恋のコーディ
恋のコーディ
作者 衣空 大花
そんな、こんなの、口元に―――ゆき交うキャッチボール。
あのときから十五年が経った今、真二十八歳・佳菜二十九になっていた。
ふたりの弾む話に、辺り一帯、空が、街を、そして六本木ヒルズ三十三階のガラス辺までが、皆皆紅くなって姿を現した。
点り始めた灯。朱く照り返っていた。
せわしく行き交う人と人。人と街路樹。どの者の横顔も赫奕とゆく大空に、遥か彼方の地平線に想いを馳せる夕間暮どき。
二人も染り、交わした睦言。界隈を快く走りゆく車中。
過ぎた日々の幾星霜……十五年前。少年と少女だった。
一途に恋に夢中になって。
そのときから、の物語は始まっていた。
はぐくんだ愛は、慥かな容を現わしてゆく……。
巷では、惚れた腫れたの在り来たりな恋噺だというだろうが、二人には、燃やしていく日々だった、活き活き暮らした証がそこにあった。
この話は、ノンフィクションです。どのように生きてきた人々だったかに基づき、構成した物語です。
夜だった。空は沈み、靄は上がり、遠くの山は霞。詩が凪がれる夜だった。
善く、安らぎ。もたげる夜分。
風、温み。気持ち、和む。
暮夜の闇のなか。
聖徒ら、はしゃぐ声。
一筋の燈が遣って繰る。
『……力の泉は湧き、火ふたたび……(讃美歌二百七十番)』。聖歌朗々とゆく。
皆、口々に、手に手に灯かり、周りの静寂から各々の顔を覗かせ。
春を斎う鬨の声だった。
雑踏を離れ、気分は一変――ガヤガヤわいわい、木立を躍らす風。
地方には地方の、都会には都会の、それぞれの風景があって、顔と顔が挨拶し合う所だった。地方には都会では味えないノスタルジックが獲得でき――自然が、人を、動物たちを、和ませてくれる生き方があった。
ここ、私鉄ローカル線沿いに、そっと座する駅舎。
長原駅近くの小高い丘に、小さな教会が建っていた。
毎年四月になると、この教会ではイースター祭に、当時「みぎわ聖歌隊」が大人たち一行に中高生らも交じって、信者の家々の近辺まで周り歩き、「此春来たり」と告げるのが恒例となっていた。
閑静な住宅街。夜の垂絹のなか。音も歌も一層冴え響き、やがて徐々に遠退く。
この一刻な世界が、しばしファンタスティックに脳裏に残って……澄んだ気持ちになれていたのがイィ~‼
今年も遣って来た。
この風物詩を二階の窓辺から中二になったばかりの真の目に「オーォ! あの子カワタン‼」と映る。
さっそくホットな飲み物を手渡し、ペチャクチャする玄関先で幼子を抱く母とその傍らで裾を握る妹。母は一年前、洗礼を受けていたことから、聖歌隊一行に加わりたかったが二歳と四歳になる弟妹がいるため、こう応対するしかなかった。しかし真のキモチは、ホッと熱く沁入っていた。
毎週日曜日、午前九時ころから、小一時間ほど中高科礼拝が催され。
近隣の中高生・ミッション系スクールに通う者たち関係なく、聖書を持たず讃美歌がなくても貸し出してくれることもあって、気軽に参加する者は少なくなかった。
「今日こそ行ってみよう!」。そして流れ……翌日曜!になると、またまた流れた。
ついに「今日こそわ!」と小洒張とした出で立ちの少年、真もここに加わっていた。
礼拝堂がデンッ! と構え。長椅子に座した隣同士面々の一同。
思い思いに、パラパラ、お話真っただ中。
牧師さんが現れると一変、シーンッ‼
厳粛な空気に包まれ、辺りにピーン! とした静寂が奔った。
やがて、厳かな神秘のなかにも安らぎを与える皆皆の讃美歌に連れ、礼拝が始まった。
小ぢんまりした敷地ではあるが、平日は園児が遊ぶ小スペースな木造造りの教会。
だが、内にスペシャルがひとつ。ゴージャスなパイプオルガンの音色。
パイプ総数602+1の奏でる響きは、トランペット系の音色とフルートのような音調とがハーモニーし合って、それはそれは、言葉では言い表せないほどの大聖堂にも引けを取らないのではないかと思わんばかりの荘厳なサウンド。
その響きに併せ、ひとりでに、祭壇のキリスト像が目に映ると敬畏の念を抱くキブンに。
見上げると、牧師さんの慎ましやな貌に声。
朝から長アアーい! 神様についての説教。
途中途中にパイプオルガンに伴奏する一同の讃美歌合唱。
「みなさん、お早うございます。ンッンゥ!……フッフン! 『万民の罪を肩代わりしてイエス様自らが一身に十字架の刑を甘受した行為を取られました。それは、今まで人が犯した罪を赦し新たに出直すようにと願う神の御業……(説教は、「……斯斯然然……」と続いてゆく)。自分の罪を公にするなら、神は罪をお赦しになって、わたしたちを清めてくださいます。みなさん! 今こそ立ち上がろう! あなたがたは新しく生れなければならない。ヨハネ福音書3章』。ン―ッ!フッフッンン!」。横に咳を吐いた左手を戻すと壇上の牧師さんの顔は天を仰ぎ、右手で慎みをもって十字を切った。咳が出し易くなったのは老年になった勲章。若者がすると「風邪だ! コロナだ! うつるぅ! 餃子臭せっ!歯磨い来い!」となる。
ここで再び、みな讃美歌を高らかに口遊み「アーメン!」。
どの顔も安堵感に満たされ――継継――。
突、飛び跳ねるように「おわったッ!おわったッ‼」の胸声。待ちに待った解放感に戻った面前に回ってくる御賽銭袋、真は百円玉を入れてこの礼式をフィナーレとした。
母は「あれほど熱心にしてくださったのに! 歌舞伎座一等席なら一万八千円よ、末席でも四千円だっていうのに、十円入れてる人ゼッタイ神様にお祈り届かないわ」と云い五百円玉を渡してくれていたが百円玉を入れるときの方が多くなっていた。カルピスウオーターを、クリームコロッケのときも、行き来の途中にある揚物屋を通り掛かると無性に立ち食いしたくなるときがあったからだ。
信仰を求めて来たのではない。
あの季のイ―スタ―讃美歌隊に「マブーッ!」とハートに突き刺さったままの女子を求めに来たのだ。このチャンス!モノにしなくちゃ!
チャンスは五分以上ある! もっとあるぞ!
自慢するわけじゃないが、自慢す‼――恋は、そっと優しく、1/100遠慮しながら、アプローチす。恋の世界に『謙遜の美徳』の辞書は無い vs 早いもの勝ちよ! しなかったときから負けと決まってる。出しゃばって、あること・ないこと、それでも懲りずに、無い無いの話を拵えて、これでもかと連射、出まかせて自慢した方に歩あり――確率は、fifty fifty。バレて吹っ飛んで終わる時も有り。
運動会二百メートル走、「しんちゃん! しーんちゃン~ンン~ン!」。
黄色い女子たちの声援はいくら必死に走っていても、待ってました! と聴こえていた。
告りだってあったさ、好みじゃない子たちから。「下半身デブだもんなーぁ」。デブを卑下してはいかん。「ポッチャリかわゅ」と言い換えるべし。であったから、七分八分以上だって。
けど……、ウンもスンもなく座して居たというわけじゃない。
初めて知ったよ、『Logos』ってゆんだってさ。
聖書では『神の御言葉』、哲学では『理性』、一般人には『神風」だろう。牧師さんが得意気に唱えていた。としたこの啓示――「人知、即ち、人間の知恵では解り難いような真理・知識を神が現し示す事」。聞いてただけでも、ちゃんと入って来るもんだ。
しかも親孝行である。教会に行くことを云い出したとき、母は大喜びしたのだ。母が聖書の一片を取り出して、そこには「『人々の最大の罪は、神イエス様を信じないことよ』。ちゃんと聖書が仰ってるわ――『罪についていうのは、彼らがわたしを信じないからです。ヨハネ十六:八、九』」。
「礼拝」というと畏まった神所と思ってたけど――こっちにもあっちにも、年配者だったりケンタッキーのカーネル・サンダース風の――髭よぉ!とエバって蝶ネクタイまでした白ではなくダーク調のスーツ姿の紳士の方がおったり、何所かのお店のお上さん的だったり、小綺麗な独身女性風だったり、主婦かも知れない⁉ この中には中高生他学生らも居て、とっても家族的なコミュニティ村を呈しているのでした。内はとってもアットホームな村社会「こんにちわ! こんちわ!」と誰もが気軽に交わす挨拶顔。
この礼拝の名を「愛の聖書研究会」とも呼び替えていた。vs 実はこれを狙って『愛の研究』をしよう!と訪れたのだ。
時はフィードバックし。1932(昭和七)年の頃。
遷り変わり激しい昭和が始まったばかりの開幕時。
故ヤマダ氏が、後に牧師さんになった人物だが。そのときに奥さんとなったハナコさんと共に――更にこれ以前の話、第一次世界大戦による未憎悪の死者数は戦闘員800万人以上とも900万人とも言われているが、更に更に、民間人700万人以上が死亡。原因は、欧米諸国が地球上の至る所に進出しまくり、それぞれの国々の利権を奪っていったという歴史上最も多くの植民地を地経上に設けことに反発する者たちが多くなってテロという形で民衆の思いを爆発させたことに因っていた。『植民地支配』をしたということは、言い換えれば、人の物を奪うから『強盗』だ。
目を失った、腕を失った、片足になった、声帯を銃弾が貫通して喋れなくなった、余りの惨さの連日連夜に亘る死体の数に慄き精神を壊したあまりについに精神異常をきたした者たち、等々のや、戦傷者数を含めると甚大過ぎる数の地獄絵を地で行った地球人規模の殺し合いを……「もう云いたくない!」。若かりし頃のヤマダさんは、平和の在り方を痛く識った――「エライ!」。
また当時日本も、世界大戦に呼応したのか、影響を受けたのか、いずれにしても、せざるを得なかった。人の行動は、つまり国の行動は、他者すなわち外国に対しても影響を及ぼし易くなる性を元々有していたことから、国内に於いても戦いが頻発するのは時間の問題となっていた。その下に暮らしていたヤマダ氏は国内に親類縁者の多い高崎市で起きた自由民権運動の高まりにも触発されてゆく環境に否応なく置かれていた。
ついに、この群馬事件が勃発した。農民の困窮や負債を見かね、集会を頻繁に開き民の声を、何度も何度も繰り返し、政府に訴えた。
それでも、政府からはなしのつぶて、功を奏するまでには至らなかった。
が、後の政府転覆を目的とした加波山事件などに続く武装蜂起の機会となった事件に繋がっていった。祖国を日本から略奪されたと思い込んだ青年がニッポン国は天皇のものじゃないと馬車に爆弾を投げた事件を起こす一方、中国を一方的に日本国領土の一部にするために起こした満州国をでっちあげたことから、世界中から非難の的になっていたことにこれらの事件の深刻さが伺えよう。特にヤマダ氏は、これら一連の事件には、深く心に痛感するものがあったのだろう。
歴史は、過去数千年、数十億年、疎か未来永劫に亘り、様々な出来事の繰り返しで往く。が、これは歴史上のイチ事象と片づけてはイカンき。
「日本鉄道上野・高崎間開通」や、「清仏戦争勃発」が始まった頃、群馬県北甘楽郡で起こった「征韓論」――板垣退助はこの植民地支配思想の政策者の任にあたっていたが、しかしこの朝鮮半島を武力で制圧しようという策略は破れ一旦野に下った板垣退助らは再び征韓論をかねてから待望していた庶民を結集させ国会開設請願を起こすと同時に――この征韓論を旗印にして自由党急進派と農民による自由民権運動の激化を利用し助長もさせた。
当時関わった首謀者は、元は吉田松陰の思想や、更に元々となっていた織田信長の明(中国)征服計画を引き継いだ舎弟の豊臣秀吉による朝鮮出兵に始まり水戸藩の徳川斉昭や西郷隆盛そして板垣退助ら勢力によって外国の略奪(朝鮮制圧)をも目論んだ今でいう「民主主義の敵つまり他人の物を強引に奪った『強盗』」である……困った人(イチバン被った犠牲者)は誰であっただろうか、一般庶民です!……では、イチバン強盗を働いた国は? 欧米諸国なのよ(狩猟民族には困ったもんだ)。
これより遡ること二年前。
松方デフレが起きた――西南戦争、信用しきっていた竹馬の友であった大久保利通が、裏では既に刺客を親友であったはずの西郷の許に送っていた――知己の間柄では永久に変わらない人間関係としたモラルに背反した恥部である。
例えば、親友同士で、夫婦間で、親子間で、常日頃から当たり前のように信頼しきっていた者が突然裏切るほど怖いものはない。ある日突然、殺意を以て親が、或いは、子が、若しくは、ついさっきまで「愛してる」と言った恋人が、刺しに来たらどうする⁉ 鳥肌が立つ――が、実際、大久保利通は暗殺を実行した。しかし命を奪ることに失敗したことを諦めきれずに、岩倉具視に頼み起こした。それは、西郷抹殺戦争という形になって現れてきた。
この戦争による戦費調達で生じたインフレーションを解消するために、更に悪あがきとなって、庶民にそのしわ寄せを押しつけたのである。これが西南戦争の裏の真実の姿である。時の大蔵卿松方正義が1881年より行ったデフレーション誘導の財政政策失敗の最終的起因となったのは、何んだったのか? 国会に国会議員を送ったのは誰か? 送られた代議士のする仕事は『大衆の暮らしに資する法律を作ること』である。――『政治のレベルが、その国の人々のレベルを超えることはない』。西洋(ドイツ他累々の国々。アジアでは日本の松下幸之助)の格言いわく)。
松方財政の結果は、増々全国的に農民が困窮する事態に波及し、負債で苦しみ我が幼い少女を身売りする程に多くの家々が苦しむことになり、群馬県北甘楽郡では三十余の村の村民が県へ陳情するほどで悲痛な叫びとなっていた。
そこで、党本部の政府寄り姿勢に憤っていた群馬の自由党指導者・清水永三郎は、この状況を見て党勢拡大を意図し、集会などを開いて反政府感情をあおっていくようになり、そして、1884年3月、清水は湯浅理平・小林安兵衛・三浦桃之助ら同志とともに、北甘楽郡周辺の農民のほか猟師・ヤクザの博徒も誘って政府転覆を計画する。
だが、この最初の計画は四月に清水らが政府密偵謀殺容疑をかけられ他県へ逃亡したことにより一旦頓挫してしまう。しかし、一旦は小規模で終わったとしても、貧困農民の騒動と自由党急進派が結びついたことが端緒となり、実際に政府転覆を目的として加波山事件などに続く大規模な武装蜂起のはじめとなった。
今社会、あるいは、未来に於いて、これらの事件を教訓とするよう添え置きたい……ポピュリズムは、一部の異端者の声が新鮮な人柄と映ることから始まり、この声が一旦選挙人たちに受け入れらると、あたかも優秀な政治家であるように摺り込まれてしまった事例が示すように、全てが万能の活動と思い込むのは止めて、特に昨今の選挙結果を見れば必ずしも民意を反映していないことから、これから社会参加し活動するときは、係る訓えとして心に留めおいていきたい。
因みに、民意を正確に反映し、これを司法・行政・立法者らに届けるには、「絶対投票率」を設けることです。
絶対投票率とは、実際に投票に行かなかった「棄権者人たちをも含めた母数」を捉えること、すなわち、全ての民意を正確に反映した選挙制度創りから第一歩が始まります。
そこで、その制度とは、何で? 何を? どうつくれば? となる。この制度を考えることがこれからのイチバンの課題となる。……何処の、誰が、どこの国が、何時、課題を、ブレイクスルーするだろうか。……いちヒントとして、スマホを持たない人はほとんど居ないはず、そこでスマホを用いた選挙制度を……。
ヤマダ氏は「何か平和な世のため」「平等に暮らせる人々のために」「己の栄達のため」と心が指し示す先に、普通にいや、「大志を抱け」だが、燃えていた頃。
「日本国のスピリッツ先駆者になってやろ!」との意気込みを抱き、金工面を重ね続け、アメリカ留学、修行、布教活動等を経て、帰国後自宅を伝道所として開設したビンテージものの小屋――小ぢんまりした一間に拵えた吹けば飛ぶような薄っぺらな板塀、所々腐食していた教会建物――といっても古ぼけた家ではない、日々新たな神の御言葉を伝え長く伝統を誇ってきた教会となっている。
すぐ目の前の下方に田圃一反程の小さな湧き水処を「小池」と命名した池から跳ね上がる光に照らされた小高い丘の上に建つ教会(釣り堀が可哀そう……生きてるものの口に鉄の刃を食い込ますなよ!)。
池から風立ち昇り。聞こえくる神の御声、上がる、昇る、昂まる。
『萎めるこころの 花を咲かせ 恵みの露置く 主はきませり 主はきませり 主は主はきませ 萎める心の花を咲かせ 恵の露置く 主は来ませり 主は来ませり 主は主は来ませり」“もろびとこぞりて(讃美歌112番)”』を謳う。
実の子であるがトリタと名を改めていて教授にまで登り詰めたヤマダ牧師の息子との間で、東京都立大学(2005年に「首都大学東京」に開学)か、教会か、で継ぐ継がないのひと悶着があったそうだが結局は教会を継ぐことはなかった。
基督教会本部から代々派遣されてきた学校の先生風な細身の故大河牧師・その妻の大河副牧師「奥さんの方がちょっと背は高くこちらも体型はすらっとして、それに美人だったらしいが」を始めたとした人達によって代代守られ発展してきた神所として近隣はもとより遠くからも通う者もいたそうです。
その当時、ヤマダ牧師はその聖書研究会を中高科礼拝のための「信愛会」と命名したと聞くが「愛の会」という点ではピッタシな場なのである。「あのマブい子にどこを? どうやって? こうして? ああして? 格好良く見せればいいんだろう? ぼくを気に入ってくれますように!」というまさに「愛の研究会」なのである。
礼拝後は、神様も、併せて「お疲れ様!」と慰労を称えられお休みの言葉を頂いたのを機に自らもリラックスする気になったようで、私たちもリラックスモードとなって、今日も合コンの如く、ワイワイ、ピィッピィッ、思い思い、十人十色、教会玄関下の階段に腰かけたり足を引っ掛けたりトンキョな笑い声を殊更作って気を引こうとしたりのイツメンたち。
どうしても異性の前だとそうゆうポーズになる。
しょうがない、目立たなくなったらオワ、シカトーされる、ハブられる。若者仁義ってやつだ。
そこへ、ツッツッ! と既に完璧ナンパモードに入っていたミサンガの近づく足音。
一歩二歩とシューズ底を鳴らして近寄ってくる、「即りだァ!(身体欲だけが目的で直ぐヤる)」「いつも胸や脚にばっかニタニタ目が行ってるもんなぁ」と皆が警戒していた。その度に二歩三歩退け知らんぷりして、「ミサンガ野郎は男のくせに化粧してるからだ」、友だちの方へ話しかける佳菜さん、「助かったーァ!」。このままじゃいけない、何とかしなくてわ! 焦る気持ちと、魅入るテンション高の混声讃美歌。
それにしても可愛い!
