黒髪の少女とボーイッシュな少女
(あっっつい。暑すぎる……!!)
地面はまるでフライパンを中火で熱したような信じられない暑さだ。少し歩くだけで顔と腕がもう日焼けしてる。
八月。
夏休み。
補習の為、登校。
そして上履きに履き替える。
(もーさいあく…前髪も汗でべとべとだし…。)
薬指で綺麗に前髪を揃える。胸まで伸びた自慢の黒髪ストレートだけど太陽の熱をどんどん吸ってしまうからあっちぃ。
「ハゲっちょの人が羨ましいなぁ……」
なんて炎上発言をポツリ呟いていると昇降口のすぐ近くに机と紙があった。
丁寧なフォントで補習者確認書と書いてある。
夏休み中は本来立ち入り禁止だから補習者と分かるように名前を書かなきゃいけない。
つまり………少しめんどくさい。
私は慣れた手つきで補習者確認書に
秋 川 紫 音
と書いた。この名前は結構気に入ってる。
少女漫画のヒロインにいてもおかしくない名前にふふっと笑みが溢れてしまう。でもあることに気づいた。
(あれ?橋本くんも補習なんだ…。)
私の名前の上に殴り書きで書いたように
橋 本 菊 之 助
と書いてあった。
橋本くんは二年前の高校一年生の時、同じ一年一組で少しヤンキーっぽい見た目の男子。だけどすごく頭が良くて学年10位以内に必ず入っていた。だから補習とは無縁だと思ってた。
どうしてなんだろう…。
(あんまり喋ったことないんだよな―…。少し気まずいかも…。)
校舎にある自動販売機の前。
どうやって気まずい空気を回避するか、期間限定と地方限定のジュースどちらを買うべきか、つい頭を悩ませてしまう。
とりあえずジュースでも飲んでリフレッシュしよう!
橋本くんは一旦ばいばい!
「やっぱいつものオレンジジュース」
「「オレンジジュースだよね!」」
言葉が重なった時、驚いて心臓が一瞬だけ跳ねあがった。
でもすぐに落ち着くし、この明るくてハキハキした声が誰か知ってる。振り向かなくてもわかる。
中性的な顔立ち。
手入れされたハンサムショート。
ショコラ色の瞳。
昔から変わらないボーイッシュな姿。
「ちょっと脅かさないでよ真琳。」
「えへへ!」
私の保育園からの幼馴染、広田 真琳だ。
「真琳も補習なの?ってか補習ならいってよ―さみしいじゃん。」
「いや〜さすがに病院生活に引きこもってると成績が、ね…!せめて補習で少しでも取り戻そうって思って!」
「…体は、その平気なの?」
「うん!今はなんの問題もありゃーせん!」
日焼けが全くない白い手で軽く敬礼する真琳。
真琳は生まれつき病弱で学校もよく休んでいた。補習になるのも納得してしまう。
でも明るく振る舞うのは私に心配させない為だろう。
そんな事を思いながら缶のオレンジジュースを一口飲む。うん。やっぱり甘酸っぱくておいしい!
「ふぅ、さてとめんどくさいけど補習いくよ。」
「はぁ〜補習やだな…そだ!紫音!補習サボって学校探検しようよ!」
「えー無理だし怒られるよ。それに私より真琳のほうが成績が」
――キーン コーン カーン コーン――…
私は瞬時に時計を見た。ぴっっったり13時。
補習開始時刻は―――確か……………13時。
そして補習担当の鬼塚先生は1分、いや1秒でも遅れると課題を出してくる………。
「やばい真琳!!教室いそぐよ!はいこれジュース!!」
「ちょちょ、手首掴まないで痛いって!」
蝉の鳴き声。道路工事の騒音。固いものが廊下に落ちた音。野球部の声。
今はそれらが耳に入ってこない。
とにかく嫌な課題をこれ以上増やさないように教室に向かう事しか考えてないから。
整えた筈の前髪はとっくに崩れていた。