【第1話-①:バイト先のバーに担任教師が来た!】
新連載開始です。
4~5万文字程度の中編になる予定です。
──誰だって隠しておきたいことってあるよね?
そう。俺にだってある。
***
「ねぇホト君。あたしと結婚しよーよ。養ったげるからさ」
「しねぇよ」
「あ、つめたぁーい!」
俺は17歳の高校2年生だから、まだ結婚なんてできない。
だけどバーでバイトをしているから、ホントの年齢はお客には言っていない。
──まあ結婚なんて、もちろん冗談なんだろうが。
「はいはい。キララさん、そろそろお店に戻らないとマズいだろ。早よ帰れ」
このバー『calm』はカウンター席だけの小さなお店。
キララさんは近くのキャバクラで働く嬢だ。自分の仕事の合間に、このバーに客として息抜きに来ている。
だからあんまり長時間油を売ってると店長に怒られるんだ。
この前もこっぴどく怒られて、今後は気をつけますって言ってたくせに。
だからそろそろ店に帰した方がいい。
「やっぱホト君、つめたぁーい! 氷点下千兆度!」
「氷点下に千兆度なんてねえよ」
「ふぇぇぇん、真紅さぁん、コヤツに何とか言ってよ! お客に対して冷たすぎるっしょ」
助けを求められた真紅姉さん──この店の経営者だ──は、苦笑いを返す。
「ごめんねぇキララちゃん。コイツ、こういうキャラだから。まあ、あとでこっぴどく叱っとくわ」
「うん。でもまあ、そういうドSなとこもホト君のカッコいいとこなんだよねぇ。スキ」
「なんだい、結局好きなんかぁーい!」
真紅姉さんが手の甲をキララさんの肩に大げさに打ちつけて、盛大にツッコんだ。
「まあね、てへっ」
「かわい子ぶるのはもういいから、早く店に戻れよ」
俺がもう一度追い打ちをかけた。
「わかったよ。また来るかんね」
「おう。待ってる」
「あれれ、最後だけ優しいんだ?」
「俺はホントは優しい男なんだよ」
「そっか、じゃあね」
キララさんは目を細めて、派手なネイルの手を振って帰って行った。
今日は珍しく、早めの時間なのにもう誰も客がいない。店内に急に静寂が広がる。
真紅姉さんが「ふぅ~」とひと息ついてから、その美しい瞳で俺を睨んだ。
「だから渡。もうちょっとお客さんに愛想よくしろって」
ワタルは俺の本名。ホト君ってのは店でのビジネスネームだ。つまり源氏名ってやつ。
「やだよ。愛想振りまくなんてめんどくさい。こういうキャラも、これはこれで女性客受けはいいし」
「まあね。ワタルのそのドSキャラに惹かれる女の子が多いおかげで、このバーは流行ってるのは確かだけどさ」
真紅姉さんが整った顔を少し歪めて、自虐気味にため息をついた。
姉さん──と言っても実の姉ではなく、俺の従姉なんだが、俺は真紅姉さんと二人暮らしをしている。
「従弟がモテモテなのは私としても嬉しい限りだよ」
「本気で言ってる?」
「ああ。本気も本気。大マジだよ」
いや、なんか言い方がウソ臭い。
「けど言っとくわ。お客にもっと愛想よくしろ」
マジな目つきで睨まれた。
なんやかんや言って姉さん怖い。
真紅姉さんはピンク色のショートボブで話し方は男っぽいきっぷの良さがある。
真剣に怒られると、かなり怖いのである。
「へぇい。わかったよ」
「わかればいい」
「それにしても真紅姉さん。今日はもしかして”アカン日”かな。客足止まっちゃったし……」
「そうかもね」
今日は日曜だし、ウチみたいな店は平日の方が客が多いし、こんなもんか……
──って思ってたら、急にドアが開いた。
ちょっと酔った感じの若い女性客が、一人でバーの店内に入ってきた。
「いらっしゃい。どうぞ」
真紅姉さんが笑顔で迎え、カウンター席の椅子に手のひらを向けて誘導した。
清楚なワンピースの真面目そうな女性だ。こんな感じの女性が一人で来店するなんて珍しい。
──なんて呑気に女性客を見ていたら、見覚えのある顔であることに気づいた。
うわ待て。この女性客──。
俺の高校のクラス担任教師なんですけどぉぉぉ!!
***
高井田 ふわり。それが彼女の名前だ。
大学出たての22歳。身長145センチと小柄で、お目目ぱっちりの童顔。名前のとおり、ふわりとした栗色の髪。
とても可愛い見た目なのである。
だけど生真面目で頼りないところから、生徒からは『ふわりちゃん』などと呼ばれて舐められて……いやいや、親しまれている。
その担任教師が店に入ってきた時には心臓が破裂するかと思った。
ウチの高校は校則が厳しくて、基本的にバイトは禁止。ましてやアルコール提供してる店で働いていることがバレたら、運が良くて停学。下手したら退学案件だ。
だけどふわり先生は酔ってるせいなのか、目の前にいるバーテンダーが自分の生徒だなんて、まったく気づいていない様子である。
俺はこの店では髪を後ろでくくって、顔をハッキリ出している。
だけど学校では、黒縁の伊達メガネをかけた上に、顔がわからないくらい前髪を下ろしている。しかも普段ほとんど喋らないし、うつむいていることも多い。
色々と事情があって、学校では他の人とは極力関わらないようにして、モブな存在でいるのである。
先生ともまともに顔を目を合わせて話したことなんてない。だから高井田先生が気づかないのも当然とも言える。
「お待たせしました」
先生ご注文のオレンジベースのカクテルをカウンター越しに、先生の目の前に置いた。
「うわー綺麗!」
ふわり先生は嬉しそうにグラスを手にして口をつける。
……って、おいおい!
ゴクリゴクリと一気飲みしたよ、この人!
「ぷはぁ、美味しい! おかわり!」
「あ、はい」
結構アルコール度数強めの酒なのに……大丈夫なのか?
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