テオドールはライバル
その日の午前中は仕事にならなかったが、偶然にも求職者零だったので、ナタリアは昼食迄には何とか心を落ち着けた。
午後は新しく飲食店を開くという人が、ホール担当を採用したいと求人票を書いて行った。
最近は、殿下の婚約者、ソナモンドのユシーナ王女が話題の中心になることもあり、ソナモンドの料理を出す店が増えた。この店もそうだった。ナタリアはソナモンドの料理は何度も食べたことがあり、少し塩気が強いことを除けば美味しいと思っている。
その他は求職者が四人来たが、以前求人票を見ていたらしく、職場訪問をするとすぐに決まった。
十七時、正面入口の鍵を締めると裏口の方からテオドールが来た。
多分転移魔法で来たのだろう。
同僚三人のテオドールを見る目がキラキラしている。
そんな目を見て、テオドールはこの廊下の端から端までなら三人共経験してみますか?と言う。
ぜひお願いします!と言う三人に、
「皆で手を繋いで放さないでくださいね」
と言う。
ん?とナタリアが疑問を感じた時に『はい行きますよ』とふっと四人が消え、廊下の一番奥に立っていた。
三人共、おお、と感心したような声を出し、ありがとうございます、誰にも言いませんから安心してください、と礼を言った。
きちんと施錠し、三人とは別れる。
待伏せをするような娘もいないようで、二人は城へと歩く。
話題はナタリアがたった今感じた疑問。
「テオドール様、手を繋ぐだけで転移ってできるんですか?」
「ああ、できますね」
「今朝は、だ、抱き、抱きしめられましたが?」
「ああ、リアは特別ですから」
「と くべ つ?」
「はい、特別な女性です」
優しく微笑むテオドールに、何かを持っていかれそうな気持ちになったナタリアは、思わずぐっと手に力が入ってしまった。
その時、自分がテオドールと腕を組んていることに気がつく。
はっと思った時には『今日もお願いします』と言われ、ああ、女性除けだと気を強く入れ直した。
たぶん、効果は出ている筈。今日は誰も寄って来ない。しかしこの女性除けは、自分にも何らかのダメージはありそうだとナタリアは思った。
そして、観光客からも声を掛けられることがないので、こちらも効果はありそうだ。
門前には六人程の観光客がいたが、二人はするりと敷地内へと入った。
「テオドール様、効果ありますね」
「そうでしょ?たまには役に立ちますよ」
またしてもテオドールの笑顔に『ぐっ』としてしまったが、玄関に迎えに出ていたレイソンを見つけて、ぱっとそちらに気持ちが傾いた。
レイソンに手を振るとパタパタとこちらに走ってきたが、テオドールに向かって『だっこ』と両手を広げたので、ナタリアはほんの少しテオドールにヤキモチをやいた。
レイソンを抱っこしたテオドールは、メイドにレイソンのお気に入りの絵本を持ってきてもらい、自分が滞在している客間で読んであげるそうだ。
レイソンはすっかりテオドールのことが好きになったようで、使用人達もニコニコと見守っている。
ナタリアは部屋に戻りドレスに着替え、レイソンの心の中の自分の位置について考えた。
いきなりテオドールに抜かれたようで寂しい。
順位をつけると、ディアーズ、ケネス、テオドール、ナタリア、母、父のような気がする。いや、下位三人は同位かもしれない。
レイソンは周りにドーレ騎士団が居る状況で育っているからか、人見知りが少ない。しかもこの地特有なのかもしれないが、市井の民も騎士団が好きだ。騎士らしい体格のテオドールは、レイソンにも町民にも憧れの対象なのかもしれない。
そしてさらに考えを巡らせる。
一人目の見合い相手は、近衛騎士。
確か王都に戻るときに沢山の贈り物を抱えて帰って行った。
二人目はキラッキラの文官。
この人は特筆すべきことはなかった気がする。
三人目は商会二男。
この人は、やらかして離脱だったのでどうだったのか覚えていないが、帰りも来た時と同じくらいの荷物だった気がする。
そして今回のテオドール。
昨日の警邏隊出動を考えると、やっぱりこの町の人達は騎士が好きなんだろう、と思えてきた。
これはそのままレイソンに当てはまるのかわからないが、テオドールとレイソンの順位を争うのはハンディキャップレースのような気がする。
二ヶ月弱のことだから、我慢しろと言われればできるが、もしかするとナタリアも王都へ行くことになるかもしれない。そうなると、順位はこのままか。それはなんだか寂しすぎる。
う〜ん、と考えて、一つひらめいた。
「次の休みの日に、レイソンを町に連れて行ってプレゼント攻撃をしよう」
レイソンの物欲に訴えることにしたナタリアだった。
今日の夕食後は、テオドール、ケネス、ディアーズ、レイソン、ナタリアの五人が談話室へ行った。
その時に、次の休みにレイソンを町へ連れて行っても良いか、と聞いてみる。
ケネスもディアーズも二人で行くことには反対だった。
でも、ナタリアにも護衛はつくし治安は良いし、と言うと、それならばテオドールも一緒ならば良いと言われる。
それじゃあ意味ないんだけどなぁ、と思ったがテオドールが、
「レイソン君、リアと私と一緒に町へ行きますか?」
「うん、いっしょね」