スタイルぐっ! キャラもグッ! 百パ純粋な乙女にちがいない。天使のような瞳に! 立居振舞! イメージはビンビン膨らんでいく一方。
『恋は、妄想。――広がる一方。――膨らむモノ。――ドンドン美しくなってくモノ』とはホントだった。
誰とつるんで誰と話すかは、ミサンガと話さえしなければいいんだ!
目指すはひとり! そのためにこの教会に来たんだから~。
話しかけたい、が、凹む。
それならばとせめて目ぐらいは合わそうとする。
一瞬目が合ったときは、もうーっ!ダメ。☆彡凸♥(心臓バクバク)、違うねー、身も心もトロトロになったよっよ~んん。
“女子の美しさ” は、惟った。
男からカワィィと求めれて、時には原始時代以来、猛獣から身と子供を守るため、ちっちゃな体に――気丈な気に――拵えた保護色だ。それは攻撃力にもなって――ちっちゃい身体付になったおかげで、男がでっかくて猛獣に目立って追いかけられて食べられてるときに、目立たなくして攻撃をかわす剛撃力だ――いくら強くても食べられたオワリ、でも食べられずに逃げ通せば、勝てば官軍よ! だから攻撃力なのよ。
神様がヒトに与えてくれたのは二つ。
一つ目は、人は文化文明をくれる能力を与えられたこと。
もう一つは、男が子を産めななので、女は産むことができ、人類を増やすことができること。そのため、自らの一生涯を産む身体のままになっているのを守って貰うため、自動的に少しでも体をちっちゃくし、しかも男から見て可愛いく見えるようにすることで男に自分をゲットさせようとしてくれた天性からのギフトだったのよ。神はエライ!……そういやー、神は男だった。じゃ、男もエライ!
女に “男の美しさ” は? と訊いてみなければ分からないが。
ハラキンだ、筋肉コブだ、と女は思ってるかもしれない。
そゆうことじゃなく。好きな女にはどこまでも優しくしてくれる男! これが男の実の強さだ! いくら力持ちで強くても、この優しさ比べれば、きっと女にはそれ以上の強さと映って頼ましいと思うに決まってる。
「名は体を表す」、なら、服装は体を表す。――「当たるも八卦、当たらぬも八卦」。
真っ白なバスケシューズにご丁寧に前後左右に赤と黄色のラメ入り靴紐、シャツボタン四つも外す着こなし、ダメ押しにミサンガだらけ……手首・足首に付けると願い事が叶うと信じてる紐ってやつだが、これを両腕に計十本程も巻き付け、合コンモドキな二個上の自称男前さん。本名は「『九十』と思いきや『クソ』という正式名を後になって知る。先祖が悪い。
実際は他にも真面な読み方があるらしいが自己紹のとき学生証を見た牧師さんが「『クソさん……』と読むんですか?」と訊いたから牧師さんがワリ。呼ばれた本人が、皮肉れたのか? 訂正しなかったのも悪い。当初、みんなはクソくん!と呼んだが本人の機嫌が悪くなる一方だったので「ミサンガ」と呼び替えるようになった。
先刻から今もしきりにテッペンだ、ヨコだ、マエだ、斜めだ、と髪の毛にセカセカと手を遣り続け、見えない裏の髪型をしきりに、いじくり回すもんだから、出来上った形はヘンチクリン。
頬っぺのピンク色なチークと、ブリーチ・マッハな茶髪色だけは目立つ。男前とは程遠い。
ミサンガさん高一の目当ては一個下の中三女子。みんながひそひそ知ってる、「ヤリモクに決まってるじゃん!」。
男はせめて紳士なふりをしなければいけないのだよ。「ふり」も積もれば「富士の山になる」ってゆっしょ。
教会を離れた翌日、また翌翌日になって、またまた何処に、行っても、居ても、「こんな可愛い仕草~! あんな綺麗な女の子~! 彼女にした~い~~い!」となるともう―ぉ、ダメ!ダメ! 授業中もバスケ中もトイレに居たって脳内旋律はますます鳴り響く一方。
そんなこんなを考えてるうち、秋が深まった頃。真の胸のうちに深まる彼女との距離差を「近づけるてやろうじゃねえか!」という日がやってきました。
「準備良ければ事は成就す」
実際の効果の程となると怪しいが、願掛みたいなものである。
事は確り準備してあるときはすでに八割方は完成している。で、あるから――そう思わなきゃ! と、なり切ってみる。
先程来から洗面所で五分が十分、髪を左にそして右に又又左にとついに二十分。
シャネル№5をパッと仕上げにひと吹き。鏡の前を後に、顔もパッと、『天気晴朗ナレドモ浪高シ』。かつて日本海海戦で打電した秋山真之少佐の十分の一程の意気となって「よっしゃあ!」と玄関を跨ぐとサッサッサ‼と我が道を大股で闊歩する真の姿格好。
振り返る通行人たち。
香水のせいか?
「ドンン! ドッドッン~ン~♬」 「ドンドン~ヒャララ~ドンヒャララ~~」
お祭りは、皆んな姿格好を童心へと、天真爛漫な面立ちへ回帰行~ォ。 磁力マッハ!となって、「進路、ヨ―ソロ―!面舵イッパイ―!」。
我ながら無邪気なことをゆうもんだなぁ……つい苦笑してしまって……ハッハハハハ。
池上線のローカルな小さな駅、この長原駅前に在るちっちゃな小スペース。
所狭い一所。されど大きーい。
煌煌と六色の虹が(人は、よーく言葉を飾る、何回視ても、七色は嘘だ)架かる盆踊り大会「あぁ~そ~れぇ~~ぇえ」。
祭囃子のリズムに乗って浴衣姿で踊る佳菜さーん。
皆そこだけ耿耿と光放っている。お祭り王国のよう、五色にも六色にも染まる心持ち。(やっぱ、七色だな)。
ルンルン!あっちもこっちもルンルルン‼、煌いた、包み込んだ、響いた、身を、心を、何処も彼処も身体中を、全神経を、ドン!! ドド―ン!!! ピ~ヒャラ~ラ~。
身も心も大地までも奮わせていた。
梢も提灯も電球たちも、奮って揺れていた。
時たま、フワッと、凪がれる風。
「行け!活け!池様! 待ってました!真屋!」のひと声後押し、心地好さにノリ~!ノリ~ィ~!に奮っていた。
半円形に囲む屋台の一角。
Goldfish釣りをしてる佳菜さんの姿。
待って! 待って!ったァア! ついにスペースが空いた、ゴールドを手にした、と思うが早くポイを手に隣へサッと滑りこみセ―フ!「やり~ぃ!」。気付いてくれてない、「気付かせなくちゃ!」。
「惜シイ、見て! ポイの紙が張ってあるほうが裏、張ってない方のこっちが表!この表を上に。上の方に近寄って来る大きいのは避けて、ちっちゃいのをゆっくりとサッと掬うとね、ほら!またゲット」。抑えきれない口上。速過ぎて通じただろうか?……気になって気になってしょうがなーい……不安と期待が織り交じったマッハ交情。
呆気に取られる佳菜タンの顔を無視して突っ走る真の攻め。まるで疾風怒涛の如く押し寄せて次々に波状攻撃をしかけ圧倒的な強さで軍門に下した武田騎馬軍のよう。「恋にも勝ち負けがあるんだから、恋も真剣勝負――死んじゃう人もいるんだよ。
「ワオ―、スゴ! 見て!見て!」
捕れたゴールドフィッシュを片手に佳菜さんのデッカイ声! 口はアンコウ・あんぐり、歯は真っ白、口の中奥奥まで真っピンク、乙女美人キメ―! 「めっちゃ嬉し、やっと話せた! 金魚が捕れたかはどーでもイイ」。
真もつられ口も目元もすっかりニコニコマークになっていた。
「ちゃうちゃう、追っちゃだめ、ポイがやぶける。ね!見てて、ほれ!来た来た、向こうから近付くのを! そっと素早く。ね!ゲットしたろ」
「なーるほー! そんなに浸けといていいんだ、破れるかと思った」
やっと十年来の友だちのような顔付となってくれた佳菜さん。
「浸けたままにしておく方が紙繊維強度が増すんだよ、動かすと水の力が加わって破ける、ただジッと待つだけね。ね!やってみて!」
ここまで来れば! と遂に生な佳菜さんに触れました。
温かったーぁ! スベスベな手に腕「こっちのキブンも滑滑だよーォオ」
自然を装ってワザと触れたのでした。
「うん!してみる!」と云ってポイの先を見るかと思いきやジッ!とこっちの顔を見入ってくる佳菜「…………」アツかったあー! ガン見は、チゲ、温かな瞳の見入りは恋への登竜門、永久への繋がりだーい!
継いで出た佳菜さんの言葉が、「『張ってない方が表! 動かすと破ける』これは使えるーぅ! 文化祭、金魚すくいあっから自慢したるわ」。
真も突嗟に「ん!?チャンス!」――「文化祭?」。
「九月八日九日だよぉ」(「やった―! 行かなくちゃ! ぅ……う? 日付訊いてないのにゆった」)。「ああ、お誘いか。ゴールドな気分ホイホイ。
文化祭での自己ショーに始まりいろいろ話を交わすことができ、後々の水族館行きでのチュッに繋がってゆく実際の宝物ゲットへとなっていった。(……水族館が何故若者に人気があるか――あの暗闇でのあの箇所の多さ。まぁ、いい)。
「ぱすてる長原商店街」。特賞三万円、大田区内共通商品券狙っていた! 当にパステル。淡い色合いでオワった。
けど、ドッコイ! 良い事は続かない。「これ!良かったら、佳菜ちゃんに!」と差し出す焼きそば。
やはり現れましたか、その顔は見上げなくても腕先が教えてる、無駄な数を巻くミサンガ先輩、「クソッ!クソ現れたかッ」。
「ありがと」。しゃがんだままの佳菜さん。
「このまま!居ろ――居ろ!居ろ!――ここに!ここに!」。真の心内に唯々、祈る、祈る、どうか!どうか!
「(ミサンガ)なぁ、あのさ! 是非是非!見て貰いたいのがあんだ、来て!来て!」
ミサンガの化粧いつも以上に厚盛り、必死な口説き戦闘モードの下、ついに佳菜さん軍門に下ったか、共にモゴモゴの彼方に往ってしまった。
引きずられてゆく佳菜さんをただただ見てるしかなかった。「悔し―い―!」。が、顔はポーカフェイス、手は、握りコブシ!
連れ立って行く佳菜さんの友だち結夏さん、こっちを時たま振り返りつつ「いいの? どうするの?」と言いたげに右へ倣え。
「あぁ~~そ~~れぇ~~え ドン!ドッドドン!ン!!ン!ン n……n」遠退く。
いつも通り学校行って何してあれしてこうして「………」。悶悶とした雲。いつも通りのピッカとした空ではなくなっていた。
「オレに限って『恋の病』――う? 無い!無い‼」と思っていた。が、実際、病ってあるんだなぁ……「好きすぎて苦しい」。
「なぬ! 病にかかったことない⁉ 嘘だろ。それほど好きな人がいないからだ? でなければ、恋の対象外か? のどっちかだ」
恋をしないでいると健康に、美容に、勉強に、仕事にも、食欲にだって、顔付きもだ、悪くなる。私たちは、恋をするためにこの世に生を授かったのだから~ァ~。
その後以降、何かと理由を付けては、佳菜さん家が、長原!長原教会! の直ぐ傍!
ならばと、今日もダチんちが長原にあることをいい事に一個先の洗足池駅からの方が真の家は近かったが、そっちから遠回りして帰るようにしていた。
この長原教会は、長原駅舎と共に渋いのだが、あっち観こっち観し。ゆっくり歩いても校門から七分も歩けば着くロケーション内。
オートマチックに口笛は出るし、両手は目一杯振るし、つま先はツンツン テンコロコロと踊って、このテリトリはおれだけのもの! 歓びのよ! となっていた。
この駅舎に向かい右方は、高架線JR五反田駅を右手に経て目の前の坂道を登って SONY屋舎を左目に過ぎてくと、ほどなく右手に品川駅がどっかりと待ち構えていた。ここまで来れば、もう! 銀座へは一直線!
左方は東京都民飲料水の水所、実際は他水源もあるというが、父の時代は「スイカを浸けながら格好の泳ぎ場として遊んだもんだ」と聞く大河川多摩川に通じる中原街道。
昔の昔、牛車行き交う生活路。今は今で、びゅ―!びゅ―!カッ飛ばす車の幹線道路。目下は、心のなすがままの『恋街道』。
それらに位置する池上線沿線のローカルな悠々閑々を醸すにはピッタシカンカンな駅舎。
だが真のうちにはやがて、ビュー!ビュー! かっ飛ばす恋幹線道路、賑わう事この上ない地となってゆく。
いつも通りの学校帰り。「自転車で銀座まで行ってみたーい!」。この気持ちをダチらに吹っ飛ばしてやりたくなった。
「馬鹿か!チャリで!」。普通にいやー、いいのに、一人わざと大声でだ!
