27話 全力で戦い小さな一歩を
ヨーク領に待機するパトリック達は朝から慌ただしく準備を始める。
王都では里奈とゴッドローブ達の決戦が今日始まるからだ。
今日、この場所で古代魔道具を発動させ、スタンピートを発生させる。
だが、森の先に一体足りとも進ませる訳には行かない。
エイルの街に住む住人の為に、森の中にある慰霊碑を守る為にも⋯⋯。
パトリックの側には騎士団長のバートン、近衛団長のミカが討伐を行う。
聖魔力での補佐を、やらかし聖女のマリアンネ、ケリー、オリビア、コリンが行う。
パトリックは、ヤービスから贈られたカフスを触る⋯⋯。
(失敗は許されない⋯⋯。)
ザハル帝国でSS冒険者として過ごした日々を思い出す。緊張感と高揚感に満ちた冒険者生活を。
今、体を駆け巡る緊張感も高揚感も、経験した事のないくらいの感情が湧き上がってくる。
ザハル帝国やリメル大国では大切な者はサイとリュカ以外にいなかった。
この国で過ごし、愛し子様と出会った⋯⋯。
守りたい者が増えて行った⋯⋯。
パトリックは目を閉じ、時が来るのをじっと待った。
カフスが熱を持った。
「来る!全員気をつけろ!」
地が揺れる⋯⋯。
地面が裂け、魔道具が姿を現す。
金の装飾の大きな衣装箱のような物が現れた。
全身に鳥肌が立つ。
背中や手に汗をかく。
異様な魔力と瘴気を放つ魔道具がゆっくりと開いて行く。
全員が静かにその様子を眺める。
異様な圧にパトリックの心は躍り始める。
体の中から湧き上がり止まらない高揚感を抑えるつもりはない!
命をかけた戦いに、歓喜の思いが全身を総毛立たせる。
開いた隙間から、次々と魔物が飛び出してくる。パトリックは薄っすら笑みを浮かべ魔物の群れへと跳んで行く。
いつまで続くか解らない討伐が今始まった。
サーシャの方には、サイとリュカが共に討伐をする。
聖女はアーグとセシーだ。
戦力はパトリック達の方と二分されている。
カフスが熱くなる。
サーシャは深く深呼吸をし、
「サイさん、リュカさん、行きます!アーグさんセシーさん。宜しくお願いします。」
(絶対に森には入れない!里奈さんの守りたいものを、私が守る!!)
サーシャは里奈から贈られた日本刀を抜き、溢れ出る魔物へと向かっていく。
二つの魔道具はスタンピートを起こした。魔物が放つ瘴気と討伐する者達との魔力のぶつかり合いで、爆発が起こる。
幾度も起こる爆発を、神殿に避難した民達が祈りながら眺める。
街を国を自分達を守る為に戦う人がいる事を、避難を終えた民達は初めて知ったのだ。
民達は必死に祈り、森の奥で戦う者の無事を祈る。
その強い祈りは、森に棲まう眷属達に届く。
森の入口には、ナサニエル大司教、ライナス司教、ガルズ司祭が森に聖魔力で結界の壁を張った。
三人は祈りを捧げながら聖魔力をゆっくりと流す。
すると、辺りに鈴の音が鳴り響いた⋯⋯。
眷属達が三人の周りに次々と姿を現した。
神官達は動揺する気持ちを抑え、祈りに集中するが数十体もいる眷属を見る事など、初めてだったのだ。
三人は視線を眷属達に移す。
宙に浮く眷属達を総ているのは、カズラだった。
蛇の姿のカズラは神々しく白く輝いていた。
眷属達から薄い紫色の魔力が神官三人に振り注ぐ。
眷属達の魔力に触れると、身の中から聖魔力が溢れ出る。
眷属達は神官達の魔力を補ってくれていた。
民の祈りが眷属達の魔力の糧になり、それを神官達に授ける。
本来あるべき祈りの力の構図が、ここで発揮される。
(((愛し子様の命を破る訳にはいかない。)))
三人は静かに祈りを続けた⋯⋯。
