5話: 女神の森を守る国
男の漏らした小さな発言に皆の視線が集まる。
当の本人は目を閉じ右手を顎に添え何やら考え込んでいるようだ。
フィッセル侯爵か。
我が国の侯爵で筆頭として君臨する当主だな。
長い王国の歴史の中で外交に長け、本人曰く『歴代の当主は歴史の虫だ。』という通り、各国の歴史背景等様々な知識を持つ。
召喚に関して何かしら知識があるのであろうか。
誰もが希望を見出した今、失態を犯す訳には行かないのだ。
「フィッセル侯爵。何でも良い。何かしらの案があるならば話して貰えるか。」
フィッセル侯爵は右手を顎に添えたまま、目だけを開き陛下に視線を移す。
思考に意識が集中しておりその所作が陛下への不敬である事にすら気がついていないようだ。
だが、陛下を始め宰相も周囲の貴族達も気に留める様子はない。
そう。このフィッセル侯爵は他人に殊の外興味がないのだ。
自身の知識をどれだけ駆使して国を豊かにし、いち早く復興するのかにしか興味がないのだ。
国を豊かにする。それが意味するのは、愛する妻を始め妻が愛する者を守る為のものでしかないからだ。
この男は今、頭の中で計算しているはずだ。この女神様からの乙女に関わる事に対する利点を。利点を得ればこちら側につく。
しかし、その利点とやらを他が理解する事は出来ないのだ。
この男の利点は我々とは向ける視点が違うのだから。
皆からの視線を浴びながら右手を降ろし小さく頷くと迷いなく言葉を告げる。
「陛下。私の知識が正しいのかは解りません。しかし召喚されし乙女の歴史。と、伝えられた文献の詳細をお話しする事は出来ましょう。」
利点を見出した。
侯爵を知る者は皆思考が一致した瞬間であった。
フィッセル侯爵はゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「今は滅びし聖なる国。国内に蔓延する疫病や厄災に国は総力を挙げ対策を講じました。しかし何も効果は無く日々疲弊して行く国を、そして民を見守る事しか出来ずにいました。
しかし、筆頭魔術師により古代遺跡にて聖女召喚の術を発見したのです。」
侯爵はそこで言葉を止めた。
皆も理解しての事である。
古代遺跡にての……。で皆も思った事だろう。今蔓延りし厄災はまさに隣国が古代遺跡を利用し撒き散らしたものであるからだ。
魔法、魔術に特化し発展した古代の帝国。一夜にして滅んだと弱小の近隣諸国の文献には記されていた。
各々もつ知識の中で確認した後、視線を侯爵に向ける。
侯爵は言葉を続ける。
「召喚した国にも聖女は当然おりました
。ですが古代遺跡に記されているのは異世界からの聖女召喚でした。召喚に成功し膨大な魔力にて浄化と癒しの治癒で国を救いました。国としては目出度し目出度しですな。」
しばしの間の後に
「異世界の聖女は聡明で優しい女性と記されていました。知らぬ国に突然召喚され泣き暮らす中で、責任を感じた王子や高位子息達が心を尽くし助力を惜しまず聖女の役割を共に果たして行きました。
その中の1人の高位子息と想い合う仲となりそれは周知の事実となりました。しかし、子息には婚約者がいたそうです。同じ高位の息女でありましたが身分を盾に我儘放題であったと。子息と聖女は褒美の代わりにと陛下に息女との婚約の白紙と聖女と子息の婚約をお願いしたそうです。
褒美は承認され婚約の白紙と新たな婚約が発表されました。白紙にされた息女は陰で聖女を、聖女に関わる者をそれはそれは執拗に虐げたそうです。
聖女は優しい女性であったが故に苦しみ抜き子息との婚約を解消しようとしたそうです。
子息は受け入れず聖女と共に他国に逃げる事も視野に入れましたが、残される家族の処罰の事を考えそれも出来ずに……。」
