9話 人が増えれば喧嘩も起こる
あれから侯爵はヨーク領の邸には戻っていない。
ヤービスは子爵家に帰り、従者達といつ頃こちらに来るのかを話し合うらしい。
侍女達に、ヤービスが帰って来ているのかを見に行って貰った。
アルバートの眠る寝台の横にソファーを転移で移動し、青龍と白狐と座りながらアルバートの様子をぼんやり眺めていた。
いきなりヤービスが私室に転移してきた。
侍女と入れ違ったのか?と思ったが違うようだ。
ヤービスの身形が少し乱れていた。
「いた!里奈さん!サーシャさんを止めて下さい!」
ヤービスが里奈の手首を掴み、強制的に転移させた。
そこはちょっとした修羅場だった。
サーシャはナタリーとエミルに羽交い締めにされている。
対する相手は、侍女のサリーがナミとキャサリンに羽交い締めにされている。
サーシャとサリーの喧嘩らしい⋯⋯。
私が来た事に気が付いたサーシャとサリーは罰が悪そうな顔をした。
「おはよう。この騒動の原因は何となく解るけど、説明してね。」
里奈は全員をダイニングに転移させ、全員を座らせた。
サーシャとサリーは端と端で座らせる。
「まず、サーシャ。貴女の話を聞きます。誰も口を挟まないこと。」
「その侍女に、里奈さんとアルバートさんの様子を聞いたのに何一つ教えて貰えない。元気なのか、食事はちゃんと召し上がっているか。それくらい教えてくれても良いじゃない!!」
サーシャはサリーを睨み
「しかも、里奈さんと一緒に食事をしてるし!狡すぎるわよ!」
サーシャが肩で息をするほど捲し立てて話し終えた。
里奈は視線でサリーに話すように促した。
「私からは里奈さんについて、一言も話すつもりはありません。それが陛下であってもです。側付きの方達なら理解して頂けると思いましたが。違うようなので、口論になりました。」
はぁー。里奈は頭を抱え、ため息を吐いた。
サーシャは里奈を敬い過ぎるし、好き過ぎるのだ。
サリーは王宮侍女である為、仕える主に対してとても忠誠心が高い。
(白狐がサリーは忠誠心が高いと言っていたわよね⋯⋯。)
サーシャはポロポロ涙を流して呟いた。
「私だけ居場所がないのよ⋯⋯。」
里奈は頭を上げてサーシャを見る。
「サーシャ。居場所が無いってどういう事なの?」
泣きながら里奈を見て訴える。
「ナタリーとエミルはライアンさんとギルベルトさんと恋仲になって、二人で浮かれてるし。」
「パトリックさん達三人は、婚約者役の聖女様達とずっと一緒にいるし⋯⋯。」
「ヤービスさんは里奈さんの用事でいない。アーグ様達が領地を見回るから、団長さん達が護衛していないし。」
「皆、何かあるのに⋯⋯。私には恋も役目も⋯⋯ないんだもん。」
テーブルに顔を伏せ、大泣きし始めた。
(サーシャは一人ぼっちにされたのね。)
「キャサリンがいるじゃない?キャサリンは何をしていたの?」
キャサリンは里奈から視線をスーッと外した。
里奈はキャサリンをじっと見つめる。
「キャサリン⋯さんは⋯⋯。働いて帰って来ないもん!」
キャサリンの肩が小さく跳ねた。
働き過ぎを注意されていたからだ。
侍女達は、サーシャの寂しさに少しだけ同情した。
こんなに沢山の同世代がいるのに、役目も無く一人ぼっちは寂しいだろうと⋯⋯。
「解ったわ。サーシャにも役目を用意するわ。」
サーシャは泣き止むと、里奈を見てペコリと頭を下げた。
「ところで、ナタリーとエミルは私に報告があるわね?」
今度は二人が肩を跳ねさせた。
オズオズと、ナタリーが先日のライアン達との話を里奈に報告した。
はぁー。と、里奈がまたため息を吐いた。
((浮かれ過ぎたかしら!?))
