6話 隠されていた者は⋯⋯
里奈は私室へと転移した。
部屋には、白狐の側に侍女が二人。ソファーには、フィッセル侯爵にヤービスがいた。
「アルバートはどう?」
里奈の問いに、小さく侍女は首を振る。
ソファーに座り、里奈は侯爵に頭を下げた。
「私が側にいながら、申し訳ありません。」
里奈は謝罪を口にした。
「私とヤービスさんは、白狐殿に愛し子様の記憶を視せてもらいました。我が家の守護龍の青龍様の事も。」
そう。青龍は小さな姿でアルバートの枕元にいた。
心配そうに、アルバートを覗き込んでいる。
「フィッセル侯爵は世界の歴史に詳しい。過去の召喚聖女の事も知っていますね?」
里奈の率直な質問に、侯爵が頷いた。
「私はあらゆる国の文献を読み漁りました。その中で答えを出したに過ぎませんが。愛し子様の記憶を見る限り、私が出した答えに相違はないかと。」
「アルバートの中の彼は、私の中の聖女に何かを求めている。それが解らないのよ。」
「息子が魔術にかかる等あり得ない事でしたので、驚きました。ましてや、愛した相手を裏切るような事は侯爵家の血筋としてあり得なかったので。」
「ですが、息子でないもう一人の人物がいると言う事で納得しました。ライアンさん達を見た時の魔術痕には驚きましたが。息子迄とは。」
「魔術が関係するならと、ヤービスさんにも来て貰ったのです。息子と良く魔術談義をしていましたし。」
ヤービスが心配そうに、里奈を見る。
「里奈さん。大丈夫?俺に出来る事があれば言ってくれ。」
「ありがとう。ヤービス。」
「侯爵もヤービスもアルバートが私に接する様子も記憶で見たわよね?以前のアルバートと違いが解るかしら?」
ヤービスと侯爵が、里奈の言葉にアルバートの様子を思い出す。
「里奈さんへの愛情は変わらないし、優しいし⋯⋯。でも、何となく違う感じがするかなー。」
ヤービスも違和感を感じるが、何かが解らない。
「以前の息子との違いは、激しい執着心が無くなった事だと思います。」
「愛し子様を、穏やかな目で見守る息子を見なかった訳ではありません。しかし、執着心が消える事は無かった。」
里奈は頷いた。
「アルバートの瞳は穏やかなの。私を強く求める瞳じゃないの。侯爵と同じ意見ね。」
「でもそれは、アルバートの様子が変わった事が解っただけで彼の事が解った訳ではないわね⋯⋯。」
三人が、また悩み出す。
『里奈よ。青龍が何か知ってる筈だ。』
里奈だけが、アルバートの寝ているベットへと振り返った。
「青龍。貴方は何かを知ってるの?」
青龍は瞳を揺らし、頷いた。
「私や白狐に伝えたいけど、伝える術がないのね⋯⋯。」
青龍は里奈の胸に飛び込んで来た。
ヤービスは以前青龍を見た事があった。
今は姿を消しているので、ヤービスも侯爵も見えていない。
「愛し子様。青龍様がそこにいらっしゃるのですか?」
侯爵が里奈に問いかけた。
「私の腕の中で悲しんでいるわ。青龍はアルバートが大好きだから。それに青龍は私達の中にいる彼と聖女を知ってるのよ。」
侯爵が青龍と彼等の繋がりを聞いて思案する。
「青龍様は答えを知っていると?」
「私達に伝えたいけど、念話も会話も全て封じられています。ある神によって。」
話の内容の大きさに、流石の侯爵も驚いていた。
「青龍の伝えたい事が解れば1番いいけど⋯⋯。」
里奈は答えが目の前にあるのに解決出来ない事が悔しかった。
「ところで愛し子様は息子を愛称呼びはなされないのですか?心変わりした息子に、愛想が尽きましたか?」
意地悪な質問だが、ヤービスも気になっていた。
「皆気にするのね!」
里奈は笑いながら答えた。
「離れるなら愛称呼びは良くないし、練習がてら名前呼びをしただけよ。
あの娘の前で愛称呼びをすれば、揉め事がまた増える。私には時間も無かったしね。」
「それに、アルバートが呼ぶ私の愛称はアルバートだけのもの。私が呼ぶ愛称も私だけのもの。それを誰かがするならば、その愛称はいらないわ。」
以外な里奈の答えに
「それって嫉妬?」
ヤービスが恐る恐る尋ねた。
里奈は(これが嫉妬なの?)
