26話 対決の行方
愛し子様の怒りは凄まじく、広場にいる貴族は立ってはいられなかった。
愛し子様の周りには稲妻が走り、王妃を狙っているのは明らかだった。
雷を打ち王妃を傷付けても平然とする愛し子様の怒りを見て、獣人国の未来はないと覚悟を決めた。
結界の中で一人の貴族が呟いた。
「この国は許されない事をしてしまったのか⋯⋯。知らなかったでは済まされないな⋯⋯。」
その言葉を聞いて、誰も口を開かない。
結界の中は処刑を待つ罪人達のような空気だった⋯⋯。
「貴方達はこの真実を知って何を思い、何を考えますか?諦める事しか考えが行かないのですか?
知らなかったとは言え、獣人国は過ちを国の代表である王妃が行使した。
貴方達はこれから先の獣人国を考えないのですか?
貴方達の領地の民を早々に見捨てるのですか?許されないなら、許されるように考えなさい!」
アルバートは結界の外から貴族達に話し始めた。
「愛し子様は罪がある者にしか罰を与えない。私がここに立つ理由は、愛し子様からの命で貴方達を守る為にこの場にいるのです。
愛し子様はとても厳しい方です。ですが罪の無い貴方達に責任を問うことはしない。それだけは知っててもらいたい。」
アルバートは言い終えると背を向け、愛し子様を視線で追う。
(私達がやらなければいけない事、考えなければならない事。獣人国の未来を⋯⋯。)
貴族達が各々考えていると、広場の四隅から爆発音と共にゆっくりと魔術紋が浮き上がる。
魔術紋は不気味に広がり広場を覆う。
ゴッドローブが笑いながら叫ぶ。
「お前達はこの結界からは逃げられん!甚振り尽くして殺してやるっ!」
叫び終えたゴッドローブの前に、侯爵が転移した。
侯爵が指を鳴らすと、結界が綺麗に消えた⋯⋯。
ゴッドローブは口をはくはくさせている。
「なっ。そんなはずっ⋯⋯クソっ!」
ゴッドローブがマントの中から小さな壺を出した。
「お前は特に残酷に殺してやる。」
ゴッドローブが蓋を外すと、禍々しい黒い靄が壺から出て来た。
侯爵が指を鳴らした瞬間。
ゴッドローブと侯爵の周りに結界が張られた。
「結界を張ろうと、お前がこいつに殺されるのは変わらないからな。」
壺から出て来た靄が何かの形を成して行く。
猿のような姿をした魔物が現れた。口から大きな牙を出し爪は鋭くて長い。
(記憶で見た魔物ね⋯⋯。)
だが、侯爵は平然と魔物を眺め観察している。
「まぁまぁですね。」
侯爵が右の手を軽く振った。
その瞬間、魔物の腕が落ち霧となって消えた⋯⋯。
何度も手を振り魔物を刻んで行く。
瞬く間に魔物は霧となり姿を消した⋯⋯。
ゴッドローブが魔術紋を浮かべ、火炎を放つ。
侯爵は手を振りあげるだけで消して行く。
氷の槍も雷も植物の触手も、全てを侯爵が跳ね返し消し去る⋯⋯。
格の違いを見せつける。
苛立ったゴッドローブは、自身の剣に魔力を纏わせ侯爵に斬りかかる。
剣の打ち合いは互角となるが、侯爵がゴッドローブの剣を受け止めると左手に魔力を纏わせゴッドローブの腹に打ち付けた。
後方に飛ばされたゴッドローブの口からは血が流れていた⋯⋯。