その中の一人が直ぐに、「真くんらしい―ィ!」とニッコリ云ってくれた。
やっぱお祖父ちゃんは、正しかった! いわく「『幸福になる人は、一人でも優しくしてくれる者がいる』。真逆に『不幸になる者は、ねたみ感情(他人の不幸を喜ぶことで自己満を発散するヤツ)を擦り付けに来る奴が現れる』」。
今日もイツメンんちが長原にあることを吉い事にそっちから遠回りして帰るようにしていた。
最近よく話すようになった同級生、豆牛と名乗る豆腐屋さんのとっくんちナウ。
先程までのザアザア雨も上がり、モワッとした風も戻って……。夏らしい。いは夏真っ盛り。
この寄った先のダチんちでデッカイおぼろ豆腐をピチャピチャ食いながら、「旨えな―あ!」。『搾る前だから汁が残って甘いんだって』。「それにして豆腐がこんな甘いとはなぁ」。
たっぷりのマヨネーズと鰹節付レシピを、旨!旨!ピチャピチャ‼ 舐め食いしていた。――「ビタミン美を摂ったぞ」。
小一時間ほどのト―クを楽しんだ、いや、むしろピチャピチャの方が目的だった。
「じゃ、またねー!」とその家の前の両腕二つほどの幅しかない坂道だが、一気に力を込めて、三十七%にも達する急勾配な坂道。力を腹に一気に蓄え、ホップ!・ステップ!・ジャンプ!ッ‼ と大袈裟に目いっぱい脚を広げ、一跨ぎ・二股ぎ・三跨ぎッ。
登りきると直ぐに、商店街のメイン通りにご対面、「よっ!」っと御挨拶。このメイン道を足早に雀足! 長原教会の方を通って帰ろうっと!
突! その瞬間。「オー! 相変わらず威張って歩いてるな、食べてかい!?」。トリ吉の源さんでした。
結夏さんのお父さん、佳菜さんとは同いクラスメイト。
「ハァーイ! 食べたいす」 「(源さん)じゃ、裏へ周りや」 「(源さんの奥さん)あら!真ちゃん、丁度揚がったとこ」。源さんがそうなら佳菜さんのお母さんも相変わらずの優しさありがたい「(真)こんちわ!」。「(お母さん)ゆっくりしていって」。
そこへ店に戻ろうとする源さんに向いて真は「結夏さんは?」と訊くと振り返りざまにデッカイ目玉――それ以上に!でっかい鰐口で「もう直ぐけえってくんじゃね」(「だいじょうぶですよ、結夏さんを盗らないから」)。
ニャん子まで「いらっしゃい!」と顔を覗かせて来るこのファミリアな空気が一層腰を落ち着かせてくれる。そ~か~あ~、ファミリアと、*神は、落ち着かせてくれるモンなんだ~ぁ。*「落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る」聖書イザヤ30:15。
店の壁には至る所にメニュー表が張り付てあるのが店に入る前から飛び込んで来て、一歩足を踏み入れると、間口狭く、奥行き長く、天井低く、奥の奥まで行くと、店に連なる四メートル四方しかない裏庭。
猫の額ほどの一筆のキャンバスのようなスペースだが、仕事の合間に身体を休める癒しの場となっていた。
園芸店で見けるような屋外用テーブルにイス。
所々色も剥げ、も三分の一ほどの模様。
辺りの空気には、食い物屋の匂いが、天井から地面にまで一帯に漂い。居座ると、どうだい!このちっぽけな一角が、広く感じ、水彩画のように、柔らかく透明感があって落ち付くではないか。
庭の隅っこにバジルの草が閑かに植えられていた。
隣家の白塀のせいで一枚一枚の葉が反射して光っている。
白い可憐な花々は、幾段にも重なり合い、大きなひと塊の房となって、一つひとつは数ミリ程でも、誇らしく威張っていた。
近付くと、なんとミントな香り。数十センチも放つ。手に触れると、この香りは付いたまま離れない。野の花は強い! 流石、ツワモノ。人類より前にデンと誕生していただけあって敵なしの気迫を嗅ぐわす。
結夏さんのお母さん、流行りな原色の口紅、これが似合ってるからフシギ、ニッコリした顔で、「日本では一年草二年草だけど西洋と同様に『癌予防、美容効能、精神安効果、咳止め、口内炎、鼻炎、下痢止め、腎臓病、鎮静作用、若返り作用、強壮作用』等々目一杯あってね」。なんとこんなにもオッタマゲな数! 話は継いで、「世界中では有り過ぎるくらい愛用されてる薬草なのよ」(なんと冗長な話……)。
「それに『ペルシャ、エジプト、次いでインドから全世界に、香り強く害虫を寄せ付けない薬用性で抗酸化作用があるため癌予防、特に流行りのコロナ菌対策にも、効くらしいが、植える草として大いに利用される程だったの』」と、元小学校教員だっただけあってお母さんは、熱心な教師のように、アツく云い継いだ(冗長キメ!)。
さらに連射し、「『夏草や兵どもが夢の跡』――野草は、むかし、武士たちがいさましくも、果敢無い栄光を夢見た戦場のあとを見ていた」と芭蕉さんの話を詠ったり、「別な顔は、紀元前四千年前後には既に古代人は知っていて、子孫繁栄に大いに役立ったイノチの葉」と話は佳境に達し、復復付け加え、更に話は、「ギリシャ語では『王』にも匹敵するほどの銘品なの」と言い換えて結夏のお母さんが結んだ(今週の冗長チャンピオン!)。
流石に真も唸った。「植物って強いなぁ。道理で草ばっか食べてる牛さんは、肉は一つも食べてないくせに、なんと体重六百キロから千百キロにもなるんだって。俺なんか。肉も大食いなのに、たった六十キロ。草食の重要性の意味がわかったよ……」。
源さんが育てるにちがいない。先程から話しかけながら、しきりに葉を、花を、愛おしく触れていたからです。
弁慶似の源さんの形相とは、とても、男前とはお世辞にも云えないが、優しさの一端が慥かに伝わってくる。
「ほれえー‼ 食いな!」
「ありがとうございます! バジルに花が咲くの初めて見ました、源さんが育ててるんですか?」
「植物は嘘付かねえ! 面倒を見てやっとくとその分だけお礼返しの笑顔を返してくれるしな。花にも義理人情ってもんがあんじゃねえ―!」
捉え方が任侠道っぽい! さすが元やくざ稼業の親分さん。テーブルの上には店頭に出せなくなった切れ端の照り焼きに甘辛サツマイモ所々千切て、形はどうでもいい、四方八方味に染み込んで、これが旨いったりゃありゃしねぇ。
そこへ丁度部活から帰宅したまま、ジャージ姿の結夏さん。
「押忍! 今日、駅で待ち伏せしてた中学んときの進藤くんに告られちゃった。おどろいた―!」
云う言葉と動作は裏腹。満更でもない顔付、ああだ、こうだ、そうだ、ピンピン手と足を交えたゼスチャーをしながら説明する結夏さん。
真は横やりイッパツ、「あ―、あの先輩、日替わりでいろんな女子を口説いてるらしいよ」。この進藤先輩の弟が真の学校の同級生で、「上っ面だけの調子コキな野郎なんだ」。口調はへのへの文字に変わり「返す!返す!ゼッテイ明日返すから! なぁーァ!」と懇願されつづけ1200円貸したのに三カ月経ってもシカト―。「金高ではない、この図図しさ、コノヤロウ!」
「知ってる。だから云ってやったわ。うち、チャラっぽい人無理!って」……「なーんだ、チャラって知ってたんじゃんか」ということは……おれを惹くためにワザとピンピンなふりをした陽動作戦だったのか。女子ってちっちゃい頭してよく考え回るな。
「ハッキリ云ったね。わかる!わかる! 男子とて、スケバン、浮気症な女は論外!」。ところが、「隠れて見つからなければいいんだよ。騙される方が悪いんだよーだーあー」って、平然と言いのけるのが流行てるだけに結夏さんの言葉は一入身にしみる。
「お母さ―ん! 私も甘辛の―ォ!」。喋る口と聞く耳と同時にポイポイと口に放り投げていた。
形崩れのものほど味が微妙に染みうまーい! モノに人を喩えるなら、少しくらい傷持ちの人の方が却って味のある人ってことにしよ。源さんのことを念頭に云ってるのではないが、まぁ、そんなとこだ。
「ほれ―ぇ! 揚げたてソースメンチだあ」
「アッツッ、アッツッ! フゥーフゥー! バリバリ」。立ち所に真の喉を通って無くなった。「口の横ブッチュ! ふたつもソース跡が口元に飛んでる、左右均等!逆三角形~! ケラケラケラ~~‼」。
大口バカ笑いする結夏さん。
「テッへヘヘへへ」と応えるしかない真。
それを見た結夏さん「可愛い」と返してきた。「いやいや―! どもども」と応じるしかなかった。
テレクサを封じるのは笑ってごまかすさあ!
ほんのわずか一口を皿に残し下方へ置いてみた。さっきから頭を身体を尻尾を行ったり来たりスリスリして来るアッちゃんのためでした。
口を小気味よく左右にプルップルッっと振りながらガツガツごっくん、これまた、瞬く間にペロりと平らげてしまう。やはり口周りに、おヒゲちゃんに、鼻に、顎下に、ソース跡が残ってる。
フゥーフゥー! バリバリ‼ の音は猫もするんだな、まったく同じ人間じゃんか! 人と同じ動作をするモノは皆「人」なのである。同じ人間同士でも気持ちの通じないヒトは「モノ」として扱っていた。
この界隈ではボス筆頭らしい。威嚇するときの声が「フ―ッッ! シュ――ッ! グワッ!」ではなく、仔猫の時から「アァ―――ッ! アッーアッーァ!」と甲高く長い雄叫び声をあげることから、アッちゃんの名が付きました。「確かに! 進軍ラップの音は、トテチ テタッ タッターァ‼それーェ!行け‼、と甲高い」。
「坊ちゃんの先生(真の父のクリニック院長の所に源さんが診てもらいに来るときがあって)には色々世話になってる、んーんッ!と、食べな。足りなきゃ持ってくっから」
『人は過去ではない』、『今である!』。――過去に誰もが失敗をしなかった人はいなのだから、失敗にめげずに努力をし続け前進をする今である。
前段のことを云ったアインシュタイン(物理学者・哲学者)は、世界的天才と云われているが実は数えきれないほどの失敗を土台に新たに数多くの事実を掘り下げるのに成功し、世界的な新発見を繰り返すことができたラッキーな科学者であったが、当に的を射た科学業績を世界に遺したといえよう……じゃあ、天才じゃなく、努力家ゆえに生まれた功績だったのね……そ!そ!ポジティブシンキングがキーワードね。(彼が遺した名言の一つに「天才とは努力する*凡才のことである」)。後段、人の価値は、世界中の誰でも知ってる言い回しであるが、肝要となる点は頭より行動で、普段よりも尚一層努力をし続ける「不断の努力」の有る無しによって天と地にも隔てしまうのが価値有無となる分岐点である。*「何所にも見かける平凡な人で、特にすぐれた才能の無い人」。へーぇ! じゃ、おれだって天才になれるってことじゃん……てんさいはてんさいでも天災にならないよー……(見え見えなダメ押し)。
きっとアインシュタインは目が三つも五つも脳ミソも百倍あったにちがいない。
何故って? 今だ解せぬ話があって、一般相対性理論であるがこの成立に影響を与えたとする『二つの平行線は交わる』とした考え主のアインシュタイン様は、やはり、努力家でも天才でもなく、宇宙人である(これ以上は口にしない事にす。彼の理論を解せぬゆえボロが出る)。
ただひとつ彼の云う意見と一致するものがある。
『空想は知識より重要です。知識には限界があります。想像力は世界を包み込むのだー!』。(イメプは別だ)。
空想とはイメージです、この世のモノの存在は、善悪、そして、すべてイメージから始まってるのだ。
イメージ正しき豊かな人と絡んでいきたいものである。ここで一つアインシュタインは「*間違った道」に踏み込んでしまった事実。*原爆の製造開始・広島長崎原爆投下は、遡ること1939年、アインシュタイン自身がアメリカ大統領ルーズベルト宛にどの科学者よりもいち早く率先して「原爆開発を熱心に請願した書簡に署名」し、この後に「マンハッタン計画」へと繋がり、ついには今日の原爆所有国が増えつづけている所以となったのである。この事実だけは、特に日本人としては決して私たちは忘れまい。
『二つの平行線は交わる』これこそ、男と女の恋愛ではないか――互いにすれ違っていて恋が実ることはけっしてない。正に、共に、一緒に、交り合うイメージをつくっていったではないか、四十億年前から地球上に最初のが現れて以降。だからね、交じり合わそうとする愛の無い奴は只のカビよ。
ナルホ!ナルホ!
