36話 里奈の逆鱗増加中
新王を祝う広場で、里奈を知る獣人達は顔を青褪めさせていた。
クーロ達もサロも、里奈は厳しいが優しい人なのを知っている。
だが、目の前の里奈は冷酷な処罰をセアラ妃に行使していた⋯⋯。
立ち尽くし広場を眺めるクーロ達に、
「リリを非道だと思いますか?」
アルバートが突然声をかけてきた。
「いや⋯⋯。」
クーロが否定するも、人が燃えその側で平然と立つ様に言葉が見つからなかった。
「私は王妃様やゴッドローブの時とは違う何かを感じて、その違いが何かが解らないのです。」
サロは自身の考えを話す。
「王妃の時も怒っていましたよ?ただあの場でリリは私の両親に復讐の機会を譲りました。
アルスタ王国にいた時から、父のゴッドローブへと怒りと執着に気が付いていたのでしょうね⋯⋯。」
アルバートは子供を撫でる里奈を眺める。
「知っていますか?
〈愛し子様の逆鱗に触れてはならない。〉
アルスタ王国での暗黙の言葉です。
愛し子様の逆鱗には、愛し子様の側に侍る者には手を出してはならない。
そう言われています。」
アルバートはサロとクーロ達に視線を移す。
「リリは自身に関わる者に手を出す事を許さない。貴族平民、身分は関係ありません。リリの冷酷な心は側にいる者を守る為です。
今回は、ヤービスやイーロに代わり罰を与えたのでしょう。」
「そうなのですね⋯⋯。里奈さんは、側近を大切になさる方なのですね。」
サロがアルバートの話に頷いている。
アルバートが、フッと笑った。
「サロさんやクーロさん達が危害にあえば、リリは相手を処罰しますよ?サロさんは経験しているではありませんか。
血まみれのサロさんを見たリリは、怒っていましたよ。
貴方がたは、愛し子様から大切にされている者なのですから。貴方がたも愛し子様の逆鱗なのです。」
アルバートの言葉に、サロもクーロも重鎮達も信じられない顔をしている。
「リリの逆鱗は沢山あり過ぎて、リリはいつも誰かに怒っていて大変なのですから。」
クスクス笑うアルバートに、サロ達はポカーンとしている。
自分達が愛し子様の逆鱗になるとは⋯⋯。
「リリが怒り過ぎないように、サロさん達も誰かと揉めたりしないで下さいね。」
アルバートのお願いに、各々行動を気をつける事にする。
愛し子様がゆっくり出来るように。
自身が、誰かの怒りを買うことがないようにと。
アルバートが里奈のいた場所に視線をやる。
「リリは帰ったようです。私も帰ります。
ザイラー国の新たな門出にお祝い申し上げます。」
アルバートは祝いを述べると、一礼して帰って行った。
「クーロさん⋯⋯。私達は愛し子様の逆鱗に入れて貰えたのですね⋯⋯。」
サロはアルバートがいた場所を眺めたまま、呟いた。
「そのようですね⋯⋯。」
クーロも呟く。
「嬉しい事ですが、畏れおおいです⋯⋯。」
全員が受け止めきれず、祝いを無視して縛らく呆然としていた⋯⋯。
〜 ❀ 〜
クレメン陛下の祝いから縛らく経った頃、巡礼にまわっていた聖女一行が帰ってきた。
里奈は神殿にて一行の到着を待つ。
門の外に愛し子様が立ち、後ろには側付き全員がずらりと並ぶ。
愛し子様の右隣には婚約者であるアルバートが、左隣には本来の姿の白狐が並んでいる。
神殿の門の下に続く街道には、沢山の民が出迎えていた。
門の前に視線を向け、神々しく立つ愛し子様を獣人国の民達は眺めていた。
遠くから馬車の音が聞こえてきた。
騎士を先頭に、数台の馬車がこちらに向かっている。
馬車の中には勿論聖女達が乗っている。
アルスタ王国の聖女。
ザイラー国の聖女。
民には聖女達が国境へ浄化と治癒の巡礼に向かった事は公布されていた。
神殿の中にのみ存在した聖女が、民の為に国の為に巡礼に向かってくれた。
アルスタ王国の聖女は、ザイラー国からの仕打ちを知りながら国を助けてくれた。
両国の聖女達に感謝でいっぱいだった。
馬車が神殿の前に止まり、アルスタ王国の聖女達が先に現れた。
民からの大歓声を受ける。
聖女達は民へと体を向けたまま、呆然としている。
次いで、ザイラー国の聖女達が降りた。
同様の大歓声を受ける。
聖女達全員が民を見つめたまま固まっていた⋯⋯。
里奈はその様子にクスリと笑うと、神殿の階段を降りてきた。
「お帰りなさい。皆さん。」
里奈の声に聖女達はバッと振り向き、里奈を視界にとらえた。
里奈は愛し子の真っ白な衣装に身をつつんでいた。
マリアンネが直ぐ様膝を突き、儀礼の礼をとった。
残る聖女達も礼をとった。
「たたいま戻りました。」
マリアンネが代表して、愛し子に挨拶をする。
聖女達が一斉に頭を下げた。
愛し子様に膝を突く聖女様⋯⋯。
美しく神々しい光景に、民達は感嘆の息を漏らしている。
「ご苦労様でした。縛らくはゆっくり休んで下さい。」
里奈の言葉に、聖女達は深い礼で返事を返した。
「さっ!皆立ってくれる?」
と、畏まった雰囲気を消し気軽に声をかけた。
「民達の出迎えに驚いたでしょう?
