29話 王城の第一歩
アルスタ王国の聖女と会える。
そう喜ぶオティとリティと別れた後、邸の私室に直接転移し夕食も食べずに早々に眠りに就いた。
夕食も食べない里奈を邸にいる者が酷く心配して、医者だ!聖女様を呼べ!
と、大騒ぎとなった。
普段ならば騒ぐ事はないが、今日の事を考えると皆が里奈を酷く心配してしまうのだ。
白狐の『心労だ。寝れば良くなる。静かにしろ!』
鶴の一声ではなく、狐の一声で邸は落ち着いた。
らしい⋯⋯。
里奈が目覚めたのは、昼を過ぎてからだった。
起きようとするが、体が重く起きる事が出来ない⋯⋯。
『まだ疲れが抜けぬか?神力で治癒しても良いが、自然に治癒した方が今回は良かろう。』
横を見ると、子狐の白狐がいた。
「そうね⋯⋯。もう少し寝ても良いかな?」
白狐が里奈の胸元で丸くなり、一緒に眠る。
アルバートが部屋に来た時には、里奈は眠っていた。
『先程起きたが、また眠った。治癒をすると直ぐに動き出すから今回は治癒はせず、身体を休ませる。』
白狐は態と治癒をしなかった。
じっとしていられない里奈は、元気になると直ぐに外に出て行ってしまうのだ。
「数日は静養させます。やる事は沢山ありますが、その為に私や側付きがいるのです。ライアン達や神殿に、暫く休ませると伝えて来ますね。」
アルバートは伝えるべき者の元に向かった。
里奈が次に起きた時には、夜も更けてからだった。
今迄経験した事のない体の怠さに、ため息がでる。
「はぁー⋯⋯。」
(疲れて怠いのか、寝過ぎて怠いのか。)
里奈は寝台の中で暫くぼーっとしていた。
部屋に様子を見に来たアルバートが、里奈の目覚めに気が付いた。
だが、里奈の頬がほんのり赤い事に気が付いた。
「リリ。大丈夫ですか?」
アルバートが額に手をあてた。
「少しですが、熱がありますね。」
そう言うと、洗面用の桶に魔法で氷を出し布を濡らすと里奈の額に置いた。
「心労からの発熱です。リリは働き過ぎです。数日はゆっくりしましょうね。」
里奈を甘やかす様に、優しく頬を撫でる。
「でも皆は働いてるわ。私だけゆっくりは出来ない⋯⋯。」
里奈の言葉にアルバートが、
「リリは働き過ぎだと、私は言いましたよね。ゆっくりしましょうとも言いました。」
(なんだか怖いわね⋯⋯。)
「リリの心が疲れているのです。体は白狐が治癒してくれますが、心は休んで治すしかありません。
それに、今のリリは皆の邪魔になります。
暫くは部屋から出る事を禁止します。」
アルバートの厳しい言葉に、一瞬反論しようとしたがアルバートの視線が怖すぎて
「はい⋯⋯。」
その一言しか口に出来なかった。
愛し子様は暫く安静の為、外出禁止となった。
王宮に入ったクーロ達は、広間に王宮に勤める者を全員集めた。
「この場にいる者全員、本日は下がってもらう。二日後に登城してもらうかは、明日通達を出す。」
クーロの発言に、集まった者は納得しない。
「なぜ城から出なければならないのですか!」
「そうです。」
「通達が無かった者は、職を奪われるのですか?」
文句や質問が、あちらこちらから飛び交う。
「これは、愛し子様の命を受けた私の判断だ。王宮に勤める者、大臣職全ての職を白紙にする。
何も後ろ暗い事がない者は、再度王宮勤めとなるだろう。」
クーロが厳しい顔で話し出す。
「獣人国がアルスタ王国や愛し子様に行った残虐な行為は世界に公表される。」
クーロの言葉に、集まった者がざわめく。
「新しく国を立て直す為には、世界に、そして獣人国の民に、我が国は変わったと広めなければならない。
その一歩として、王宮に勤める者を全て一から雇い直す事から始める。」
一人の男性が問いかけた。
「クーロ殿の言葉は理解出来るが、それだけで獣人国が変わったと示す事が出来るのか?誰がそれを認めてくれると言うのだ?」
「愛し子様と、アルスタ王国が我が国の後ろ盾となって下さるそうだ。」
ざわめきが大きくなる。
我が国の王妃が仕出かした相手国が、後ろ盾など信じられないのだ。
許される筈がないのに、後ろ盾とは⋯⋯。
ざわめきは、戸惑いの内容ばかりだ。
「アルスタ王国の陛下は、王妃やゴッドローブが人族であった事が大きく関係すると言っていた。
獣人の誰かが首謀者ならば、許す事は無かったと。
同じ人族として、獣人に対する迫害がある事も考慮して下さった。
また、王妃がリメル大国出身な事が大きいとも⋯⋯。
あの国は獣人を嫌っている。
人族が獣人国を滅ぼそうとした事は、同じ人族として許し難いと⋯⋯。
