10話 里奈がとうとうキレました
「愛し子様。青龍様の言葉の答えが解ったかもしれません。」
その言葉に里奈を慰めていたヤービスが声をかける。
「アルバートさんのとこに戻ろう。」
控えていた侍女を連れ、アルバートの眠る私室へと転移した。
「青龍、白狐!侯爵が答えを見付けたかもしれないわ!」
青龍と白狐はアルバートの側で寝ていたようだ。
白狐は頭を上げて何も言わず、里奈をじっと見つめた。
青龍は里奈の胸に飛び込み、侯爵を見る。
「まずは説明をした方が良いですか?」
里奈は皆をソファーへ促し、侍女にお茶を淹れさせた。
気持ちを落ち着かせる為に紅茶を口にする。
「さて。私はあれから召喚聖女を調べあげた文献を読み漁りました。ですが、なまえに関する事を見付けられませんでした。」
「ただ、聖女の名前と彼の名前は解りました。」
聖女の名前は
カンザキ・リリカ
彼の名前は
ルーカス・ロイド
その場の全員が思った。
(聖女の愛称は「リリ」になる⋯⋯と。)
二人の名前を侯爵が青龍に伝えた。
青龍は首を左右に振り否定した⋯⋯。
聖女と彼の名前を知って貰いたかった訳ではないのね。
「聖女や彼に関わった全ての人物の文献を探しました。聖女と共に討伐に同行した人物の文献に、酔った彼が話した願いを聞いた者がいました。」
「彼は彼女に家名ではなく、名を呼んで欲しかった。そして願わくば、愛称で呼ばれたかったそうです。」
侯爵は青龍に問いかけた。
青龍がコクコクと頷いた。
「名前を聞きたい。聖女が彼の名前を呼ぶ声を聞きたかったって事?」
不思議そうに里奈が思っていると、
「名前くらい。そう思うのは愛し子様の世界だからかもしれませんね。」
ヤービスは里奈を見て、里奈もヤービスを見た。
「彼がいた聖国は、親族や婚約者以外が名を口にする事は禁止とされていました。名は自身の命そのものとされています。ですので、血縁関係のある者か親族になる予定の婚約者ならば名を呼べるのです。」
「彼は婚約者がいました。彼は離れたがっていましたが、婚約者の女性がそれを許さなかった。
聖女の前でやたらと名を呼び、許してもいない愛称を呼んだり。彼は聖女の前で名を呼ぶ婚約者を憎むまでになったそうです。」
「邸に届いてまだ見ていなかった文献で解った事です。
報酬として聖女と彼の婚約が認められた。と、聖国の文献では記されていましたが、実際は彼の婚約は破棄されておらず、聖女とは本当の婚約は結ばれていなかったそうです。」
「彼は聖女から名も愛称も呼ばれなかったって事?」
「聖女の口から、自身の名を一度も呼ばれなかったのでしょうね。」
侯爵の話を聞き、青龍に確認すると頷いた。
「そうなのね⋯⋯。彼は聖女に名前を呼ばれたい。もしくは、呼び合いたかったのね⋯⋯。」
「聖女の願いは側にいたい。彼の願いは名前を呼ばれたい。」
里奈の呟きを静かに聞いている。
「アルバートと私が愛称で呼び合ううちに、彼が自身の願いを重ねてしまって表面に出てきちゃったのかな?」
「でも、呼ばれたいはずの聖女は寝てるし⋯⋯。彼は混乱してるのかしら?」
うーんと、里奈は彼の事を考えるが解らない。
「愛し子様。聖女は彼を家名でしか呼べない事は気にしていなかったと思いますか?。」
「聖女が生きてた時代が私やヤービスと近いならば、名前の呼び方は一々気にしないかもしれない。目上の人や面識が少ない人に名前呼びはしないけど。少しでも仲良くなれば名前呼びも愛称呼びもするかな。」
「私自身、他人と関わりが無かったけど周りを観察しててそう感じたかな。」
「本で見たり、周りの会話から考えると。私達がいた世界には政略結婚とか聞かないのよ。あるかもしれないけど、身近にいないわ。恋愛は自由だし、結婚は恋愛してから決めるから。」
