77話: 白狐の怒りは天界すらも壊す
〜 ✿ 〜
久々に来た白狐に、女神は全て理解する。
白狐の神力は、怒りを帯び冷たく辺りを冷やして行く⋯⋯。
「久し振りね。白狐。
私が何度声をかけても、ずっと無視し続けたわね。」
白狐は無言で近寄ってくる。
圧が凄まじい。
(本気の怒りではないのに、これ程とは⋯⋯。)
白狐が遥か高位の神であるのを自覚している女神でさえ、白狐の神力に耐え続けるのは辛い。
『今の里奈の魂は濁りつつある。
お主はその理由を知っておるな。』
女神は確信を突かれたが、答えない。
(白狐はあの魂の中にある、黒い塊が何か気が付いたのか⋯⋯。)
『我はアルバートと里奈の魂が器と共鳴した時に気が付いたぞ。』
『あの黒い塊は、召喚された聖女の憎しみの塊だな!』
「⋯⋯。」
『そなたの里奈の中に宿る神力で、魂が何者かを隠した。我にも里奈本人にもな。
だが、お主にとって予想外だったのは青龍の存在だ。』
違うか?!
「⋯⋯。」
『青龍は、我に聖女の残したあの塊に気が付いて欲しかったようだぞ。
そなたの神力では、あの塊を浄化できる事など出来やなしないからな。』
『聖女が憎んだ相手は、この世界全て。
つまり、そなたの存在を憎みながら死んだのだからな。』
女神は白狐の言葉に俯いた⋯⋯。
「聖女に憎まれたか⋯⋯。」
「白狐の考えは、正しい。愛し子の中にまさかあの塊が存在するとは思わなかった⋯⋯。」
『里奈は異世界で存在せぬ立場に追いやられた。それは、あの塊を抱えた魂を大御神が許さなかったからだ。』
『大御神は本来、里奈を消すつもりでいたのだろう⋯⋯。だが、異界で神の使いとされる魂だと解った。神の使いを、消す訳には行かなかったのだろうな。』
女神が顔をあげ、白狐に答える。
「創造神様が、大御神様となんらかの話しをした。そして、里奈はあの状況になった⋯⋯。魂の扱いに、私は関与出来なかった。」
『聖女の魂に我は触れた⋯⋯。あの森での覚醒で、聖女とその相手の男の記憶に触れた。』
白狐の神力の冷たさが増していく。
里奈と聖女⋯⋯。
2人を思い、怒りが増していた。
女神は立っていられないどころか、自身の神力すら保てない状態になる⋯⋯。
『そなたは、聖女とその男を見捨てたな!!』
天界に大きな亀裂が入る!!
白狐の怒りが、天界の結界に触れた⋯⋯。
真っ白な神力の壁が、ゆらゆらと落ちてくる⋯⋯。
『そなたに助けを求めた。だが、助けなかった。理由があるのなら、何故話さなかった!
聖女を召喚したのが聖国だったとて、聖女は異界から来てそなたの世界を救ったのだぞ!』
『里奈は今、獣人国を憎んでおる。
聖女の黒い塊のせいで、憎しみが増幅しておるのだ!!』
『それを必死に押さえつける里奈の心は疲弊しておるのだぞ!!』
女神の世界は崩れ始めた⋯⋯。
女神の心が大きく揺れたからだ。
《白狐!お願い。もう怒らないであげて!》
里奈の思考が白狐に話しかけた。
白狐は無視する。
里奈を傷付ける女神を、許せなかったのだ。
《白狐!私はもう大丈夫!白狐が天界を壊してもどうにもならない。
天界を壊せば、この世界が無くなる。
そうしたら、私が獣人国にやり返せなくなるの!だから、怒りを鎮めて帰って来て!》
白狐は、ここを破壊したい気持ちを無理矢理に抑え込む。
白狐の神力が緩み女神の神力も落ち着く。
「言い訳は出来ぬ。私が招いた結果が、これからこの世界の火種となる。
里奈しかそれを消せぬのだ!私は里奈を愛している。それは真だ!
