4話 白狐のお気に入り
「質問に答えても良いけど、貴女達に誓約魔術をかける事になるけど。それでも?」
侍女達は誓約魔術と聞いて一瞬恐れを抱いた。だが、魔術にではない。
魔術をかけなければならない内容を話してくれる事に。
「「はい。」」
侍女達は直ぐに返事をした。
里奈が苦笑いしながら、誓約魔術をかけた。
里奈は扉の外にいる人物が誰か、解っている。後で話すつもりだったのだから、ついでにと考えたのだった。
侍女達にも紅茶を用意させ、対面のソファーに座らせた。
「誓約魔術をかけても、話せない事があるのは理解してね。」
侍女達は頷いた。
「私とアルバートの中には、もう一人の人物がいるの。もう一人の彼女と、アルバートの中にいる彼はお互い想い合っていた。でも、結ばれる事なく亡くなったの。」
「私とアルバートが出会い、恋をし婚約者になったわ。そして、少し前にお互いが彼女と彼の魂を持つ事になったの。」
「私の中の魂はね。愛する人と結ばれたかった。ただ、彼の側にいたい。それだけを願ったの。」
「彼女は私がアルバートと一緒にいる事で、結ばれたかった彼とずっと一緒にいられる。その願いが叶った。
幸せなまま、私の魂の奥底で今は眠っているの。」
「今の私は、里奈だけの精神なのよ。愛する事だけを求めた彼女の意識はないのよ。」
その内容に驚いたのは、アルバートだった。胸が熱くなる。
アルバートの中の器が荒れている。
リュカが荒れる魔力に気が付いて、アルバートを見ると白狐がアルバートの隣に転移していた。
白狐の神力で、アルバートの魔力が凪いだ。
『アルバートよ。里奈の話を聞け。』
アルバートは白狐を呆然と見つめるだけだった。
里奈の話が始まる。
「私は心が足りないのよ。彼女のように愛だけを求めることも無いし、嫉妬心も解らない⋯。アルバートと白狐が特別なのは変わらない。彼女が眠っていなければ、きっと彼女が魔術を解除してた気がする。」
「彼女が眠っている今は、冷酷な私が表にいるの。だからアルバート達が魔術にかかっても放置した。」
「あの娘がアルバートに抱きついた瞬間に魔術は発動した。そして、アルバートは魔術を受け入れた。
受け入れたから放置した。あの程度の魔術にかかるのは、アルバートの心が受け入れたからよ。」
「3人がずっと気を張り詰めていたのは知っているわ。私の我が儘に付き合わせている事も承知よ。」
「たからこそ、自ら離れたならそれを私は受け入れるだけよ。
あの娘がかけた魔術は魅了魔術よ。
無理に解除したら、魅了の喪失感だけが残るわ。何か物足りないってね。」
「そんな相手を元のように命懸けでは愛せない。」
「それにね、これから先も同じ事が起きるかもしれないわ。
白狐が魅了を解けば、魅了の痕跡を残さず解除出来ると思う。」
「白狐頼みの側付きって、どうなのかな⋯⋯。リュカは魔術に気がついたわ。だから、リュカは私の部屋に来た。」
「私は早く子爵家と辺境伯家の浄化をしたかった。白狐とリュカと隊長だけで十分だった。それだけよ。」
「愛し子様の本音を聞いて、幻滅したかし⋯⋯ら⋯?」
里奈は話し終え、侍女達を見ると二人は泣いていた。
「里奈様は⋯⋯。里奈様はいつ休まれるのですか!!体だけではありません!
里奈様の心は、いつ休むのです!!」
「そうです。側付き様達も大変かもしれません。でも、一番辛いのは里奈様じゃないですか!!