しかしそうは云っても、物事はそう格好良くばかりは行かない。そうさせたがるのは詩人さんや小説家、そして、車や JAL のコマーシャル、或いは、お人よし馬鹿、のどれかの作り話にちがいない。
物事には万事例外というものがあって、逆境に身を置いた者でなければ分からないものがある。
「子供に、女房に、夫が、極道に居るとしがらみを残す。夫に迷いも生じる。子が真似をした生き方になる」 「こんな能書き垂れるやつは、ほんとは弱いんや! 勇気がなんや! アホなんや! ホンマの強さはな、わしは女房子供に普通な生活をあげたいんや」
四代目山口組組長竹中正久が云ったことを念頭に思い出したかどうか定かではないが、異口同音と許りに、堅気な道を!と意を決した源さん――病気をしてみて初めてマジなときの健康の有難味を実感したというカンジ。
「『人は環境』→『環境は人』→『人は人柄を創る』→『人柄が幸不幸を決する』とした四段論法(?)を知ったのは不幸に出っくわして初めて知った者たち(大半ではなく『一部の人たち』。何故かっていうと、幸福になる人が社会全体で『一部』しかいないから」。ちょっと考えれば、こんな簡単な物差しが解らずに、「ああ―! もっかいやり直せたらなぁ!」と唯々願望するだけ! 行動はナッシング! 口だけは! やってると弁解したとしてもその行いは場末にウロウロちょろしてるチンピラのノガキの見本!であって、唯具体的解決策をどう講じたらいいか真面目に努力すらしようともせず、それどころか、考えようともしない。他の奴の所為だと愚痴をこぼすだけ、オワな人生を自らが招いたことに気付かずに只大メシを食うことが生きがいとなってしまってるドウブツ。幸か不幸かのキメは、人としての「品格」よ。
具体的に『品格』とは、上品さ、つまり、温かみ・誠実さ・努力を惜しまない態様・誰にも驕らず分け隔てなく平等に接する態度・情感の深さ・創意工夫に努める、等々(多過ぎた? 善いことをするには多くをしなけらばならないんだよ)が『人柄』ってもんじゃ。まーぁ、全部は神様だってできやしないから幾分かが合ってれば、人柄グッって云えることにしよー。
……不幸になるパターンがあるとすれば。
自分の人柄が良くなっていないのに係わり来る者が「この人は善い人にちがいない」と思って来てくれる筈がない。
誰が汚い顔、汚れた服装のやつ、体臭の強いやつ、嘘つきな野郎、自分だけが勝手に喋りまくるやつ、誰がそんなとこ行くもんか! ――『類は類を呼ぶ』。
真は、恋人を選んだ、選ぶ際、人柄をしっかり見定めた、あたりめだ、しかし、あんな可愛い、あんな美人、とろける優しさ、誰が離すもんか、絶対うまくいくはず、ゼッテイうまくいかせてみせる! 真と佳菜に限って壊れるはずは無い……万が一の万が一、壊れたとすれば、相手の所為ではない、自分の責任だ。これがなければ男女の世界は、イチャイチャも長くは続かないのさ、人として成長もないんだよ、丸く収まっていけないのさ。
巡り会った人たちに運が無かった。――人には誰にも運ってやつが最初からあるんだよ。
祖父が助役、実父が村議会議員、代々続いた裕福な家柄を誇っていた。その良家に生まれ、引き継いだ頑張り屋さんに成績も優秀な遺伝子を受け継ぐが、十二歳の時に実父が亡くなってしまった。
全ての歯車はここから狂い出す。弱い者へは更に寄ってたかって潰しに掛かる。
こんなのヒトの顔した動物その物。動物の世界で襲うことはまずない。
腹を上に見せると、どの動物も襲うのをやめる。
ヒトは、他者間にトラブルがあると、守ってあげようと止めに入る者の方に向かって攻撃される。見て見ぬふりをする弱い動物ってこった。
竹中が「兄は不当逮捕です」と抗弁すると、「(警察)なにお!ガキのくせに逆らうのか」 vs 「(竹中)みんなに訊いてみてくださいよ! わかるから!」 vs 「(警察)兄が兄ならお前も生意気だ!コノヤローッ!」
結果は、兄は*特高警察による拷問の果てに惨死した。*政治や思想を取り調べるのを専らとする専従警察だが、法律もへったくりんも無い何でも有りな警察へと変貌していき、勝手気ままに拉致・拷問・性強要、財産の無断搾取、等々のいわゆる、日本国中を無法地帯化していった。では誰がそうさせたのか? 時の政府です。政府を選んだヤツは誰だ? 俺たちだ。じゃ、俺たちを変えよう。
父を失いその上に兄まで失って貧苦のどん底に落とされ、お金がなかったから昨日も空腹、今日も一日中、下を向いて歩いていたが食べ物はナッシング、無茶苦茶な世に腹を据えかねたか、世情も戦後の食糧難の時代、そこへ持ってきてご飯代を稼いでくれる人は一人も皆無、不図空腹に耐えられずスイカ一個を持ち出してしまうが、これだけで「泥棒ーな奴め! この野郎!」と即少年を逮捕した。
その際に警察官から数日間にわたりボコボコに殴る蹴るの暴力を振るわれた末に少年院送り。
イチ少年に対して、大勢の大人がだ。独り孤独な逆境にある少年を見て見ぬふりした大勢の大人が――なんともやりきらない気まずさになる、大人ってこんなもんだろうか? 子供よりひどい! いや、動物にも劣る。
これは生まれ持っての性質つまり元々身に付いていた意思(先天性脳ミソ)の遺伝のせいだ。
未成年者を保護する立場の大人が、からっきし道徳も法も人情も思いやりのひと欠片すら無かった。どんな大人たちだったのでしょう――『自分のことより、ほんの少しだけでもいいから、他人に思い遣ることができる人を他者は皆ことごとく全員が望んでいることを忘れないでほしい――心豊かな人になりたいのなら』。
普通なら未だ少年、初犯でもあるから補導として始末書や説教やコツの一つくらいで済む話。
今の法律ではゲンコツひとつでも、しないまでもしようとするだけで即違法行為でその刑事は処分されるはずだが、実際はとなるといまだに曖昧。
母はとっくに亡くなっていた上に父親までが死亡していた今、兄も警察官による集団暴行で死んでしまった。誰もこの少年をかばう者がいない逆境が招く、悪戯な(世間には映る)、これ以上ない最悪な(心ある人には傷む良心が)、タイミングというやつに陥れられた。
極論を敢えて言えば、社会全体の犯行であったといわざるをえない。では、悲運の極みに追い落とした地獄をつくったのは誰だ。助けようとしなかった社会の一人ひとりだ。一人が声を挙げていれば、数千、数十万人の力で防げたはず! 人の内に秘めた『良心』を動かしていれば。――『良心こそ、わたしたちの社会を良くするために持ってる唯一の方法である』。
顔は怖いがやることは優しい『源』さんという本名は、愛嬌 甘美。皮肉くって「『名は体を表す』ではなく、『表さず』」の方がより現実味を帯びていた。
悪者鬼太郎という名前があったとしても良い人ということもあろう。
名は記号であって名の通りの意味を表すものではないが、流石に「不味い店」と書いてある看板の食い物屋だけは入りづらい。
ということから、その本名は目立ってしょうがないのであるが、みなが付けた『愛称名』であった。
牛若丸を守ろうと、雨・爆弾の様な矢を独り身体いっぱいに受け仁王立ちしたまま絶命した弁慶の話になると、所構わず泣くことがあるからでした。ウソにも柔和な面立ちとは云えないがやる事が優しいとその顔までが、その人本体までもが、良く見え出すから、何ともフシギ。――『何事も世の中のことは、心の持ちようひとつで、どうにでもなるのよ』。
高原のヌーがライオンに襲われた。ヌー一族は食べられたら大変とみな一斉に逃げた。
つづいて何頭ものライオンが牙を立て襲いかかる。幼いヌーは前足をピクッ!ピク!……、後ろ足で立ち上がろうと必死、しかし再び噛み倒される。
これに振り返った他のヌーのうちの一人(情が通うモノは一頭ではない。『人』だ)、つづいて群れの塊が戻り始める、また別な群れも集まり出す、食われる危険を顧みることなく襲っているライオンたちと弱って倒れている仲間のヌーを取り囲んだ。
するとライオンたちは逃げ出した。
これが、ヌーの人情だ。
動物ではあるが、一匹というカウントはしたくない、情という意志を持ったから「立派な人」なのだ。――人でも人情に欠けたヤツは、一匹なのである。――人には最初から運など無い。運を拓くのも閉じるのも、やる気という『意志』次第なのよ。
人情の無い者は、地獄の閻羅王だ、殺戮動物じゃ。
人情あっての平和社会、温かく繋がり合ってこその世界、世界あっての豊かな繋がり、繋がりあっての希望、希望あっての心の豊かさ、豊かさあっての人、無いやつはバイ菌w
ひとつの棒がもうひとつの棒と支え合う――だからこそ、人という「文字の形」ができたのだ。棒にならずして、ボウッとするな!
意想外とはこの事。妙な行き掛かりから、「この人怖い顔」と思いつつ話してるうちに優しい人と気付き、この商店街の下働きをするうちトリ吉のお上さんに、次いでオーナー御主人に見込まれ、この家の娘をゲット、やがて子結夏さんにも恵まれるようになったこの者もこの地に赫赫明明な碧の光りを見付け、あのバジルの真っ白な花たちが咲き耀くように、終生の地としてここに根を下ろしたのだろう。これこそが『縁である』=『これこそが人と人の繋がりってもんである』。
謹厳実直な働きぶり。
人とのスムーズな接し方。
これが優しさというモノだ。
この二つさえあれば、少しくらい不器用であっても、楕円形顔でも、三流な振る舞いでも、人との対応が度下手であったとしても、魅かれるものは必ずあるもんだ。
星灯りの夜遅く、春風は、山こえ――野こえ――川こえ――海越えて、届いた朝の浜辺、どの村どの街にも、春風が吹いてきた。
春のそよ風の歌声はここ洗足池にも届いた。小高い丘も春を奏でている……春よ、来い! と。ここは、ちっぽけな広さしかないが、桜山と皆は親しみを込めて呼んでいた。真の胸のうちでは季節の除幕式が始まるスポットとなっていた。
ピンクの彩りが辺り一帯を染め上げると、その許では人々も染まる。
ごった返すお花見の老若男女衆。「桜降る、降る、新しい僕と君の上に、あそこまで、その先まで、ずっと変わらずいつまでも、夢という桜を一緒に咲かそうよ」、と。振り返る――
――「ドッボ―ン~ン~ン‼」。滑った!……舞ったか? 池に飛び込みました。
上がって来た姿はブリーフ一枚の裸姿、さむそ―!(と、日蓮上人は仰ったかもしれない。昔々のその昔、旅人のお坊さんが、身延山久遠寺から遠く離れた茨城に療養中の愛弟子を見舞うために向かっている途中、長ーい長ーい旅に疲れ果ててしまい、傷んだ足を、この時期は未だ凍えるほど冷たい池であったが、しばし浸けて、ついでに汚れきった足も洗って見たところ、立ちどころに傷が癒えてしまった。そこで、驚いた上人さんは、この池を足を洗う池として洗足池と名付けたそうな)下着一枚って事はワザとでした。やっぱり!酒はきちがい水。
そそくさとお池紳士は足早に同僚と思われる者と共に、ふらふら何か呟々云いながら去ってゆく姿、千鳥足蹌踉。
酒は飲んでも呑まれるな! 池に呑まれましたね。
一斉に注視していた人たちの輪が解かれることはなかった。密々指を差す者まで……。
後になって知ったことだが、大田区議会議員さん、こども文教委員幹事職の看板が泣く。
そのドボーンさんから垂れた水でぬかるんだ土、所々にデッカイ素足跡と水分たっぷりな土面、踏まないように「白のスニーカーに染み付いた泥跡を落とすのは大変なんだ!」。二歩三歩と、跳び!飛び!に歩くと「あら!真く―ん!」の声に振り返ると、「あ、姫!」、二部合唱の始まり。
偶然、天がプレゼントしてくれたイベント。ラッキーにしなくちゃ!と咄嗟に算段す。
「王子様! 背高くなった―ァ! どんくらい?」。王子様とわ、ご丁寧なご挨拶返しじゃ。
ならば、返礼のツバメ返しにと、「乙女た―ん! 188! コメ縦に食べてるから」。態とらしく上顎を引き、ツ―ンと首を上へ突き伸ばし、目一杯背筋を伸ばしてみせる。
口はあんぐり目は笑いの佳菜さんになっていました。「デカ。じゃ、横に食べたらデブになるの?」。
「胃袋が縦に修正してくれるから」
「負けず嫌いだね」
「正直なだけ」
「もおーぉ!」
「アハハハッハ」。顔を見合わせ笑う混声合唱はやはり綺麗な旋律となっていった。
きゃしゃな肩に乗っかた花弁を取り上げる真。それをそっと、引き寄せ佳菜の手の平に……その中の紅い色合い……一層際立った。ちょっと照れ恥ずかし気になった花弁のいろどり。
佳菜さんの口元の近くに真の目が行くと「…………」――しばし恥ずかしげになった佳菜さんは目を上げた艶やかな声が佇み。一層優しい声なってゆく佳菜さん、「『私を忘れないで』というフランスの花言葉があるんだって」と云った口元のまま……「うちの学校のシスター先生が云ってたんだけど、確かに咲いたと思ったら直ぐ散る桜の花の命を惜しんでだよね」。さっきの恥ず照れした顔は、尚一層、嬉し貌になっていった……。
その優しに反応した真はその上の優しい事を教えたくなって「そうなんだぁ。もう一つ!ポジティブな話もあるんだよ」。
「どんな?」
「桜の樹はブッ太いだろ。未だ春浅いのに他の木よりもいち早くパッと花を咲かすことによって身を守ってるんだって」
「花が? 身を守るぅ?」
「生きてくのにみんなあの手この手! 樹も虫も、黴菌までもw」
「えぇ? どゆ―こと?」
「早く葉を付けたら、大きなカラダを維持するため栄養も水分も必要なのにまだ夜間の気温も湿度も低いからたくさんの水分が蒸発しちゃって末端の梢は凍って死んじゃう」
佳菜の聞く貌が、うん、うん、と云って伸ばした真っ白な脚が休む姿形になったのを確かめると、調子に乗って一気に云い継いでみた。
「みんなより早く花を咲かせればお腹が空いている虫や鳥が寄って来て栄養を落として行ってくれる」――「なかにはその身の後、ご飯として桜本体に吸収され、その後に悠然と葉っぱを出せば、季節の変化に伴う多雨量も重なって、その栄養たちと共に精々と今度は葉で栄養も作り易くなる」
「エッヘン!」。得意顔を気取って見せた。
「おおー、ガチー!? なんでそんなこと知ってるの?」
「頭良いから」
「まっ―たく! 自分で言うかね! うん確かに頭良いよね、金魚の時そう思った」
「実は、全部お祖父ちゃんからの受け売りさ」
「だよね! 未だ寒いなか、初めの白桜は最初の一枚になった。それを見たものどもは(云々)」。ドヤ顔した佳菜。
俺の真似したな、と思った真。
が、その紅い口元のその表情には、汚れを知らぬ透き通るように美し。まるで白色ボレロ一輪が咲いたように辺りに溶け込んでいる、と思いながら「この子、マジかわいやっちゃ!」。
唸ってる、酔ってる、自分がそこにいた――女子に、生まれて初めて、感嘆したこれは一体なんだろ――内に満ちてくる力を抑えきれずに居る自分……。これを、恋にハマった初期症状という。
「『花、水、澄んだ空気。これらのある場所でのデートは成功率が高くなる』とみなが云ってた」
「キザ―。でもぉ―、グッ―」
「ワッハハハハハ」何方からともなく突然、二人顔を見合わせ、空を突き破るほどの桜色の高笑い声に。(相思相愛度もう一息!)。
調子良く、歩幅大きく、大股で、歩く。相思相愛役を演じてみせる王子様であった。
遅れてなるものかと付いて来る佳菜もお姫様役になりきっている。
そっと見上げた処に立った佳菜は、眼全体が鏡のようになって真の横顔がハツラツと映っていた。チラッと見、また視入る。(相思相愛度60パ!)。
池の半分ほどを歩いた水辺の端っこの辺り。
眼前に寄せ来るさざ波の、少し彼方向こう側に映る曲線形な弁天橋が見える辺りのベンチに腰を下ろす二人。
この時の為と花柄のハンカチをそっと敷いてあげた。
「ありがとーぉー」。スイートな声、大きな瞳、「薄可愛い唇だなーぁ! 笑顔がまだつづいてらー! きっとおれに気があるにちがいない!」。またもポッー!とする真。(相思相愛度80パ~!)。
「ね―! 突然だけど、うちのこと好きぃ?」
「でなかったら1728円もするハンカチ買わなかったって」
「えぇ?そんな! 1728円とかよく覚えてる! どれどれ、あーね、Lanvin 製だあ! パリのお洒落えー!……って、うちの為に準備しておいてくれたのぉー。 カワュー!」
「まぁーねー」。恥ずかしくて云えね(あんな高いハンカチ人生初めて。忘れるもんか!)。
「www照れてるぅ」
「奥床しいだけ」
「『奥ゆかしい』って、控え目、だよね、真くんが控え目? ありえな―い!」
「シッコイと嫌われるから」
「嫌わないよ!」
「ぶっちゃけ、待ってたのはおれの方だったんだ」
「…………ごめんなさい」
急にギュッと真の手を握った佳菜。(相思相愛度完成ー!☆彡)。
「アツい!つづけ! いつまでもアツく!アツく!」。ことさら明るいセリフを鼓舞しつづけていた。
しっかり握り返す真の手に力が入る。ソフトに押し返してくる佳菜の肩が「うん!つづけ!つづけー!」と応えてくれていた。
薄ピンクの小振りな唇に合わせ、「…………」。
大きな目をそっと閉じる佳菜、「…………」。
桜たちも気恥ずかしく、「…………」。
数秒だったか数十秒だったか、ひとつ絵姿になった。
左手をそっと下ろす真、握っていた右手をゆっくり離す佳菜、穏やかな容貌の、目・口・鼻・安堵に震える胸・心地よい空気。全部が一遍に同時に襲ってきた初めての部の男女。
その目の前を、ヒューッ! と二羽のヒヨドリが風の中に顔を覗かせた。ピーヨ―! と長く甲高い声を口遊みながら翔んでいった。「キレイー。身体、青い!」――「きっと、『幸せの青い鳥』よ」。
佳菜は、そう噛み締めながら云うと真に向き直し、ふたりで、今の二人の思いを確かめ合うように、うなずき合った。
「ラッキー! これでうちらキス二回目~ェエ」
「お―、水族館かぁ、また行こうぜ」
「うん、真くんとならいろんなとこに行ってみた―い!」
「そうだね、地球の果て、宇宙の彼方まで、どこへでも百年!」
「ホントぉ? ガチ―!うれしい―ぃ。信じてるからね!」
佳菜のこんな本気の顔かたち初めて見た――人生初の女性となった――「女子」としてではなく、「人としての成長」に合わさった成熟した「女性」を覚った。
「オ―!信じてくれ! 合うしね、落ち着くしね、これって重要しっょ!」
真は、心内に、ジワッとマジな気持ちが湧いてくるのが心地好かった。
「お嫁さんになってあげるぅ!」
「旦那さんになってあげら―!」
「ハッハハハハ」と殊更長く、長ーく! 二人の声は照れ笑い。いや、佳菜のマジ笑顔に驚く。自分もこんなにも素心になってるもんかとびっくりしていた。相思相愛度爆発!
