濁った瞳の少女と
「フフーン♩フーフーフフーン♩ラーラー♩」
あの本音を言った後。真琳は変な鼻歌をしながら、私はその様子を後ろから観察しながら歩いた。
その間、私達は特に会話をしなかった。
(真琳、怒ってるのかな…。今はいつも通りっぽいけど、なんか……真琳が何を考えてるのか分からないな…。)
汗と一緒に滲み出る不安が体を一気に冷やす。
整えてある綺麗な前髪を更に薬指で整え、甘ったるい桃ジュースをゴクゴクと飲み干した。
気がつくと長かった廊下はあっという間に教室の前まで来ていた。
真琳がドアを開けるとクーラーで冷えた風が横をさっと通り過ぎる。
同時にふわりと真琳が振り返り、口を開く。
「すごくびっくりしたし、心が痛かった…だっけかな、さっきの紫音の本音は。」
「えっ、あっ、う、うん…。」
そのセリフは私がさっき真琳に言った本音だ。
それを聞いた真琳はそっかと寂しく呟き、暑いからとそのまま体育館を一緒に出て……。
そして今に至る。
頼りない返事に真琳がクスクスと微笑んだ。
「ごめんごめん、もう夕方だし帰ろっか!」
「えっ!」
待って真琳。
「あれ?そういえば橋本くんまだいないねー?まぁいーや!とりあえずプリントはギリギリ終わったし!」
真琳は散乱してるプリントをさっと纏めて、向かい合わせにしてた机を元通りに直す。
帰る支度をする真琳がまるでこの場から逃げたいように感じるのは私だけ…なのだろうか。
「そうそう!検査入院でしばらくまた学校来れないけどなんかあったら連絡してね!」
真琳はどうしてそんないつも通りなの?
あの質問は一体何だったの?
私が気絶する直前のあのセリフはなに?
教えてよ。ねぇ真琳。
なんで隠すの…?
カカシのように微動だにしない体と溢れる爆発寸前の心が私を追い詰めた。
何をすれば良いか分からない。
真琳は静かすぎる私の異様な雰囲気に気づき、肩にポンっと手を置いた。
「紫音?どーしたの…?お腹でも痛い?」
そこらじゅうに湧いてる思いやりの言葉。
でも。
その言葉は私の心を爆発させるのに充分だった。
「…っかじゃないの…。」
「え…?」
直後、真琳の手を大きく振り払った。
「バカじゃないのっ!!?ぜんぶ!!ぜんぶ真琳のせいでこうなってんの!!」
「え、し紫音っ?」
戸惑う真琳を思いっっっきり無視して気持ちを、本音を、吐き出した。
「あなた誰ってめっちゃ怖そうに聞くし!気絶した時どこにもいなくて、聞きたいことがいっぱいあってっ、で、でも普段通りに現れて明るく話すくせに、こっちの気持ちは全然考えないしっ!もうっ…わ、訳わかんないよっ!!!」
ハアハアと漏れる息切れが止まらない。
瞬きを忘れていた瞼は目を酷く乾燥させ痛みが眼球の奥からじわじわと来る。
不安と怒りが混ざった私の目はきっと今、濁っている。
真琳は目をまん丸にして全てを言い切った私を見つめるだけだった。
それがまた悲しかった。
一言でも何か話して欲しかったから。
「…ねぇ真琳、私はちゃんと話したよ。」
「紫音…。」
「真琳はどうしてあんな質問、いや、あんな酷い言葉を言ったの?理由をおし」
「もう紫音はっ!!!!」
「っ!!!」
力強く真琳は大きく荒げた声を発した。
今まで見た事ない真琳の姿に体がビクッと反射した。
「…もう紫音は知ってるハズだよ。」
「え……。何が」
そこで私は気づいた。真琳は涙を強く堪えていた。
口元は笑顔のまま。
でも私を見つめる目が助けを求めてるように感じた。
ポロリと小さな涙が一粒こぼれた時、ようやく私の中で時間が動いた。
今度は感情が先走らないように慎重に接する。
「ま、真琳?ど、どうして泣いてるの?」
頭を下げてうぅと声を抑える真琳が小さな子供のように見えた。
落ち着かせる為に咄嗟に抱きしめ
「紫音。」
ようとした時、真琳は私の目を優しく見つめていた。一瞬だけ逆に私が抱きしめられたような気持ちになった。
「ねぇ、紫音。」
「な、何、真琳?」
「早く…私を、忘れてね。」
「え…またそのセリフ…?どういう意」
カチャ ン。
固いものが落ちた音がした。
音がした方向に振り返ると橋本君が立ち尽くしていた。
そして足元に小さなジュースの水たまりが出来ている。
どうやら今の音は缶ジュースを手から落としたものらしい。
橋本君の事をすっかり忘れていた私はとりあえず真琳を隠すように手足を大の字にして、注意を引いた。
「あ、橋本君っ…まだ学校に居たんだね。帰ったかと思った…!」
「あ、きかわ……?」
「あはは、な、なんか今日は困らせてばっかだね。」
「なぁ……お、おい。」
「とりあえず、わ、私達は大丈」
「秋川っ!!!!」
2回目の大きな声にまた体が反射的にビクッとなった。
橋本君はまるで殺人現場でも見たような、恐怖に染まった顔をしている。
なぜか僅かに手足もブルブルと震えていた。
「ど、どうしたの橋本君?それにジュースもこぼ」
「なぁ、あ、秋川。」
「え、う、うん?」
「お俺、結構前から教室の前で、その、様子見てたんだけどよ……。」
橋本君は弱く。小さく。口を開いた。
「秋川…さっきからずっと…お前一人で誰と話してんの…?」