21話 時計台の彼
真名を名乗ったイーロ⋯⋯。
警戒心がないのだろうか⋯⋯。
思う事はあるが、気が付かない振りをして会話をする。
「お兄様が行方不明なんて、心配ね。
お兄様は出て行ったの?」
里奈の言葉に、イーロは首を振る。
「兄は嵌められたんだよ。私の母にね。」
ここまで話すイーロは、何を考えているのだろうか⋯⋯。
知らない人に内情を話すイーロに、逆に警戒心を里奈が持った。
「嫌な話しを聞かせてごめん。何だか貴方達には話した方が良い気がしてね⋯⋯。」
眉を下げ、申し訳なさそうにする。
「悩み事や辛い事は誰かに話すと楽になるんだって。私が良く言われる言葉よ。」
里奈がイーロに顔を向け、そう伝える。
「そうかもしれないね。少し聞いてくれる?」
里奈は頷いた。
「8歳頃に初めて兄を見たんだ。兄がいた事は知っていたけど、大人の事情とやらで会わせて貰えなかった。私は兄の存在を楽しみに、こっそり隠れて会いに行った。
兄がいた場所は人が住むには粗末な場所だった。自分との生活に差がある事に初めて気が付いた⋯⋯。」
イーロは少しだけ街を眺めた。
夜空に浮かぶ大きな月に視線をやると再び口を開く。
「兄が虐げられる理由を知らなかった。調べ上げ、母のせいだと知った⋯⋯。
私は毎日、兄を覗きに行った。虐げられても、学問も剣術も必死に学ぶ兄を誇らしく思う半面、自身の甘ったれた考えに嫌気がさした。」
イーロは里奈を見て微笑んだ。
「毎日通っていたら、兄が話しかけてくれたんだ。私に気が付いていたけど飽きるだろうと、放置していたんだって。
でも、毎日毎日来るから声をかけてくれたんだ。」
昔を思い出したのか、嬉しそうに語っている。
「兄からは沢山の事を学んだよ。兄はとても頭が良かった。獣人では扱いきれない魔術を使えるんだ。」
ヤービスを自慢気に話すイーロは、兄の事が大好きなのだと全身で訴えている。
「そんな兄と会っている事が母に知られ、母は兄を排除するかのように執拗に虐げた。私が会いに行かなければ、兄があのような目にあわずにすんだ。
それから兄には会いに行かなかった。
兄に会いに行きたかったが、自分にも問題が出来てね⋯⋯。」
里奈に視線を向けた。
「でもね。兄が私にこっそり会いに来てくれたんだ。私を心配して。
嬉しかった⋯⋯。大好きな兄が私を気にかけてくれた事が嬉しかったんだ。
私は兄に色々相談したよ。
そうしたら解決策として、この指輪をくれたんだ。」
イーロの薬指にある指輪を見せてくれた。
指輪には、魔力が込められている。
でも、無属性の魔力のようだ⋯⋯。
(ヤービスの魔力は無属性なのかしら⋯⋯。でも、ヤービスは自身の属性を隠していると言っていたわね。ヤービスは自由に属性を操れるのね。凄いわ。)
「綺麗な指輪ね。」
里奈が褒めると、イーロは嬉しそうに笑った。
(イーロはヤービスの事が本当に好きなのね。)
「お兄様が無事だといいわね⋯⋯。」
「周りの皆は、兄は死んだと言うんだ。諦めろと。私には大切な役割があると、説得しに来るんだよね。」
苦笑いをしながら夜空を眺める。
「兄は死んでいない。絶対に生きている。私は信じているんだ。兄が簡単に死ぬわけがないと。」
ギュッと目を閉じ、まるで自分に言い聞かせているように話している。
白狐が連れて来た意味を理解した。
私が助けなければならない、重要な人物なのだと⋯⋯。
里奈は白狐に念話で問いかけた。
《私に動けと言うのね。》
《この国を神力で偵察していた時に見つけた。こやつの魂は輝いている。》