男どもは、甘ったれてますわっ!!」
「そもそも側付きや婚約者が里奈様を煩わせるなんて、本末転倒ですわ。何様なのですかっ!!」
フンスッ!! 鼻息荒い侍女達⋯⋯。
里奈は侍女達の自分への思いやりに胸が熱くなる。
たが、3人を扱き下ろした侍女達が可笑しくて仕方なかった。
プリプリ怒る姿に笑いが込み上げてくる。
里奈はお腹を抱えて笑った。
久し振りに、大笑いしたのだ。
侍女達は怒りが消え、なぜ里奈が笑っているのか不思議そうに見ていた。
「ごめんっ。3人を扱き下ろしす貴女達が、とっても面白かったの。」
侍女達を見つめ、
「ありがとう。貴女達のおかげで、心が救われたわ。」
侍女達は、里奈にお礼を言われ恥ずかしそうに照れていた。
「私が変わったように、アルバートも変わったの。以前の彼なら、絶対にあの娘の魔術にはかからない。」
「でもね、もう一人の彼がいる。彼は私の中の彼女に何かを求めてる気がする。」
「それが解らないから、今回放置して様子を見たのもあるのよ。」
アルバートは扉の外で、考える。
以前の自分⋯⋯。
以前の自分なら⋯⋯。
アルバートの器が荒れ始めた。
アルバートの思考を邪魔をする。
「うっ⋯⋯。」
胸が熱い⋯⋯。
意識が遠のく中、目に映ったのは悲しげな里奈の顔だった⋯⋯。
愛しい人⋯⋯。私だけのリリ⋯⋯。
アルバートが意識を保とうとするが、何かが思考の邪魔をする⋯⋯。
荒れる魔力に抗えず、アルバートは意識を手放した。
アルバートの魔力が荒れ始めた。
白狐は無理に抑える事をやめていた。
介入し過ぎると、アルバート自身の身が危ないからだ。
里奈はアルバートの異常な魔力に気が付き、扉の外に転移した。
倒れ込むアルバートの顔を覗くと、以前のアルバートの瞳だった。
自分に執着する瞳を、里奈はやっと見付けたのだ。
穏やかな瞳はいらない。
この激しく求める瞳が見たかった⋯⋯。
だがその瞳は直ぐに消えた。
穏やかな瞳が里奈を見る。
(アルバートじゃない瞳ね⋯⋯。)
里奈は、意識を手放したアルバートを抱き寄せた。
「白狐。彼が求める事は何か解る?」
『我には解らん。アルバートが無意識に出していた行動で、以前と違う事を見つけるしかなかろう。』
里奈は考える。
以前のアルバートか⋯⋯。
里奈と白狐の会話に、ライアンとギルベルトは入っていいのか判断出来ずにいた。
里奈に対する負い目もあり、どう声をかけたら良いか解らずにいるのだ。
「里奈さん。話がみえないよ?私達がいたのに話したのは、聞いて良かったからだよね?」
「説明してくれる?」
直球で質問したのは、リュカだった。
「説明は後にしたいわ。とりあえず、広場に行く時間が近い。」
「白狐は、このままアルバートの側にいて。何かあれば白狐の好きにしてくれる?」
「サリーとナミは、白狐と一緒にアルバートの側にいて。アルバートの様子を見てて。」
「ライアンとギルベルトは正気に戻ったわよね。ここに来たのは謝罪の為でしょ?謝罪はいらないわ。ヨーク領に、獣人国に行くか行かないかを決めて。」
「獣人国へ行きます。二度は無いと、心に刻みます。」
ライアンとギルベルトが頭を下げた。
「解ったわ。二人は先にヨーク領に行って、私達が転移で行く事を伝えて欲しいの。そして、フィッセル侯爵をヨーク領の邸に私の部屋で待つように伝えて。」
ライアンとギルベルトは役目を受け、安堵とやる気を十分にヨーク領に転移して行った。
「リュカは隊長にアルバート達3人がヨーク領に先に行った事を伝えて。
アルバートは私達が転移する時に、白狐が侍女と共に転移します。」
「白狐、お願いね。」
『相わかった。その者達は、我の側におれ。』
侍女達は、白狐の側にすぐに来た。
ソワソワしている。
侍女達は、白狐の美しい姿(毛並みとも言う)に、密かに虜になっていたのだ。
「リュカ広場に行きましょう。」
リュカと里奈は広場へと転移した。
「白狐様?急いで里奈様の荷造りをしても?」
サリーが白狐に問いかけた。
『荷造りをあやつは忘れとるな。良い。急ぎ支度せい。』
侍女達は一人ずつ交代で荷造りする。
アルバートの変化を見逃さないようにする為だ。
アルバートから視線を逸らさず、じっと見ている。
侍女達が会話をしても、アルバートから視線を外さない。
里奈に言われた事を忠実に守っている。
白狐はその様が少し可笑しくて、口角を上げ小さく笑みを浮かべた。
交代に来たサリーがその優しい笑みを見て固まった。
白狐の微笑をナミに伝え、二人はキャッキャッと騒いでいる。
だが、この騒がしい侍女を白狐は気に入ったようだった。
『お主らの名前を聞こう。』
白狐様は愛し子様の守護神。
高位の者から名前を聞かれる。
それは、とても名誉な事であった。
高位の者に家名を名乗る事は誉れ。
侍女達は直ぐ様姿勢を正し、名を名乗る。
「レナン侯爵家三女、サリーと申します。」
「イクス伯爵家次女、ナミと申します。」
二人は、深く礼をとった。
『これからも、里奈を頼む。』
(((頼むと?頼まれてしまったわ!!))
