17話 可愛らしい獣人サロ
邸の準備で皆が慌ただしく動くなか、里奈は中庭から王宮を眺めた。
黒い瘴気が立ち昇る⋯⋯。
(あれが見える人は、他にいるのかしら⋯⋯。)
「アルバート⋯⋯。聞いても良い?」
里奈がアルバートに問いかけた。
「王宮の空に見える物がアルバートにも見えるかしら?」
里奈に聞かれ、アルバートが王宮の方を見る。
「何も見えませんが、嫌な気配は感じます。リリには何か見えますか?」
「ずっと黒い狼煙が上がっているの。」
里奈の言葉に、もう一度王宮を見るアルバート。
「狼煙のようなものは、瘴気なのよ。馬車でも話したけど、沢山の瘴気が王宮で作られているわ。白狐の結界に触れたら浄化されてるから王都の民に被害はないけど⋯⋯。」
里奈は王宮を見つめたままだ。
「さっさと終わらせたい。でも、使者が来るまで何も出来ないのよね⋯⋯。」
里奈は小さくため息を吐いた。
アルバートが慰めようと手を出しかけた時に、ギース隊長がやって来た。
「里奈さん。王宮からの使者が来ております。客間に案内しておりますので、お越しください。」
ギースの言葉に、少しだけ肩を落とした。
「解りました。直ぐに向かうわ。」
王宮を背に、ギースの案内で客間へと足を運んぶ。
アルバートが小声で話しかけた。
「さっき少し落ち込んだように見えましたが、何かありましたか?」
アルバートの言葉に、里奈は罰が悪そうに答えた。
「使者が門で白狐の結界を通れなかったら面白いなぁー?って思ってて⋯⋯。
それを少し見てみたかったなぁー。って思ってたから⋯⋯。」
段々と声が小さくなる。
アルバートは笑いを堪えて、頷くだけだった。
里奈は罰が悪そうなまま、客間へと向かった。
ギース隊長を先頭に客間に入ると、使者は立ったまま愛し子の到着を待っていた。
「愛し子様をご案内しました。」
ギース隊長が使者に礼をとり伝えた。
「ザイラー獣人国への訪問。深く感謝します。」
使者は頭を下げ、礼をする。
「私は王宮より参りました、サロと申します。文官長を務めております。
本日は愛し子様の滞在予定を持って参りました。」
サロの言葉にアルバートが答える。
「座って話を伺いましょう。」
アルバートの言葉でソファーに座る。
部屋の中に控えている執事が紅茶を淹れ、出してくれた。
「ありがとう。」
里奈が執事にお礼を伝える。執事は柔らかく笑みを浮かべ、端に控えた。
里奈は紅茶を口にしたが、そのやり取りを見ていたサロは、目を大きくし驚いている。
里奈と目が合うと、慌てて姿勢を正した。
里奈はサロの驚いた顔を見て、首を傾げた。
里奈の隣でアルバートがクスリと笑うと、説明してくれた。
「高位の者が従者にお礼を言うので、驚いたのですよ。」
里奈はまた首を傾げる。
お礼を言うのはいつもの事であり、当たり前だと⋯⋯。
「サーシャ達も最初は驚いていましたよ?侍女が仕事をしただけで、お礼を言う貴族はいませんからね。」
サロはコクコク頷いた。
「さて。そちらからの予定を拝見しましょう。」
サロはアルバートに一枚の書類を渡した。
アルバートが目を通すが、明らかに不愉快な顔になった。
サロはアルバートの様子に、萎縮している。
サロは子犬のような獣人だ。大きな耳をペタリと下げ申し訳なさそうにしている。
「なんですか?この予定は。」
アルバートの怒りの籠った声に、サロがビクッ!となり、勢い良く頭を下げた。
「申し訳ありません!私も何度か進言致しましたが、話を聞いてもらえず⋯⋯。」
ペタンコの耳のまま、サロは泣きそうだった。
(可愛い!)