(白狐が魂が輝いていると言うなら、王妃達とは違うと判断するしかないのよね⋯⋯。)
イーロは感傷に浸り、里奈はどうするかに悩んでいる。
お互いの沈黙が続く⋯⋯。
「貴方の母親は獣人国の王妃。兄の名はヤービスね。」
里奈の言葉にイーロがバッと後退し立ち上がった。
彼は父親の血を継いでいるライオンのような風貌だ。
首には鬣が靡いている。
「貴女は何者です。私を知らないようでしたし、人間であるから私を知らないと思って話したのに⋯⋯。」
警戒心を剥き出しに睨みつける。
まるで猫ね⋯⋯。
里奈は眼鏡を外した。
黒髪が風に揺れ、黒い瞳には月の光が映っている。
イーロは口を開けたまま、里奈を見ている。
「ヤービスは私が助けたの。アルスタ王国で魔獣に襲われ、死にそうだったわよ。」
里奈は立ち上がり、イーロに一歩一歩近づく。
イーロはゆっくり後退して行く。
「嘘だ⋯⋯。」
「嘘じゃないわ。この変装する眼鏡を作ってくれたのはヤービスだもの。
彼はこのカフスも作ってくれたわ。」
里奈は眼鏡と耳から外したカフスを手のひらに乗せ、イーロの目の前に差し出す。
ヤービスが作ったのなら、イーロの嵌める指輪にも文字が刻まれているはず。
その文字こそ、日本の漢字だから。
イーロは眼鏡とカフスに刻まれた文字を確認する。
漢字を扱える者は、この世界にヤービスと里奈しかいない。
イーロは眼鏡とカフスを握りしめ、泣き出した。
里奈はイーロの肩をそっと撫でる。
「私がヤービスを助けたけど、ヤービスと仲が良いのは私の婚約者なの。
明日この場所にまた来て。
私は婚約者を連れて来る。詳しい話は明日の夜にしましょう。」
涙を拭いながら、イーロは何度も何度も頷いた。
顔をあげると
「明日、沢山聞かせて下さい。」
泣きながら伝えてくる、この純真なイーロを助けたい。ヤービスの為にも⋯⋯。
里奈の心は決まった。
「私の事は絶対に内緒です。王妃に知られるわけにはいかないの。」
イーロは理解している。
王妃と魔術師が良からぬ事を企んでいるのを。
「絶対に秘密は守ります。」
イーロの瞳は何かを決意したかのように、強く輝いていた。
「また明日の夜に。」
眼鏡とカフスを返してもらい、白狐の背に乗って邸へと帰って来た。
部屋に戻った里奈はソファーに座り、ずっと何かを考えている。
白狐は邪魔することなく、子狐の姿になり里奈の隣に横たわる。
(イーロは本心から兄であるヤービスを慕っている。でも、ヤービスは?
暗殺者を何度も送られ、虐げ続け最後は生贄にした王妃の子供なのよね⋯⋯。
ヤービスの気持ちを聞かないといけないかな⋯⋯。)
里奈はソファーの肘置きに頭を預け、そのまま眠りに就いた。
白狐は子狐のまま里奈の胸元で丸まり眠る。
『王妃と対峙する前にやる事が増えたな。ゆっくり眠るのだ。里奈よ。』
白狐は里奈に神力をかけた。
強張っていた里奈の体から力が抜け、小さな寝息をたてた。
白狐は里奈の腕の中に潜り込み眠りに就く。
里奈が目を覚ますと、部屋の中は随分と明るかった。
腕の中に眠る白狐をギュッと抱きしめ、再び眠りに就こうとした⋯⋯。
「リリさん。そろそろ起きましょうか?」
里奈はその声を聞き、白狐を抱えたままガバっとソファーから起き上がった。
対面には不機嫌を露わにしたアルバートが、長い足と腕を組みジト目で里奈を見ている。
何となく気不味い里奈は、ゆっくりと視線を外した⋯⋯。
「リリさん。昨日の服のまま、なぜソファーで寝ているのですか?