だが、火種を消さねば世界が消える。それは許されぬと⋯⋯。」
『創造神か⋯⋯。』
女神は答えない。答えないが、答えなのだ。
『里奈の元に帰る。』
白狐は神力を放ち、消えて行った⋯⋯。
女神の世界は綺麗に戻されていた。
「私は許されてはならない⋯⋯。」
女神の涙は、誰に知られる事もなかった⋯⋯。
〜 ✿ 〜
アルバートに、白狐が天界に行った事を聞いた。
皆で楽しく話しをしていたのだが⋯⋯。
白狐が怒りを放った瞬間、里奈が倒れた。
森の中は騒然となった。
アルバートと里奈は白狐と魂が繋がっている。
アルバートも白狐の怒りを感じとっていた。
だが、何故里奈だけ倒れたのか⋯⋯。
理由が解らない。
「アルバート!しっかりしろ!里奈さんを邸に連れて帰れ!」
ライアンからの声に思考を戻し、
「リリは疲れたのでしょう。この日の為に休まず頑張って来たのですから。
邸に帰り、ゆっくりさせます。」
平常心を保ち、何とか言い訳を連ねた。
邸に転移し、里奈をベットに寝かせた。
呼吸はある。
頰を叩き、名を呼ぶが起きる気配はない。
青龍が里奈の側に来て頬に頬擦りをする。
青龍は、涙を流しずっと頬擦りを続ける。
「青龍。貴方は私達の前世とやらに深く関わってますね。そして、里奈の魂を愛していますね?」
青龍はアルバートを見ると、頷いた。
倒れた里奈は⋯⋯。
白狐の怒りを感じた瞬間、魂の奥から湧き上がる感情と対峙していた。
黒髪黒目の女性が男性と心中する瞬間だった。
(これは、過去に召喚された聖女様ね⋯⋯。)
死に行く瞬間、聖女が放った言葉に驚いた。
「この世界を⋯⋯女神を死んでも許さない!この世界の為に戦った私は、ただ彼と幸せに暮らしたかった。それだけ⋯⋯なのに。許さ⋯⋯ない。憎しみを魂に⋯刻み⋯報復⋯⋯。」
聖女と彼は抱き合い、亡くなった⋯⋯。
キラキラと輝く光が、亡くなった2人を包み込む。
現れたのは、白い龍と青い龍⋯⋯。
2人を迎えに来たのか⋯⋯。
亡くなった2人を連れて行った。
(あれは、青龍?)
天に向かう2頭の龍。
青龍の手には白い珠が二つ。
白龍の手には輝く珠が二つ。
里奈は理解した。
私は聖女の生まれ変わりであり、アルバートは聖女の愛した彼なのだと⋯⋯。
聖女は彼と今一緒にいるのに、憎しみに駆られて気が付いていない。
泣きそうになった次の瞬間。里奈の胸に痛みが走る。
これは白狐⋯⋯。
駄目よ!天界を壊しては駄目⋯⋯。
痛みで意識が落ちた瞬間、思考が白狐を捕らえた。
白狐が世界を壊しては、獣人国にやり返せない。
せっかく皆で頑張ってる世界を壊して欲しくなかった。
必死に白狐に話しかけた。
落ち着いてきた白狐を最後に、また意識が落ちた。
意識の中では、幸せな感情と憎しみと悲しみと楽しみ⋯⋯様々な感情が揺れ動く。
ゆらゆら揺れながら⋯⋯。
『帰ったぞ。里奈。』
その声に意識が覚醒した。
目を開くと、白狐とアルバートがいた。
青龍も⋯⋯。
白狐のフワフワな毛に手を滑り込ませ、抱きしめる。
「おかえりなさい。白狐。」
「アル、ただいま。」
アルバートは白狐ごと、抱きしめてきた。
里奈とアルバートは誓う。
【この幸せを絶対に離さない。】
里奈はアルバートの腕の中から青龍を見る。
「青龍。聖女の最後の記憶を視たの。貴方は2人を迎えに来た龍よね?」
青龍が珍しく驚いていた。
まさか、聖女の記憶に触れるとは思わなかったのだ。
青龍は、頷く。
確かにあの龍は、自分だからだ。
「聖女は憎しみのあまり、愛する彼の魂が側にいる事に気が付いていない。アルが側にいるのに、気が付かない。
どうしたら、聖女の憎しみを和らげる事が出来るのかな⋯⋯。」
『器同士が共鳴するしかないか?青龍よ。』
青龍は白狐をじっと見つめ、小さく頷いた。
「白狐。意味が解らないのだけど⋯⋯。」
『アルバートと2人で里山の家に帰り、夜を共にしろ。それで解るな?』
え?!もしかして、そっち?!