愛し子様と女神様に愛されるアルスタ王国が後ろ盾ならば、世界は新たな獣人国を認めざる得ない。そうおっしゃって下さった。」
クーロは集まる皆を、端から端まで見遣る。
「獣人が生き残る為にも、私に協力して貰いたいのだ。」
クーロが頭を下げた⋯⋯。
王城で宰相として手腕を振るい、国を動かしていた最高職の大臣だった人物なのだ。
罷免された理由を殆どの者が知っている。ヤービス殿下を最後まで守り、救おうとしたからだと⋯⋯。
「クーロ殿の仰る事は理解した。
だが、アルスタ王国を信用して良いと考えておられますか?獣人国が乗っ取られる事が無いと言い切れますか?」
アルスタ王国が獣人国を支配下にするには、この事態を利用しない手はないからだ。
皆の言いたい事は、十分に理解できる。
「獣人国の立て直しを最初に言われたのは、愛し子様でありその命を受けたのは、愛し子様の側付きでした。
側付きの方達は、私達の元に協力を求めに来られた。
新たな獣人国を作る為の人選を、私達に任せたいとな。」
クーロは一瞬、言い淀んだ。
「私達は、始めはお断りをしたのだ。
ヤービス殿下や自分達を捨てた国を助ける気持ちが起きなかったのもある。
そして、私達の命を救って下さったアルスタ王国への恩返しをする事に決めていた。ザイラー獣人国とは、決別したのだと⋯⋯断ったのだ。」
元宰相が国を捨てたと⋯⋯。
再興の助力を断ったと⋯⋯。
クーロが元宰相として、獣人国の再興を願い出たと思っていた。
まさか、逆だったとは皆は思っていなかった⋯⋯。
「私達が主軸でなければならないと。
王妃達と最後まで対峙したからだろうな⋯⋯。」
クーロは真っ直ぐな目ではっきりと伝えた。
「アルスタ王国が獣人国を乗っ取る事はありえない。世界中で獣人を対等に接してくれる国は、あの国くらいだろう。
我々は世界を知らなさ過ぎると言われた。
私もアルスタ王国で生活する中で、沢山の事を学んだ。
人族全てが獣人を疎んでいる事はないのだと、初めて知ったのだ。」
「これから沢山の人族がこの王宮で、立て直しの為に訪れる事になる。
皆も自分の目で見極めると良いだろう。
明日の通達を待って、再度登城し雇用の手続きを行って貰いたい。」
クーロの説得に殆どの者が納得してくれ、明日の通達を待ってくれる事になった。
「最後にもう一つ、伝えねばならない事がある。雇用を切られる者もいる。
理由は本人が一番理解していると思う。
二度と登城出来ないと思って貰いたい。」
厳しい口調でクーロが伝える。
幾人かの者が肩を揺らした⋯⋯。
全員が城から下りた事を見届けると、クーロは宰相室に入った。
以前より派手になった宰相室に、昔を懐かしむ箇所が一つも残されていなかった。
(どれだけの税を注ぎ込んだのだっ⋯⋯。)
宝石や美術品で飾られた宰相室では落ち着かないと、客室に移った。
早速ライアンに渡された魔鳥を使い、こちらに来てもらうようにお願いする。
「人がいない王城は静かだな⋯⋯。
だが、清々しく感じてしまう⋯⋯。」
クーロの呟きをツバイが拾う。
「一から立て直すのです。静かなのはけっこう。」
ツバイは席に座り、明日通達する封書を早速作成していく。
数百もある封書を明日の朝までに作らねばならない。
六人で黙々と作業をしつつ、ライアン達の訪問を待つ事にした。
封書作成も残り半部を過ぎた頃、待ちに待ったライアン達側付きが全員来てくれた。
「お待たせしました。作成作業をしているのですね。」
ライアンがクーロ達に声をかける。
「お待ちしておりました。訪問、ありがとうございます。」
クーロ達は、側付き達に歓迎の挨拶をする。
「ここが宰相室ですか?地味ですねー。」
部屋をキョロキョロ見ながら話すのはカルロだ。
「ここは客間です。宰相室は目が痛くなる部屋に模様替えされており、落ち着かないのでこちらに移った次第です。」
クーロは苦笑いをしながら答えた。
紅茶を淹れ、休憩がてら広場の出来事をライアン達に伝えた。
「里奈さんは侯爵に復讐の機会を譲ったのですね⋯⋯。それにしても、愛し子様が人を殴るって⋯⋯。見てみたかったです。」
紅茶を口にしながらギルベルトが話す。
「里奈さんとアリアナ様。女性二人が拳を振るうのは見ものでしたよ?」
クーロが笑いながら、アリアナの戦いっぷりを語る。
「侯爵の奥様はリメル大国の王女でしたか⋯⋯。」
ライアンが小さく口にした。
「何か、ご存知ですか?」
クーロは意味ありげな言葉が気になり、問いかけた。
「リメル大国は公表されていない王女が沢山いるのだ。」
ライアン以外、全員が驚いている。
王族として産まれた者を公表しないなど、ありえない話だった。
