣きわめいた。
泣くだけ泣いた里奈は。
「リリカ!もうーむかついたわ。」
「貴女のルーカスを私が奪ってやるからっ!」
里奈は顔を上げ、アルバートの頰を撫でる。
「ルーカス。わたしのルーカス⋯⋯。」
「目を開けて。私をリリを見て?」
里奈はアルバートの名前をルーカスに変えた。だが、乗せる気持は本物を目一杯込めた⋯⋯。
アルバートの瞼がピクリと動いた。
ゆっくりと目を開けた瞳は、彼だった。
優しい眼差しで里奈を見つめる。
「ルーカス。私のルー⋯⋯。」
里奈は愛称を呼ぶと彼の瞳から涙が一粒零れた。
里奈は涙を拭い
「ルー⋯⋯」
愛おしく名前を呼び口付けしようとした時に、強烈な胸の熱さを受けた。
「遅いのよ⋯⋯リリカ。明日の夕刻まで身体を渡すわ。」
里奈は意識をリリカに渡したのだった⋯⋯。
と、言うわけで⋯⋯。
「リリカとルーカスは仲良く新婚生活を過ごしたわ。リリカもルーカスも幸せな1日を過ごしてた。」
「で、私もアルバートも次の日の夕刻に戻ったのよ。」
「本当に疲れたわ。」
里奈は話しながら思い出し疲れたのか、紅茶を飲み深く息を吐いた。
「では、聖女も彼も二人の中で眠りに就いているのですか?」
侯爵の問いに
「二人は眠りに就いているような、いないような⋯⋯。説明しにくいかな。」
今のあの二人の様子を話すには、器の話しもしなければならない。
口籠る里奈にアルバートが代わりに答えてくれた。
「父上。形代は解りますよね。」
侯爵が頷いた。
「リリカさんとルーカスさんには、形代に移って貰いました。青龍と白狐の神力でね」
そう。青龍にアルバートと私の中から器を出して貰った。
本来は青龍だけでは出来ないが、高位の白狐の神力をも使い器を出した。
「そんな事が出来ると?」
侯爵が不審がる。形代に魂を移すなど聞いた事がないのだ。
⋯⋯⋯。
『アルバートの身に起きた事だ。親なら知りたかろう。里山に入れてやる。』
白狐の言葉が終わると同時に、里山の家の前にいた。
ヤービスはずっといたので、久し振りだが侯爵は初めて来た。
「この家は愛し子様の記憶にあった家ですね⋯⋯。」
侯爵がふと、隣の社に目を向けた。
「この建物も見ましたね。愛し子様が修復しておられた建物ですね。」
『これは我の世界の社だ。この世界では神殿の方が解りやすいだろう。
我は里奈とはまた違う世界にいた。別の神に呼ばれ里奈の住む世界に来たのだ。』
侯爵が首を少し傾げた。
「世界は一つではないと?」
『そうだ。世界は幾つもある。ただ知らぬだけだ。』
「それを知るのは神だけでしょう。」
侯爵の答えに白狐が頷いた。
「それで?聖女と彼はどこに?」
侯爵が辺りを見渡し探す。
『ついてこい。』
白狐の言葉と同時に社の扉が開いた。
社に上がる階段の手前で、靴を脱いで貰う。
侯爵は初めての作法に興味津々だ。
数段登ると中が見えた。
ヤービスは日本で見た事があるので驚かないが、侯爵は目を見開き驚いていた。
『これは我だ。我を祀ってくれた領民達が造ってくれたのだ。』
祭壇には、鎮座する白狐の大きな木彫りの像があった。
『我をたまたま目にした者が感謝し祀ってくれた。』
白狐の目は優しく、自身の像を見ている。
白狐の像の左右に三宝があり、その上に丸い球体が載っている。
侯爵は美しく輝く球体の側に来ると、色んな角度から眺めた。
「美しい珠ですね。見た事がない⋯⋯。」
侯爵がその美しさに、ほぅーと息を吐いた。
「その珠に、聖女とルーカスの魂が入っています。」
侯爵が振り向き、里奈を見る。
「その珠は器と言います。青龍が聖女とルーカスの魂が青龍の元に来るまでずっと持っていたの。」
「私達が青龍の湖に行った時に器を体に入れられました。その時に、私もルーカスも生まれ変わりを自覚しました。」
「今は白狐の神力で眠っています。魂は自死した事や過去の事で傷付いている。白狐の神力で癒しています。」
里奈は自分の説明で理解してくれたか、心配になる。
「では、アルバートが彼になる事はないと?」
侯爵の問いに、
「それは解りません。二人の魂は私達の魂でもありますから⋯⋯。」
里奈の答えに侯爵は小さく頷いた。
「解りました。とりあえず今は二人はこの建物の中で守られ眠りに就いている。」
里奈とアルバートが頷いた。
「ところで、ヤービスさんはこちらに匿ってもらっていたと。暫く住んでいたのですか?」
「そうです。里奈さんに拾われて皆さんに紹介されるまで、隣の家に住んでいました。アルバートさんと魔術談義をしていたのも、あの家です。」
ヤービスの返事にアルバートが焦った!
