増える家族
今夜の食事中の話題はレイソンとテオドールのことだった。
午前中、昨年までの警備の配置を確認し、昼食後は先発隊と三の橋近辺を見て歩いたテオドールは、城に戻ると昼寝から起きたレイソンと遊んだという。
最近のレイソンはボール遊びが好きなので、ボールを持って城から出てきたところで会い、テオドールはボール遊びだけではなく肩車もしてガッツリ遊んでくれたらしい。
「子供の扱いがとてもお上手でしたよ」
「妹の子が先日ニ歳になり、祝うためにソーカヌリへ行ってきたんです。その時にあちらでたっぷりと遊んで来ました」
「ああ、ソーカヌリのお世継ぎですね。もう二歳ですか」
「はい。妹はあちらで大切にされているようで、夫婦仲も良さそうでした。確かもうすぐ二人目が生まれる筈です」
両親とテオドールとの会話で出てきた名前に、ナタリアは思いを馳せた。
あの時、一番大変だったナーシャ様。きっと不安の中嫁いで行ったであろう。そうか、お幸せそうで良かった、とナタリアは安心した。
その気持ちが表情に出ていたのか、ナタリアを見たテオドールがふっと微笑んだ。
きっと兄であるテオドールも心配し、実際に見て確認できて安心したのだろうと思え、ナタリアも微笑みを返した。
今日の食事はとても温かい雰囲気で楽しく終えた。
食事中から眠そうだったレイソンは、ディアーズに抱っこされると肩に額をぐりぐり擦りつける。
「あら、もう眠いわね。もう寝ましょうね」
ディアーズが抱っこして部屋へ戻る。
ナタリアも部屋へ戻ろうとすると、テオドールから今日も話をしたいと言われる。
今日もまたケネスを誘い、談話室へ移動した。
メイドがお茶を淹れ下がると、ケネスがナタリアに話があると言う。
「昼食時に皆には話したが、お前はいなかったから」
どうやら特別な内容らしいとナタリアは身構えた。
「ディアーズだが、今お腹に子がいる。二ヶ月位でまだ安静が必要だ。そのことを頭に入れておいて欲しい」
何を言われるかと思ったら、とても嬉しい話だった。
「おめでとうございます。わぁ、嬉しい」
「ありがとう。平和祭りに向けて気忙しい時だが、できればディアーズも気にかけてやってくれ」
「勿論です。何でも言ってくださいね」
今日はナーシャのこともディアーズのことも、とても嬉しい話が聞けて、ナタリアは幸せな気持ちでいっぱいになった。
「リアは子供が好きですか?」
テオドールが聞く。リア呼びが気にならないくらいナタリアは夢見心地だ。
「はい。でも、育児はしてないので可愛いところだけ見て楽しんでます」
「ははっ、レイソン君は可愛いですよね」
「そうなんですよね。眠いときに肩に額をぐりぐりするのなんて、一度でいいから体験してみたいですよ」
「あれはケネスにはしないのか?」
「眠い時は母親じゃなくちゃ駄目なんだよ。乳母も泣かれた」
「そうなのか。少し残念だな」
レイソンの話に花が咲く。
ディアーズのお腹に子がいるから、レイソンはこれから我慢しなくてはいけないことが出てくると思う。そんな時に甘えさせてあげられたら、とナタリアは思った。
翌朝、朝食時にディアーズへおめでとうと伝えた。
とても嬉しそうに礼を言うディアーズの腕の中にはレイソンが抱っこされている。
おいで、と手を伸ばすと素直に抱っこされに来るので、暫くは自分が抱っこ担当になろうかと話すと、それは嬉しいとディアーズから再度礼を言われたが、ナタリアはこちらこそ、と笑う。
出勤時、テオドールと歩く。
やはり観光客から声を掛けられない。威圧感は感じないが、テオドールが醸しだす貴族の雰囲気は、隠しきれないのかもしれない。
観光客からは声を掛けられないが、表通りの店の店員からはいつも通りの挨拶があった。
昨日一度往復しただけなのに、もう順応しているのかもしれない。
紹介所の近くのパン屋のおばさんが『昨日は災難だったね。今日は大丈夫だと思うから安心して』と言う。
よくわからないが、ありがとうと通り過ぎた。
紹介所の裏口に行くと、やはり既に同僚三人がいた。
「も〜、聞いてくださいよ〜」
「おはよう、メリッサ。どうしたの?」
「あ、おはようございます。昨日のあの後なんですけど〜」
「とりあえず中に入ろうか」
ナタリアは鍵を開けて建物内に入る。
廊下の魔導ランプを点けている間にテオドールは室内へ入り、魔導ランプを点けた。昨日場所を覚えたらしい。
また今日もナタリアはお茶を淹れ、配る。
テオドールはナタリアの隣だ。
「で、昨日なんですけど、あの後、さらに娘達が増えて最初にいた娘達と揉め始めちゃって、結局警邏隊にお説教されて」
「何?どういうこと?」
「一昨日の段階で、今年の見合い相手はいつもより良い男だって噂が流れたようです、それで、昨日の朝いろんな所から娘達がクレメンス様を見ていたようなんです。で、娘達の間で抜け駆けしないと話し合いがあったらしいんですが、それを破って来たのが何人かいた。で、それに気がついた娘達がお二人が帰った直後にやってきて、大騒ぎになったんです」
「蹴ったり髪を掴んだり」
「ええっ?」
「で、警邏隊が出張って来て説教ですよ」
「僕達、頑張ったのに怒られちゃって」