里奈はヤービスに視線を向けると、頷いてくれた。
「恋愛結婚が常識の聖女からすれば、この世界の政略結婚は馴染まないわね。聖女の願いは日本では当たり前なのに、それが当たり前ではない。だからこそ、ただ一緒にいる事に聖女は拘った。」
「彼の名前呼びと気持は同じよ。」
里奈は青龍に問いかける。
「彼が聞きたいのは、聖女からの名前よね。同じ魂だから私が呼んでも目覚めるかな?」
青龍は里奈の瞳を覗き込み、首を振った。
「里奈さんが呼んでも駄目なら、手立てがないよ。聖女は寝てるんだろ?」
ヤービスが言う事は最もだけど、答えは見つかったのだから何とかしたい。
「愛し子様。聖女を起こす事は出来ますか?」
侯爵の質問に、里奈は苦笑いをする。
「アルバートが魅了魔法にかかったでしょ?あの時に問いかけてみたの。アルバートを取られちゃうかもよ!って。でも何も起こらなかった。」
里奈の話を聞き、侯爵が顎に手を当て考えている⋯⋯。
「アルバートが取られるのであって、彼ではないから目覚めなかった?」
里奈は首を振り、
「皆でコル拾いに行ったでしょう?あの時に、私と聖女の魂は満たされたの。それからゆっくりと聖女は眠りに就いた。侯爵家に着く前くらいかしらね。」
「巡礼が始まると、彼が表に出る頻度が上がったの。私と一緒の時は、必ず彼だった⋯⋯。
アルバートが私と一緒にいる時は、常に彼だった。だから、聖女は彼がずっと側にいてくれると、一緒になれたのだと安心して眠りに就いたのよ。」
「里奈さんは見分けが付いてたの?」
「瞳が違うのよ。アルバートは執着心が瞳に出てる。彼は違って穏やかな瞳なの⋯⋯。」
里奈はなんだが腹が立ってきた。
聖女と彼の話をすれはまするほど腹立たしい気持ちになって行く。
聖女は勝手に寝るし、彼は勝手に出て来るし⋯⋯。
魂が同じでも、今は私でしょう?
里奈が怒り始めた事に白狐が気が付き、
『里奈。怒っても仕方ない。アルバートを起こす手立てを探すのが先だ。』
「里奈さんが怒るような話しがあったかな?」
ポツリと呟いたヤービスの言葉を、里奈は聞き逃さなかった。
「怒るわよ!聖女は勝手に寝るし、彼は勝手に出てくるし!タイミング悪く、魅了魔法なんかに簡単に引っ掛かるし!」
「絶対にアルバートなら魅了魔法なんかにかからないもの!」
「人の体に勝手に入って来て、やりたい放題じゃないのよ!」
里奈は肩で息をするほどに絶叫し、怒っていた。
神力ではなく、ただの感情だけで怒る里奈は珍しい。
「白狐!里山の家にアルバートを転移させてちょうだい。青龍もついてきて。」
里奈はいきなり白狐に指示した。
白狐はため息を吐き、アルバートと青龍を連れ転移した。
「侯爵にヤービス。アルバートが目覚めたら帰って来るわ。出立までに目覚めなければ、里山の家にアルバートは置いていきます。」
そう言うと、里奈も転移してしまった。
「ヤービス殿。里山の家とは?」
(里奈さん!家の事を侯爵は知らないのにっ!)
「詳しくは話せないけど、里奈さんと白狐様とアルバートさんの隠れ家ですかね⋯⋯。
私は匿ってもらっていたので、知ってるだけなので⋯⋯。」
ヤービスが気まずそうに話すのを見て。
「息子夫婦の新居ですか。」
少し違うが、まぁ良いか。
「何をするのかは解りませんが、里奈さんが帰って来るまで何も出来ませんからね。」
「とりあえず、僕は子爵家にいる皆をこっちに連れて来ます。」
「侯爵はどうされますか?」
侯爵が少し考えて、ヤービスに提案する。
「持ち帰ったあいうえお表とやらの使い方を教えて頂けますか?