里奈はサロの耳や小さな体つきに興味津々。
アルバートの怒りなど気に留めていない。
アルバートが里奈の頭をペシリと、叩いた。
「サロ殿が可愛いのは解ります。ですが、愛し子様を馬鹿にしたこの紙に、目を通した私の気持ちも考えて頂けますか?」
里奈はサロから急いで視線をアルバートへと向けた。
「ごめんなさい。アルバートは何を怒っているの?」
「7日後にザイラー獣人国の全貴族を集めた催しがあるそうです。」
里奈は頷いた。
「それだけです。」
アルバートが話しを終えた⋯⋯。
里奈は??となり、キョトンとしている。
「7日後まで何をするの?その後の浄化の予定は?」
アルバートが首を振る⋯⋯。
(7日後は私が生きていないと考えているわけね。だから、各領地を浄化する行程がない。全貴族を集めるのは、愛し子を殺した自分達を見せつけて従わせるためよね⋯⋯。)
里奈の顔がどんどん不機嫌に変わって行く。
それを目にし、サロの顔色はどんどん悪くなる。
アルバートはため息を一つ吐くと、サロに質問を始めた。
「なぜ7日後なのですか?それまで愛し子との対面獣人国は行うつもりは無いと?」
サロは汗を拭きながら、必死に説明する。
「愛し子様には獣人国を見て回り、ゆっくり滞在して頂きたいと。
7日の日数は、辺境から来る貴族が早くて5日程かかるために、7日後となりました⋯⋯。」
アルバートもサロを責めても仕方ないのは解っている。
ため息を一つ吐くしかなかった。
「サロ殿。私達が邸から出ても問題ないのか知りたい。7日も邸に籠っていては暇でしょうがない。」
サロはハッとなり
「だ、だだ大丈夫ですっ。7日後までは好きに過ごして頂きたいと⋯⋯。」
サロは慌てて説明する。
「では。私達は自由に過ごさせて頂きます。行っては行けない場所があれば、こちらに教えて頂きたい。」
アルバートがサロに伝えると。
「直ぐに調べてお知らせします。
申し訳ありません。」
サロが深く頭を下げる。
「サロさん。頭をあげてくれる?少しだけ話がしたいのよ。」
里奈は王宮の様子を聞くつもりだ。
恐る恐るサロが顔をあげた。
だが、体を小さくしたままだ。
「サロさんが悪いわけじゃないから、気にしてないわ。それに聞きたい事があるから答えて欲しいの。」
耳を垂らしたまま、サロはコクコク頷いた。
「サロさんは犬の獣人さんよね?私が知っている獣人さんは大きいのよ。種族があるのかしら?」
「私は犬獣人です。種族はコボルトになります。コボルトは小柄な者が多く、犬獣人の中でも多い種族です。」
サロが説明をしてくれた。
「コボルトは働き者が多く、働き手を探す者はコボルトを優先的に採用すると聞いた事があります。性格も穏やかで、善良な者が多いと。」
サロはアルバートに褒められ、顔を真っ赤にしている。
「あ、ありがとうございます。」
それだけ伝えると、恥ずかしくて俯いてしまった。
里奈もアルバートも可愛らしいサロを気に入ってしまった。
「それでね。王宮で最近変わった事ない?知り合いの獣人さんが王宮が変だって言ってたの。色々と聞いたけど、本当かなと。」
里奈はサロに嘘を伝えてみる。
瘴気の影響がどれくらいなのか知りたかった。
「やはりおかしいと思う者がいたのですね⋯⋯。愛し子様が訪れる場所です。不安があってはいけません。本来は外部に伝えてはなりませんが。」
サロは決心して話を始めた。
「空気と言うのか⋯⋯。場所によって、とても嫌な感じがする事があります。大臣達が特に人格が変わってしまいましたね。ある時から重鎮達が総入れ替えされ、王妃様が政を行っています。シーヴァ王が表に出ることも無くなりました。セアラ妃も。」
「王宮に小さな魔物が出るようになりました。騎士達で討伐が出来ますが、気の所為か魔物の出没の頻度も増え、少し大きな魔物が出るようになったような⋯⋯。」
サロは思い出しながら話を続ける。
「特に東の宮の周辺に魔物の出没が多くて。その宮には賓客の魔術師様がいるのですが、最近は見かける事も無くて心配しています。」
(東の宮の賓客はゴッドローブね。引き籠っているのかしら?)
「最近は王妃様もあまり表に出ず、私達には話が降りて来ないので何が起こっているのか解らないのです。
ただ、王宮の魔物は騎士達で対処出来ます。愛し子様には危害が行かないように対処します。
安心してお越しください。」
サロは本当に何も知らないのだろう。
それにしても、王宮の瘴気の影響がないように見える。
不思議でならないが、サロ本人には聞けないため白狐に聞く事にする。
「そうなのね。ありがとう。聞いてた話と一緒だわ。でも、王妃様と魔術師様はいつも一緒にいるって聞いてたけど、違うのね。」
里奈が問いかけた。
「10日くらい前から一緒にいる姿を見かけませんね。」
ある程度の話が聞けたので、紅茶を口にし喉を潤した。
ギース隊長は里奈の仕草を見て、十分なのだろうと判断をした。
「そろそろお時間です。」
ギースが終わりを告げる。
サロはハッとなり、長く話し過ぎた事を謝罪し王宮へと帰って行った。
「サロはとても良い人ね。コボルトって可愛らしいし。」
アルバートが里奈へ紅茶を淹れる。
「サロ殿はとても善良な方のようです。王宮にいる者にも、善良な者がまだ残っているのですね。」
アルバートが里奈に紅茶を出し、自身も口をつける。
「白狐。聞きたい事があるの。」
里奈は自身が座るソファーに膝を就いて、ソファーの後ろを覗いた。
白狐は気配を消し、のんびり横たわっていたのだ。
体を起こし子狐の姿になると、里奈のソファーへと座る。
「白狐に聞きたい事があるの。王宮は瘴気が蔓延してるのよね?街で出迎えた当主達も影響あるように見えたわ。でもサロは全くその気配がないじゃない?