ナタリーとエミルは、こんな大変な時に恋仲になった事を責められたと思った。
「ヤービス。悪いけど今すぐライアンとギルベルトを呼んで来て。」
ヤービスは直ぐに転移して、ライアンとギルベルトの腕を掴み直ぐに戻って来た。
「ライアンとギルベルトも座ってくれる?」
部屋に籠っているはずの里奈がいる事に驚きつつ、席に座る。
そこにカールとカルロも何事かと、転移して来た。
「カール達も座ってくれる?」
二人は、ライアン達の隣に座った。
里奈が話し始めた。
「ライアンの想い人は何となく察していたし、エミルの気持ちを知っていたから上手く行けば良いと思っていたわ。」
「側付きの役目の為に、気持ちを押し殺したんですってね?私は一度も恋愛禁止を言った事はないわよ?自分だけに婚約者がいれば良いとも思わないわ。」
「貴方達自身の根性無しを、私の役目のせいにしないでよね!アルバートの事も、貴方達の根性無しが原因で守れなかったのよ?」
里奈は心の底では、ちゃんとライアン達を信頼していたのだ。迷う心があろうと、魅了魔法に惑わされる事はないはずだと。
アルバートに気が付いてくれると⋯⋯。
それが、自身の恋心に振り回されて何もかもが狂ったのだから。
愛し子様の為と言い訳した事が、里奈の小さな逆鱗に触れた。
ライアンとギルベルトは言い訳しない。
いや、出来なかった。
想い人へ告げられない、頼られない、男として見られていないと落ち込む心の隙間に魅了がかけられた。自業自得としか言えないのだ。
アルバートの魔力痕を自分達は見つける事が出来たはずなのに、そんな簡単な事すら出来なかったのだから⋯⋯。
「私と共にいると言う事は、いつ命の危険に晒されるか解らないのよ?想い人がいるなら、ちゃんと伝えなさい。誰かに言いたい事があるならば、後回しにしないできちんと話しなさい。」
「わたしの側付きならば、楽しく幸せに生きなさい。」
「里奈さん。ちょっと良いですか?」
カールが里奈に問いかけた。
「良いわよ。」
里奈の承諾をへて、カールがサーシャの側に行った。
「サーシャさん。わたしは貴女が好きです。」
カールは座るサーシャにそう告白した。
口をポカンと開けたまま、サーシャは呆然としていた。
「いきなりだから、ビックリしますよね。でも、騎士になる為に頑張る貴女は綺麗で格好良かった。」
サーシャがポロリと一粒の雫を落とした。
「サーシャさんは褒章の夜会で、パトリックさんに高みを目指すかを聞かれていましたね。そしてお願いしますと、頭を下げられた。」
「その時に、床に一粒の雫が落ちました。私はパトリックさんの後にいましたから。その雫の美しさに、わたしは惹かれました。」
「里奈さんの為に頑張る貴女の邪魔をしてはならないと、気持ちを隠しました。」
「ですが、主である里奈さんから許しが出ている。ならば、伝えたいと告白しました。」
全員がビックリである!!
里奈は椅子から勢い良く立ち上がりサーシャに指をさす。
「よし!サーシャに役目を与えます。カールの仕事の補佐をしなさい。そして、側付きの男性達のお世話を任せるわ。」
サーシャはカールの告白は嬉しいが、恥ずかしくて一緒に仕事は出来ない!