皆、侯爵の話に意識が集中している。
「行き場のない2人は教会の祭壇の前にて、誰に祝福される事も無く婚姻届に名を記し、お互いの胸を刺して抱き合ったまま亡くなっていたそうです。」
静寂に包まれた中、1人の男性が口にする。
「召喚されし聖女の悲話は理解いたしたが。それと今回の乙女との繋がりは何であろうか。先程、貴殿は見目の良い男性をと話しておらなかったか?」
そう言えば…。
と、皆が先程聞いた侯爵の言葉を思い出す。
侯爵本人も再び顎に手を添え記憶をなぞる。
小さく頷くと侯爵は
「文献を読みながら最初に出た疑問が見目の良い男性とはどんな顔か考えたからですね。記憶の中の文献を開き読みながら出た言葉だったからでしょう。深い意味はありませんよ。」
と、ニッコリ微笑む。
見目の良いであるならば、侯爵こそとんでもない美麗の顔なのだ。
この国は優しげで甘い顔の金に近い髪の男性が美麗として主流だが、侯爵は神経質な顔立ちではあるが頭の良さを表したかのような端正な顔立ちなのだ。
主流ではない銀髪に薄い蒼目は社交界の裏で大変人気なのだ。
他人に全く興味ない侯爵は知らぬ事であろう。
「して、侯爵よ。
そちは、その聖女と乙女に何かしら繋がりがある。そして、それが我々が準備に必要な何かであると。そう言いたいのであろう?聖女の話はこれからの侯爵の考えに必要だから話した。違うか?」
この方は真に賢王である。
侯爵の考えの先を読んでたかのようだ。
侯爵は満足気に微笑むと陛下に告げる。
「召喚されし聖女は異世界。即ちこの世界ではない場所から召喚されました。
また、乙女ですが我が国であるか若しくはこの世界の人間ならば女神様からの言にて教会に直接来る、または教会関係者を向かわせ連れて来られる事が出来るかと。まして他国にて我が国の乙女を顕著させる訳がない。」
「即ち、乙女も異世界の人ではないかと考えたからです。」
言われてみればその通りなのだ。簡単な謎解きの様だが、それを瞬時に判断するのは難しいのだ。
しかも聖女召喚に当て嵌めるなど侯爵にしか出ない答えだ。
「して、必要な事は何であるか。」
陛下が侯爵に問う。
「女神様より遣わされるとして、乙女は我々では出来ない瘴気と魔物に対する事かと。討伐に同行する……。もしそうとなれば、かなり心身共に疲弊して行くはずです。乙女も聖女と同じ気質であるならば、寄り添う者が必要かと。見目が大切かは解りませんが乙女に寄り添える人物を急ぎ選定した方が宜しいかと。」
陛下が侯爵の言葉に瞬時に反応する。
「宰相に命ずる。男性は気性が穏やかな子息を。女性も同じが良かろう。」
「乙女に必要な年配者はまた後日の選定とする。子息息女の人数は少数にて厳密に選定せよ。」
宰相は深く一礼するとその場を数人の側近を連れ退出して行く。
「さて。」
「ここで今見聞きした事は明日の儀式終了まで他言は許されぬ。明日の儀式が終わるまで誓約魔法をかけさせてもらう。」
陛下はそう告げると立ち上がる。
ふと皆を順次した後、ゆっくりと口角を上げる。
「やっと本格的な復興に明るい兆しが灯る。明日の儀式を皆で成功させようぞ。」
皆一斉に陛下へと頭を下げる。
陛下はローブを翻し部屋を下がられた。
侯爵も口角を上げ礼を取りつつも乙女について考える。
乙女はどんな知識を持つ者か。
フィッセル侯爵の利点。
それは、乙女の持つこの世界に無いであろう知識。ただそれだけの興味で乙女と関わろうと思案する。
沢山の物語がある中、読んで頂きありがとうございます。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。