85話: 嫌がらせ相手がまた増えた
パトリック達が目覚めたのは、夜が明けようとする頃だった。
リビングにベットを移し、3人を寝かせていた。
聖女達は、ソファーで眠っている。
侯爵はソファーで一人目を閉じていた。
サイとリュカが先に目覚めたが、里奈の顔を確認すると静かに涙を流した⋯⋯。
体を動かすのが辛いのか、身動ぎすらしない。
里奈はハンカチで、二人の涙を拭う。
「大丈夫よ。魔術紋は取り払ったわ。」
「治癒をするから、ゆっくり寝てね。」
サイとリュカの頰を撫でながら、神力を流す。
ゆっくりと瞼を閉じ、二人は再び眠りについた。
二人の様子を見ていると、
『里奈。パトリックが目覚める。』
白狐に声を掛けられ、急いで側に行く。
パトリックの顔をじっと見つめ、瞼が開くのを待つ⋯⋯。
パトリックの瞼が小さく震え、ゆっくり目を開いた。
里奈は顔を覗き込み、泣きながら
「おかえりなさい。パトリック。」
そう挨拶をした。
「っただいま。里奈さん⋯。」
パトリックは涙を堪えて、里奈の目を見ている。
里奈は頷き、
「サイもリュカも大丈夫よ。紋は全て剥がしたわ。」
その言葉に、パトリックは目をきつく閉じ涙をこぼす。
アルバートも側に来た。
「話しが出来そうなら聞きたいが、もう少し休むか?」
パトリックが目を開き、アルバートと里奈に視線を向けた。
「先に説明をする。このような不始末を持ち込んだ責任があるから。」
パトリックが起きようとするのを、アルバートが手伝う。
「どこから話せば良いのか⋯⋯。」
一度深く息を吐き、パトリックが話しを始めた。
〜 ✿ 〜
パトリックはリメル大国の孤児だった。
孤児院の前に捨てられていたらしい。
大国は身分制度がどの国より強く、平民や孤児達が無礼討ちで死ぬ等当たり前だった。
だが、冒険者だけは違う。
平民でも孤児でも高ランクになれば、身分が確約されていた。
こぞって冒険者になるが、本当は力の強い平民達を貴族達が駒扱いする為の身分だった⋯。
高ランクになると冒険者ギルドに登録した者は誓約魔術で縛られ、後ろ暗い事もやらされていた。
パトリックは単独で討伐をし、大国のギルドには登録しなかった。
大国の裏に気が付いていたので、先にザハル帝国で冒険者登録をしていたのだ。
大国はパトリックを欲したが、拒否し続けた。
貴族からの依頼を受ける事もあったが、後ろ暗い依頼は受けなかった。
ある高位貴族達から、息子達の剣術師範としての依頼が来た。
その中にサイとリュカがいた。
数人指導をするが、サイとリュカの才能は別格だった。
パトリックは若くしてSSランクで、名の知れた冒険者だった。
サイとリュカの憧れた人物である。
パトリックからの指導の中で、3人は親友と呼べる関係を築いた。
ある日、サイとリュカがパトリックに相談に訪れる。
二人の家門は、暗殺者を生業としている貴族だった。
サイとリュカは暗殺者にはなりたくない事を告げ、どうにかして大国から離れられないかを考える。
パトリック一人ならば簡単だったが、サイとリュカは母親が人質として当主に縛られていた。
サイとリュカの母親は、どちらも下位貴族出身の妾だったのだ⋯⋯。
SS級魔物の討伐依頼を受け、失敗して死んだ事にする計画を立てた。
自分の腕を斬り、血を残した。
大国は血から魔力を探り、人物を特定する事が出来るからだ。
3人は名前を変え、姿を少しずつ変えながらアルスタ王国へとやって来た。
単独で魔物の討伐をしていた時に、ナサニエル大司教に腕を買われ、3人は大司教推薦で近衛への仕事を手にした。
「姿も変えていたが、油断はしていなかった。魔力を使う事無く剣のみでやっていたからだ。」
だが⋯⋯。
「愛し子様と出会い、毎日が心穏やかだった。今の自分が生きた中で1番幸せな時間だった。サイもリュカもそうだったと思う。」
「ヨーク領での討伐で、私達3人は魔力を使用した。リメル大国から離れていたから油断したのかもしれない⋯⋯。
私達を探していた大国の者が魔力を感知し、サイとリュカを脅してきた⋯。」
里奈が問いかけた。
「もしかして、お母様を人質にして呼び出されたの?」
パトリックは頷いた。
「里奈さんには相談しないと決めた。2人は母親を救出しに向かった。」
「着いた邸では、母親は既に殺されていたらしい⋯⋯。」
「2人は母親の死に直面して、油断したのね。きっと⋯。」
里奈の呟きに、パトリックが力無く頷いた。
「パトリックは2人の帰りが遅いから迎えに行ったの?」
パトリックは里奈の問いに渋い顔をするが、答えない。
「リックはある人物に私達の危険を伝えられたんだよ。」
振り向くと、サイとリュカが起きていた。
「その人は、パトリックの味方なの?」
パトリックは益々渋い顔をする⋯⋯。
サイもリュカも答えない。
「リメル大国の第三王女ですよね?パトリック殿。」
そう話しかけたのは、侯爵だった。
「リメル大国からは、随分前からパトリック殿達の捜索依頼が陛下の元に来てました。
貴方がたの魔力痕を渡され、捜索する依頼が来てましたよ。」
「それの依頼を受けたのは、私ですがね。」
サラリと言う侯爵に、全員バッと顔を向けた。
「中庭でパトリック殿の魔力を感知し、同じ人物だと解りましたよ。」
「侯爵は、私達を大国に引き渡すのですか?」
パトリックが直球で侯爵に聞いた。
「愛し子様が大切になさっている近衛達をですか?あり得ませんよ。
それに、息子の婚約者に嫌われたくはありませんし。」
「第一に、私はリメル大国が大嫌いですからね。」
侯爵の発言に、今度はアルバートが渋い顔をする。
(なんなのよ⋯。皆して、渋い顔したり質問に答えなかったり⋯⋯。イライラするわね!)