そんな可愛い反応を返してくれる。テオドールが一緒というのは想定外だったが、それでも次の休みが楽しみになった。
休みは二日後。ボールを売っている雑貨屋には行こうとか、絵本を買ってあげようとか皆でプランニングするが、主役は幼子。昼寝の時間もあるので長くはいられない。さて、どうしようかと言うとテオドールの
「寝てしまったら私が抱っこしますから、たっぷりと堪能してもらいましょう」
との言葉でケネスもディアーズも、それでお願いしたいと言う。どうやらレイソンが寝るまでは遊べそうだ。
楽しみにしていた休日。お昼前に城を出て町へと向かった。レイソンは歩いたりテオドールに抱っこされたり。ゆっくりとしたお散歩のような時間だった。
まずはボール。玩具を多く取扱う雑貨屋へ行き、レイソンに選ばせた。
レイソンは八個あるうちの二個まで絞ったが、どちらも手に持ち離さない。じゃあ二つ買おうかと言うとレイソンは、うんうんと頷くので二つ買う。
ナタリアが支払おうとするとテオドールが払うと言い、どちらも譲りそうもなかったので一つずつ支払うことにした。
次は本屋で絵本探し。
やはり土地柄か騎士が出てくる話が多い。
既に持っている絵本が多かったが『ひめ と きしさま』という本は初めて見たので、それを手に取りレイソンに見せると、今まで持っていたボールをナタリアに渡し、絵本をぎゅっと抱きしめた。
気に入ったようなので購入決定。
ここはナタリアが払った。
時間もいい頃合いだったので、昼食にしようと最近人気の食堂へ行く。
ここは幼児用のワンプレートランチがあるので、子連れにも人気だと聞いている。
レイソンはナタリアの横に座り、テオドールは正面。
ナタリアがレイソンの補助をしながら食べ、先に食べ終わったテオドールがナタリアに代わりレイソンを補助する。
傍から見るととても仲の良い親子にしか見えず、母親がナタリアだと気がついた客達は『相手は噂の見合い相手か、子供は誰の子だ』とチラチラ見ながら噂しあっていた。どうやらレイソンがナタリアの兄ケネスの子だと気がついていない様子だ。
ナタリアはレイソンに夢中で、周りの様子には気が付かない。テオドールは気付いていたがそのままにしていた。
ゆっくりレイソンのペースで食事を楽しんでいたが、どうも眠くなってきたようで、目が半分閉じ頭がぐらぐらしてきた。
ほんの少しぐずぐずし始めたので、ナタリアが抱っこして三人は店から出る。ここの支払いはテオドールだった。
店の外でも何となくぐずぐずしていたレイソンだったが、ナタリアの肩に額をぐりぐり擦りつけ始めた。
いつもディアーズがしているように、レイソンの背中をトントンと優しく叩いていると、どうやら寝たようだった。
ナタリアは思いがけず初めての『額ぐりぐり』を経験し、感激していた。
ケネスでも駄目だと言っていたのに自分はいけた。
嬉しくて嬉しくてレイソンの頭に頬ずりをしてしまう。
買った物を持ったテオドールは、そんな二人を優しく見守り、さらにそんな三人を周りは幸せそうに見守っていた。
三人はそのまま城へと向い歩き始めたが、途中でテオドールが抱っこを変わった。
ボールも本も袋に入っていたので、テオドールがそのまま持ちますよと言って持っていた。
どう見ても幸せそうな三人を、護衛達は『ナタリア様はこのまま決めればいいのに』と思って見ていた。
そんなことを周りが思っているが、ナタリアは『額ぐりぐり』をディアーズに次いで許してもらえたことで、テオドールよりは上になったと喜んでいる。
そしてテオドールはやはりというか、疑似家族を楽しみ喜び、どうか自分を選んでくれますように、と思いながらゆっくり歩いた。
今夜も夕食後は昨日と同じ五人で談話室へ移動した。
当然ナタリアは『額ぐりぐり』を自慢し、最初は信じなかったケネスもテオドールの証言を聞き羨ましがり、今夜は自分が寝かしつけると張り切ってレイソンを寝室へ連れて行った。
談話室に残ったのはディアーズとテオドールとナタリア。
妊娠してから兎に角眠気を感じているディアーズだが、今日はレイソンがいない間にたっぷりと寝たから今は眠くないの、と笑っている。
少しでも体が休めたのなら良かった、とナタリアは思った。
「明日ね、宝石商が来るから、来月の平和祭りの最終日にある夜会用にネックレスとか選びなさいってお義父様から言われているの。勿論、ナタリアも一緒にね。良かったらテオドール様もご覧になりませんか?」
「そうですね。どんなものがあるのか見てみようか」
テオドールが答える。
ナタリアはテオドールが宝飾品に興味があることに驚いたが、公爵令息なのでよく公爵家でも出入りの宝石商から買っているのだろうと考え直す。
テオドールの騎士服姿か軽装しか見たことがなかったので、礼装姿はどうなのだろうと想像もした。
やっぱり素敵なんだろうなと思ったところで、これ以上は気持ち的に踏み入ったら抜けなくなると知らせる警鐘が頭の中で鳴り響き、慌てて現実に戻ってきた。
明日も仕事は休みだ。
宝飾品は、センスが良いディアーズに見てもらおう。自分は頷くだけで良いかな、とナタリアは気楽に考えていた。
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