手で口を拭い、立ち上がろうとするが立てないでいる。
「さて、では私からも贈り物を致しましょう。」
侯爵が何かを召喚した。
侯爵の横には、全身真っ白な女性が現れた。
衣装も白い。彼女の髪は白髪でサラサラと風に靡いていた。
「アリアナっ!」
そう叫んだのは、愛し子に痛めつけられ地に伏している王妃だった。
「お前が何故生きているのだっ!!」
王妃が煩いので、里奈が王妃を殴って気絶させた。
王妃に名を呼ばれ、こちらを見ていた女性は里奈が殴った様子を見て小さく微笑んだ。
アリアナと呼ばれた女性は、視線をゴッドローブに戻した。
「なっ⋯⋯。何故貴女がここにいるのです!!」
ゴッドローブがアリアナに指を差し叫んだ。
「貴方が殺したのは、私が用意した形代ですよ?アリアナの魔力を沢山入れましたけど、見抜けないなんて⋯⋯。」
呆れた視線を侯爵が向ける。
里奈の側にアルバートが来た。
「あの女性は、私の母です。
そしてリメル大国の王女だった人です。」
里奈は侯爵がリメル大国が嫌いな理由が解った。
愛する妻とリメル大国は何かしらの因果関係があるのだろう⋯⋯。
「侯爵と彼女の好きにすれば良いと思うわ。」
里奈は王妃をチラッと見て、神力で捕縛した。
「王妃の処罰は後にして、侯爵達の側に行きましょう。」
里奈とアルバートは、侯爵が張った結界の側で見届ける事にした。
白狐に視線をむける。
白狐は王妃の側にいる。
その後ろには王妃に加担した重鎮達が、一纏めにされたまま放置されている。
白狐が記憶を読み、捕縛する者とせずに済む者を分けたようだ。
里奈は白狐から視線を侯爵へと戻した。
「お久しぶり?でしょうか⋯⋯。」
アリアナがゴッドローブに声をかけた。
目の前には確かに殺した筈の王女がいる。
色彩は変わっているが、確かにアリアナ王女殿下だった⋯⋯。
「何故⋯⋯。貴方はあの檻からは出られなかった筈です!何故⋯⋯。」
その言葉に答えたのは、侯爵の小さな笑い声だった。
「お前か!いや、あの檻は誰にも壊す事は出来ない!壊された形跡はなかった。
ありえない⋯⋯。」
ゴッドローブは納得出来ないでいる。
自身の魔術に絶対的な自信があるのだ。
古代魔術を操り、筆頭魔術師として君臨した自信が⋯⋯。
「貴方が知る古代魔術は、はっきり言って古いのですよ?あれから何年過ぎたと思いますか?」
ゴッドローブは侯爵を睨みつける。
「古代魔術を超える魔術は存在しない!
あの魔術こそ、最高で最強の魔術なのだからな!」
両手を天にかざすと、古代魔術の紋が浮かぶ。
紋が侯爵の結界をすり抜け、上空に上がると西の方角に飛んで行く。
「終わりだ。愛し子もアルスタ王国もなっ⋯⋯」
ゴッドローブが言い終える前に、アリアナがゴッドローブを殴りつけ結界に叩きつけた。
「殴るって⋯⋯気持ちが晴れ晴れしますわ。」
アリアナは自身の右手の拳を眺め、ポツリと呟いた。
侯爵はアリアナの頭を撫で、優しく微笑む。
「アリアナ。手が傷付いてしまいますよ?魔術で戦いましょうね?」
今迄聞いた事がない優しい口調に、里奈は驚く。
(侯爵の甘い微笑みなんて、初めて見たし初めて人に優しくしてるのを見たわ!!)