解らず、咄嗟に白狐を見た。
『嫉妬ではないだろうな。自分が大切にし、誰にも触れさせなかった宝物に他人の手垢がついた。自分だけのものでは無くなったのだ。だから、要らなくなった。それだけだ。』
「それだと、私が我が儘娘じゃなの!!」
里奈が白狐に抗議する。
「いえ。白狐殿が言う通りかと。愛し子様が持つその思いは嫉妬心ではなく、独占欲ですよ。自分だけの愛称呼びを呼ばれ、息子が許した。そんな愛称等要らないと。」
ヤービスも、納得したようだ。
「この気持ちが、独占欲なのね⋯⋯。」
始めて自分の独占欲を知った。
『里奈の独占欲はどうでも良い。青龍の答えをどうやって聞くかだ。』
ハッとした三人だった。
「青龍様が封じられている力は解除出来ない。神の力だし⋯⋯。女神様なら、里奈さんが何とか出来そうですが女神様ではないのか⋯⋯。」
ヤービスばブツブツと考えている。
「白狐様でも無理何ですか?」
ヤービスが不意に白狐に聞いた。
『我が介入する事は出来ぬ。』
その言葉で、ヤービスは理解した。
「女神様より上の神。創造神様ですね⋯⋯。」
里奈も侯爵も息を呑む。
青龍を見た里奈は、青龍の頷きで封じた者を知った。
「そう。創造神様なら、白狐が介入したら荒れるわね。」
手詰まりだった。
「とりあえず、何かないかを考えよう。青龍様にどうやって答えを聞けるかを俺も考えるから。」
ヤービスの励ましの言葉に、里奈も同じ気持ちだった。
「諦めないで探すしかないわよね。でも、そればかりを考えてはいられないのよ。」
里奈はヤービスに視線を向け、
「子爵家の浄化の為に邸に行った時に、ある人達を見付けたの。その人達をどうするのか、それをヤービスに相談したいのよ。」
里奈は子爵家で見た光景を、白狐の神力でヤービスと侯爵に記憶として視せたのだった⋯⋯。
〜 ✿ 〜
子爵家の邸に入ったあの時、白狐から離れの記憶を里奈は視せられていた。
そこには、魔術紋を刻まれた獣人達が六人いた⋯⋯。
紋が暴れるのか、獣人達は体をよじり苦しんでいる。
しかも、瘴気にも侵されていた。
部屋は綺麗に整えられており、清潔に保たれている。
子爵夫妻が邸の裏から現れたのは、獣人達の離れにいたからだろう。
子爵夫妻は、獣人達を看病しているのだろう。
里奈は浄化が終わり次第、子爵に尋ねるつもりでいた。
討伐を終え騎士達や冒険者を引き連れ邸に帰って来ると、子爵夫妻に使用人達が出迎えてくれた。
邸に全員が案内され、お風呂に入り汗を流して晩餐を頂く事になった。
冒険者達は、身分を考え断ろうとしていた。だが、子爵夫妻が恩人達への感謝だと、強引に晩餐に連れて行った。
平民が多い冒険者に、身分等関係なく対等に接する夫妻を里奈は好きになる。
獣人達の事で何か出来る事を。と、考える。
賑やかな晩餐も終わりに近付く頃、騎士隊長がズッシリとしたふくろをテーブルに出した。
「これは、魔石です。愛し子様の指示で、リュカ様や隊長様が魔物の核を全て避けて討伐された為に、沢山の魔石が出ました。」
「そして聖女様達が浄化をかけて下さり、上質な魔石になりました。それを集めましたので、子爵夫妻に持って参りました。」
子爵が袋を覗き息を呑む。
極上の魔石が沢山入っていた。
子爵は呆然としながら、里奈へと視線をやった。
「これは愛し子からの慰謝料です。子爵家が瘴気の被害で負担したお金。そして、浄化が遅れたお詫びの気持ちです。復興の為の支援金にでもしてね?」
子爵は、呆然としたまま涙を零す。
「こんなに沢山⋯⋯。ありがとうございます。」
夫妻は、愛し子様に深く頭を下げた。
そして、同じ魔石を沢山テーブルに並べた。
1番良い魔石は人数分ない。
1番数の多い魔石を並べる。
「騎士達と冒険者達には、同じ魔石を二つずつお持ち下さい。これは、子爵家からの討伐報酬ですので拒否はされませんように。」
最後の言葉は、きっと遠慮するであろう冒険者達への言葉だった。
「高額な報酬ですが、有り難く頂戴致します。」
騎士隊長が、騎士の礼をとりお礼を伝えた。