断ろうとするサーシャに。
「サーシャ。カールと恋人になれとは言わないわ。それは二人が決める事よ。でも、一人の女性として扱われる幸せを感じなさい。カールはサーシャの嫌がる事は絶対にしないわよ。」
サーシャがチラリとカールを見ると、頷いてくれた。
「サーシャさんと私は仕事の役割は違います。ですが、愛し子様付きなのは同じです。お互いの立場を理解出来ます。そして、守る事も出来る。私は貴女が大切なんです。」
カールが真剣な表情でサーシャに話す。
「カールさんの事を余り知らない。でも、知らないで断るのは違う気がするので。とりあえず、里奈さんからのお役目をこなしながらカールさんを知りたいと思います。宜しくお願いします。」
サーシャが席から立ち上がり、カールにペコリと頭を下げた。
「カールが1番男らしいわね。」
クスリと笑い、里奈が全員に告げる。
「前も言ったけれど、愛し子の名前を使い言い訳するのは許しません。
不甲斐ない自分の隠れ蓑に名前を使われたくない。」
「貴方達は側付きであるけれど、恋もちゃんとして欲しい。想い人がいなくても、やりたい事があるなら、それをちゃんと聞かせて欲しい。」
「謝罪は不要だと言われましたが、申し訳ありませんでした。」
ライアンとギルベルトが頭を下げ謝罪した。
「私は貴方達が魅了にかかった事は、確かに残念に思いました。でも誰でも迷うのよ。でも何かを言い訳にして逃げては行けないでしょ?しかも、名前を使われたら怒るわよ。」
「謝罪は受け取るわ。ナタリーもエミルもアルバートがいつ目覚めるかは解らない。
だから、ちゃんとライアン達と向き合いなさい。関わりを持ちなさい。」
「もうすぐ離れ離れになるのだから。」
獣人国へ出立する日が近付いている。
全員が里奈の話しを受け入れた。
侍女達はサーシャの側に行き
「サーシャさんは寂しかったのですね。気持は察しますが、里奈さんの事はお話は出来ません。それが私達王宮侍女の仕事なのです。」
サーシャは頭を下げ、サリーとナミに謝罪した。
八つ当たりをちゃんと自覚していたから。
サーシャはカールとダイニングから出て行った。
次々と仕事に向かう側付きを里奈と侍女達は見送った。
ヤービスが
「里奈さんって、大変だね。まるで学校の先生みたいだ。言ってる事が正し過ぎて反論する余地がない。」
ヤービスは言いながら笑うが、里奈は眉間にシワを寄せ何やら考え込んでいた。
「ヤービス。私って前世がおばちゃんじゃない?だから説教臭くなるのかしら?」
里奈は少しだけ気落ちしていた。
体は若くても、精神年齢は前世のままなのかと⋯⋯。
「里奈さん。もしかして、おばちゃんを気にしてる?」
「⋯⋯。」
ヤービスはクスリと笑い。
「里奈さんは、おばちゃんじゃないよ?端から見たら厳しい人に見えるかもしれない。でも、里奈さんはそこに相手を思う心をちゃんと持ってるよ。」
「俺がそうだよ。里奈さんだから前を向けたと思う。前世が同じ日本人だからじゃない。里奈さんだからだよ?」
里奈は泣きそうになるが、我慢する。
アルバートが目覚めない今、自分の事で泣いてる暇はないのだから⋯⋯。
「ありがとう。ヤービス。」
微笑む里奈だが、いつもの微笑みとは少し違う。
ヤービスが里奈の違和感に気が付いた。
「もしかして里奈さんは、アルバートさんが目覚めないのを自分のせいだと思ってる?」
里奈は少しだけ肩を揺らした。
「里奈さん。今から話す事は、おじさんみたいだけど聞いてね。」
「里奈さんがアルバートさんより、子爵家と辺境伯家を優先した事は何一つ間違っていないよ。里奈さんがどれだけあの二つの領地を思い考えていたか、全員が知っている。」
「愛し子として二つの領地を優先した事は何も悪くないよ。でも里奈さんは、アルバートさんやライアンさん達を見捨てたと後悔しているんでしょ?」
「里奈さん。全てタイミングが悪かった。それだけだよ。私情に流されず領地を救った里奈さんは悪くない。絶対に悪くないから。」
(里奈さんは誰かに「自分は悪くない。間違っていない。」そう言って欲しかったのかもしれない。
その誰かは、きっとアルバートさんなんだろう。早く目覚めてくれないと、里奈さんの心がもたないよ⋯⋯。)
里奈は静かに涙を流し、ヤービスを見つめる。
「いつも里奈さんが俺に言ってくれるだろう?ヤービスは悪く無いって。悪いのは誰か間違えてはいけないって。」
里奈は小さく頷いた。
「里奈さん。今回悪いのは誰?」
ヤービスの問いに
「侯爵家の娘ね。」
里奈の答えに
「後、ライアンさん達もね。」
ヤービスはクスリと笑い軽い口調で言った。
「ありがとう。ありがとう、ヤービス。」
里奈はヤービスに抱きついて、泣いていた。アルバートが側にいない寂しさが里奈の心に深く刺さる。
「おや?我が息子の婚約者は浮気中でしたか?」
いきなり言われた言葉に顔をあげると、フィッセル侯爵が転移していた。
「愛し子様。青龍様の言葉の答えが解ったかもしれません。」
侯爵の言葉に里奈の心臓が大きく跳ねた。
会いたかったアルバートの目覚めを期待して。