聖女様達を出迎えたいと要望が多くて、皆で出迎えようと話が纏まったの。」
聖女達は民達へ向いた。
聖女達がこちらを向いてくれた!と、大騒ぎだった。
聖女を間近に見る機会がない獣人国の民は、美しい聖女達を見て、崇めたり頰を染めたりと様々な様子で注目している。
「手を振ってあげたら?」
聖女達の後ろから、里奈が提案する。
オティとリティがおずおずと手を振ると、今迄にない大歓声が上がった。
オティとリティは神殿から出た事がない為、民を間近に見たのはこの巡礼が始めてなのだ。
マリアンネ達アルスタ王国の聖女は慣れたもので、にこやかに手を振り歓声に答えた。
アルバートが里奈の側に近寄り、神殿へとエスコートを始めた。
オティとリティを先に行かせ、マリアンネ達がそれに続いて神殿へと入って行った。
民達は姿が見えなくなるまで、感謝と労いの言葉をかけ続けていた。
神殿の奥に入ると、里奈がクルリと振り返った。
「オティ、リティ。お帰りなさい!お役目ご苦労様でした。」
里奈が優しい声で二人を労う。
二人は勢い良く里奈に抱きついた。
「辛かったですー。マリアンネ様が厳しくて、辛かったです!」
と、少し甘えん坊のリティが泣きついた。
里奈様はクスクス笑い、オティとリティを抱きしめた。
「マリアンネの厳しさがあったからこそ、二人はちゃんと魔力の底上げが出来ているわ!短い期間で凄いわ!」
里奈に褒められた嬉しさと、巡礼中のマリアンネの指導の厳しさを思い出したのとで二人は泣き出してしまった。
里奈は笑いながら、オティとリティを慰めた。
「マリアンネが二人に行った指導はね、私がアルスタ王国の筆頭聖女と補佐の聖女に行った事よ。」
二人は驚き泣き止んだ。
「筆頭聖女と補佐の聖女はマリアンネが指導したものとは比べ物にならないくらいの厳しい指導を私から受けたわ。実際にこの四人合わせても、筆頭聖女には勝てない。
魔物の討伐もするし、森の再生も浄化も一人で行うわ。それが終われば多くの民の治癒。」
里奈の話に、オティとリティは驚いて垂れていた耳をピンとたてた。
マリアンネ達は心の中で、オティとリティの可愛さに悶絶していた。
だが、里奈が話しているのだ⋯⋯。悶絶は一瞬だけで済ませた。
「ザイラー国も、聖女を増やし聖魔力を高めなければなりません。
アルスタ王国の聖女を何時迄もこちらに置くわけにはいかないわ。
一週間。オティとリティにはアルスタ王国の筆頭聖女のアーグと補佐の聖女セシーの元でより高みを目指して貰います。」
否は言わせて貰えないだろう。
でも、オティもリティも否と言うつもりは無かった。
「畏まりました。筆頭様にご指導頂きたいと思います。」
オティとリティは里奈の提案を受けた。
畏まる二人に、里奈は少しだけ意地悪な笑顔で告げる。
「貴女達がアーグの厳しさから逃げ出さない事を祈るわ!」
オティとリティがふと視界に入ったのは、マリアンネ達だ。
笑顔が引き攣っているのを見て、早まったかもしれないと感じてしまった⋯⋯。
「アーグの指導に耐えて、アーグの承認を得たならばオティとリティの二人を筆頭聖女とします。だから、頑張ってね!」
里奈が二人の肩をポンと叩いた。
「頑張るしかありませんわ!」
握り拳を作り、気合を入れたオティとリティ。
可哀想な視線を向けるマリアンネ達は、アーグの指導の厳しさを知っている。