青龍は不気味な魔力を感知した。
目の前の地に埋まる魔道具を、本来の姿に戻り眺めていた。
不気味な魔力は地の中に飛び込んだ。
魔道具が揺れ、地が揺れる。
魔道具は大きな門だ。
門の全てが地表に現れゆっくりと扉が開こうとする。
だが、魔道具の扉にはヤービスの作った反転の魔術紋が刻まれている。
その紋は、青龍の神力で刻まれているのだ。
扉は開く事が出来ず、魔道具はガタガタと激しく揺れ動く。
扉の隙間からは、黒い靄が漏れ始めた。
青龍は自身の体で扉を巻き込む。
魔道具を中心に蜷局を巻いた。
青龍は自身の神力を扉に刻まれた紋に一気に流し込む。
門は軋みながら揺れ動くが、神力を流し終えるとバラバラと崩れ霧散した⋯⋯。
青龍は空を飛び、サーシャが戦う場所へと飛ぶ。
魔物が溢れる魔道具を、先程の門と同様に蜷局の中に置き神力を流し込む。
魔道具は破壊され、霧散した。
サーシャ達は既に魔道具から放たれた残る魔物の討伐を続ける。
青龍はパトリック達のもとにも向かい、同様に魔道具を破壊した。
魔道具を総て破壊出来た⋯⋯。
エイルの街が国が、多くの民の命が守られたのだ。
愛し子様の命を、完遂する事が出来た。
神殿では民達が必死に祈りを捧げていた。
だが、三度の今までにない大きな爆発音の後に、森の奥が静かになった。
何も聞こえない⋯⋯。
民達は何が起きたか解らなかった。
神殿にいたヤービスに里奈からの念話が届いた。
「クーロ!」
ヤービスがクーロを急いで呼ぶ。
「ガルク達を全員集めてくれ。里奈さんから獣人国に転移させると念話が来た。早く!」
クーロはガルクと共に急いでサイモン、ツバイ、イゴル、ロイをヤービスの元に集めた。
集まった瞬間、目の前のヤービスが淡く輝いた。
クーロ達が見た姿は、正に若かりしき頃のシーヴァ王そのままの姿をしたヤービスだった。
驚いたままのクーロ達と共に、ヤービスは里奈により転移させられた。
エイルの街もアルスタ王国も、何事もなく無事に決戦の日を終えた⋯⋯。
怪我人は出たが、森の中に入り込んだ魔物は一体もいなかった。
全員がスタンピートを抑え込んだのだ。
転移させられたヤービスは、王族として愛し子様に深く謝罪をした。
自身の国の尻拭いをする為に、ヤービスは王宮へと戻る決意をする。
愛し子様の、
「これからの話をしましょう。」
その言葉に、クーロ達がライアン達と共に講じた案を遂行する事になる。
「王妃とゴッドローブが、アルスタ王国に何をしたかは獣人国に住まう全ての民が認知したはずです。
その結果、多くの民が犠牲になったのは事実です。私は亡くなった方の思いを知っている。
許す事は絶対にない。」
国民全てに、魔物に喰われ亡くなる者の感情も白狐を流した。
散りゆく者達の感情を流し込まれ、平気で立っていられる者はいなかった。
「未来を閉ざされた民の無念が解りますか?無念を晴らす為に私はこの国に来た。」
絶望の顔を浮かべる貴族達を見遣る。
「獣人国のやらかしを、世界に発します。罰は受けて貰いますよ。
ザイラー獣人国は一度滅びて貰います。」
里奈の言葉に、項垂れるしかなかった⋯⋯。
愛し子様は罪がない者には罰は与えないと言った⋯⋯。
アルバートの言った言葉は、真実ではなかったのだと⋯⋯。
「獣人国を新しい国にします。
罪のない者に罰を与える事はしない。この日の為にヤービスやクーロ、そして私の側付き達が新たな国を作る為に法を作り、役職者を選定しています。
アルスタ王国の指導のもと、新たな獣人国として再出発してもらいます。
まずはクーロ達に全て従ってもらいます。」
え?!
