義弟の思い
「義母さん! また勝手に見合いをさせられそうになりました! 義姉さんのこと、ちゃんと監視しといてくれないと困ります!」
僕は自室から飛び出した勢いで、居間に向かう。
予想通り、結婚して十年経っても仲睦まじい父さんと義母さんは居間でお茶を飲みながら語らっていた。
「あら! あの子がお友達を連れてくるなんて珍しいと思ったら、あなたのお見合い相手だったのね」
僕の剣幕にも動じない義母さんは、お茶を飲む手を止めずに、暢気に笑っている。
「ごめんなさいね。でも、私たちが監視したり注意したくらいで、あの子があなたを構うのをやめると思う?」
そりゃ僕だって、やめるなんて思ってない。
この十年間を思い出す。
仕事で忙しくて屋敷にほとんど戻ってこれない父に、僕を捨てていなくなってしまった生みの母。
十年前、僕は屋敷の中で使用人達からどう扱えばいいか戸惑われて、腫れ物に触るように距離を置かれていた。
別に蔑ろにされていたわけではない。使用人からは大切にされていた。
ただ、どう扱っていいかわからなかったんだと思う。
だってあの時、僕自身もどう扱われたいかわかってなかったから。
そんな誰からも距離を置かれていた僕の前に、父の再婚をきっかけに突如として現れた義姉さんは、まるで嵐のようだった。
僕が売られた喧嘩を相手にしないで放っておいたら、勝手に喧嘩を買ってきてぼくも一緒に戦わせる。
僕はいつの間にか僕は喧嘩が強くなっていた。
僕が苦手な食べ物が多いのを知ったら、調理場に入り込んで料理長と一緒に僕が苦手な食べ物ばかりの献立にする。嫌がっても無理矢理口をこじ開けて食べさせられた。
僕はいつの間にか背が高くなっていた。
勉強や運動や礼節も勝手に習う予定を立てていた。いつのまにか家の執事と親密になっていて、家庭教師の手配や時間割まで計画されていた。
部屋にこもっていても引っ張り出されてやらされる。
僕はいつの間にか優秀と呼ばれていた。
義姉さんに振り回され続けていた引っ込み思案だった僕は、気がつくと貴族の嫡男として十分な人間になっていた。
見合い話もわざわざ義姉さんが奔走しなくったって、山のように舞い込んでいると聞く。
「やめるとは思ってないですけど、それでも王立学園から帰省するたび、見合いをさせられる身にもなってください。休むために帰省しているのにまったく気が休まらない」
「自分できちんと伝えたらどうだ」
「僕だって、義姉さんに、帰省するたびに見合いさせようとするのはやめてくれ。と、毎回言ってます!」
ようやく口を開いた父さんに言い返すと、父さんは呆れ顔だ。
「そうじゃないだろう?」
父さんとお義母さんのお見通しと言わんばかりの顔に口籠もっていると、乱暴にドアが開く音が聞こえた。
「こら! 母さんに文句を言うのは筋違いよ! 自分が見合い相手に会いもしないで断られると思い込んだ挙げ句の果て、母さんと私に責任転嫁するなんて! お姉ちゃんは、あなたをそんな子に育てた覚えはありません!」
思い込みの激しい義姉は、僕がお見合いしないのをお義母さんと義姉さんに責任転嫁していると考えたらしい。
「ほら、きちんと伝えなさい」
父さんが僕を促すと、義姉さんはじっと僕を見つめる。
「何? 言いたいことがあるなら言いなさいよ。姉弟なんだから言いたいこと言ったって嫌いになったりしないわ」
「本当に義姉さんは、なんもわかってないな!」
「言わなきゃわかるわけないでしょ!」
人の気なんてなんも知らないで、僕を好き勝手に振り回す義姉さんは本当に察しが悪い。
「ごめんなさいね。この子ったら本当に鈍くって」
「どうして母さんが謝るの! あなたが反省しなさい」
お義母さんはため息をついてお手上げとばかりに首を振った。
僕はようやく決心する。
「だから! 僕は義姉さんが好きだから、お見合いなんてしたくないんだよ! いい加減わかれよ! 義姉さんは自分のサッシの悪さを反省しなよ」
「えっ? えっ⁈ えぇっ!」
僕の叫びをようやく理解した義姉さんの顔が真っ赤に染まる。
ずっと義姉さんに振り回されてきた僕の反撃の狼煙があがった。
今度は僕が義姉さんを翻弄する番だ。
僕に落ちるまでいっぱい甘やかしてやる。
「結婚しよう」
僕は義姉さんの手を取ると、ほっそりとした手の甲に唇を落とした。
~完~
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