アルバートが里奈が怒っていることを察知して、近付こうとするが右手を前に出されてしまう。
「話す気があるのか無いのか、解らない会話をするつもりは無いのよ。私は無駄が1番嫌いなの。」
「話すなら話してくれる?話すつもりがないなら、私は寝るわ。」
里奈から放たれる冷たい神力に、全員がハッとなる。
「私は理由を話すつもりは無いので。」
そう言ったのは侯爵だった。
「解ったわ。パトリック達は?」
里奈はパトリックに冷たい視線を向ける。
「私達は話します。」
里奈は頷き、近くのソファーに座る。
オズオズと、アルバートが隣に座った。
「大国の王女は、私に好意を持っていました。それはそれは、しつこいくらいに⋯⋯。」
パトリックは、本当に嫌そうな顔で話し出す。
「リックは自分の事だから、話しにくいだろう?俺が話そうか?」
サイがパトリックに問いかけた。
パトリックは渋い顔で頷いた。
「リックは今の顔以上に男前だったんだ。それに加え、ザハル帝国のSSランクの冒険者。王女がリックを自分の側に侍らせようと、色々な手を使ってたよ。」
「リックに関わる女性を王女は権力を使い排除した。消された子もいたしね⋯⋯。」
「王女からの色仕掛けなんて毎回だし、媚薬や魅了魔法なんてのもあった。」
「まさか⋯⋯。」
里奈は、パトリックを可哀想な目で見ていた。
「やってませんよ!!」
パトリックが直ぐ様反論したが、里奈は可哀想な視線を止めない。
「いいのよ。どんな事があっても、パトリックはパトリックだからね?」
憐れみの言葉に、パトリックがまたもや反論しようとしたが、
「冗談よ。解っているわ。何も無かったのでしょ?さっきのイライラのお返しだから、気にしないで。」
里奈は、ニッコリ笑顔でサラリと話す。
「まー、やり返されても仕方ないよね。」
「で、俺とリュカは家から逃げたい。リックは王女から離れたい。意見が一致して逃亡したんだ。」
「貴方達の紋の話は出来る?」
里奈の問いに、サイが頷いた。
「大国はアルスタ王国が嫌いだろ?俺らが愛し子様の側にいる事を知って、母親の命を盾に帰国を強要してきた。
俺達は母親を連れて、アルスタ王国に帰るつもりだったんだ⋯⋯。」
サイは殺された母の亡骸を思い出し、肩を震わせ俯いてしまった⋯⋯。
少し待つと、顔をあげ続きを話し出した。
「亡骸を盾にされた俺らは、油断して拘束されてしまった。
愛し子様の暗殺を受ければ、亡骸を渡すと言われたが断った。」
サイが里奈の顔をじっと見つめながら、
「里奈さんに出会い、誰かの為に尽くす事の喜びを初めて知った。
毎日毎日、何かのいざこざに巻き込まれ、それでも必死に誰かの為に尽くす里奈さんの側は、飽きる事は無かった。」
「そして、何より楽しかった。」
「俺達3人は、里奈さんといる事が幸せなんだ。これからも、ずっと一緒にいたかった⋯⋯。」
「だから、そんな依頼は受けなかった。」
サイの言葉に目頭が熱くなる。
嬉しいに決まっている。
泣きそうになった里奈だが、先に泣き声が聞こえてきた。
泣き声を探すと、離れたソファーの裏から聞こえた。
里奈が立ち上がりソファーの裏をそっと覗く。寝ていた筈の聖女達が口に手をあて嗚咽を堪え泣いていた。
見なかった振りをして、里奈はソファーに戻る。
「断ったら、体に紋を刻まれた。紋は勝手に体を動かそうとする。だが、必死に魔力で抗った⋯⋯。」
「反動で意識が飛んだんだ。その⋯⋯。」
サイがパトリックを見ながら、少しだけ言い淀んだ⋯⋯。
「依頼主は、第三王女なんだ⋯⋯。」
パトリックは初耳だったのか、バッとサイを見た。
「嘘だろ⋯⋯。」
「リック、本当なんだ。目覚めた時に王女がいた。依頼を受けろと脅されたよ。」
「愛し子様の側にリックがいる事が許せなかったみたいだ⋯⋯。それと、奴隷紋は俺とリュカを手に入れる為の紋だ⋯⋯。
王女は俺達3人を手に入れる為に、里奈さんを排除しようと我が家に暗殺依頼をしたんだ。」
パトリックがため息を吐いた⋯⋯。
「大丈夫よ?!以前も嫉妬の矛先を向けられたから、気にしないわ。」
