今、ここで輝いて
雨が降っていた。
放課後の音楽室に、ぽつんと響くピアノの音。
高校三年生の遥は、志望校の音大に落ちたばかりだった。
「音楽で生きていきたい」
そう言い切ってから、毎日ピアノに向かってきた。でも結果は不合格。二浪目をする勇気も、別の夢を描く器用さもなく、彼女はどこにも立っていないような気がしていた。
「……何やってんだろ、私」
自分の指が奏でる音は、こんなにも頼りない。誰にも届かない音楽なんて、意味があるのだろうか。涙が零れそうになったそのとき、音楽室のドアが静かに開いた。
「遥先輩……まだいたんですね」
後輩の玲央が、傘を片手に立っていた。軽音部の一年生で、遥の演奏をいつも聴きに来ていた少年だ。
「……今日、テレビの音楽番組、観ました? さっきの歌、めっちゃ泣けて……」
玲央は言った。「未来を夢見てるときよりも、もがいてる“今”が一番美しいんだって。俺、なんか、ああいう音楽に救われたくて、始めたんすよ、ギター」
遥はしばらく黙っていたが、少し笑った。
「……あの曲、私も観てた。何も持ってない気がして泣いたけど、あの言葉に少し救われた」
「今の遥先輩の音……すげぇ好きです。迷ってる音っていうか、でも、それが人間っぽくて」
玲央は、そう真っ直ぐに言った。
翌日、遥はピアノに向かい、再び鍵盤を押した。
不安も、悔しさも、音に混じっていたけれど、それでも――それだからこそ、美しい音があった。
彼女はまだ、答えにたどり着いていない。
でも、今ここでもがいている自分が、誰かに届く音を奏でるなら。
それだけで、きっと前に進める。
未来はまだ先だ。でも、今のこの瞬間に、彼女は確かに生きていた。