8話: 特別な1日に
アルスタ王国の王都の街の作りは丸い。
中心から外に向けて何重もの円を描き街並みを形勢している。高い城壁に囲まれ魔獣からの侵入を防ぎ、また1番端になる円は、時に王都の外に住む民の避難場所ともなっている。
その中心部には小高い丘なる物が2つある。
2つの丘をグルリと王都の城壁よりも低い壁が囲う。
正門から入り右に教会、左に王城がある。
王城は安全の為に丘の下から全てがドームの形で結界で守られている。
許可を持つ者のみ登城出来るのだ。
今日は王城の中の空気が一部張り詰めている。
両陛下の緊張たるや、昨日の議会にいた側近達は理解に及ぶが何も知らされていない城勤めの者は落ち着かない空気にやや翻弄される。
1番大きな謁見の間には、昨日議会にいた全員が登城していた。
今日は『花の刻祈りの儀式』なのだ。
この儀式は、王族が必ず参加しなければならない儀式だ。
貴族や民は月に数回教会に祈りを捧げに足を運ぶが、王族となると中々足を運べないのだ。
故に、月に一度と日にちを定め祈りを捧げに足を運ぶ。
それが、『花の刻祈りの儀式』だ。
王族のみの儀式の為、王族以外が同じ場所にて共に祈る事はない。
なので今回の議会にいた者達と共に祈るのは、異例中の異例なのだ。
謁見の間に集まる者達は、とてつもない緊張の中にいる。
王族との祈り。
乙女の顕著。
皆心の中は散乱状態なのだ。
誰しもが期待や不安に乱れる心を悟られまいと、優美にそして冷静に皆と会話を楽しむ。
と、そこに
「両陛下のお出ましです。」
と、宰相から声がかかる。
皆一様に深く礼をとり両陛下を迎える。
「皆、今日は乙女が顕著される儀式となる。
儀式はナサニエル大司教が祈りを捧げた後、同様に祈るだけだ。宰相より配られた書面通りにすれば心配ない。畏まり過ぎる必要はない。」
「また教会にも問うてみたが乙女がいつ顕著なさるかは解らぬのだ。だが女神様が言を伝えられたならば信ずるまでだ。」
皆が期待に胸を膨らませる中、1人壁際で感情も表情も無く遠くの対面の壁を見つめる者がいた。
フィッセル侯爵令息である。
侯爵令息の周りには人がいない。
皆遠巻きにチラリチラリと視線を向ける。
冷徹とも言われてはいるが、父親以上の顔立ちに見てはならぬが皆が視線を向けてしまうのだ。
そんな沢山の視線も気にする事なくただただ壁を見つめている。
いよいよ
「教会へとの天門を開く。順に通られよ。」
宰相の声かけで皆が歩く。
天門は限られた魔術師により、出発地点と到着地点を門と門とで繋ぐ。
筆頭魔術師により天門が現れる。
爵位の高い者から天門をくぐる。
両陛下の前には安全の為に近衛が先に行く。
天門が開くと高位貴族でも入れない特別な祭壇に案内される。
背中に冷やりと伝う緊張を悟られまいと皆が思う。
1段高い祭壇を前にし、順に王族が横に並び、その後ろに順に並ぶ。
この広間に入ってからは儀式が終わるまで口を開く事は出来ない。
皆、静かに儀式が始まるのを待つ。
直ぐにナサニエル大司教が祭壇の奥より出てきた。
真っ白い儀礼服に銀色の冠を載せ、ゆっくりと一歩一歩とこちらに進む。
祭壇の中央に進むとナサニエル大司教はゆっくりと後ろに体を向ける。
祭壇の上の壁には美しく微笑み祈る者を見守る様な女神様が描かれている。
ナサニエル大司教は
額の前で両手の指を組み深く一礼する。
それに習い、王族から順に礼をとる。
礼をしたまま両膝を着き祈りを捧げる。
その祈りの最中に事は起こった。
突然周囲が銀色に光輝いたのだ。
突然の事に祈るのを止め顔をあげる。
祭壇に突如天門よりもはるかに大きな銀色の扉が現れた。
その美しい輝きに皆魅入られる。
降り注ぐ銀色の粒子がキラキラと光輝いている。
銀色の粒子が体に触れると体の中から温かみが溢れてくる。
自然と皆が涙を流している。
落ち着いた様子のナサニエル大司教が扉に向かい一礼する。
するとゆっくりと重厚な扉が開いた。
皆の涙が止まり視線が集まる中、扉から現れたのは見たことも無い黒髪の美しい容姿をした少女であった。
美しい黒髪の少女がゆっくりとこちらに歩を進める。
緊張した面持ちのその顔はとても整った顔立ちだった。
ナサニエル大司教が乙女の左手を掬い取り前に進む。
乙女は大司教に微笑むと何やら話をしてるようだ。
それと同時に銀色の扉がキラキラと輝きながら消えていく。
そして、乙女が一歩ニ歩と前に出てきた。
乙女が一礼すると美しい黒髪が肩からさらりと流れる。
その美しさに見惚れていると、乙女が顔を上げる。
緊張からか、恥ずかしさからなのか。
ほんのり頬を赤らめ口を開いた。
「おはようございます?」
と、少し照れた様子で挨拶をしたのだ。
………。
(((((可愛いッッ))))))
一同、その美しさやら可愛さやらに気を失いそうになりながらも平静を保つ。
両陛下ですら可愛いさに悶絶しそうなのだ。
そこに大司教から視線で促された陛下。
陛下はこっそりと息を吐き呼吸を整える。
乙女に挨拶するべく視線を向けると、ほんの僅かだが何やら硬直してるように見えた。
だが、直ぐにこちらに視線を向けられた。
膝を着いたまま陛下が口を開く。
「私はこの国の国王エルドリックであります。我が国は乙女を心より歓迎致します。」
陛下がそう述べた後、深く頭を下げた。
皆も一斉に頭を下げる。
乙女は両手を胸の前で握り込み
「顔を上げて下さい。その様な事はしないで欲しいです。」と。
泣きそうな声で話す乙女に皆バッと顔を上げると、今にも泣き出しそうな乙女がいた。
皆がオロオロする中、大司教が優しく問いかける。
「乙女よ。皆は貴方様が来られるのを待っていたのですよ?心から有り難い事とただただ感謝をしているのですよ。」
ゆっくりと乙女の背に手をあてがう。
乙女は大司教に微笑むと、
「ありがとうございます。」
とお礼を伝えた。
乙女が前を向き皆の顔を1人1人見るように視線を動かす。
小さく深呼吸すると、
「藤井里奈と申します。
女神様より、この世界を救うべく来ました。何をするべきか……。
私には全く解りません。」
「ですが、皆さんと一緒に頑張りたいと思います。宜しくお願いします、」
と、勢いよく頭を下げた。
((((可愛くて良い子ッッ!))))
皆の心は重なり合い同じように叫んでいた。
里奈に対する心の声は、皆仲良しなのである。
1人を除いて。
夜にもう1話投稿します。
良かったら覗いて下さい。