全員が思い出した。
アルバートは、里奈の手を握り何も言葉を発せず俯いていた。
「アル。本当に気にしてないわよ?」
アルバートの手をポンポン叩いた。
「その王女は未だにパトリックを狙っているのよね。結婚はしてないの?獣人国の王妃の妹よね?」
「それが⋯⋯。王女は言いにくいのですが、男性がとても好きなのです。
側に置く男性はいますが、結婚はされてなくて⋯⋯。」
サイが言いにくそうに答えた。
「そうなのね⋯⋯。」
里奈は呆れた返事をする。
「側に置く男性なのですが、見目の良い孤児出身の者ばかりで待遇が良いとは言えないらしいのです。」
孤児と聞いた里奈が反応する。
「どういう事?まさか男娼みたいな扱いをさせてる訳じゃないでしょうね?!」
里奈の鋭い指摘に、サイが視線を外した。
「何なのよ!その女は!」
里奈は怒りが収まらなかった。
自分が必死に孤児達の未来に尽力し、それに賛同して力を尽くしてくれる民を思い出す。
「許せない!貴方達が欲しいだけの、くだらない理由で紋を刻んだ。
サイもリュカも、パトリックも死ぬかもしれなかったのよ!!」
「しかも⋯孤児達をっ⋯⋯。」
里奈の怒りは王女に向かった。
敵認定されたのだった。
「許さないわ。絶対に⋯⋯。」
里奈の周りに稲妻が走った。
アルバートには効かないのか、里奈を抱き寄せ。
「獣人国の事が終わったら、直ぐにリメル大国をやっつけましょうね。」
里奈はアルバートの言葉に強く頷いた。
「私達も何かお手伝いは出来ますか?」
そう声を掛けてきたのは、聖女達だった。
ソファーの後ろで立ち、泣き腫らした顔のまま必死に伝えてきた。
里奈は良い事を思いついた。
「王女は貴方達3人を手に入れたいのよね。ならば、大国に行く時に貴女達を3人衆の婚約者として連れて行くわ!」
パトリック達は、ギョッとした。
そんな事をしては、聖女達の命が危ないのだ。
反対しようとしたパトリックだったが、聖女達が先に声を発した。
「その命、承ります。」
聖女達は、頭を下げて了承してしまった。
里奈はニッコリ微笑んだ。
話しの早い聖女達に、感心する。
「女の方が肝が座ってるって本当ね⋯⋯。」
里奈は悪そうな顔で、パトリック達を見遣る。
「私達の婚約者ならば、王女が何をするか解らないのですよ!命の危険さえあるのです!」
パトリックが聖女達を止めようとする。
「私達もパトリック様達と同じです。里奈さんに救われ一緒に過ごす事がとても楽しいです。それに、今の自分が1番好きですもの。」
マリアンネが、そう答えた。
「私達聖女は婚約者はいませんので、大丈夫ですよ?」
オリビアの言葉に、
「我々にもいませんが⋯⋯。」
「本当に婚約しろとは言っていないわ。仮の婚約で良いのよ。でも、他人行儀は嘘とバレるから仲良くしては欲しいわね!」
「聖女達が嫌なら、側付きの3人娘でも良いけど?」
パトリック達は、ライアンのナタリーへの好意に気が付いているので側付きは却下した。
「私はリメル大国に貴方達が受けた仕打ちをやり返したいのよ。私の我が儘なのは解っているわ。でも、平民や孤児を平気で虐げる国は嫌いなのよ!」
「別に貴方達を置いて側付き達や聖女達だけで行ってもいいのよ?」
「婚約者を同行しないなら、ただ私の近衛としてついて来るだけよね?パトリック達は。」
「そうなると、私が王女から嫌がらせをされる訳だし?
でも、私が我慢すれば良いだけよね。
白狐とアルバートが護ってくれるから良いのよ。パトリック達は王女に火を付けるだけの。ただそれだけの存在だし?」
里奈はどんどんパトリック達を追い詰めていく⋯⋯。
「解りました!聖女様達と仮の婚約をします!」
パトリックが大声で答えた。
「ありがとう。リメル大国への嫌がらせは既にやっているけど、やりたい事が増えたわ!」
(((嫌がらせを考えている里奈さんは、いつも楽しそう⋯⋯。)))
白狐を筆頭に、全員が同じ事を思うのだった。
皆の心の声を知らずに、里奈は楽しそうに作戦を頭の中で練っていた。




