24話 愛し子が拳を振るう
沢山あったデザートも無くなり、アルバートの淹れてくれた紅茶でまったりしている。
ライアン達やヤービス達は張り詰めていた気持ちが少しだけ解れていた。
里奈がカップを置き、ヤービスや重鎮達へと会話を振った。
「ヤービス達に聞いて欲しい事があるの。そのままで良いから聞いてね。」
ヤービス達は里奈へと顔を向けた。
「獣人国の問題は、一番は王妃なんだけど。獣人国で感じた問題はもう一つあったの。それが番よ。
番が獣人にとって大切なものも理解したわ。でも私が出会った人達は番について不安だったり、嫌悪する獣人だった。」
「ヤービス達に聞きたいの。新しい獣人国を作る時に、私は番の仕組みを変えようと思うの。私の考えをどう思うのか、意見が欲しいのよ。」
ヤービス達は驚き過ぎて、思考が止まっていた。
番に触れるとは全く思っていなかったのだ。
「番を求める獣人を否定はしないわ。それは本能で組み込まれたものだから仕方ないもの。番に憧れる獣人を否定しない。
でも、先に伴侶を自分の意思で見つけた獣人の話も聞いたわ。理性と本能で板挟みにあって結果、家族はバラバラになったの。」
ヤービスは外部と触れる事は無かったので、そのような話は聞いた事が無かった。
しかし、重鎮達は沢山目にして来た。
「番に悩む者を見て来ました。ですが、番を優先するのは当たり前でしたので⋯⋯。」
クーロが当時を思い出したのか、悩ましげに話す。
「番じゃないからと捨てられる者の事を考えた事はある?番じゃないから身を引け。愛する者を諦めろ。いらなくなったから捨てられる⋯⋯。それって残酷だとは思わない?」
クーロがハッとした。
以前は、番が現れ良かったな!そう思うだけだった。
番とは違うが、自分達が国から捨てられる経験をした。
見捨てられた事で、身を切られる思いをしたのだ⋯⋯。
「番の仕組みは残すけれど、自分達が選ぶ権利も与えたいの。本能だけでなく、自分で見つけた伴侶を選ぶのか。それとも憧れた番を選ぶのかを。」
簡単に言うが、どうやって変えるつもりか気になってしまう。
「里奈さんの言いたい事は解った。でもどうやって仕組みを変えるの?」
ヤービスが質問する。
重鎮達も気になっている。
「女神様に白狐が聞いてくれたの。私が番の仕組みに手を出して良いかと。
番は女神様が子を成しやすくする為に与えたんですって。番を求める者はそのままに。番を求めない者に手を貸したいと思ったの。だから、選ぶ事が出来る仕組みを作る。」
ヤービス達は驚き過ぎて、何から話して良いのか解らない⋯⋯。
女神様の許可がある以上、自分達が口を出す意味がない。
ヤービス達の思考を何となく察したアルバートが声をかける。
「リリは番の事で悩む獣人と話をしました。番は幸せをもたらすけど、先に築き上げた幸せを壊す。決められた幸せではなく、自分達で選ぶ幸せを手にして欲しいんだと。」
この場にいる者は、全員が里奈と関わり関わる事で選んで決意し、この場にいる。
自身で決めた事に尽力する事は、確かに幸せな事なのだ。
「私達からは何も言う事はありません。
私は国に捨てられました。里奈さんが番に捨てられた者の話をして、今初めて捨てられた者の事を考えました。
里奈さんが言う通り、残酷でしかなかった。
番が現れたのだ⋯⋯。仕方ないのだ⋯⋯。
そう言ってきました。
今初めて自身が酷い事をしてきたのか理解出来ました。」
クーロがポツリポツリと語る。
「そうね⋯⋯。仕方ない事よね。番についてまた意見を聞きたいから、その時は相談にのってね!」
里奈の明るい口調に、重鎮達は笑顔で了承してくれた。
ヤービスだけは悩んでいる様子がみれた。
(イーロの婚約者も番だったはず⋯⋯。
魔道具の指輪を渡したのは、番に流されたくない!あの婚約者から離れたい⋯⋯。思い詰めていたイーロの為に作り渡したのだ。
イーロの悩みを解消する為に⋯⋯。)
里奈にイーロに会ったのか、イーロを助けてはくれないか。
里奈に伝えたい願いは沢山あった。
だが、ヤービスはそれを全て飲み込んだ。
里奈はイーロについて話をする訳にはいかないので、ヤービスが悩んでいる事に気が付いていても知らないふりをする。