驚き過ぎて口が開いていたようだ。
アルバートが里奈の口を閉じた。
里奈もアルバートも会話などしない。
ゴッドローブは叩きつけられ、痛む体を起こす。
「どんな事をしても無駄だ!これから始まる地獄は例え私を殺しても止まらないからなっ!」
ゴッドローブは高笑いしながら話している。
古代魔道具を起動させるのは明確だった。
その時、里奈とアルバートのカフスが熱を帯びた⋯⋯。
白狐の結界をすり抜けた合図だ。
里奈は目を閉じ、祈る。
青龍の術式の反転の成功を。
パトリック達の無事を⋯⋯。
ゆっくりと目を開き、侯爵達を再び見つめる。
里奈もアルバートも冷静に静かに見つめる。
結界の中の侯爵もアリアナも、冷静だった。
ゴッドローブがそんな光景に怯む。
「お前達は知らないだろう?私が何を仕掛けたか。お前達が平然としていられるのも今だけだ!」
息を切らし、喚いている。
「貴方が何をしたのか、知っていますよ?愛し子様が教えてくれましたから。」
侯爵の話に、ゴッドローブの視線が愛し子に移る。
「あれに⋯⋯気が付いたと?」
「白狐が教えてくれたの。全て知っているわ。女神様の神力が危険な事もね。」
目を見開き言葉を発せないゴッドローブを無視し、里奈は侯爵とアリアナに声をかける。
「青龍が上手くやれば、ゴッドローブを叩きのめせる機会はないわよ?早く殴りたかったら殴らないと!」
里奈の言葉にアリアナが振り向いた。
「魔術より殴った方が気持ちが晴れるの。殴っても良いかしら?」
アリアナの言葉に、里奈は頷いた。
「嫌いな奴を目一杯殴ると、とってもスッキリしますよ?」
アリアナは今度はゴッドローブに視線を移す。
ゴッドローブが自身の体から魔力を出し、防御壁を纏う。
その瞬間、アリアナの右手が白い魔力を纏い始めた。
「なっ。そ、それは白魔術っ!」
驚くゴッドローブを無視し、アリアナが転移しゴッドローブを防御壁ごと拳を叩きつけた。
アリアナは何度も何度も殴る。
ゴッドローブが魔術紋を浮かべるが紋ごと叩きつけた。
ゴッドローブは気絶する寸前だった⋯⋯。
ゴフッ!
アリアナは最後だと言葉にする代わりに、ゴッドローブのお腹を蹴り飛ばした⋯⋯。
アリアナはスッキリした!
晴れ晴れした顔で侯爵の元に戻り、侯爵の腕に抱き込まれた。
「私が死のう⋯と、愛し子はアルスタ王国⋯を助ける事は出来ない⋯⋯。」
腹をおさえながら、顔から血を流すゴッドローブが呟く。
里奈は侯爵の結界ギリギリまで近付いた。
「どうかしらね?貴方の仕掛けた古代魔道具が勝つか、私達が準備した仕掛けが勝つか⋯⋯。どちらが勝つのか、少し待ちましょうか。」
ゴッドローブは愛し子達が何やら画策した事は解った。
だがあの魔道具を解除は出来ない。
発動しない限り、魔道具は解除されないのだから⋯⋯。
ゴッドローブの絶対的な自信を打ち破るまで時間はかからなかった。
『来るぞ!アルバートの元に戻れ!』
白狐の声に侯爵が自身の張った結界を消し、アリアナを抱え転移した。
貴族達の覆う結界を白狐は消した。
白狐は気絶したままの王妃をゴッドローブの隣に転移させた。
広場には貴族達を、里奈達を守る結界はない⋯⋯。
ゴッドローブが一瞬の隙を突いて、魔力弾を里奈達目掛けて放った。
アルバートが前に出ると、白魔術の紋で盾を作り弾いた。
「白魔術っ⋯⋯。」
呆然とするゴッドローブの体に、真っ黒く大きな靄が飛んで来た。
白狐はゴッドローブと王妃の周りに結界を張った。
結界の中では、靄がゴッドローブを覆い尽くしていた⋯⋯。
ゴッドローブの悲鳴が広場に広がる⋯⋯。
泣き喚き、命乞いをする絶叫が⋯⋯。
王妃は絶叫で目が覚めるが、隣にある大きな靄から聞こえるゴッドローブの声を聞き、王妃は半狂乱となる。
這いつくばり逃げようとするが、結界がある為逃げられない。
魔術を打ち付けるが、びくともしない⋯⋯。
背後からは、泣き喚く声⋯⋯。
里奈は王妃の目の前に立った。
王妃は泣きながら、結界を叩く。
「貴方達は許されない。私が許さない。
大丈夫。殺さないから。」