冒険者達は、深く頭を下げ魔石を手にする。平民ならば、この二つの魔石を売るだけで数十年は働かず生きれるのだ。
夫妻の心根は真の優しさを持っている。
獣人達を見付けただ看病しているだけであり、獣人国と関わりがない事が解る。
「この後お話があります。お時間を頂いても?」
里奈の問いかけに
「私達も愛し子様に相談があります。」
夫妻は騎士と冒険者を見送ると、里奈を離れへと案内した。
歩きながら、子爵が事の次第を伝えた。
領地の見回りの時に、藻掻き苦しむ獣人達を森の入口で見かけた。
姿を確認すると、瘴気に蝕まれていた。
何かは解らないが、苦しむ者を放置出来ずに邸の離れで看病していたと。
暫くすると、体に紋が現れ益々苦しみだし手を尽くすが快方に向かわず手立てを探していたと。
そこに愛し子様が浄化で立ち寄られる。
その時に、相談しようと⋯⋯。
離れに近付いたその時。
『里奈。そなたは行ってはならん!』
白狐にスカートを噛まれ、後ろに引かれた。
『あやつの魔力が微かにある。里奈が近付けば、あ奴らは死ぬやもしれん。』
白狐の話の内容に、夫妻が立ち止まり里奈を見る。
「またアイツなのね⋯⋯。」
里奈は、夫妻を見て告げるべきか悩んだ。
「全ての話しを夫妻が聞きたいのならばお伝えします。ですが、誓約魔術をかけさせてもらいます。」
夫妻の答えを待つ。
「誓約魔術を受け入れます。邸に入りましょう。」
夫妻と共に邸に入る。
ソファーに座り、誓約魔術をかけた後獣人国の事を全て話した。
あの者達は、私がここを通る時に瘴気に侵された体を愛し子に診せる為の生贄かもしれない。
紋は、多分愛し子に関わる何か。
紋に詳しいフィッセル侯爵に見せなければ、判断は出来ない。
もし愛し子の暗殺依頼紋ならば、近付けば私を殺そうと体が勝手に動く。
私があの獣人達を浄化しなければならなくなる。
紋が反発すれば、あの者達が死ぬ。
ゴッドローブは、二重に罠をかけたかもしれない⋯⋯。
夫妻は話しの内容が衝撃過ぎて、理解するのに時間がかかった。
「ヨーク領に行き、フィッセル侯爵に話をつけます。そして、あの者達をどうするかを、獣人国の王子を連れて来るのでその時に全て終わらせます。」
夫妻は事が大事な為、愛し子様に全て任せることにした。
愛し子様が戻るまで、今迄のように面倒を見て欲しいとお願いされ、夫妻は快く応じてくれた⋯⋯。
里奈が見た記憶をフィッセル侯爵とヤービスが視終えた⋯⋯。
「またゴッドローブですか⋯。」
侯爵のため息と共に出た言葉に、ヤービスがピクリと反応する。
「何度も言うけど、ヤービスに責任はない。気に病む前に、あの者達の身元が知りたいのよ。」
「明日で良いから、侯爵とヤービスは一緒に子爵家に行って貰いたいの。」
侯爵とヤービスは一緒に行く事を了承して部屋を出て行った。
日も沈み、夕食を侍女が取りに行ってくれた。
アルバートが眠っているので、部屋で一人での食事となる。
食べる事が大好きな里奈が、料理を目の前にして手を付けない。
侍女のナミが里奈に声をかけた。
「里奈様。食欲がありませんか?」
心配そうに問いかけた。
「一人の食事は寂しいわね⋯⋯。」
侍女達は顔を見合わせると、
「里奈様図々しいお話ですが。私達もご一緒しても宜しいですか?」
「そうですよ!三人なら寂しくないのでは?」
そう提案してくれた。
侍女達の本心は、緊張で死にそうだった。
不敬だと処罰されるかもしれない⋯⋯。
たが、自分達が出来る事はこれくらいしかないのだ!!
そう思い、勇気を出して声をかけたのだ。
その証拠に、侍女達の手は震えていた⋯⋯。
里奈はこの二人の気遣いに救われてばかりだ。
そう感じていた。
「そうね!一緒に食べてくれるなら、お願いしたいわ!」
里奈の返事を聞き、侍女達は小さな安堵の息を吐く。
「急いで用意します!!」
二人は言葉通り、走って食事を取りに行った。
王宮侍女が走った⋯⋯。
里奈はその姿が可笑しくて、また笑い声をあげる。
白狐はあの二人を側に付けて良かったと、安心して青龍と共にアルバートの眠るベットで丸くなった⋯⋯。