「二日後が決戦の日になります。魔道具を見張る皆には先に会って来たわ。貴方達はその日は町の皆を神殿に非難してもらいます。二日後、全ての住人の避難をナタリー達と一緒にお願いします。
神殿には白狐の結界を既に張っているから、一番安全な場所なの。」
里奈からの命に。
「「「畏まりました。」」」 全員が受けた。
「そろそろ帰るわ。」
里奈の言葉にライアンが引き留める。
「ナタリー達に会って行かれないのですか?」
「会いたいけど、時間がないの。会えば沢山話をしてしまうわ。
次に会う時の楽しみにとって置く⋯⋯。」
少し寂しそうな里奈に、会って欲しいとは言えなかった。
里奈も役目の一つとしてヨーク領に来ただけなのだ。
「ナタリーさんやエミルの大泣きが想像が出来ますが、何とか慰めますよ!」
ギルベルトが助け舟を出してくれた。
里奈は邸に戻ると、統括隊長のギースと話をする。
「王宮まで隊列に入る者は決まったかしら?王宮に着いて私とアルバートとフィッセル侯爵が降りたら、貴方達を転移させ邸に戻します。」
ギースが反論しようとしたが。
「貴方達を守りながらの対決は厳しくなるわ。守る人数は少ない方が良いから。」
隊長は反論出来ない。
王宮に残る里奈達は、守らずとも戦えるからだ。
「畏まりました。同行する者には伝えておきます。」
ギースが礼をとった。
「転移するまでは気をつけてね。ゴッドローブ達が何をするか解らないから。
邸に戻れば、安心だから。」
他者の事ばかり気にする里奈に。
「里奈さんも十分に気をつけて下さい。貴女に何かあれば悲しむ人が大勢いる事を、忘れないで下さいね。」
ギースがそう言い残し、部屋を出た。
明日は侯爵がやってくる。
侵入者の話も聞きたいし、広場の魔術も気になる。
明日の為に里奈は早々に眠りに就く。
里奈が起きると邸が騒がしい。
寝室から出てアルバートを探すも、部屋にはいないようだった。
里奈は自分で身支度し、騒いでいる一階に降りた。
「どうしたの?」
里奈が来た事に気が付いたアルバートが状況を説明しようとするが⋯⋯。
里奈の視線の先に横たわる獣人が目に入った。
里奈は急いで獣人の横に跪いた。
玄関の敷物の上に寝かされた獣人はサロだった。血まみれで服が所々切れている。
「この魔力は知ってるわっ。」
里奈から冷たい神力が溢れる。
「サロ!大丈夫よ。今直ぐに治癒するわ!」
サロを治癒し、騎士達に客間の寝台に運んで貰う。
「サロの話だと、娼館に無理矢理連れて行かれいきなり魔法で攻撃されたと。」
アルバートが里奈に伝えた。
里奈は聞き終えた瞬間転移して行った。
行き先は勿論、あの女のいる娼館だ。
娼館ではイーロの元婚約者であるイザナが愛し子を待っていた。
サロを攻撃すれば、必ず来ると予測して。
イザナはイーロとの婚約の為に、どうしても愛し子の後ろ盾が欲しかったのだ。
だが、イザナは我が儘で頭が弱い為、里奈の後ろ盾どころか逆鱗に触れる行動をしてしまったのだ。
里奈が転移で現れた瞬間、イザナが笑った。
(やはり来た⋯⋯。)
そう思った瞬間、イザナの体が宙に浮き壁に叩きつけられた。
左の頬に、とんでもない痛みがはしる。
叩きつけられた体が痛い⋯⋯。
「ゴホッ⋯⋯」
イザナが血を吐くが、里奈はそんな事は気にしない。
冷たい神力を纏い、感情のない視線でイザナの胸ぐらを掴み上げた。
イザナは恐怖で全身の毛が逆立つ。
イザナの側付き達は、恐怖で腰を抜かし動けない。
「サロに手を出した罰は受けて貰う。」
里奈が左手から黒い珠を出しイザナの胸に珠を押し込む。
胸ぐらから手を離すと、イザナが床に崩れ落ちた。
「私が次に来るまで、その苦しみは解除されない。その珠は瘴気よ。
お前が贅沢してる間に苦しんだ民達の瘴気だ。」
イザナは全身に痛みと自身の魔力が暴れ、苦しみ藻掻いている。
里奈の視線は冷たいままだ。
「こ、こんな⋯⋯こんな事が⋯許されない⋯⋯。」
イザナは苦しみながらも、里奈を非難した。
「許されるのよ。私は愛し子よ?女神様からは好きにして良いと言われているの。
現に貴女にした仕打ちをしても、女神様からは罰は降りてきていない。」
イザナも側付き達も顔面蒼白だった。