だが、筆頭聖女としての力は素晴らしいのだ。
オティとリティがザイラー国の筆頭聖女となるように祈りを捧げる。
と、同時にアーグの指導にも耐えれるように祈るのだった。
「とりあえず縛らくはゆっくりしてね。アーグ達がこちらに着いたら、また教えるわね!」
里奈は聖女達と別れ邸に帰った。
神殿に残る聖女達はソファーに座り、久々の寛ぐ時間を堪能する。
国境の瘴気は特に濃く、魔物も発生していた。もう少し遅ければ、街や村に魔物が向かっていただろう。
アルスタ王国の国境に向かう最中、愛し子様が立ち寄った神殿でお世話になった。
メイリー神官長が街に魔物が近づかなかったのは、愛し子様が置いて行かれた珠のおかげだと教えてくれた。
愛し子様の珠を神殿に置いた時から、瘴気がかなり遠方に下がったと言っていた。
神官長に見せて貰った珠を確認すると、聖女達は顔を引き攣らせた。
とんでもない魔力を詰め込んでいたからだ。
マリアンネ達は魔力量が高い為、里奈がどれだけの魔力を詰めたかの判断が出来たのだ。
オティとリティに珠の説明をすると、驚きはしたがそれよりも落ち込んでしまった、
マリアンネ達は里奈の魔力を正確に感知したのに対して、オティ達は魔力が込めれているくらいしか判断出来なかったからだ。
オティとリティは、ここでも己の未熟さを感じてしまったのだ。
浄化の手順を指導してもらい、魔力が底をつきそうになるまで瘴気の浄化を一日中行った。
それでも浄化が出来ず、マリアンネ達が足りない分を浄化してくれた。
浄化で魔力をゴッソリ持っていかれる為、民への治癒が出来ず毎日悔し涙をながした。
それを毎日毎日繰り返すと、浄化を全て行い民への治癒まで魔力が持つようになった。
マリアンネの厳しい指導に、今迄甘やかされて来た聖女は打ちのめされ、一度だけ逃げ出したのだ。
神殿から神殿を繋ぐ天門が実はあるのだ。
オティとリティはそれを知っていた為、天門を使い王都に帰ってきていた。
神殿には誰もおらず、神殿の外も静まりかえっていた。
街の中心まで近づくと、何やら大歓声か聞こえる。
二人は隠れて歓声の内容に耳を傾ける。
その時聞こえた声に聞き覚えがあった。
「悪い事をすれば、自分に返ってきます。」
その言葉を聞き、逃げ帰ってきた自分達が情けなく感じていた。
「自分達が逃げたりしたら、自分達からも逃げれるのよね⋯⋯。」
オティの呟きにリティは黙ってしまう。
どちらからともなく神殿へと歩き、天門をくぐりマリアンネ達の元に帰って行った。
オティとリティは自身の甘ったれた性格を直す為、マリアンネ達の言葉には絶対に否を言わず従う事にした。
マリアンネ達には、自分達が泣いても指導を緩めないようにお願いした。
とてもよく泣く二人たが、泣いてもマリアンネの指導に食らいついた。
国の浄化も半分出来た頃に、休息として王都への帰還となった。
王都での民からの歓迎には、胸が熱くなった。
聖女として民達が喜んでくれた事が嬉しかったのだ。
オティとリティは、民の為にも頑張る決意をする。
が、筆頭聖女の指導を受けて解った事がある。
マリアンネ達の指導は優しかったのだと⋯⋯。
筆頭聖女の指導は、地獄そのものであった。
では、筆頭聖女すら震え上がらせる愛し子様の指導とは⋯⋯。
オティとリティは、その事は思考の奥の奥にしまい込み考えない事にした。