他に文字を知らない子供達に簡単に出来る物があれば作って頂きたい。」
ヤービスは、「勿論です!」と、快く応じた。
ヤービスは頼られた事で、嬉しそうだ。
「アルバートさんが早く目覚めると良いですね!」
ヤービスの言葉に侯爵が頷くと、アルバートが寝ていた寝台を眺めた。
「愛し子様にお任せするしかないのでしょう。」
ポツリと呟いた言葉と、じっと寝台を見る侯爵はやはり親であった。
〜 ❀ 〜
里奈さんがアルバートさんを連れて里山の家に帰ってから、3日経った⋯⋯。
ヤービスはリビングで朝食後の紅茶を飲みながら、皆をぼーっと眺めていた。
まず、王宮侍女の二人は里奈さんがいない事を知らせる為に、邸の仕事を常にしている。
里奈さんの私室に行かない事で、籠っているか不在を側付き達に示す為だろう。
多分だけど、以前揉めたサーシャへさんへの気遣いなんだろう。
獣人国の元従者達は、とりあえずヨーク領のこの邸の使用人として置いて貰える事になった。
決めたのは!ナタリーさんだった。
ナタリーさんはモフモフが好きみたいで、従者達の頭やお尻に見えるモフ毛を眺めている。
癒されているようで、何よりだ。
里奈さんが不在でも、邸も役目もスムーズに回っている。
皆が優秀なのが見て取れる。
ヤービスが眺めながら、獣人国の事を思い出す。
異母弟はどうしているだろうか⋯⋯。
異母弟が幼い頃、数回会った事を思い出す。隠れてコッソリ会って、確か魔道具を渡したな⋯⋯。
と、思い出に浸っていると。
突然目の前に里奈とアルバートが転移して来た。
ヤービスは驚いて、紅茶の入ったカップを落とした。
ガチャン!!
その音に驚いたサリーとナミがこちらを見て、里奈の姿を確認すると側に駆け寄ってきた。
「「里奈様!おかえりなさいませ。」」
元気な出迎えに、里奈は笑顔だ。
「ただいま。サリー、ナミ。」
「ヤービスも、ただいま。」
里奈はヤービスに声をかけた。
「おかえり。里奈さん。」
「そして、アルバートさんもね。」
ヤービスがアルバートに視線を向けると、アルバートが
「ただいま」と、答えた。
侍女達は3人の紅茶を用意し、声が聞こえない場所まで下がった。
((本当に優秀だ(ね。))
ヤービスと里奈の心の声が重なる。
「今のアルバートさんは、本物のアルバートさんなの?彼の方なの?」
ヤービスの問いかけに、
「本物と言うのは嫌だが、ヤービスと魔術を語った私の方だよ。」
苦笑いをしながら、アルバートが答えた。
「そう。戻れたなら良かったよ。本当に勘弁してよね。色々と大変だったんだからね。マジでさー。」
ヤービスが愚痴を言っている。
アルバートとは対等に会話するので、愚痴を言っているのは珍しくない。
里奈がクスリと笑う。
里奈の穏やかな笑いに、ヤービスはアルバートが戻って来た事を感じる。
ヤービスが事情を聞こうとした瞬間、ナタリー達がお昼ご飯の為に帰って来たのだ。
里奈を見付けたナタリー達は、走って里奈に駆け寄って来た。
ヨーク領に来てから、ナタリー達は淑女を捨て平民並みに本当に走り回っている。
「里奈さん。おかえりなさい!」
足の速いエミルが一番に里奈に抱きついた。
次いでキャシーにナタリーだった。
三人娘は、隣に立つアルバートに気が付いたが、話に聞いていた「彼」か「本物」か解らず戸惑っていた。
「以前のアルバートよ。彼は今はいないわ。彼女もね。でも、この話は親であるフィッセル侯爵に先に伝えてからになるわ。それに、まだ侯爵にアルバートの目覚めを知らせていないの。」
「皆には、夕食の後に話をするわ。先に侯爵に会うわね。」
三人娘は、それは当然とばかりに受け入れた。
また里奈と話せなかったが、侯爵を安心させる事を優先させてくれた。
ヤービスに侯爵を呼びに行って貰い、私室に来て貰うようにお願いした。
侯爵は直ぐに転移して来た。
「おかえり。アルバート。」
そう言うと、アルバートを優しく抱きしめた。
侯爵が離れると、アルバートは恥ずかしいのか苦笑いで、「ただいま戻りました。」そうポツリと呟いた。
「愛し子様。アルバートを戻して頂き、感謝します。また息子が負担をかけ、申し訳ありません。」
侯爵が里奈に頭を下げた。
里奈は首を振る。
「私が彼に対して対処しきれなかったのが最初の不手際だったの。私の責任は大きいわ⋯⋯。」
里奈も、侯爵に頭を下げた。
「謝るのはもう終わりにしよう?話が進まないよ?」
ヤービスの言葉に、それもそうだと全員ソファーに座る。
侍女達にお茶を淹れてもらう。
里奈が最初に話を切り出す。
「お二人は聞きたい事が沢山あるでしょう?私もアルバートもきちんと話しをするから質問してね。」
アルバートも頷く。
侯爵もヤービスも聞きたい事は沢山あるのだ。
侯爵の目の色が変わった事に気が付いたのは、アルバートだけだった。
アルバートは面倒臭くなると、心の中でため息を吐いた。