昨夜は早く部屋に戻りましたよね?」
里奈は白狐に顔を埋めている。
アルバートの「リリさん」呼びが苦手なのだ。
顔を埋めたまま、里奈は「うーむー」
と、意味不明な声を発している。
『里奈を責めるな。昨夜は我が里奈を連れ出したのだ。』
白狐がアルバートに説明をする。
時計台に向かい、ヤービスの弟のイーロに会った事を。
「ヤービスの弟ですか⋯⋯。」
アルバートも顎に手をやり、何やら思案中だ⋯⋯。
「ヤービスにはまだ伝えない方が良いかと。今はライアン達と国の立て直しに尽力しています。」
アルバートの意見に賛成だった。
「そうね。余計な心労をかけてしまうわね。イーロは助ける事にする。ヤービスがイーロをどうするかは、後でヤービスが決めれば良いわ。」
「そうと決まれば、食事をしたら街に偵察に行きましょう!」
里奈が立ち上がり、ダイニングに向かおうとするが。
『里奈よ。アルバートに今宵の事を話さなくて、良いのか?』
里奈は、忘れてた!と、慌てて説明する。
「今夜、イーロと会うの。ヤービスと一番仲良しのアルバートを連れて行く約束をしてあるの。イーロはヤービスの話を聞きたいって。」
アルバートはため息を吐くが。
「解りました。今宵一緒に行きます。今日の偵察は短時間にしましょう。体を休めなければ、決戦の日まで持ちませんよ?」
アルバートは、直ぐに厄介事を持って来る里奈の体調が心配なのだ。
「リリさん。今日は私の言う通りにしてもらいます。解りましたね?」
アルバートの言葉に、里奈は姿勢を正し。
「はい!」
と、この世界にはない日本で良く見た、敬礼を里奈はしていた。
良く解らないアルバートだが、里奈の頭をポンと叩くとダイニングへと一緒に向かう。
ちなみに、食事は昼食だった。
昼近くまで熟睡していた事に驚く。
偵察は今日は騎士達を中心に見ていく。
街でお土産として売っていたケモ耳をつけ、変装している。
猫のケモ耳をした里奈が可愛くて、暫くアルバートが構い倒していた。
白狐に叱られ、アルバートは渋々街に来ている。
ケモ耳里奈は、やはり獣人受けも良く男性からの視線を集めている。
本人は、気にしていないがアルバートは不機嫌だ。
里奈が手を繋げば、周りの男性達が肩を落とす。
アルバートの機嫌は上がる。
騎士達を視界の端に入れながら、行動を観察する。
数カ所の騎士の詰め所を中心に偵察するが、緊張感もなく普段通りの勤務に見える。
警戒するのは、王城だけで十分なようだ。
神殿に向かうと、キシャール神官長が出迎えてくれた。
聖女の休む部屋に案内される。
部屋に入ると、聖女達は寝台から出て部屋をゆっくり歩いていた。
数カ月寝たきりだったらしい。筋力が衰えていた。
愛し子様に気が付き、礼をとろうとするが制する。
「礼はいらないわ。体調はどう?治癒では失われた体力や筋肉は戻らないからね⋯⋯。無理はしないでね?」
「はい。でも獣人は回復が早いので、大丈夫ですわ。」
聖女はどちらも兎の獣人だった。
痩せてはいるが、可愛いのだ。
儚く微笑まれた里奈は、少し照れていた。
モフモフの可愛い兎の獣人。
アルバートは照れた里奈を心の中で愛でていた。
「手の甲の紋に異常はないかしら?見せてもらえる?」
里奈は聖女に近付き、手の甲を確認する。
紋はあるが、白狐の神力に包まれたままだ。
「大丈夫のようね。後は沢山食べて、ゆっくり運動してまた役目に戻れるように体力をつけてね!」
聖女達は顔を見合わせて、肘でお互いを突いている。
里奈がじっと様子を見ている。
里奈は可愛くて眺めていたのだが、聖女達は失礼をしたと慌ててて話を始また。
「あ、あの⋯⋯。愛し子様に幾つか質問をしても宜しいでしょうか。」
里奈は現実に戻り、コホンと咳払いをする。後ろからアルバートのクスクス笑う声がするが、無視をする。
「良いわよ。座って話をしましょう。」
部屋にあるソファーに対面して座る。
アルバートは部屋に用意されている紅茶を淹れ始めた。
「質問をどうぞ!」
里奈は可愛い聖女から、何を聞かれるか少し楽しんでいる。
「一緒にいらっしゃる方は、婚約者様でしょうか?」
里奈はアルバートに視線を向ける。
「アルスタ王国のアルバート・フィッセル侯爵子息よ。私の婚約者よ。」
聖女達はお互いの手を握り合い、キャッキャッとはしゃいだ。
「素敵な方ですね!とても、お似合いです!」
褒められて嬉しいが、そこまではしゃぐものかしら?