父の口を塞ごうとしたが間に合わず⋯⋯。
「それはずるいですね。私も魔術談義をしたいです。」
((ずるいって⋯⋯。))
ヤービスと里奈の心の声⋯⋯。
「あちらの家に行きましょう。未来のお義父様を招待しますよ。」
里奈がニコリと微笑み、社を後にする。
里奈が玄関を開けると、いつもの様に招き入れてくれた。
土間で靴を脱ぐ。
床は一段高くなっているが、それすら興味津々で侯爵は観察している。
床下まで覗いて、ブツブツ何か言っている。
知らない事に興味深く観察する侯爵は、本当に知識を愛する人だと感心する。
里奈は台所に向かい、アルバートには居間に案内するように伝える。
緑茶を入れ、急須と湯呑みをおこたの上に置いた。
里奈がお茶を入れ、侯爵に渡す。
「湯呑みの回りは熱いので、気をつけて下さいね。紅茶のカップより冷めにくいので。一気に飲むと舌を火傷しますから。」
侯爵は置かれた湯飲みを眺めた。
「父上。このカップを〈ゆのみ〉と言います。お茶は〈りょくちゃ〉と言います。」
アルバートが侯爵に説明書してくれた。
「ごめんなさい。説明しないと、解らないわよね。」
里奈が少ししょんぼりした。
「これは愛し子様の世界の飲み物ですか?」
「緑色だけど、紅茶と同じ葉っぱよ?」
「あ!だったら、緑茶は作れるじゃない!」
里奈の言葉に
「里奈さん!作ってよ!」
ヤービスが真っ先に答えた。
「そのうちね。」
里奈はいつか作ろうと考えた。
侯爵が緑茶を一口飲んだ。
「これは。とても美味しいですね。」
侯爵は気に入ったのか、珍しく何度もお茶を口にした。
「夕食はあっちの邸で取ります。ナタリー達が待っているし。それまでは、ゆっくりしましょう。」
こたつに入り、座椅子に背を預けて巡礼の話を侯爵とヤービスに話した。
魅了の話の辺りになると、アルバートがとっても不愉快な顔をした。
ヤービスが、
「アルバートさんは記憶がはっきりしてから自覚したの?自分の失態にさー。」
アルバートは渋い顔で
「死にたい気分だった⋯⋯。」
その言葉の後は何も言わない。
それが全てなのだろう。ルーカスがやらかしたとはいえ、アルバートの意識は朧気ながらあったのだから⋯⋯。
「あの娘が現れないと良いね!」
ヤービスの一言に里奈が
「フラグ⋯⋯。」小さく呟いた。
「そろそろ帰りますよ。」
里奈は急須と湯呑みを片付け、流しを綺麗にして台所を出た。
(ゆっくりここで過ごしたいな⋯⋯。)
名残り惜しいが、ナタリー達の待つ邸へと転移した。