光陰矢の如し――気づくと真、二十六歳を超え、今でも佳奈を想わない日は一日たりともなかった。今にして思うと六年間の学生生活は長かったようで短かったようで、兎にも角くにもようやっと卒し、更に二年間の研修医も経てホッとしている今。
信濃町、ごちゃごちゃした新旧建物、奥は細い路のまた途、カフェや食い物屋色色、行き交う人も様様。
ここの大学病院、臨床研修センター管理の元、研修医二十七名としてk大学病院スタッフの一人となり始めていた。
火急な私事で電話することを思い出し、医者とはいえ診療内スマホ使用は禁止となっていることから、携帯電話通話可能エリア、ニ号館一階エスカレター下に行くと、なんと!なんと! 佳菜さんが天から舞い降りて来るではないか。
エレベーターは格好の主演者登場の舞台と映って宝塚歌劇のミュージックも流れ、「オーオー、ジュリエット! 君の小鳥になりた」「(RE)ロミオ!ロミオ様! そうしてあげたい。でも、かわいがりすぎて殺しちゃわ」と演じたような妄想域になった。
「ワオー!こんなことってあるんだあ! 元気ーイ!」
「あぁー! 真く―ん!偶然! 久しぶり―ぃ!」
と云うが、佳菜の狙いは、会いたい、いや、絶対会ってみせる、という微かな、いやいや、特攻作戦で、大いなる望みを託して当病院に来たにちがいない、と六勘が奔った。長原駅から信濃町駅に来るより、途中にはいくらでも大学病院はあるのだから。
「ところで、どこか具合が悪くて病院へ?」
「ちがくて、ちょっとお見舞いにです」。「そっか」と真はさりげなく返して継ぎの言葉が滞った「…………」。ほんの一秒が数十秒にも長く感じ、「その後、お母さん、元気?」とに訊くと「うん、元気。歳なりにね」。
「だね! 元気がイチバン」
真は殊更元気な声を装って云い返してはみたが、これ以上この話題を継げなかった……が、急、身体中が硬直し、あの時の少女からすっかり仕上がった女性の色薫を醸すプロポーションをしている佳菜を、真は確り目を奪われ……胸の、腰の、ヒップ周りの、ふくよかさ……。
“事態は予期せぬ所から” と謂われてるが「突発的な事に瀕して分別を失わない者は誰一人いない。居るとすれば、最初から失うべき分別を持ち合わせていない脳レべの者か、天地創造の第一日目に光あれというと光が現れ、次々やがて、五日目にやみを夜と名づけるとき夕となり安らかな睡眠を与えられた後にはまた朝となされた神か」しかいないではないか。わたしたちは神でもノータリンでもない限りは、事ここに至るときは――逃げるな! 立ち向かう勇知を以て事に当たろうぞ!
結果はどうなろうとも、これが愛する者への勇知でありまた礼儀ってもんだ。少なくても真にとっては愛を行う者の流儀ってやつになっていた……したかった!……何が起ころうとも愛する者を守る勇知と、健やかに暮らすような努力を果たすことは最低限の礼儀であって、義務とするのではなく自発的に、その二つが無い者には最初から愛を行う資格は無い。愛は仕事ではない。お金を稼ぐ手段じゃないから。愛は奉仕、つまりサービス、だからである。
事は――ビッグニュースは、既に一年前、長原界隈で勃発していた。
町内近辺そこいら中、 TV ワイドショーもどきに甲論乙駁のごとく「こうなんじゃない。ああそういえば。でなくてこうなんだって。ありえるな。それとよ▽×!〇って聞いたぜ。私も聞いたんだけど」。
商店街一帯の住民達の口はヒ―トアップする一方だった。
「髪もすっかり白くなって、時には財布を忘れて買い物に来ることも」等々と云い触れ回されるようになっていた。
真は、あまりの話の内容に、我を失うほどのショックに襲われた。どうしていいのか!? オロオロするばかりだった。
更に、佳菜さんのお母さんの髪は日に日に上積みにするほど真っ白になっていて……その一因を聞き及んでいたからだ。
「東京地検特捜部です。ここから動かないで下さーいッ」。令状を佳菜さんのお父さんに振りかざす。たった一枚の紙が殺気を震るわす。袖に腕章をつけ顔に厳しさ浮かべ、デン!と居並んだ特捜部の面々。
容疑者と強行班とが対峙する空気。佳菜さんの父は、覚悟のすえの開き直りか、余裕のふりをしようとしたのか、被疑者の面持ちであることに変わりはなく平静な表情につとめるが顔が固まってる。微かにこめかみに痙攣がはしっていた。
裁判所、即ち、国家強制庁による許可状だから何人も従わざるを得ない。父・被疑者大庭氏は感極まる。
大庭氏の祖先は聞くところによれば、「伊豆半島にある相模国の子孫で、平家方として源頼朝の前に立ちふさがった坂東武者」としていたことが買われ元々は日本政策融資銀行であったがそこの重要ポストに就いて、次第に内閣府へ出向し、辣腕を揮うようになっていった。ところが程なくして内閣府内筆頭審議官らによる裏金疑惑が野党をはじめ様々な関係者によって次から次へとスキャンダル化されていった。
彼は関係者として特捜部から事情聴取・任意同行・十日間の拘留、継いで釈放と思いきや、そのまま拘置され続ける身となった。
牢屋へ長期間にわたり収監。ようやっと出所し、一審の結審が下り、控訴しようと更に上級審である高等裁判所に不服申立て係争中の数ヵ月ほど経った頃、最後の最期まで世間体悪く奥さんとは別の女性と男女関係の末、腹上死してしまっていた。
相手は親子以上の年齢差のある売り出し中の銀座ヤングホステスさんのお腹の上で事切れていたのでした。
年齢差は男女同意の上ならなんぼでもいいじゃないか。
しかし、ことはその行状にあった。
漏れ聞こえくる話では、傍らに動画撮影中のスマホが残されており三・四十万円程の札束を手に持ち口にも咥えピースしてる女の子の裸姿――他にも似たような累々のなかには大人のオモチャ動画等も、そこらじゅうに描写されていたではないか。
遺族となった父の持ち物を整理しているなか、数枚の写真と、係る一式が出てきた。
書類を時系列別に視ていくと、佳菜のお母さんと結婚する前の妻との離婚調停書類中――同棲して三年経つと愛人は「事実婚」といって法的に妻の座を得ることができる。ということは、この同棲していたという愛人の前に佳菜さんのお母さんとは既に別な妻がいたことになる――この日付、手帳に記されている他日付類を調べ照らし合わせていくとそれら数枚の写真の中に赤ちゃんの母親は、調停の最中であったことから、認定には至っておらず、事実は妻ではなく、愛人のままであったことも判明してきた。
ところが、その当時、赤ちゃんのお母さんは美鼻とシワ整形を施された際に麻酔で死んでしまっていた。
では遺った子は?……伊豆高原山中の静かな地(ここは、虐待を受けた子どもは53.4%。何らかの障害を持つ子どもが23.4%。昨今は増加の一途になる。2021政府調査結果)で暮らすことになっていた。
では先ず、その子を乳児院(一歳未満は養護し、一年後は児童養護施設へ)に預けたのは誰であったのか?……父親の大庭氏が預けた。赤子を捨ててまでして己のエゴを通した。佳菜のお母さんと一緒になるために邪魔になって、としか考えようがなかった。まるで熊だ!ライオンだ!交尾したいメスがいるとそのメスの子を殺してしまう。ヒトの顔した獣だ。恐ろし! いや、これ以上の悲惨ってもんがあるだろうか、自らの子をまるで使い捨てテッシュを捨てるかのように。
何と惨い仕打ちを遺したまま父親は去ったのか、それ以上に諸刃の刃のごとく犠牲者になったのは、捨てられた子自身なのである。
何処の家庭にも云い難い事情っていうものはある……が!
故事曰く『人の口に戸は立てられぬ』のごとく伝え聞こえて来るのが普通である。
いまだに「ああだ。こうだ」と噂は、噂を呼び、何所から何所までが真偽なのか、判らないが、うわさ話のヒートアップの末に出てきた佳菜に係る話には、一瞬血の気が引く思いをした。「な!わけねえ!」。
何度打ち消したことか。それでも抑えきれないショックに全身全霊を冷たい血が流れていくのを覚えた。
これを所かまわず風潮しまくっていたのが元片思いをしていたあのクソである(あの九十)。「好きの反対」は、「嫌い」ではない、「憎しみ」である。「妬み」だ。「コノヤロ!」。
外は、昼と夜の境の時間帯。この夕焼けは空も地も不思議な明かりのお出ましとなっていた。薄明の彩り覆うわずかこの十分ほどが夢の色の世界へ連れてってくれる夕暮れのトキ。鳩もカラスもみんな、家路へと急ぐ時間。
丁度この時間、佳菜の家では、カッタン! 母の帰ってくる玄関ドアの音……。
「えーッ!」。玄関口を上がると直ぐに――さすがに空気が――部屋の異様な雰囲気を伝えた。
父は、半裸姿に遣っていた子の手を離す。
それまでは一緒にお風呂に入ることもあったが次第に何処か洗い方に違和感を感じるようになって、「誰が小五になってまで一緒に入るか!」と義理の父に対し、当初から佳菜は嫌悪感を抱き始めていたが、「もおッ!いやだ」。
当初とは、佳菜さんのお母さんは父大庭氏と知り合ったときに、既に佳菜を連れ児として同棲。そして程なくして
結婚した。ところが、この四歳の幼い連れ子に対し、冗談のふりをして口移しにジュースを飲ませることもあって、父に対して直接断る勇気が怖くなって母親に云うことを憚っていたが、ついに「やだー!」と抗したのであった。
大人のすることのなかには、大人は平気であっても、子にとっては何が起きて?どうしてそうなるの?訳も分からず唯唯怖くなって、どう避けたら、どうやって抵抗したらいいのかも、そうこうしてるうち、佳菜が中一になったとき、またしても来たーッ!
「やだー!やだぁー!やめてーッ! やーだーあーッ!」。必死な叫び!逃げ惑う!掴まれ押し倒され抑えられ、動けなくなって、マジ変態!とバタッバタッ必死!
ついに立ちがり玄関へ一目散に駆け出しスニカーだけはと握り裸足のまま跳び逃げ出した。
母が帰ってくるまでジッと悲しみに堪え木枯しの中を小さな公園の片隅で手を擦りながら待つ日も。
帰ってきた時間を見計らい家に戻る事が何度遭ったことか。
このことを母には云えなかった。
でも気付いていた。高校進学のための受験準備時は母も何かと理由をつけては叔母の家で受験勉強に没頭するようにさせて貰ったお陰で高校へ進学出来た、しかし、この恐怖との表裏一体の生活はつづいていく。
「生活費は? 授業料は? 百万以上二百万円も掛かる大学入学金は? せめて志望大学に入るまでは頑張ろうよ! それからでも佳菜ちゃんは稼ごう思えばバイトもできるでしょう」。何度母は佳菜を説き伏せたことか。何度公園に、フドコに、逃げたか。友だちのとこなんか助けを求めに行けるはずがない。
「こんなのバレたら恥をかくのは自分とママだけ。家族全員が、同情はするけど、親身になって助けてくれるはずがない……」。今日も黙りこくって徒、唯、ただ、「…………」。明けても暮れても苦悶する日々の繰り返しだった。
ところが、実際は友達んちに居たときの佳奈の表情から偶々勘付かれ、思わずそれとなく苦痛な叫びを吐露してしまっていた。
友だちは云わないと約束を守ってくれた。そう約束をしてくれた友達の胸中の心配度が増していくうち、ついこの悩みを祖母に相談した。母は祖母から聞かされた。父も知ることとなった。誰かが、誰か他人に喋ったのである。
ゼッテイ云わない! 信じて! はゼッテエ云い触れまわされる。
その場はどんなに硬い約束したとしても、いつかは漏れるものと心得ておいた方がよい。
一旦約束した事は墓場まで持って行くことだ。これができそうもないときは約束するな! 口に接着剤を貼れ!
佳菜が小三の時に来た義父大庭氏であるが、これ以前の生活には、普通の生活を愉しむことができ、あたり前の生活パターンを営むことができ、家族間みんなの信頼と信頼で結び合った暮らしがそこにはあった。
――人が生まれて初めて学び識ることは、心と心の絆が家族を形作ってゆき、相互に、たとえ親子間であっても、友達のような関係が生まれ、人と人の価値観を育んでいくうちに人間としての成長に包まれ合ってゆく場が家庭なのである。これは社会では、けっして学ぶことができないことである。――『親の顔が見たい』というフレーズはここから生まれたのである。その人物を知りたければ、社会的地位でも身分の上下でもキャリアでもなく、その者の生い立ちに有る。――
大正時代からの老舗和菓子店を受け継ぎ味は良し客扱いもグッな三代目店主であった。ひとつ欠点はちょこまか浮気をすることぐらいであったが、ネット販売へ野望を馳せるようになり、当初の数百万円から始まり数千万円の銀行クレジット借金が雪玉式に膨らみ、この穴を埋めようとサラ金にそしてギャンブルに奔ったのが運の尽き。終には当初の金高は億にも届く程の借財奴隷に堕ち生活は破綻した。
連日連夜深夜に跨がることもあって「金返せ!ドロボ―!!」の紙を家の周り中に貼り付けられるし、玄関にゴミは置かれ、大声で脅迫されることあって、生きた心地は失せ、ついに佳菜が幼稚園児のとき父は家族全員をかなぐり捨て、自暴自棄の末 DV 度も重なり佳菜のお母さんに酷くあたるようになると、ついに父は逃げるように生活全てを跡にやがて*失踪不明者になった。
風の便りでは、交通事故で亡くなったとも耳にすることも……。
生きてる限り自分を消すことはでないのだよ……宇宙で暮らす以外わ。
*失踪宣告効果は「『婚姻の解消』 『相続の開始』 『死亡保険金支払』の法的効力を発する(民三十条・三十一条)」とご親切なアドバイスをネット等で知っていたが、それでわ!と行動するにはどうやったらいいか?……。実際は何所かで生きていて七年間を経た後にこの三十一条効果(死亡保険金支払ゲット)を悪用するのではないか!と後になって噂する者も居たが……。
母は、生活の糧にと一時キャバで働き始めた。その時に出会ったのが大庭氏であるが、よりによって性衝動は激しく道徳はクソくらえレべの者が義理の父になるなんて。
「娘だと? 血が繋がって無ければ男と女! Give and Takeだろ(何かを与えたら代わりに何かをもらう)。 自由恋愛やろ。寝食一切の生活の面倒を見てやってるんだから受け入れて当然や。誠実さへの報酬はどの社会でも常識だ。そのくらい分かれ!アホ!」と吐ぬかす者もおる。
これがリア社会の態様なのである。
気付いて逃げようとしたときはもう地獄という容に閉じ込められしまう。悪へは染まり易い。一旦ついたシミはそう容易くは落ちない。
『信頼関係で結ばれた容がハッピーな暮らしとするなら、悪という奇形に落ち込んだものとの隔たり何だろう?
『人』です!
『環境』です。
人が環境だからです。
人は誰しも、影響を受ける遺伝子があるからです――必ず!
一旦染まると、空も草木もカメレオンやトラも人間だってその色のままになり易くなるのが環境、つまり、自然界則なのである。服装が穏やかだと人柄まで落ち着いて見れる。チャラい奴ほど服装がド派手色になる――付き合ってみ。染まるから。
皆が皆で無いにしても、その割合がどの程度なのかは分からないが、居る!ことだけは確かなのである。
これが人を幸不幸に振り分けてしまう『性悪説』。この『悪』というのは、人間は様々な意味で『弱い存在』という意味である。生前ヤマダ牧師がそう仰ってたからホントだ。
では、『性善説』とは、『人は生まれながらに善だから悪い人間は最終的には絶対に存在しない。必ず、何処に善を以て良い人であるから、皆善人の筈である』というのは有力説であって通説にはなっていません(学説が唱えているから、これもホントだろう)。
何故なら、生まれながら善人なら、お金を盗むために赤子を含めた家族全員を殺すなんてヤツは在り得ない筈。他にいくらでもある、ヤりたい!だけの理由で見も知らない女児を、しかも小学生を誘拐して、ヤり終わった後は、殺して埋めてしまった。またまた、お金だけが目当で、行く末短い老人の全金銭を振り込め詐欺をし老後の生活先を路頭に迷わせてしまう。些細な口喧嘩で始まり、ついには人を殺してしまった。
人は皆、性善説によってるから、根は善人であるとするなら、誰一人として詐欺も泥棒も殺人者もいないはずである。
ので! 性善説はカンペキな妄想なのよ。『善』という言葉に騙されるな!
他方、『性悪説』には救いがある。
人間の本性には、悪があるということではなく、生まれながらにしてわがままな気質を備えているが時として悪へと奔ることもあるので、教育や、学問、経験から学んだ経験知によって、善な行動を成す者が多くなっていく、という古代中国や西洋の説。
恋は自由な意思。
意志も自由。
けど、意思(喜怒哀楽の感情)と意志(考え)には、雲泥の差がある。人の品質如何は、意志により決まるってこっちゃ。
辺りの空気が新しい季を呼ぶ。枝の上。空。みな高々染めていた。
今年も佳菜は見ててくれてるだろうか。桜を! あの時を!