「紅茶をどうぞ。」
アルバートが紅茶を出してくれた。
「ありがとう。」
笑顔でお礼を伝えると、アルバートは微笑み里奈の隣に座る。
仲良い二人を見て、聖女達はまたはしゃいでいる。
(居心地が悪い⋯⋯。)
里奈は恥ずかしくて、もぞもぞしている。
「聖女様達は恋のお話が好きなのですか?」
アルバートが直球の質問をする。
「獣人は番を第一と考えます。ですが、私達は人族のように本能ではなく自分で選んだ人と恋をしたいのです⋯⋯。」
聖女の一人が答えた。
「そう言えば、貴女達の名前を聞いていなかったわ。」
聖女も里奈も忘れていた。
聖女が慌てて名を名乗る。
「私は筆頭聖女のオティと申します。」
「私は補佐のリティと申します。」
二人同時に頭を下げた。
「もしかして、双子かしら?良く似てるもの。」
聖女達はお互い顔を見合わせる。
「双子ではありませんが、姉妹になります。私が姉になります。」
オティが答えた。
「姉妹だったのね。」
「でも、なぜ番じゃなく普通の恋愛をしたいの?番に会える事が幸せではないの?」
里奈の質問は番に憧れる者には普通の事だった。
「私の母は父と幼馴染で番がお互い現れる気配がなかったので結婚しました。夫婦となりお互い愛し合える仲になれたと聞きました。
ですが母が私を妊娠中に父に番が見つかったのです。母は父を愛していましたが、番に勝てるはずもなく邸を出ました。」
オティが悲しそうな顔をした。
「父は母を心から愛していました。ですが番の前では本能が勝り、リティが産まれることになりました⋯⋯。」
オティがリティを申し訳なさそうに見る。
「姉さん。貴女が申し訳なさそうにしないで。番だからと家庭を踏みにじるのを良い事と私は思いたくない。父は番である母を愛してはいない。
本能が動くだけで、心は違う⋯⋯。
番なんて無くなれば良いのよ!」
リティは泣き出してしまった。
(番に出会えて幸せとは限らないのかぁー。)
里奈は心の中でため息を吐いた。
「番は子を成しにくい獣人の為に女神様が贈られたと聞いています。」
アルバートの話に、里奈はあんぐりしたままアルバートを見た⋯⋯。
(女神様がこんなややこしい事を作ったの?)
里奈は何と言って良いのか解らない。
番がいるのは、子を成しやすくする為⋯⋯。
「暗い話を、申し訳ありません。」
オティが謝罪した。
「番の事は知らなければいけないから、話してくれて感謝してます。
伝える言葉がなくて、ごめんなさい。」
何も知らないまま、獣人国の内政に手をつけてはならない。
この国の先の事をクーロ達に任せて正解だった⋯⋯。
「獣人の中にも人族のように自分達で絆を深め、愛し愛される伴侶を見つけたいと思う者もいます。
勿論、番を求める者も⋯⋯。
ただ、自由が欲しいと。
愛し子様達のように番ではない仲の良い婚約者同士を見ると、私自身が恋に夢をみてしまうのです。」
オティの気持は理解できる。
愛し愛されるのは、里奈自身の願いでもあるからだ。
「そうよね。」
(女神様に相談するのもありかしら。でも白狐がね⋯⋯。)
白狐は嫌な予感を感じ、里奈の視線をスッと避けた。
里奈は二度目となる、心のため息を吐いた。




