忘れたくない少女と忘れてほしい少女
「あなた だれ?」
え。今、なんて?え。
5秒?いや3秒ぐらい時が止まった後、ようやく私の脳は現状を理解する事が出来た。
でもさっきまでの明るい真琳とは思えない程、まるで別人と対面しているような気分だ。
答えも声も何も出てこないが座っていた足を組み直し、とりあえず頑張って普段通りに別人のような真琳に第一声を掛ける。
「も〜真琳!きゅ、急に変な事言わないでよ。」
「………。」
最初は真琳のイタズラかと思った。でも真琳は相手が傷つく事は絶対しない。
真琳はカカシみたいにピクリとも動かず、悲しいような、怒っているような、不安な表情で私を見つめるだけだった。それに耐えきれなくてさっと目線を下げてしまう。
本当に尋問を受けている気分に足を大袈裟に組み直しながら滲み出る動揺を隠しつつ真琳に言葉を返す。
「なんで?…なんでこんな質問するの?私…また何か嫌な事でも、」
(あれ……。またって何が…?)
何かが頭に、いや心に引っかかった。大きな発表会で緊張するように心臓が跳ね上がる。全身に巡っていた血液が一気に冷えて、私もカカシみたいに動く事が出来ない。
バチッッッ!!!!
(ッッ!!!??)
痛みと言うより衝撃だった。
突如強い電流が私の頭に勢いよく流れ込んできた。びっくりしてつい椅子から立ち上がるが机の上のプリントに手を滑らせバランスを崩し、床に手をついてしまう。
四つん這いの私の上から数枚のプリントが落ち葉のようにゆっくりと舞いながら落ちる。
まだ頭がズキズキと痛い。整えてた前髪が無造作にぱらぱらと垂れる。
そして。
何故か一瞬。ポロポロと涙を堪えながら私に何かを訴える真琳が記憶として流れてきた。
(えっ……??な、に、これ……!??)
痛む頭を抑えながら今起きた出来事を理解しようと脳に働きかける。
が、痛みと意識が急速に遠のいていく。クーラーで冷え切った床にとうとう体を横たわってしまった。
それでもさっきの記憶は何だったのか?
どうして真琳は泣いていたのか?
考えるほどそれに比例して意識が遠のく。まるで思い出さないように鍵を掛けているような……。
力を込めてもうすぐ閉じようとする目を開ける。下から真琳を見た。そして私は静かに驚いた。
だって泣いているから。さっき記憶でみた真琳と同じ顔で悲しそうに泣いていたから。
大丈夫と声を掛けたいが意識を保つだけで精一杯な私にやっと真琳は口を開いてくれた。
優しい声だけど吐き捨てるように―――。
「早く私を忘れてね。」
切れる瞬間、何一つ意味は分からないが、思い出した。
そうだった。
意識の糸が切れたこの感覚は…これが初めてではないと言う事だ。