「畏まりました。里奈様の心を癒やせるように、尽力します。」
サリーの言葉に、ナミも頷く。
『里奈には賢まるな。アルバート達に悪態をついた態度で良い。その方が里奈は喜ぶ。』
侍女達はお互いの顔を見合わせ、頷く。
「わかりました。素でいますわ。」
白狐は頷き、視線をアルバートに戻す。侍女達もアルバートを観察する。
((白狐様の側は心地良い⋯⋯。))
侍女達は、白狐の持つ優しい神力を感じていた。神力の本質を感じとる。それはとても珍しい事だった。
〜 ❀ 〜
里奈とリュカは、広場に転移した。
転移すると、そこには沢山の人が待っていた。
人垣の奥に、大きな天門が二つ見える。
里奈はリュカにエスコートされ、広場に用意された舞台の上に立った。
里奈が高い位置に立った事で、広場の全員が愛し子を目にした。
広場は大歓声に包まれた。
里奈は一瞬、ビクッとなるが気を引き締め民に笑顔で手を振る。
歓声が更に大きくなる。
「初めまして。愛し子の藤井里奈です。名が里奈よ。」
「今この場所で、侯爵家の領地の浄化をします。」
民達は瞬時に静かになった。
一部の者は、(魔物の討伐はしないで大丈夫だろうか⋯⋯。)少しだけ不安を感じる者もいた。
里奈は手を組み、祈りの姿勢になる。
(侯爵家の周囲の領地は浄化が終わっている。ならば、広範囲で探し物の魔術を展開して神力を放てば良いわね。)
里奈から魔力が広範囲に放たれた。
民の体をすり抜け、一気に領地へと広がる。
探し物の魔術を密かにのせ、瘴気と魔物を探す。
索敵が完了すると、今度は一気に神力を放った。
神力は皆の目に見えた。薄紫の淡く温かな神力が民の体をすり抜ける。
その温かさに、涙を零す。
一番端まで広がる神力に、白狐の神力を放った。
里奈が真っ白な光に包まれ、一気に放つ。
神々しく輝き、里奈の美しい黒髪が揺れる。
涙が溢れるのを止められないのは、アーグとセシーにやらかし聖女達だった。
里奈の神力の凄さを感じてしまう。
筆頭聖女のアーグが膝を突き、深く祈りの礼をとった。
聖女達が次々と膝を突くのを見て、民達も自然と愛し子様に礼をとる。
広場は、静寂に包まれた。
里奈が目を開けると、全員が膝を突き礼をしていた。
「えっと⋯⋯。」
里奈は魔力に声を乗せ、皆に話しかけた。
「頭を上げて下さい。瘴気と魔物の浄化は終わりました。瘴気に侵された土壌も回復させてあります。これから力を合わせて、この領地を発展させて下さいね!」
今までにない大歓声に包まれた。
里奈の側に、子爵家と辺境伯家の当主が近付いた。
「愛し子様。我が領地の民達も、愛し子様をお見送りしたいと広場に来ています。
民達は愛し子様へ感謝しています。」
辺境伯の当主が頭を下げた。
あの二つの天門は、民達をここに連れてくる為だったのだ。
「これからヨーク領に向かいます。先の道が崖崩れで通れませんが、獣人国へと巡礼に向かう期日も近いのです。」
「この広場にいる隊列を転移させます。いきなり消えたら驚くでしょう?一応、報告しとくわね。」
統括隊長に視線をやると、頷いた。
聖女アーグも頷く。
里奈は広場に向かい、
「では隊列全員を転移させます。また会いましょうね!」
元気に手を振る。
民達が手を振り返してくれるのを見届け、里奈は全員を転移させた。
向かうは仲間の待つヨーク領へ。