と、貴族達はバッと顔をあげた。
驚愕の顔をしたまま、愛し子を全員が見ている。
「なぜ驚くのかしら⋯⋯?」
里奈は答えを求めて、ヤービスを見た。
苦笑いを浮かべ、
「里奈さんが獣人国を滅ぼすと宣言されたので、貴族達は全員が処罰されると思ったのですよ。」
ヤービスの答えに、
「勘違いさせてしまった訳ね。でも、一度死んだと思うくらいが、やり直すきっかけとしては良いから結果的に良かったんじゃない?」
コテンと首を傾げて話す言葉は、貴族達に対する扱いが雑な事を理解した。
愛し子様の噂の一つとして、貴族嫌いと聞いているのだ。
自分達への扱いが雑なのは仕方ないと、広場にいる貴族は納得するしかなかった⋯⋯。
「クーロ。貴方達にこれからの王宮での政を全て任せます。
私は神殿と聖女に関わる事を優先するわ。」
クーロは頭を下げ。
「畏まりました。本日王宮にいる全ての者を下がらせます。明日、新たな人選を通知し二日後から内政を調えて参ります。」
里奈は頷いて了承した。
「広場にいる者は本日は邸に帰って頂く。王都から出る事は出来ません。暫く屋敷にて待機して頂く。」
元宰相なだけあり、話す言葉は重さを感じさせる。
貴族達は何も言わずに了承すると、広場を下がって行った。
「ヤービス。イーロは貴方に話したい事が沢山あるそうよ?」
ヤービスがイーロを見ると、イーロがコクコク頷いていた。
「王宮は居心地悪いなら、私のいる邸に来れば良いわ。」
里奈の提案を受け入れ、ヤービスとイーロをアルバートが邸に連れて行った。
広場には侯爵とアリアナに白狐とクーロ達がいる。
「白狐が捕縛している者は、自ら王妃にすりより加担した者です。捕縛されず横に集められた者は無理矢理加担させられた者よ。ね?」
里奈が白狐に問いかけた。
『あやつらの記憶を見る限りな。』
(神である白狐様が行った事ならば、そうなのだろう⋯⋯。)
「畏まりました。罪人は地下牢に移します。他の者は解放する訳にはまだ参りません。離宮に全員隔離致します。」
クーロがサイモンとツバイに指示を出し、捕縛者を連れて行く。
「王妃様とゴッドローブはいかがしますか?」
クーロの問いに、里奈は悩んでいた。
(私が処罰しても良いけども、獣人国の民が決める方が良いのよね⋯⋯。)
侯爵が悩む里奈に声をかけた。
「愛し子様。二人を牢にでも入れるのならば、私が一時預かりたいのです。」
里奈が顔を上げて侯爵を見る。
感情の無い瞳は何かを物語っていた。
「良いわ。侯爵に任せます。」
ただし⋯⋯。
「何をしても構わないけれども、命を奪う事と、思考と感情を奪う事は許しません。」
侯爵にそう念を押した。
侯爵は頷き、アリアナと共に王妃達を転移し消えた。
「王妃達は、私の処罰を受けた方がましだったかもね⋯⋯。」
里奈の言葉に、白狐も頷いていた。
「里奈さん。忘れているかもしれませんが⋯⋯シーヴァ王はいかが致しましょう⋯⋯?」
クーロの言葉に完全に忘れていた事を思い出す。
「シーヴァ王とセアラ妃は放置ね。結界で離宮からは出さないわ。その時が来るまで仲良くしていたら良いわ。」
存在を放置される王など、この世界にいるだろうか⋯⋯。
クーロ達は、獣人国の元重鎮として情けなさでいっはいだった。
「クーロ達に王宮の事は任せるから、好きにしてね。側付きが必要ならば、呼んでくれて構わない。女性の側付きも全員呼ぶと良いわ。彼女達も役に立つから。」
側付き達が手を貸してくれるならば、有り難くその手腕を受け取ろう。
クーロは王宮に入った後、ライアン達を早速呼ぶ事にした。
「私達は王都の神殿に向かいます。」
里奈は転移しようとしたが、何かを思い出した。
「あ!クーロ!王妃の姿見の裏に、隠し部屋があるわ。そこには民達から集めたお金が沢山隠してある。それをどうするかは、任せるわ!」
里奈は手を振り、白狐と共に消えた⋯⋯。
「隠し財産の場所までご存知とは⋯⋯。愛し子様が知らない事はこの世界には無いのでは?」
そんな訳はないのだが、そう思われても仕方がなかった。
「さて、早速始めましょうか。」
クーロはイゴルとロイに声をかけ、王宮へと向かうのだった。
忙しくなる事に元重鎮達はやる気に満ちていた。
愛し子様からの役目を遂行する為に、王宮へと乗り込んだのだった。