そこへ、「真さーん!」。明け透けな呼びかけ声。
振り返ると桜の小枝を持つ結実さんだった。
思ったことを言わずにはいられない竹を割ったようなキャラの人、揶揄すること・されること、兎にも角にも嫌う性格になった理由が、本人の言うことには、陰で一方的に云うから卑怯だよ、自分のことはさておき他人のことになると急に熱気を帯び出しおちょくる態度は人間としてどうしても許せない、人を弄ぶからだ、と常日頃からいっていた人。どうしてここまでなったのか?いまだ分からないが。
でも、今は、ニッコリ!としている。立つ姿、花の香りがしていた。
手を見ると、桜の小枝の切り口に濡れたティッシュを幾重にも巻き付ける心遣い。根は「優しい人なんだなぁ」という印象をうけた。
「お―、久し! ママ!」
「たまには顔を見せてくださいな」
「いやいや、野暮用多くてさ。時間があったら行くね」。ちょっと行きたくなったが……真の内には佳菜以外に女という文字はなかったんだ。お人好しバカと云われるのはわかってる……。
長原商店街スナックの二代目ママ結美さん。
初代は隣駅の洗足池駅を下車して直ぐ目の前にある商店街に構えていたスナックであったが、賃貸借更新時に賃料の大幅な値上げの――「大家さんが追い出したいからこの手をよく使ってんだ」と云う者もいたが――トラブルを被ることを避けるためにこの長原に木造住宅耐久年数は三十年は優に超えてる、その古い戸建てを、店の常連たちの勧めやアドバイスも相まって、思い切って購入したのだった。
ローン支払い完了まであと六年程を残すまでと聞くと女一人(結美さんの母。その娘もバイト!バイト!と援助)でよくがんばった! 誉めたくなる。
同時期、「お水さんやってられるか! 酔っ払い相手無理!無理!」と愚痴をこぼすのがもっぱらだった娘に母も折れて「そうして! やっとゆっちゃが抜け出せるわ」。叔母も『そーぉ。よかった―あ―! あなたたちを見捨てたお父さんを見返してやろう! スクリ―ンに出るようになったらサインちょうだい!』と皆の後押しもあって、威勢よく啖呵を切った。俳優を目指し、程なく売れ始めていた。と、女優デビューかと思いきゃ、突然の心境の変化。
取り巻く野郎共の立ち替わり入れ替わりの身体求めの強要、売れてる先輩芸人に対しやはり売れたくてしょうがない後輩芸人によって「上納金』等々と何らかの理由をつけては……そ!売春強要や! セクハラを超え露骨なヤリモク必死な芸人連中の方が多く、その上陰湿な中傷話が蔓延する芸能界裏街道。
かといって、成功してる芸能人の方々もいるにはいるのだが……。
ふと顧みると……芸能界裏街道といやー、ここ結美さんだけに限った話ではなかった、どこにも、誰にも、裏ってやつが昔も今もあって……。
当時、人気絶頂時に突然「芸能界辞めた!」と引退したY女優兼歌手がおった。
引退時若干二十一歳。「これっきり これっきり もう これっきりですか…」という曲はナンバーワン・ヒットとして今でも語り継がれている。
引退までにシングル三十一作の累計で1630万枚、LPは四十五作累計434万枚を売り上げナンバーワン歌手に登り詰めていた。これで人気レべのほどが、史上最高とうかがえる、これから二度と同じようなスターは現れないだろうと惜しむ声もあるくらいだった。
引退の直接原因は、現役時代に所属していたホリプロ事務所の社長との確執があって、「男勝りの性格」ゆえ、「恋道一本を貫きたかった」のか、引退をスカッと決した。云わずにいられない由実そっくり。どこにも似た人は五万と居るのね。
芸能人としての活動はわずか七年半程だったが、後悔はしていなかった。
そもそも芸能事務所とは、商売であるから、イチに金儲・二に金亡者・三に人気度・三、四が無く五がマネー至上主義となる。売れるためならどんな非情な手でも・恥を凌ぐことも手段は何でも有りという事務所は少なくない。
要は、所属した歌手や俳優の技量や気持ちは二の次三の次なのである。これが、会社である。
しかし、報われなかった所属芸能人らは、一に自分!二が無くて、三が私生活、と考えて行動するのは当然のことなのであるが……日の目を見るまでわ。
どーしても成功させたいのなら事務所を選ぶことです。
有名になるか否かは、本人の美貌とか個性力や演技力はどうでもよく(チャンスはランダムに回ってくるから)、事務所即ち社長次第なのです。使う相手方は芸人と契約するのではなく売れて且つ信頼のおける事務所、すなわち、商売上手な社長と契約する訳である。
結美さんが、TV ・ラジオ・映画に出始めると、それに迎合するかのように男性達との恋もデッパツし始めてきた。|
年季の入って社会的実力があって話の面白さからもついつい、妻帯者の方が勝ってる場合が多く、魅かれ易くもなり恋に落ち易い。この越えられない壁があるのを知りつつ……。
……が、最後の往く先は見えている。いつまで経っても他人のモノであることに違いはない、そのたびに傷心深く、身も心も傷付く、不安定な精神状態になるのは時間の問題だった。結果、自らの素心に戻っていた……「そ!自分が活き活きするように、素直に、愉しく、生きなきゃ、恋じゃないわ!」。
妻子ある者との恋愛ほど割の合わないものはない……この裏表のない素直な性格を有していた結実さんは(世間では時として誤解を与える性格と表する者もいるが、却って信頼を得る場合が多く……)。激しく動揺した。当時、明けても暮れても恋愛オンオン、気付いたときはその人の子を宿していた、だが、別れてやる!別れた方が得!と意を決したのであった。
恋愛に勝ってその妻子ある恋人を選んだとしても、相手の家庭を壊し、誰かに不幸を作ってあげたという因果応報に巡り遭わないとは限らない! そうでなかったとしても、その人の家庭・家族を壊したという良心の呵責に嘖まれるときが、ブーメランという因果応報が回り回って、いつか自分にも回ってこないとは限らないという心配事を作るだけ損! 損‼損‼ なんと無駄な生き方してるのよ!と悔やむようになり、決意したのであった。
親の生きざまに原点があった……女独り、「子の為だけ」に苦労した姿を見て育った結実……親の生き様の影響は大きかった。
母子家庭の下で育ててくれた生い立ちに、年老いた母を気遣うことも重なってあれほど嫌がっていた水商売を継ぐことになり、この娘結実さんも母子家庭の轍を踏むことになった。そぉ!そ! 子は、知らず知らずのうちに、親のやってきたことを真似しているのよ。女独りで子を育てるのと引き換えに得た慰謝料と、月々支払って貰う養育費念書と引き換えに、バツイチとなる境遇となったが意外や、「これで自由よ!何をしても、何にも遠慮も気兼ねもないわ」と本人の顔は晴れ晴れとしていた。
色白な一見麗人風なお姉系の結実さん。されど店内では、相変わらず憧れのスターをしていた。
スラッとしたナイスボディ―・美脚・美人・色香・男好きな顔・話上手、これじゃ結構ハマる客が増えてアタリメエだ。
寄って来る者が個人的常連ファンであろうと世に知れ亙った芸能人ファンであろうとファンに違いはない。
一過性ではなく、長くつづくことが大切ってことよ!
真も話上手に魅かれ、麗人容姿か濃艶な振るまいに惑わされたか、例の地、長原街辺りの特徴である私道ではないかと思わんばかりの路のまた途がつづく生活道路、これらの先に在る奥まった所に構えているモスバーガーへと連れだって、いまテーブルを間隙に向き合った二人。
「ここに入れときますね―!」。結実さんが手にしていた桜の小枝をコップに立ててくれた店長さんの声。
これに応える結実さん、「ありがとう―! かっちゃん~あ~ん!」と桜色な声を張り上げるあたり、たとえ些細なことでも相手に対するリップサービスを怠らないこの気遣い、流石客商売!との片鱗を見させて貰った思い。
「お医者様かっけえ、モテるっしょ? しかも池様だし、女の子が放っておかないね」
脚を組み直す結実さんの動作がスローモーション動画のよう。
「あ―、モテるね、カネ目当てってのがわびしいー」
「いいじゃないか、『最初は金目当て(オンナの狙い)』 vs 『ヤリモク(オトコの下心)』」ってお互い様よ。
更に目を大きくして「なんも関心がないのに近づくはずないっしょ。その後は情ってもんがあってさ、このレべ如何で先もあるしジ・エンドにもなるし。ここからが勝負だな!」
結実さんの真剣な眼差しの顔になるのを目の前にして真の目玉も出目金になった。
「お姉さんの恋愛論には適わないわ! って勉強になる―ぅ」
「結実でいいよ。だってこの世は男と女しかいないんだよ、どの道を行くかは本人の意志次第。お互いに良ければ男女は成立って事ね。――事をするのに他人様が口を出すことじゃないわ」
「ですよね。二人が良ければ何でもありだよね」
「なんでもってw……云うねぇ。確かに!……ハズィにもなるけど。ではなく。いいっい! 恋に恋するばかりで、恋愛が充実してれば幸せになれると思い込んでる人が多いんだよな。これは恋をしていなければ不幸であると決め込んでるの。恋を愛にするにはどうしたらいいか分かってない人が結構居るのよね」
「へぇ―。ディ―プ! そうだ!そうだ!」。本当はこのときはどういう意味か解らなかった。知るのは、ずっと後になってこの意味の実を知ることになった……『恋は楽しければ万事おけ』 vs 『愛はその人の全てに憶いを馳せる』なんだなぁ……情ってのは『人30パ。異性30パ。情愛20パ』そして、友として戦友として時に兄弟となり母となり父となり20パ、ってね。
ところで「桜といえばあなた達の桜も有名になっててよ、いまどき長く続いてるなんてアッパレだわ!つづけばいいけどね」。(『あなた達の桜も有名になって……『つづけば』の語尾が気になって)「それはどうも。で、『つづけば』って?」と訊き直すと、「あんね、時々深夜過ぎ、えっと三時ころになる時もあったかな、黒塗りの高級車で誰かに送って貰ってるみたい、特に土日わ。余計なこと云ったわね。しっかり掴んどかなきゃダメってことな」。
「一応官僚だから公用車なんじゃないの」
すると結実さんは「高級ベンツだよ、G-classの二千万円もする超高級車だったりも」。
……真は「マジ!?うそだろ?」。頭ぶっ飛び寸前。
「まぁ、女は魔性だからな」と下向きになって開けてる結実さんの胸元に否応なく目が留まる真(寄せて上げるグラビア風に……世の男性はこれに参って女への口説きが始まるのかぁ……女はトクだ!)。
「魔性って?」。精一杯、魔性が何を意味した言葉なのか、気になって気になって、真は訊くと……。
「純情と、ケガレれは、紙一重ってことな」。結実さんの返答に余計解からなくなってしまった真。
「えーえーッ? どういう意味ですか?」
「真っ白な服に付いた小さくても黒い汚れは、完全には落ちないでいつまでも目立って残るってこと」と云った寸前、真の頭脳を超えた反応が、またしてもぶっ飛んだ頭状態に。――否応なくこの穢れの話を佳菜に、否定しようとしても繰り返し、どうしても佳菜に!関連付けていたからだ。
「あんさ!……それって佳菜のことなん?」
ムッとした気持ちを抑え切れないままに念を押すように、作り笑いで誤魔化しながら訊き直すと、「ちがう!ちがう!一般論ね。純情ってピュアってことでしょ、真っ白ってことなん。その白に付いた色は一滴でも目立つでしょ、そうなるとその色はちっちゃくても真っ白な下地全体の紙に大きく際立って映るよね。まぁ、いつか分かるようになるよ――もお、この話やめよっか」。
「ほ―ぉ、白い紙の黒は少し付いてるだけでもメッチャ目立つよね……そういうことなん?。一応後学のため知っておいた方がいいかなって」
「そぉ!真ちゃんのために云ってるのよ」。続いて、「で、一晩に数十万が数百万円にもなることがあって、それ以上もだよ」。更に話は引き続いて、「しっかり目を開けてないと災難に遭うってこともあるでしょ」と一気に言い終わると真の顔色を覗いながらサラサラっと話を締めくくったと思うや否や、又しても、「その手の会員制クラブが青山銀座他全国にあるけど入会金が並みに数十万円、アップな女性好み派なら数百万円が相場。VIPなら数千万円で入会を受け入れる高級クラブもあるってこと」。話の総仕上げに、「その後はまた別料金ね」とした演説を並びたてた結実さんのステートメント。カップに付いたるルージュ―跡が自棄に目立っていた。ぶっ飛び超えて死んだ。
結実さんの炎上は止まらず復復、「ゆっとくけどな、佳菜ちゃんが穢れているということじゃないからよ。あたし、本当に真ちゃんのことを考えて云ってるつもりよ……あらぁ私って、もしかして真さんに気があったりしてウフフフフ」。他人のプライバシーに突っ込む揶揄は由実さん自身だってやってるじゃん……先ほどは自分はそゆの嫌いと言っておきながら。まぁ、いいや。
「分かってるよ! ありがたいと思ってる。それは光栄だけど俺って意外とわがままだからそうなってもいずれ嫌われるからよ」。すでに真の内で、佳菜は今では唯一な人になっていて性別だけで見る女ではなくなっていた。
結実さんの話は、ますますエスカレートするばかり、まるで止まらぬマグマが辺りを焼き焦がし流れとなって……全身焼き尽くされ草木を灰へと化した地へ宛がわれたよう。
真の眼は、結実さんの顔に、停まった。
すると結美さんの口元が緩み徐に、「ねーぇ! お客さんの話だけど、『日本各地そして世界へもブランチを設けて、モデルプロダクション直営の為、容姿端麗のモデル・イベントコンパニオン・モデルの卵・その他 OL・大学生・ナース・客室乗務員など多数在籍しております』だけじゃないのよ、『上質な出会い、上質なひととき、スマートな大人のお付き合いを望む方をエスコ―トしております』と勧誘を謳っていたり『主に会社経営者・上場企業役員・弁護士・IT関係・外資系企業・業界関係者などの身元確かな多数のエグゼクティブ会員が登録しております』――なんだよな」。
新幹線のような猛スピードで入り抜けたと思ったら又新幹線話が、「うちのお客さんの皆が云ってるし――『全国に展開する信用のおける芸能人らの法人事務所が経営してますのでご安心ください』とことさら安心感を与え世間を憚る社会的地位の高い男心を唆るキャプションを挙げていたり、それはもうーォ、他にも暴力団が経営するこの手のデートクラブもあって」。vs 「ホントかよ⁉」――分かったような分からないような頭がグチャグチャになった真。
「参った!参った! 官能小説の世界かと」。それにしても詳しいな。
「(結実)でもね、リアルに有るんだよ。紀州のn社長七十七歳の場合は一回に付き女性二十歳へのチップは五十万円からでエキサイトすると数百万円も一回でだったり。これに真っ白な地の子ほど、男が狙った色に染まり易くなるのよ」
「ワオ―! 刺激強過ぎ‼ それってセックスワーカーってことじゃんか」
「そぅ!売春な。でもそれじゃ捕まるっしょ。だから好みの女性を紹介して貰って当事者二人は好みの時と場所で好きなように別にデ―トする事になるの。そうすれば普通のお付き合いになって警察は手が出せないでしょ」
「デ―ト?……ヤバッ!」
「こんなの常識だよ」――「k有名化粧品会社会長さんだって八四だよ、連日テレビコマシャールしてるn有名通販会社CEOさんだって七十七歳だよ、年齢的に自分のでは十分使えないアレでも代わりにおもちゃのアレを使ってまでして、夜な夜な女をしたい放題、放題される側もむしろ願ってる女も居たりして、『貰える金がグンと跳ね上がることが目的で、もしかしたら、これって女性の本性かも……』。本当だよ。億ション買ってあげて使い放題にさせ安心感を与えた裏では、名義は自分のままにして、遠隔操作のように奴隷のようにコントールできるからって本心は離れられないような意識を埋め込んで操ったり」
「えぇ―? じゃ、ベンツってその手の野郎たちかぁ?」