アルバートが白狐に問いかける。
「白狐、私はまだ状況が理解が出来ないでいる。夜を共にすればそれが解るのか?」
白狐は頷いた。
アルバートとて、愛する里奈との夜は吝かではない。
だが、こんな事情でいたして良いのか悩むのだ。
「聖女の魂を救うのがそれなら、私は大丈夫。相手はアルだもの!」
里奈のその言葉に、アルは我慢ならず里奈を抱き寄せ一瞬で転移した。
『状況を理解したいから急いだ⋯⋯。
訳では無いのが、あやつらしいな。』
青龍も同意の頷きをする。
『青龍よ。そなたは、この世界に縛られておるな。縛っておるのは、創造神だな。』
青龍は小さく、小さく頷いた。
『相わかった。もうしばらく我慢せよ。』
青龍は白狐の背中に乗り、震えていた。
泣くのを我慢していたのだ。
(神の使いの青龍が、泣きたくなる辛さか⋯⋯。)
白狐は青龍の耐える姿に情が湧いていた。
同じ世界に棲まう神なのだ。
異界で縛られる理由は大きいのだろう。
里奈はアルバートが何とかするとして⋯⋯。
『誤魔化しに行くか⋯⋯。青龍よ。姿を消すのだ。』
青龍を背中に乗せたまま、白狐は側付き達の元に向う。
里奈は安静が必要だと。
明日一日を部屋で過ごすと、伝えに向かったのだ。
〜 ❀ 〜
アルバートと里奈が帰って来たのは、昼を過ぎてからだった。
アルバートに抱えられたままの里奈⋯⋯。
ニコニコ満足気なアルバート⋯⋯。
事が上手く進んだと、聞かずとも解る。
「た、ただいま?白狐⋯⋯。」
居た堪れない里奈だが、挨拶をした。
『聖女の魂の塊もほとんど消えかけておるな。里奈の心も、もう大丈夫なようだ。』
「聖女がちゃんと気が付いてくれたの。
聖女が願った、彼と一緒に幸せになる。その願いを叶える事が出来た。でも、女神様への憎しみだけは消えなかった⋯⋯。」
『いずれ浄化される。その時が聖女の真の幸せを迎える時なのだろう。』
『アルバートは状況が理解出来たか?』
アルバートは里奈を抱えたまま、久々の膝抱っこで白狐に答える。
「彼は、女神を世界を恨んではいなかった。来世での幸せを願っていたし、それに聖女と一緒に死ねる事が嬉しかったようです。離れる事がない。例え死であっても一緒にいるのだと。」
「彼の生まれ変わりだからなのか、その気持ちは理解出来ました。死ぬ時も共にいたい。その願いを私は理解できる。」
アルバートの言葉に里奈は驚いた。
「私が死んだら、アルも死ぬの?」
アルバートは里奈の頭を撫でながら、頷いた。
「アルの気持ちはとても嬉しい。けど、私がいなくなったとしても、アルは自分の人生を生きて欲しい。」
里奈の言葉を聞いたアルバートは、
「リリのいない世界は、私に必要ない。リリとずっと一緒にいたいのです。私は何も要らない、リリと共にいる事だけが私の唯一の望みなのですから。」
里奈にそう伝えた。
里奈はアルバートに抱きつき、泣いている。
「私も⋯⋯。でも、アルと少し違う。」
里奈がアルの目を見て伝える。
「白狐に何かあっても、私は生きていけない。アルと白狐が私の唯一なの。」