そう言うと、里奈は神力を使いゴッドローブを覆う靄を自身の掌に集めた。
小さくなる靄を珠にしたのだ。
ゴッドローブは気絶していた。
「貴方達には罪に見合った罰を受けて貰います。」
王妃の顔は怒りで醜く歪んでいる。
何かを喚いているが、声は出せない。
口をはくはくさせ、苛立った王妃は何度も何度も魔術を里奈に放つ。
結界があると解っていても、何度も何度も⋯⋯。
「哀れね。」
それ以上の言葉を告げる事なく、背を向けてアルバートと白狐の元に戻る。
「イーロ。こっちに来てくれる?」
広場の隅で成り行きをじっと見ていたイーロを、里奈が呼び寄せた。
イーロの手を取り、貴族達の前に立つ。
全員が膝を突き、頭を下げた。
「貴方達は何も知らなかったかもしれない。でも、国境に隣接する領地の者は異変に気が付いた。領民が瘴気に侵され亡くなっていたから⋯⋯。」
王都に近い貴族達は、国境近くでそんな事が起きてるとは知らされていなかった。
顔を上げた高位貴族の一人だろう。
その者が厳しい声を出す。
「何故その様な事になっていながら、王宮に報告をしないのだ!」
その言葉に、幾人かが同様の言葉を放つ。
「王宮に報告?したに決まっているでしょう?ゴッドローブが国境に瘴気の壁を張ったのよ。王宮に進言しても無駄だし、直訴した貴族はゴッドローブによって殺されているわよ?」
皆が思い出す。突然の当主交代が続いた事を。
「一番被害を受けたのは、国境を抱える貴族なの。王宮近い貴族が口を出す事は許さない。
私はこの国を見ていたの。誰が悪で、誰が善かは全て知っているわ。」
数人の貴族がビクッと、肩を揺らした⋯⋯。
「王妃とゴッドローブの処罰は私が決めます。そして、私が選んだ者がこれからの獣人国を作り上げます。」
里奈は貴族達に神力で圧をかける。
貴族達は里奈からの圧に必死で耐える⋯⋯。
「私の選んだ者に口を出す事は許さない。」
先程声を荒げた高位貴族が、
「畏まりました。」
そう言うと、深く頭を下げた。
全員がそれに倣い深く頭を下げる。
里奈は圧を解放する。
「イーロ。ヤービスに会いたい?」
里奈の言葉に隣を見ると、イーロを優しく見つめる里奈と目が合う⋯⋯。
涙を浮かべ、コクリとイーロが頷いた。
《ヤービス。クーロ達もこちらに転移させるわ。魔力を戻して本当の姿になってね。》
少し間を起き、ヤービス達が里奈により転移してきた。
ヤービスが広場に立つと、どよめきが起きる。
美しい美丈夫が里奈の隣に立ったのだ。
魔力を戻したヤービスの本当の姿だ。
ヤービスは幼少期から魔力を抑えて獣人国で過ごした。
自分の顔や姿を見ると、嫌悪する者と重なるからだった。
姿を少しずつ変えていたようだ。
クーロ達すら、ヤービスの本来の姿を目にするのは初めてだった。
だが、シーヴァ王と瓜二つの姿をし、三色の毛並みの獣人はヤービス以外にありえなかった。
「ヤービスって、やっぱりかっこいいのね?」
里奈の言葉に、ヤービスが苦笑いをする。
するとヤービスの背中に何かが突進して来た。
「兄上。兄上っ⋯⋯。」
イーロが抱きつき泣いていた。
ヤービスは腰に回る腕を、ポンポンと叩いたてイーロの腕を外した。
ヤービスは膝を突き、愛し子である里奈に儀礼の礼をとる。
「私はザイラー獣人国の第一王子ヤービス・ザイラーと申します。
愛し子様には我が国の度重なる無礼な振る舞いを深く、深く謝罪致します。」
ヤービスは礼をとったまま、地に頭を付け謝罪した。
イーロもクーロ達重鎮もヤービスを倣い、頭を下げ地につける。
貴族達も慌てて倣う。
「勿論許します。ヤービス、いつも言ってるでしょう?貴方は悪くない!
だから、頭を上げて下さい。
大切な貴方達に罰など与えない。誰にも与えさせない。
私が貴方達を守るもの。」
里奈はヤービスにニッコリ笑顔を見せる。
「これからの話をしましょう。」
広場に伝わる愛し子様の言葉。
それは獣人国に住まう全ての者が目に映された光景の結末を意味する。
獣人国が犯した罪。
獣人国が受ける罰。
獣人国の未来。
愛し子様が話す言葉を静かに国に住まう者達は待つ。