「分かんないよ。でもこの商売してるとね、お客さんは色々。飲んだ勢いで大声で、自慢げに、有ること無いこと喋るでしょ、中には秘密事も得意気に、お酒が入るとみなペラペラになるからね―」
「マージ―っすか、別世界の話かと」
「いい―い! これは現実のマジの話だよ」
「うん! …………」。一瞬真っ白。
次に襲って来た話には、ときたま、発狂寸前までなっていた真。
白い指に挟んだタバコ、濃い目のマニキュア、腰まで跳ね上がったスカート丈からユラユラ揺らす白い脚、余裕のある仕草の顔付き、成熟した女性を漂わす……佳奈とはゼンゼン違うなーァ……。
火を付けフーッと深く吐く息、煙が辺りにゆったりと、陽に混じり紫色にただよう。
その煙の口から「東電OL殺人事件って知ってて?」
「あ―、ネットで読んだ事あるかな」
「東電の会長さんは当時七十一歳でワンマン経営で会社を仕切っていて、2017年度総売上高は原発損害賠償等差し引いても六兆円も儲ける超リッチな会社のトップな人って書いてあったけどテレビで顔を観たことあるし。見たことない?」
饒舌を地で行く由実さんは云い終わると、煙草を消し、その口から継いで、「その時有名私大k校二年の女子y子さんを、その母親はポン女卒の良家の出身であって妹も順調な人生を歩んでたが、東電に引き入れて、いきなり、企画部付役員に据え、女性としては異例の管理職ポストを演出してやってy子さんの見栄心と高額なゲンナマを目の前にチラチラとエサにして、実の目的は強引に迫って迫って攻めて攻めての関係の悦に浸り……男と女の欲望ソノマンマに陥るまで、己の欲望を思うままに仕切ったのね、会社を仕切ったようにな」。
またまた煙草を銜えながら、結実さんの話は続いて、「孫ほどもある年齢差のy 子さんは、男のおもちゃのまま……それとも骨の髄まで彼女は性奴隷になるまで仕込まれていったのか、それとも、むしろ自分から奴隷になったことから得た快楽に耽るよう積極的になったのか、男女が同意の上なら何ら非難されることはないだろうが、一方的な強要となると、これが性癖の怖さってやつになるのね。長年にわたり調教され放題で本人が気付いたときは徐々に……ついに三十歳を迎える頃には、渋谷ラブホ街……円山町で倡婦にまで堕ちて夜毎男なしには居られない嗜癖に堕ち込ん
でいったということな。週刊誌に載ってたやろ⁉ 信用しないなら今でも検索しみ!ネットに載ってるから」。
そう言い終わると一息に喉を通る結美さんのコヒ―を飲む音がゴックン!とした響きがやけに大きく聞こえ。真のうちに真っ黒な雲の雷鳴が響いた。
ほんの一瞬が、数秒が、まるで別世界を彷徨い、暗黒に黙した時間帯へと引きずり込まれ……すると結実さんは唐突に「大丈夫? こんなの一部だからね、でも実際にある話なの。私なら普通ラブがいいけどね~ぇ」……(「ホントかよ」)。……なんだーぁ、揶揄嫌い嫌いと由実んさんいつも言っておきながら、やってることは揶揄チャンピオンじゃん。
人が人に揶揄するとき、TVや、週刊誌が、挙句は社会の大半が、懲りずにやっていること自体が常態化しており、これが世を悪くする問題点になっているのです。
いわゆる、『隣の芝生は青く見える』のバージョン版であって、自分が持ってる良さを活かすことに気付かずに、他人のものを根掘り葉掘りこれでもかと我欲のままに満足するまで悪い点だけを探し回る心理。
これを金儲けに利用している各社及び係る階層の人たちは気付いているのか、知っても知らぬふりして社会を誤魔化すのか、それに便乗する庶民のうちの揶揄族。意外と、自分が逆に倍の倍、『揶揄されまくっている』ことを覚っておいてほしい。
揶揄に罰則はありますか? あります!(法律事務所も、No、答えるでしょう)と云う通り、揶揄罪はありません。が、名誉棄損や、侮辱罪、そして被害が大きい場合は、不法行為で金高請求などで訴えられる可能性があります。
では、揶揄を解決する方法は? 無いです。でも、あるとしよ!と考えさせれば、『称賞する』ことです。要は、他者に対し『思い遣り』が有るか無いか、少ないか行動で示さなかったか、いくら口だけで唱えて何も伝わらなかったのと同じだから。
「(真)あんさ、云っちゃなんだけど……まぁ、いいや」
「(結実)何?言いかけて」
「あのさ、その話って、というか、人に性欲がなければそんなことをする人なんて居なくなるじゃん。だから……」
「何言ってんの! 無理っしょ。だって、本能だよ、性欲って」
「ううん。だよね。この話聞かなかったことにして!」
「(結実)逃げたらアカン!男わ。って、性欲ってホルモンがしてることでしょ。だから、うまく使えば身体にもいいのかなって」
「ホルモンって何?」
「体内で情報を遣り取りする内臓器官。みたいな」
「ムズイな。その器官って心臓とかみたいの? そんなのあんの?」
「えーっとね。そのホルモンって、愛情をつくるのに役に立って、人と人との絆をもつくる大事な役割を担ってんの。性欲を理屈っぽくゆうとね。多分だけどさ」――結実さんと話して今日イチバン良かった話になった、と改めて結実さんを見直した。けど、結実さん、詳し過ぎるな、まーあ、いいや。
この話後、以降ズット、日が経っても却って、脳裏から離れることは一度たりともなかった。だが、意を決して真は、「さて?……さて!?……ヨオーシッ‼ 会って直接佳菜を確かめるのがイチバン!」。
先日来から、今日も時折ふと、どう云えば傷つけず済むのかなぁ? 言い伝えて違ってれば嫌われるんじゃないか? どう扱いたいんだ? どうするのが一番いいんだ? 本当に佳菜が好きなんだろ? そん程度の愛だったのか? 朦々と立ち込める霧、暗黒の雲か、と繰り返し反芻する真。
数日が数週間が数カ月と、時間だけが唯々徒過していく。やりきれない気持ちだけが……。
流石に自分にもってしまう。
これでは、まるで夏目金之助さんのよう。
金之助こと夏目漱石の作品では、『三四郎』に出て来る『ストレイシ―プ』といった心理がいま真の気持ちの中に重なっていく……好意を寄せた相手の美禰子の方がはるかに積極的。三四郎は煮え切らないキャラ男としか云い様がない。
これでは得られるはずだった愛も実らなかったはずだ。
現に失ったのである。
そのストーリーが小間切れとなって幻灯写真齣のように目の前に蘇ってゆく。
――「……迷子」女は三四郎を見たままでこの一言を繰返した。三四郎は答えなかった。「迷子の英訳を知っていらしって」 『(三四郎は応えて)ええ』 「迷える子――解って?」 「教えて上げましょうか」
美禰子、人混みの中、菊人形を見て回る。
ひとり出口へと行く美禰子を、三四郎は追いかける。
菊人形展で三四郎と美禰子が広田先生一行からはぐれたとき、美禰子がその言葉「迷える子(ストレイシ―プ)」を口にする。
三四郎が大学の講義に身が入らずノ―トに「stray sheep」と何回も書き殴る。
美禰子が結婚することを知った三四郎が、教会の前で美禰子を待っていたときにその言葉、迷える羊、を発するだけだった。
「結婚なさるそうですね」。美禰子は消え入るようにつぶやく。「我は、わが愆を知る。わが罪は、常に、わが前にあり」。
三四郎の眺める雲の形が『羊』に見える。(以上原文より抽出)。
こうして二人は別れた。これが『三四郎』物語の核心部である。旧約聖書からのこの一節に強く印象が残るように設定してある。……主人公の悩める気持ちをその聖書の詞にすがったセリのやり取りになっていた。
このような小説内の漱石さん、さすが。が、曖昧、恋に対して。恋は、押して押してをしなければ相手には通じなりからだ。
同時に、金之助さんのスタイルとしては、「『文は人なり』といって、文章には筆者の思想・心理・生き方・人柄までの全てそのまま表われてくる」。
金之助さんの生い立ちだが、成長期に受けた経験から、その後の生活に大きく影響を及ぼしていくことになった。
代々続いた夏目家の財産は、ついに基一代になるまで傾いていく。しかし父直克の努力の結果、夏目家は相当の財産を得るようになった。といっても、当時は明治維新後の混乱期であり、夏目家は名主として没落しつつあったのか、金之助は生後すぐに四谷の古道具屋や、八百屋に里子に出されたが、夜中まで品物の隣に並んで寝ているのを見た姉が不憫に思い、実家へ連れ戻した。
五・六歳頃の金之助はその後。1868年(明治元年)十一月、塩原昌之助のところへ養子に出された。
塩原は直克に書生同様にして仕えた男であったが、見どころがあるように思えたので、直克は同じ奉公人の「やす」という女と結婚させ、新宿の名主の株を買ってやったが、昌之助の女性問題が発覚するなど塩原家は家庭不和になり、金之助は七歳の時、養母とともに一時生家に戻った。
漱石は実父母のことを祖父母と思い込んでいた。養父母の離婚により金之助は九歳のとき生家に戻るが、実父と養父の対立により二十一歳まで夏目家への復籍が遅れた。
このような成長期に、漱石は、否応もなく、波乱万丈に満ちた淵に追いやれることになった。波乱はこの後も続き、この養父には、漱石が朝日新聞社に入社してから、金の無心をされるなど実父が死ぬまで関係が続いていく。この養父母との関係が、後の自伝的小説『道草』の題材に表れてくる。
更に、夏目は結婚生活で五女・ひな子が急死。これに因り、他人を理解することの難しさや人間の醜さから人の心の複雑さを増幅し痛感するようになった。ティピカルにいうなら、作品「こころ」の如くになるのである。
そして漱石さんは、最後は胃腸を壊しボロボロな体――講演旅行中に吐血し、大阪の病院に一ヶ月間入院、その後以降も再発を繰り返してくるようになった。これらが、心の片隅に引っかかっていた心情が投影し、後の数々の作品などに影響を及ぼしたと推定する。だからね、漱石を英雄像のごとき、天才小説家などと評する大学教授までいるそうだが……。
気持ちの奥底に潜んでいた葛藤は、無意識の内に、必ず現れるものだ、英雄像にスポットを当てることなく、イチ人として触れるなら。
今年も「かき氷だ! ハーゲンダッツだ―!」。猛暑の八月になっていた。
暑さのせいか? 唐突に! 熱くひらめいた! 計画十% 、行動九十% との許に自らを鼓舞し。早速声を掛けてみた。早々返答があった。「会いたい」と返ってきた。
// 東に星 光煌めく声
西の界 夕焼け顔
君の顔 ぼくの思い
火照る期待 炎 抑える わたし //
「まーぁ! きざw」。佳菜はそう云うと、この言葉の調子に合わせ真の腕をポンポンと叩く。
「あーあ! きざだ。そうさせたのは佳菜だ」。真も調子に併せ、佳菜の肩をポ~ンと突く。
「かわいーいー」と言う佳菜の顔面一面に踊る思いの丈。幸福感に釘付けになった真。
二人の想いが重なった。二人の絵姿は最前より踏みゆく歩幅も何気に揃え、いま六本木の瀬里奈店に向う。真二十八才、佳菜二十九となっていた。
入ると直ぐに一択の席に棲み所を任す。
すると行き成り、「ねえ!訊いていい?」。柔らかな声はつづき「真くん!なんでメールしてくれなかったの?」。
「いや―ぁ! 待ってたのはおれの方だよ」
夏目漱石の恋の原体験が過ぎる……消極的過ぎる恋は、最初から、無かったのと同じ……。
「 狡い!そんなの! 男でしょ! でも許しちゃう、今日こうやってデート出来たからー」
飾った言葉ではない。取り繕った云い回しでもない。心のままに発っしている、どの言葉も仕草も率直と気持ちが、気持ちへ、伴にスッと入って来た。「これで積極性オンオンだ」(三四郎さんの失敗はせんぞ!)。
長く真っ白な布を首から掛け、一枚 33,500 円神戸牛サーロイン、7,560 円鮑の炭火焼、2,994円のカニとアボカドのサラダ、腹を満たせば気持ちも満たす。
少々お高い……いや、高くない! この場を演出してくれるのだから。
ディナー後、店内のラウンジに移りシナモンカフェの香り漂うなか、二人の思いに穏やかな空気が薫りたつ。
「やはり真くんは特別な人~ぉ。他にもうこれ以上の男はいなよ~」
背筋を目一杯伸ばした真は「だろ!お相手がサイコ―の女性だもんな~ぁ」。一瞬戸惑った空気、瞬時に即爆笑、唯笑い、直微笑み、層一層和やかな空気におおわれた。(良かったぁ!佳菜であって。自信が付いた。今度こそ俺だけの女! 俺だけが守る!)。
やがてふたりは狭い車内に移り。
走る車中に射し入ってくるネオンの燈。耿々と目に、気持ちに、点る。
刻々と照り映っては佳菜の顔を見、伺い、「ホテルオ―クラどう?」と訊く。
「ホテルニュ―オ―タニがい!」の返答。共に急に静かな仕草になる。騒ぐ胸懐を心地好く抑える二人。
チェックイン、二名様 51,980 円。足元を見られたな? まぁ、いい。部屋へと案内されたのが深夜一時過ぎ。
シャワ―の響。耳を騒がす。待つこと十五分、濡れた髪に湯気立つ佳菜の腕を真の肩越しにポンっと置く。「どうぞ!」。
相図に促され真もシャワー室へ向かう。
二人の湯気の薫り立つ身をオソロなバスロ―プに包み、手をどちらからともなく絡め合って唇を重ね。
佳菜の優しい響、「ねえ! 全部消してくれる?」。云われるままに全消灯をオフにした。
足元に残った僅かなフロアーライトと星たちの瞬く灯だけとなった室内。
どれほど時間が経ったか。
窓辺のカーテン越しに覗く朝明けさんも薄らと照れ恥ずかしそうな姿を現し始めていた。
丈高しくも穏やかな空気に覆われていた。
小春日和が、小一週間ほど経った。すっかり熟れた果実を目にする季……、その後以降、「…………」――こなれない心。何故なの?
あの夜の事が、そうあっても、またしても今回もだが、二人の間のラブの形が未完成のままでいることに再び苛立ってきた。
佳菜からの電話は途切れ途切れに、特に土日はナッシング、意味不明・不安・深刻……畏れが擡げる。
これではどうしようもない。
よーし!今日こそわ‼ 明日は土曜!誘うチャンス‼ キメたるわ!と電話をする。
即繋がった。
「よっ!げんき!」
「久ぃ―! 元気!元気! 真くんわぁ」
「げんきとロマンは、おれのトレードマークだからな」
「相変わらずキザだねぇ―」
「やっと火い声を云わせたあ! 土日にでも会わないか⁉
デズニーとか」
「好き好き大好きディズニ―! 会いたいけど。風邪ひいちゃってさ」
「そりゃいけねえ、夏風邪は治りにくいからな―」
「大丈夫。食欲ないけど、寝てれば治るって」
「熱あんのか?」
「うん、四十度あったけど今は三十八度行ったり来たり」
「そっか、何か持っててあげようか?」
矢継ぎ早に云う真は、「冷房は避けて暖かくして寝てな! 汗かくくらいで丁度いいんだからね、これがイチバン治る方法だって」。
「ありがとう。優しいねぇ」
さっそくこの土曜、お見舞いに果物セットを携え佳菜の家を訪問。
「あらーぁ、お久しぶり! すっかり紳士になられて、お医者様ですもんねーぇ」
「どうも御無沙汰してます。お元気そうで」
「あの子ね、急ぎのお役所の仕事のやりかけがあるからって、さっき、殺虫剤持って出て行ったばかりなんですよ」
えッ!?『三十八度ある』って云ってたのに! しかも今日は役所休日なのに、と喉まで出かかった言葉を押し殺した。
「えーっ、風邪引いてるのにですか?」と云い換え、うそなんだなぁ、三十八度は逃げの一手という勘が奔った。
「……そうなんですけど。良かったら甘酒飲んで行きません? 作ったばかりのがありますから」「(聞いた真はもやもやな感情が擡げ)夏の甘酒は、飲む点滴ですからね!」と云い掛けたが云う気が失せた。
「(一万四千円もする果物セットだったが)あ、これせっかくですから置いて行きま―す」
「本当にすみません。また寄ってくださいね」
「ハーイ」
玄関を出ると足早く階段を、逃げるように、駆け降りた。ここまで嘘を付くかッーあ。それほど嫌われていたのか。誰かと会ってにちがいない。居た堪れなくなった。
その後も気にはなっていたが……。
相も変わらず、時だけが無為に過ぎて往った。
晴れない恋。
幾く日々。
幾く週間。
一ヶ月が過ぎ。
虚しいーい。悔しい!