少し申し訳なさ気な里奈に、
「では、3人で共に死にましょうか?」
『我を殺すな。その前に、そなた達を死なせる訳がなかろう。』
アルバートと里奈がお互いの顔を見遣る。
同時に笑い出した。
「ところで白狐。聞いても良いかな?」
白狐が里奈を見る。
里奈は白狐の背中をじっと見つめる⋯⋯。
「青龍は、なぜ白狐の背中に貼り付いてるの?」
『気にするな⋯⋯。』
白狐がフイッと視線をずらした。
青龍は短い両手で白狐の毛を握りしめている。
離れない意志を強く感じる。
(可愛らしいから良いけどね!)
「解ったわ。気にしないでおくわね。」
「それと。女神様は何かしたの?聖女が死の間際に「許さない」って死んだのよ。
白狐は知ってるの!?」
『聖女の死に女神が関与したのは事実だろうが⋯⋯。何をしたのかは、我にも解らぬ。ただ、憎しみの塊を女神は知っていた。それが聖女のものであるのも解ったうえで、我らに隠していた。』
里奈は考えてしまう。
「罰を与えた国が召喚した聖女だから?にしては、見捨てる事かな⋯⋯。違う理由があったのかも⋯⋯。」
青龍の手に力が入ったが、白狐は気が付かない振りをする。
『女神の事は、まだ考えずとも良かろう。
今は、獣人国の事に専念しろ。』
(白狐は教えてくれないか⋯⋯。
でも、白狐から感じるモヤモヤな感じは何だろう⋯⋯。)
里奈は、チラリと白狐を伺った。
視線に気が付いた白狐は、また視線を外した。
「白狐っ!!何を隠してるの?何だかずっとモヤモヤする感じが流れて来てるのよ!!」
アルバートも気が付いていた。
「確かに白狐らしくない感情を感じますね。」
2人にばれてる⋯⋯。
『隠してるのではない。
里奈の魂に黒い塊があるのは、里山にいた時から気が付いていたのだ。』
『だが、悪意もなければ里奈に影響がなかったが故に様子を見ていた。
気が付いた時に何かしらしておれば、里奈の心を疲弊させる事もなかったか。とな⋯⋯。』
「白狐はリリへの初手を間違えたと、後悔しているのですね。」
里奈が白狐に近付いて、額を撫でる。
背中は青龍が貼り付いているから。
「白狐。気にしないでね。最初に気が付いていたとしても、きっと今と結果は変わらないよ。私とアルが青龍に会わない限り、何も変わらないんじゃないかな。」
白狐の頭を抱え込み、抱きしめる。
「いつも気に掛けてくれて、ありがとう。
白狐がいてくれるだけで、わたしは幸せになれるの。ありがとう。」
白狐とて同じ気持ちを持っている。
里奈の幸せのみに尽力するのだから。
『我が勝手に里奈を護っているだけだ。
里奈の魂の輝きを見ていたいだけだからな。』
「お互い様ね!アルも一緒だからね。」
里奈は振り返り、アルバートに話しかけた。
少し拗ねていたアルバートだったが、里奈の言葉に気持があがる。
『ほんにアルバートは単純だな。』
里奈はクスクス笑い、白狐をまた強く抱きしめる。
明日は森の奥に報復への準備を施す。
後戻りはしない!そう決心する。




