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巻き戻したのは、どこのどなた?

作者: ククリ

誤字報告ありがとうございます。

 我が公爵家は、近代建築を極めし白亜の城を持っている。それは、王都でも王城に次ぐ観光名所の一つとなっている。

 それを凌ぐ王城は、その時の最高峰の建築技術と彫刻技法を埋め込まれ、三大建築巨匠が代替わりごとに100年造り続けた名城である。

 どこを切り取っても絵になるその場所で、私は皇太子妃になるための淑女教育を12年間受けていた。

 この国では、後継となる王太子がお生まれになると、同じ年とその翌年に生まれた侯爵家以上の家の女児全てに淑女教育を施すようになっている。

 血筋は問われず、たとえ養子であれ愛人の子であれど名字がそれであれば平等に門戸が開かれるのである。


(先先代の王妃がまずこの効率的な『女学校制度』をつくり、先代王妃が『青き血が濃くなりすぎるのを嫌った』ために優秀さと美貌があれば血筋を問わない緩和を、そうして今代の元平民上がりの王妃様は『王立学園を三校も』おつくりになった。法律・医療・騎士と分けたのには何か確信があるのかしら…あるのでしょうね、彼女たちは皆特別だったのだから。)


 3歳から慣れ親しんだこの離宮も、今日で見納めとなる。

 なぜなら淑女教育を最後まで受けた17名は、来月の花咲月から皇太子殿下と共に王立クロノスルタン学園へと進学することが決まっているからだ。

 学ぶ専門は法律であるが、他にも算術や古典、芸術といった授業も受けられるらしい。


「殿下とこうしてボードゲームを楽しむのも最後ですわね。」


「白々しい…どうせお前が妃になるんだ。聞いたぞ今回も成績は首席であったと。」


「今回も辞退しております。ですので、首席は義妹ですの。」


「王手。そこまでしてブルーボーテ公爵家は義妹を妃に推したいか?」


「そこまで分かってらっしゃるのに、いつまでもボードゲームのお相手をシャルロッテに代えてくださらないから…私、父や母に叱られておりますのよ?ひどいお人ですわ。」


 最後の一局であったが特に思い入れもなかったため、いつもと変わらない表情で降参の手振りを示した。

 3歳より始まった淑女教育を3年収めた年、初等教育へ上がるための進級試験を受けた。

 この淑女教育の首席だった者の褒美は、この制度が始まった頃より変わらず殿下と2人きりの茶会だ。

 今と同じこの離宮の一等上質な客間に通されて、私と同じつまらなそうな瞳をした美少年と相対した。

 彼は美しくセッティングされていたテーブルの下から音もなくボードゲームを取り出すと、手際よくテーブルの上に並べて無言で一手指してきた。普通の令嬢ならおそらく席を立つか、動揺して泣き出すだろう。しかし、普通ではなかった私は、無言でそっと一手を返していた。

 それからというもの、私との茶会は毎回ボードゲームを3局指すのが暗黙の了解となった。

 年に5回ある試験全てに首席を取れたわけではなかったので、ある時他のご令嬢にもそうしているのかと一度聞いてみたことがある。

 すると、普通に茶を飲んだり、令嬢からの希望があれば観劇に出かけたりしていたらしい。希望が通るなど初耳だったため、私も茶会の辞退を希望したが見ての通りである。


 こんなご褒美があるけれど、成績が貼り出されるわけではないため、誰も自分の順位は分からないようになっている。

 色々な忖度が絡む都合ではあるが、進級時にだんだんと減っていく人数に皆が察していくのである。試験の結果だけではなく、情勢を見て家の都合も考えての進級なのである。

 実際、早々に退学されたご令嬢数名は殿下の側近候補や将来有望な騎士の者たちの婚約者になっている。まぁ…断る選択肢のある家はマシというものだ。


「殿下…私の血は、真っ青でしてよ?」


 幼馴染のよしみで念押しすると、美貌の王太子殿下は珍しく拗ねたような顔で私から視線を逸らした。

 ふふッと笑えば、殿下が目の前のボードゲームを乱暴に薙ぎ払った。美しい造りだったのに勿体無い。

 2人きりの時は無礼講と知っていて、私は両肘をついた。


「純血統主義の我が父を嫌悪している王妃様に、父がようやっと譲歩したのが傍系の男爵家から引き取りましたシャルロッテですのよ?婿入りの分際でよそで作った愛人の子を、男爵家に子ができないからと強引に引っ張り込んだ愚か者の尻拭いでただでさえ頭が痛かったのに。でも、そのシャルロッテもあの美貌と才覚でうまく父と母に取り入りましたし…そろそろ私お役御免被りたいですわぁ。」


「容貌ならばお前も引けを取らぬ。して、そうなった場合お前はどうなる?」


「さぁ?隣国あたりに嫁に出されるのではなくて?」


「でも、お前は…この国で」


 苦しそうに何かを呟きそうになった殿下に微笑んだ。


「まるで、私が冤罪にかけられて死んでしまうかもしれない、みたいな顔ですわね?」


 美しい翠の瞳が驚愕で見開かれる。

 やはり、殿下も不思議な記憶があるようだ。

 そうなのだ。あの日、確かに私は自分の首を掻き切って死んだはずだった。

 やっと終わったと思ったら、また一からやり直し。淑女教育も、二度目なら完璧にこなせてしまえたのだから皮肉だ。おかげで、優秀なシャルロッテに一度も負けることなく終わってしまった。まぁ、あの子は王妃様のお気に入りだったから試験の内容も忖度されていただけだったのだけど。


「ケイト…お前は、どこから覚えている?」


「殿下、いけません。いけませんわぁ、そのような不思議なことを口にされては。」


 他ならぬ貴方が、それを口にしてはいけない。

 貴方があの日、夜会で私を悪女と罵り、覚えのない罪を数多用意して断罪などしなければ、この様な事になっていないのだから。


「シャルロッテのピンクブロンドの髪、お好きでしょう?あの子、どうやら法典の内容もマナーの覚えも悪くて万年最下位だったようですけど、私がシャルロッテに成績を譲って差し上げていたのだから特に問題はありませんわ。ねぇ?殿下」


「俺が好きだったのは、波打つように艶やかなブルネットだ…」


「いいえ、いいえ、殿下が愛するのは愛らしく煌めくピンクブロンドですわ。」


「違うっ、俺は、やり方を間違えた。」


「ふふっ、殿下…私、今月を最後に婚約者候補を辞退しましたの。この意味、分かってくださいますわよね?」


 なんの思入れもない世界も、二度目になると知りたい事が増えてしまった。けれど、前のように殿下をお慕いする気持ちは無くなってしまった。

 でも、前回私が好きだと溢したボードゲーム、一度も相手をしてくれたことはなかったのだけれど…今回は相手をしていただけて楽しかった。


「殿下…もう、足枷はうんざりですわ。今度は、簡単に監禁できると思わないでくださいまし?」


「……次も捕まえるさ。」


「楽しみですわねぇ。」


 あの日、死んだはずだったのよ?

 殿下に謹慎中に拐われてここで手籠にされた私は、誰にも知られることなくこの部屋で。


「ふふっ、冗談ですわ殿下。そんな馬鹿な話があるわけありませんわよね?」


「あぁ…そうだな。」



 終

追いかけられる恋が、病んでいた話

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