何か理由があるのかしら?」
そうなのだ。サロは全く瘴気の影響を受けていなかった。
『瘴気は悪意や負の感情から生まれる。常日頃からそのような感情を持っていれば、瘴気の影響は強い。
逆にそのような感情を持たねは、全く影響しない。瘴気は触れなければ侵される事はないのだから。』
「サロは善良過ぎるから影響しないかしら。」
里奈の呟きに。
『善良なのか、鈍感なのかどちらかだな。』
里奈は「鈍感ね⋯⋯。」
サロは観察力に優れている気がする。
鈍感ではなさそうだ。
また会えたら良いな⋯⋯。
アルバートと二人でお茶を飲み、ライアン達の帰りを待った。
夕食の時間になり、ギースが声をかけてきた。
玄関の奥がダイニングになっている。
ギースとアルバートと白狐の四人で玄関にさしかかると、何やら揉める声がする。
ギースが早足で様子を見に行った。
里奈達が玄関に着くとサロがいた。
それに、ライアンとカールもいた。アルスタ王国から帰って来たようだ。
「おかえりなさい。ライアン、カール。」
里奈に気が付いたライアン達が
「ただいま戻りました。里奈さん。」
軽く頭を下げた。
「何を揉めているの?」
サロがあたふたしているので、ライアン達に問いかけた。
「王宮からの使者ですから、中に案内しようとしたのです。ですが、夕食の時間と重なったのを知り、帰ろうとしたので引き留めていたのです。」
ライアンの話を聞き。
「サロは伝え忘れた事があったの?」
里奈の問いかけに。
「いえ!行けない場所を確認して纏めてきたので渡して頂こうと思いましたが。受け取ってもらえずに、ここまで連れて来られまして⋯⋯。」
サロが申し訳なさそうに眉を下げて説明する。
「ライアン達は気を使ってくれたのね。サロは夕食はまだかしら?」
サロは「まだですが⋯⋯。」
その言葉に。
「じゃー皆で食べましょう。」
と、サロの返事を聞く前にダイニングにさっさと向かってしまった。
サロは断る事も出来ずについて来た。
大きな白狐に驚いていたが、神力を消していたので毛を逆立てる事はなかった。
ダイニングに入ると、沢山のテーブルと椅子が並び騎士や使用人が席についていた。
サロは晩餐会でも始まるのか?
そう思っていたが、普通に食事が始まった。
愛し子様を正面に、緊張しながら食事をする。
(晩餐会ではないし⋯⋯。)
同席する騎士や使用人をチラチラ見ながら、サロは食事をすすめた。
「愛し子様は皆と食事をします。高位の方が絶対にしない事を愛し子様は行動します。これから愛し子様に関わる事も多いと思いますので気にしたら負けです。」
サロの隣に座るカールが小声で教えていた。
夕食が終わり紅茶を頂く。
「アルバート殿。こちらが遠慮して頂きたい場所となります。」
サロがアルバートに数枚の紙を渡した。
アルバートがさっと目を通した。
「解りました。それ以外は自由に足を運んで構わないのですね。」
「はい。確認はしました。街にも下りて頂いて大丈夫です。」
アルバートが不機嫌にならなかったので、サロはホッと安堵した。
「予定はどうなったのです?」
ライアンがアルバートに聞いてきた。
サロはビクッとなり、背中に冷や汗を流す。
「7日後の催しまで、自由に過ごして欲しいと。行けない場所がこの紙面に書いてあるので、同行者は全員目を通すように。
7日後の先の予定は未定だそうだ。」
アルバートの言葉に、ざわざわする。
騎士や使用人が厳しい視線をサロに向けた。
サロは居心地悪く、耳をペタリとして小さくなっている。
「サロは失礼になると頑張ってたみたいよ?でも、上層部が話を聞かなかったみたい。サロは悪くないのよ。とりあえず皆は、6日間は自由に過ごしてね。」
里奈の言葉に静かになり、納得してくれた。
サロは愛し子様が自分を擁護してくれた言葉に感謝する。
サロは早く帰れますように!
心の中で、そう祈りを捧げた。