「後悔しても遅い。私はお前を許さない。私の大切な者に手を出した罰よ。」
里奈は言い終えると転移し消えた。
騒動を聞きつけたイザナを庇護する貴族がやって来るが、何故イザナが瘴気に侵されているのか理由が解らない。
イザナも側付きも愛し子に関わる事は伝えられないのだ。
泣きながら苦しむイザナだが、貴族はイザナを隔離した。
イザナの事は放置し、イーロにどう伝えるかに頭を悩ませていた。
邸に帰って来た里奈は、まだ怒りが収まっていなかった。
帰って来た里奈に誰も声をかける事が出来ずにいる。
里奈はサロの眠る部屋に入り、サロの様子を確認する。
アルバートが側でサロを診ていてくれた。
「おかえりなさい。リリ。」
里奈を抱きしめ、背中を擦る。
「我が儘女のお仕置きは終わりましたか?」
アルバートの問いかけに。
「ぶん殴って、瘴気をねじ込んで来た。」
里奈の話にアルバートが笑い出す。
「流石ですね。」
頭をよしよしされる。
「相変わらず仲良しですね。」
魔力を感じ振り向くと、侯爵が転移して来た。
「おはようかしら?侯爵。」
「おはようございます。愛し子様。」
侯爵がニッコリ微笑んだ。
「ところで、愛し子様の右手に僅かに違う魔力を感じますが⋯⋯。」
侯爵が里奈の右手をじっと見る。
里奈は両手を後ろに隠し、視線をスーっと外した。
「ちょっと嫌いな人を殴ってきたのよ⋯⋯。」
里奈がポツリと呟き、侯爵をチラッと見た。
侯爵は目を見開き驚いているようだ。
「愛し子様が人を殴る。ですか⋯⋯。平手でなく、拳で?」
侯爵の問いかけに、里奈が頷いた。
侯爵はお腹を抱えて笑い出す。
その様に、アルバートが驚いている。
父が大笑いするのを初めて見たからだ。
「女神様より賜れし愛し子様が、殴ったと⋯⋯。それも拳で⋯⋯。」
里奈は恥ずかしそうにしていたが、何時迄も笑う侯爵を睨んだ。
視線に気が付いた侯爵が、笑いを何とか堪えた。
「本当に面白い方です。」
侯爵はそう言うと、やっと落ち着いてくれた。
「あ!父上には早速ですが確認してもらいたい事があるのです。白狐と共に王宮に向かって欲しいのです。」
アルバートが侯爵に話をする。
『久しいな侯爵よ。我が王宮まで連れて行く。背に乗れ。』
白狐が侯爵を背中に乗るように伝える。
侯爵は怖れる事なく白狐の背に跨った。
窓から白狐が飛び立つと、「おおー。」と、珍しい声をあげていた。
「侯爵は空を楽しむんでしょうね!」
アルバートに伝えると。
「はぁー。父は多分大喜びしていますよ。きっと。空を飛ぶなど経験した事がないのですから。」
里奈は笑うが、アルバートは父が帰って来てからの騒ぐ姿を想像し、うんざりしていた。
騒がしい気配に気が付いたのか、サロが目を覚ました。
「里奈さんに、アルバートさん⋯⋯。」
掠れた声で二人の名前を呼ぶ。
里奈は急いで側に行き、サロの手を握る。
「ごめんね。サロ。私のせいでサロが傷付けられたわ⋯⋯。」
里奈はサロの手を握ったまま自身の額にあて、謝罪した。
「あの女はリリを誘き出す為に、サロを傷付けたのです。」
アルバートの説明に。
「成る程。そうだったのですね⋯⋯。里奈さんは娼館通いをしていたのですね⋯⋯。」
サロの言葉に、里奈はポカーンと口を開けている。
「あれ?違うの?」
サロはキョトンとしている。
里奈はサロの頭を叩いた。
「違うわよ!娼館通いする訳ないでしょ?」
里奈の言葉に。
「あ!アルバートさんだったんですね!」
と言った瞬間、アルバートに叩かれた。
「サロ!娼館通いから一旦離れなさい。」
アルバートに怒られ、シュンとしていた。
軽口が言えるサロに、里奈は安心していた。
サロに説明をする。
イーロの元婚約者のイザナが私の後ろ盾が欲しく一度会っていた事を。
断った為に、わたしを誘き出す為にサロが傷付けられた事を話た。
「そんな事情が⋯⋯。」
「サロの敵は討ったから!ちゃんと殴ってきたわ!」
里奈の言葉にサロが大笑いする。
(皆笑うのねー。)
愛し子の行動とは思えない里奈だが、本人には自覚がない。
里奈の奔放さを皆が好むのだ。
里奈は笑われる事に納得は行かないが、笑顔を見れるなら良いかと諦めて受け入れた。
昼食を用意し、白狐と侯爵の帰りを待つ事にした。