「リメル大国の王家は、男子が産まれにくいらしい。男子が産まれる為に沢山の女性を王宮に入れるのだが⋯⋯。」
ライアンがとても渋い顔をした。
「その女性達は、全員が下位貴族なのだ。子供を産むための道具として扱われ、産まれた子が女子であればその子供は公表されず、王家が好きに扱うと⋯⋯。」
リメル大国の非道さに、全員が嫌悪する。
「アリアナ様も、その中の一人なのでしょうね⋯⋯。侯爵との関係は解りませんが、救い出されたのでしょう。」
何を口にして良いか解らなかった。
良かったとも違う。
可哀想も私達が口にするべきではない。
「侯爵達の事は、知らない振りが一番良いかと。
それよりも通達を早く仕上げて、明日からの事を話し合いましょうか。」
ギルベルトの言葉に同意し、作業を全員で行う事にした。
クーロがライアンにお願いしたい事があった事を思い出した。
「ライアン殿。お願いがあるが、宜しいか?」
作業を続けながら、クーロがライアンに声をかけた。
「里奈さんが、女性の側付きも呼ぶと良いと言われまして。もし宜しければ、呼んで頂けたらと。王城には女性も沢山勤めております。女性の意見も取り入れたいのです。」
ライアンは少し悩んでいた。
クーロはその姿を見て、無理なのか⋯。と、諦めようとした。
クーロのがっかりした顔を見て、慌てて言い訳をする。
「いや!ここに連れて来ても構わない。構わないのだが⋯⋯。獣人の方達に迷惑をかけないか心配しただけだ。」
迷惑とは?
クーロはライアンの言葉の意味が理解出来ない。側付きの女性は、自分達に普通に接してくれていた。獣人を嫌う素振りを一度も目にしていない⋯⋯。
「ナタリー様達は、実は獣人が嫌いでしたか?」
クーロが聞きにくそうにライアンに問いかけた。
「違う⋯⋯。逆なのだ。
ナタリーとキャシー嬢は特に獣人が好きなようだ。
ナダ達を雇う際、私達と取り合いになったくらいなのだ。邸にナダ達を迎えたい理由は、獣人を見て癒されたいからだと⋯⋯。」
最後はライアンも言いにくいようだった。
クーロ達はあんぐりと口を開いたままだ。
「クーロさん達もナタリー達は良く眺めていたぞ。気が付いて無かったのですか?」
ナタリーの兄であるカルロが問いかけた。
「時折視線は感じましたが、働いているのかを見られているものと⋯⋯。」
カルロの言葉に、ガルクが答えた。
クーロ達は全員が犬の種族で、長毛種である。
その中でも、ガルクは真っ白な毛色でサラサラと美しい毛並みをしていた。
ナタリー達はその姿を見て、興奮していたのだ。
「ガルク殿が見られていたのは、ナタリー達が特にガルク殿の毛並みを気に入っているからだろうな⋯⋯。」
ライアンやカルロの言葉に、クーロ達は固まっている。
「ナタリー達が来れば、沢山の獣人を見る事になる。騒がしくなる事は間違いないし、好意が行き過ぎないかの心配をしているだけだ。」
(ガルクの容姿を気に入っていると言われた。好意があるとも⋯⋯。)
クーロは知らず知らずに、涙を流していた。
慌てたライアンがクーロにハンカチを渡した。
差し出されたハンカチを見て、自身が涙していた事に気が付く。
「ありがとうございます。」
クーロがハンカチを受け取り、涙を拭う。
「嫌悪の目で見られる事は多々ありました。ヨーク領では普通に接して頂きましたが、ヤービス殿下の関係者だからだろうと思っておりました。普通に接して頂いただけでも有難かったのに⋯⋯。
好意などと言われるとは思わず。申し訳ない。」
クーロの言葉と涙は、今迄獣人達が疎まれて来た事実を無言で語っていた⋯⋯。
「それならば是非ともナタリー様達を呼んで頂きたい。他の獣人達にも人族にも我々を好いてくれる者がいる事を知って貰いたいのです。」
ライアン達は了承し、カルロがヨーク領にナタリー達を呼びに行ってくれた。
ゴッドローブが居なくなった事で、ザイラー獣人国へ女性を連れて来る事が可能になった。
「里奈さんの侍女達も呼んだ方が良いのだろうか。彼女達は元はアルスタ王国の王宮侍女なのだ。王城勤めの侍女として、何か出来る事があるやもしれん。」
ギルベルトがライアンに問いかける。
「侍女の許可は里奈さんに聞いてみないと解らないな。明日にでも聞いてみよう。」
ライアンは先にアルバートに王城に来た事を魔蝶で伝えた。
近い距離では魔蝶を。遠い距離では魔鳥を使う。
魔蝶が放たれたのを確認すると、作業を再開した。
明日の朝一番に、王城が三人娘により騒がしくなる事をまだ知らない。
王城の静けさは、一日しか保てなかった。