徒にゆき過ぎていく日々。
救いは仕事だった。濛々とした気持ちを振り切りたかった。
患者さんを診るひと時だけが忘れさせてくれていた。
ふと見上げる空。診察室に射し入る陽が眩しい。
ときは、桜、野の花たち、春爛漫! ――何処も彼処も光あふれんばかに輝く日々となっている。
午前中の診療が終わった。午後は入院患者への巡回を残すだけだ。と自分の仕事を奮い立たるようにこの診察室で精一杯の力を込め、両手を、足元を交互に、窓の外に向け広げた。
と、「これ……良かったら」。まったく予期していなかった好意。縦型の二重底になってる弁当箱が目に入る。
「おれにか?」
突然嬉しさが跳ね上がってきた。
「お口に合うかどうか」
差し出してくれた Kikiと Lalaデザインの弁当箱。
「マジィ!これは有難い! 手作りってつのがいい!」
素直な厚意に、素直に厚く、遠慮も見栄もなく甘えることにした真。
まだそこに立ち姿のまま含羞む頬笑みの新看護師高畑絢香さんだった。
この佇まいの絢香様!――様!様!が急に「ラッキー!」と覚え。心が和む。佳菜と比べていた……せざるを得なかった「…………」――女から受ける「色気」より、人として振る舞ってくれる「優し」さを受ける方がよっぽどいい。
目の前に幾度も、何度も何度も、今日も、キキララの弁当箱を見るにつけ、嬉しさと安堵感を伴に反芻しながら味わっていた。忘れたかった佳菜を。佳菜に会えなかった日々を。
柔らかに、優しく、和む……つづく声はつづいてゆく。「出前弁当や外食ばかりじゃ栄養バランスが悪いと思って。余計な事だよねぇ」。
「余計なもんか! 過分!過分!センキュ―! 申し訳ない気もする。ありがとうさん‼」
これに始まり、この後以降もじゃんじゃんジャカジャカお弁当攻勢――久しぶりの恩情攻めであった。
絢香さんの気遣いは、お弁当よりうまい! 時に水っぽい味でも、気が抜けたような味のときがあっても、「うまぃ!」と応えていた。
お弁当づくりの好意は実に有り難い――佳菜を忘れさせてくれる一瞬であった。
初めての好意に、続く好意に、変わらない好意のままに、それまで身に着けていた何にがしらが急に脱ぎ捨てたくなった。徐々に脱ぎはじめていた。やはり恋は、人生を考える教科書だ、「素のままに受け入れられる純な感情を与えてくれる恋がいいよ! そすっと、必ず成長もする恋をすることになるのが、俺の考えてる恋の教書ってやつなんだ」。
『善は急げ』の諺は正しかった。
『回りくどくいくほど、実りにくい』という事も身を以て語られた。
日々レシピの腕も上がり旨くなにってゆくではないか。食を満たせば脳元気になる。旨さにゃ男はイチコロだ。
どんな美人でも、いくらセクシーであっても、たとえ博士号を修得した女性であっても、何回も会ってれば何度も観てれば、飽きるに決まってるさ。旨さに飽きることはないんだよ‼)。
出逢って僅か数カ月。今デズニーホテルでシャワー後の絢香さんと向き合っていた。
週末・連休には、デートするのが当たり前のルーティンとなっていた。グランドホテル、プチホテル、老舗旅館、時には屋根の天辺に可愛い風見鶏が揺れるペンションだったり、ワンダ―フォ―ゲルのように、身も心も縦横に奔り合い、渡り歩いていた。夕刻には脚がパンパンになるほどだったが、吹き飛ばすほどに疲れも痛さも吹っ飛すようなデートだった。
こんなにも屈託のないラブ進行は初めてだった。佳菜との間では見ることのなかったスムーズな晴れ間が見えていった――ウマッ!旨っ!このラヴ!――やっぱ恋は身に付く栄養じゃなきゃ~!
今日もこの連休を利用して、志賀高原にあるヴィラホテルの一室に身を任せていた二人。
「星が落ちてくる美しさ」と聞くことはあったが経験するのは初めてだった。
電燈は要らない。スマホもTVも何も要らない。只星灯りだけ。十分に相手の表情は光って見えた。何と空気の澄んでることか、ア~ア幻想的な明かり~♪
「ねっ、ねー! 見てーえー!」。絢香がグッグったタップ先に『森に囲まれた高原教会で二人の永久の誓いを……』とした星野リゾートによる「結婚式提案の記事」が旅行シリーズ雑誌に載っていた。
森の青さと空の青さを背景としてる碧い空気感の下に純白な花嫁衣装の写真を指差し雀躍りする顔の絢香さん。「可愛いったりゃありゃしねえ」。
今はっきりと煌つく一筋の光りが差し込んできた。又、そう自分に想わせた。
絢香のステイトメントが矢庭に「運命ってやつかなぁ、知り合ってよかっーた! ずっとこのままつづいたら一緒になりたいなーあー」「(合わせて真も独立宣言に署名)おーッ! おれで良ければ一緒になろ! 新しい人生を創ろーぜ!」。既に真と絢香の間で結婚話がチラチラしていたこともあって、二人とも即決断。といっても真の側の内心には交錯するものがあった、「佳菜と進まない恋路の悩む傷心から、兎にも角にも、逃れたかった」というのが本音であった――死ぬほど苦しかった――思い通りに進まなかった原因が、ああだ、こうだ、挙句の果てには卑猥なビジネスをしてるかもしれない等々と聞かされるたびに、ごっちゃ混ぜになっていた苦境に耐えられなくなっていた……。
真と絢香とは結婚式を迎えることになった。
『スム―スな合意は早く事が成る』vs『長く引くほど、事が成ることはない』。これを今まざまざと験った。
やがて。部屋の模様替えもしっかり完了。暮らして佳かった。同じ屋根の下で同い空気を吸うのが心地よかった
想像していたより遥か~に!好かった……込み上げる歓びを実感。
特に、好きと云い合う挨拶がとっても嬉しかった。
妊娠二十週目、女の子だとエコ―検査により判明。
(パパかあ!)(そうなんだあ!)(親になるんだあ!)(女を尊敬しよ! 大切にしよ!)。一遍に何処に居ても四六時中、(オオ!人の親になるんだ)、この喜びとも喩ともつかないものが胸の底から湧き上がってきた……万感胸に迫る思いが胸にヒシヒシと押し寄せては引き……諸々な思いを繰り返しながら……。
そこへ、新婚間もない真の許に「佳菜ちゃんお母さんになったよ」の話が結夏さんから飛び込んできた。「うっ?……うーっ!?」――「結婚した話は聞いてないぞ……誰と? もしや?もしかしたら!?」。ふと指を折っていた。
あの八月。ホテルニューオータニでの一夜からこの六月となると十ヶ月目で正産期に当ってるではないか!――思いが、あのときの想いが、どこまでも、ずっとズット、棚引いてくる。
その後、来る日も来る日も、翌る日も、頭の中はグルグルかっ飛ばす人工衛星のよう――晴れないジェット気流に見舞われていた。とっ……あの日バッタリと病院を訪れた時の佳菜、あの日、妊娠検診だったのか?おれとの間の子だとしたら!?佳菜に限って、まさか他人との子⁉ 無い無い!……おれが信じてる以上、佳奈も信じていたはず、今にしてこの心境に至るとわ。
やがて日が経ち、月が過ぎ。
目線を落とした庭に、最近よく遊びに来る祖母の手入れのお陰もあり、そこかしこの草木は今年も四季を跨ぐツワモノどとなってこちらを見入って来る。
大輪の花を大きく甘い上品な薫り漂わす百合のカサブランカはクイ―ン。
美しいがボレロは我がままな棘を備えた薔薇でいても雄姿を誇るキング。
この百合、このバラの、白色はけがれを知らぬ愛よ!と示唆してくる。
佳菜に、 産まれた子に、そして何より、自分に、けがれのありようはない――「三人みな一人ひとりが誇れる者で居たい!」。
庭にサーっと突風が頬をなでてゆく。
カーテンが、ゆらゆら、音と共に左右に激しく揺れた。外からは見えないが内からはよーく見える白地のレースカーテン、まるで自分のこころ内を揺らしているかのよう――今しっかりと照らしている――まざまざと照らし示している。
思いは突風となって、矢庭に真はスマホの方に目を落とす。
そこへ啐啄同時、「ね~え! チーズケーキとハーブティーが入ったよぉ~!」。新妻が階下から呼び掛けた声が真の胸の内をサッと撫でてゆく。
「今行くーぅ!」といつもより声高に、普段より朗ら朗らに、応えた真。
ダイニングテーブルには真っ赤なバラが三輪添えてあった。……モスグリーンなTシャツを着る妻のコーディとハーモニーし合っている……雰囲気が一層柔らく美しく映った(白色ブラウスのコーディのよく似合う佳菜の貌も過ぎった)。
差し出してくれた皿を指差しながら「ねーえ!おいしい?」。この優しがそれらコーディを尚一層美味しくさせた。「そりゃー!もう!」。
「チーズって体にいいんだよ。いろんな栄養素が詰まっていてその割には太らないし美容にもね」
「知ってる! 旨いねぇ、もう一個ある!?」
「ばかやろーォッ! 欲張るんじゃないよ!」
「え?……エッー?ェッ!? どうした?」。綾香の顔は怒ってない、が、深刻な顔付きになっていた。
「何イラってるんだ?」(……もしかしてスマホ見た? 見られるはず無い!……無い!無い!)。
「会って確かめな! 先ずわ」
「…………」。静かだ。激しく押し寄せる。返す言葉が留まった。
「知ってるんだよ。誕生日か名前のイニシャルかが暗証番号って――真くんの子かもでしょ」
「アッチャーァ! 見たのかぁ……。実は、おれの方から云おうと思ってたんだ」。こう言葉を継ぐしかなかった。
「結婚前の事は事。今したら許さないからな!――って、人を不幸にするのは善くないからね」
「解ってる!」
「事実なら公認したるわ。ただし、親子関係だけだからな」
「勿論!ありがとう、ガチ、センキュー! デラ恩に着る」。ちっちゃくなるしかなかった。
秋も深まった土曜の朝、佳菜の家を訪れた。わざと早朝にした、どうしても話したかった。不在になってるのを防ぎたかったからー!
押したインターホンが応えない。玄関を二度・三度ノックする。チャイムにも出てこない。早過ぎたのか、四度押したが返答は無い。
居ないはずはない。気持ちを閑かに、動作を落ち着かせ、ゆくさきを静かに見守り、しかし、腹に力を入れ、筝更高ぶる気を抑え、「大切な事! 伝えに来たんだ―あ―」と玄関ドアの隙間から、小声で、ゆっくり穏かに一語一語を噛み締めるように言葉を告げた。
近づく足音が聞こえる、開いた、懐かしい顔であった。
奥の部屋に案内された。そこに!――なんと‼ 小さな手が軽やかに動いている――激しく心が揺さぶられた。
真の差し出した小指に五本の指で握り返した赤ちゃん。真っ白で柔らかな指。その小さ過ぎる指の握る強さ。
「真くんソックリ」
(「(真)痛い……」)抱き上げて見せる佳菜。
「そっか! やっぱり」
「見て!――頭、円形脱毛症になっちゃたぁ」
「(真)………」。必死に言葉を出そうとするが……。
傍らに赤ちゃんを横たえる佳菜の腕。美しい……痛々しい。ゴールドフィッシュ時の……そのままであった。
「(真)なぁ! ぶっちゃけ!訊くけど。いい!? やなら聞かないけど。どうしても知りたいことがあるんだぁ」
「いいよ!」
「土日には電話が繋がらなかったけど、正直言ってくれないか。何を聴いても怒らないから」
「何が?」
「うぅ……他にデートする奴がいたのかなって」
「いるわけないっしょ‼ なんでそんなこと訊くのよ」
「じゃあ!どうして!?」
「パパと会ってたの」
「え?えっ!……もしかして。(このたった二言が一・二秒間が数十秒間が経った気がして)パパって本当のお父さんと!?」
「河川敷暮らして、その上、歳だから体はボロボロになってるし、かといって借金まみれで出てきたら又元の借金地獄になるし。だからってどうしようもないし。だからね、着替えの下着・栄養のあるご飯いろいろケアしてたの!」
「え―ッッ! 何で?何で?云ってくれなかったんだよ! 俺、力になれたぞ!」
「云えるわけないでしょ。恥だし、お父さんが現れのがバレたら元の杢阿弥になるだけじゃーん」
「え―えっ!」。――と云ってみたが『時効は法的な死亡の擬制』法律効果を認めるだけであって、現実には、確たる死亡したとの証拠が無ければ保険金受取は不可』。つまり、社会で起きてる生の事実と法廷が認める事実は別個、というわけ。
『後で生きてると分かると返還義務が生じる。実質的には『借金に時効は永遠に存在しない』のである。
「債権、つまり、貸した金を返してもらう権利は、十年間行使しないときは消滅する(167条1項)」と十年の消滅時効が定められているものの、「もう法律上時効になったから借金は返しません」という意思表示をしてはじめて有効となる。相手がこの申し出を断ったときは千年「返せ!」と死ぬまで云われ続ける。
時効が成立しないケースとして時効期間の進行中に債権者から裁判を起こされてしまったら時効は中断して判決が確定した日から更に十年の時効期間の経過が始まってしまうという法律上のルールである。
ということは佳菜の父のような失踪不明者のケ―スの場合は、どうしても不可避(命ある限り『できない』)、借金債務は残るってことになる。
このことを佳菜も知った上でのことだったのだろう。
「なぁ―!どうしてなんだ? それでも妊娠したと分かったとき言ってほしかった! 何で云わなかった!どうしてだよ? こんな大事な事!」
「言ったよ!何回も。そのたびごとに下書きにしたのを駄目にしたのは誰なんだよ! 『タケダ(真)先生、ご婚約なされました』 『ご結婚なさってます』ってあんたの病院の先生も職員もみんな言ってたんよ」……『あんた』と真は初めて云われた。
「お前から一回でも電話してくれたときがあったかよ」……『お前』。
「せめてメールで知らせようにも浮気してるし、訊きたいのはこっちの方だよ」「見ろよ、これ! 母子手帳見れば分かるよ、妊婦健康診査・乳幼児健康診査・出生届出済証明……父親名は出さなかったから安心だろ、まったくぅ!」「堕ろそぉ!と何度も考えたけど止めたんだよ、分かれよ! そうしてるうち『妊娠二十二週目は人工妊娠中絶は法律上できません』って先生に言われたんだ」「そんなことはどうでもよく、どうして産むことにしたのか分かるっしょ! 真の子だからだよ、DNA調べれろよって! 判るから」
佳菜はさらに告を継ぎ、「……うちらの愛だったからぁ。どうしても堕ろせなかった。産む決心したんだ―ぁ!」
「…………」コトバ無く、うつむく佳菜の表情――涙を堪えてる吐息が肩越しに真に波入ってくる。
「(真)…………」。傍らの赤ちゃんを、そっと抱き締める。
「(佳菜)………」。横に居る真に、食い入る様な目線を向ける。
女の子である、目をじっと見入ってくる、口元に笑みが浮かんでいる。
帰り際に、真は亡くなっている佳菜さんのお母さんの仏壇の顔を前に手を合わせお線香を捧げた。
突、振り返るや否や、佳菜が真の肩を抱いてきた……ジッと……それ以上にジッ!と。真も抱き返した。「俺、今でも愛してるんだ~ぁ」。胸の内を漏らすと佳菜の握っていた手に力が一層入ってきた。揺れていた腕。唯々嗚咽していた……涙だらけな顔を真はそっと拭いた。傍らのちっちゃな命。いとおしい~。重なる思い。二人の愛がつつむ三人が組になっていた。
寄せて返す波。胸懐に寄せ来る響。波立ち奏でる音。
「(佳菜)『愛』はトワなの」――「(佳菜と真)恋はイットキ。それでも恋のゆく先のゴールが結婚というなら……無かったとしても、『愛』したことで失ったものはないわ……」
「(真)後悔があるから、反省もやり直しも、効くのさ」
眷恋を一度でも験った恋人同士は、その後どんな紆余曲折に遭おうとも、生涯に亘りそれが途絶えることはなかった。――私たちは、信の愛のために産まれてきたのだから。