「それは、本当にごめんなさい」
「所長は悪くないです。悪いのは娘達で」
「君達にはすまないことをした」
「いえ、クレメンス様も悪くないです。だけど、今日からクレメンス様が一人にならないように、警邏隊がクレメンス様の警備につくようでぇ」
ジュードの言葉に続いて、ランバンが申し訳なさそうに言う。
「もう、正面入口に来ています」
ナタリアの居る場所からは見えないので、カウンターまで移動すると、確かに入口に二人、中を伺いながら立っている。
「成程」
テオドールも外の姿を確認し正面入口へ歩き出た。そして外に出ると二人に何やら話し掛けた。
緊張した面持ちの二人は、途中で驚愕した表情に変わり、最後はきちっと礼をしてどこかへ行った。
警備は?とナタリアは思ったが、何事もなかったように戻ってくるとテオドールは『二人は帰しました』と言う。
「警備は?」
メリッサが聞くと『昨日はあんなことになるなんて想像してませんでした。これからは大丈夫です』と答える。
テオドールは椅子に座り、お茶を飲んで寛ぎ始めた。
同僚三人は勿論、ナタリアも訳がわからず『でも、警備は?』と聞いてしまう。
「これからは見つからないように移動します。だからもうあんなことは起きません」
良い笑顔を見せながら断言する。見つからないようにって、不可能では?ナタリアは聞いていいものか悩む。
結局誰も何も聞けないまま、テオドールは城へ戻ると言って裏口へ向かった。
ジュードが心配して、すぐに正面入口から出てテオドールが歩くであろう道を見る。が、いつまでも戻らない。
何してるんだろうと思っていると、ジュードは歩き出し、視界から消える。間もなく裏口から戻ってきたジュードは『クレメンス様がいない』と顔色を真っ青にしていた。
「えっ?どういうこと?」
「あれだけ急いで入口から外に出たら、表通りに出てきたクレメンス様が見えるはずなんだけど、いつまで経っても出てこなくて。ぐるっと周って確認してきたけど、どこにもいなかった」
乱闘騒ぎのあとの公爵令息行方不明だ。
とんでもないことになったと皆青くなる。
とりあえずナタリアは、城へ戻り伝えることにする。
ちゃんと平常心を取り戻して仕事してよ、と言い残し急いで城へと戻った。
城の門の前では観光客から話し掛けられたが、ごめんなさい、と一言だけで中へ入る。
ナタリアはケネスが居そうな所、ケネスの執務室へと急ぐ。
手早くノックをし、返事を待たずに中へ入るとテーブルに沢山の資料を並べ、ソファに座り正に資料を確認中のテオドールが居た。
「えっ?どうして?」
ナタリアの驚愕した表情に思い当たる節があるテオドールは、ああ、と笑って説明してくれた。
「消えたと思いましたか?すみません。実は私は転移魔法が使えるんで、それで帰ってきました。紹介所の建物からは出ていないんです」
転移魔法。聞いたことはあるが使える人は極少数だ。国中探しても滅多に見つからず珍しい、とナタリアは以前聞いたことを思い出した。
その珍しい人が目の前にいる。もう、驚きで言葉もない。
「なんだ、お前は知らなかったのか?」
ケネスが言うが、知るはずもない。
ナタリアは呆気にとられたままテオドールを見ていたが、申し訳なさそうな顔をしたテオドールにすみません、とまた謝罪された。
「いいえ、ご無事なら良いんです。ジュードがいないって真っ青になっていたので······あ、なんて説明したらいいでしょう」
「ああ、あの三人なら話しても平気です。ただ、他言無用で、と伝えてください」
「わかりました。では、私も仕事に戻りますね」
「あ、待ってください。心配かけたお詫びに送りますよ。転移で」
「えっ?いえ大丈夫です」
転移魔法は、一度も行ったことがない場所への移動はできないが、一度でも行ったことがあればそこへ行けるらしい。
転移魔法には興味がある。しかし、確かとても魔力を使うと聞いた。既に一度使っているのにまた使うのは危ないのではないか?ナタリアは不安に思い、断った。
しかし、自分の魔力量ならあと三回は往復できると言われ、ナタリアは好奇心に負けてお願いすることにした。
テオドールは立ち上がり、離れると危険ですから、と言ってナタリアをぎゅっと抱きしめた。えっ?と思ったときには一瞬体が軽くなり、着きましたと頭上から声が聞こえる。体をテオドールから離すと、そこは紹介所の裏口近くの廊下だった。
「平気ですか?」
テオドールは体調を気にしているのだろうが、ナタリアは今何が起きたのか整理できていないだけで、体調不良はない。はい、と返事をすると、ではまた後ほど、と言い残し目の前から消えた。
凄い経験をした。転移なんて、自分には関係ないと思っていた。ナタリアは高揚感を抑えきれぬまま、室内へと入る。
「あっ、えっ?なんで?」
メリッサが驚いている。
「表通り通らないで、どうやって帰ってきたんですか?」
正面入口からジュードがこちらに近づいてくる。
幸い室内には同僚三人のみ。これはきちんと話さないと、とナタリアはゆっくりと息を吸った。
「あのね、他言無用でお願いしたいんだけど、いけそう?」
「他言無用、わかりました。お願いします」
「あのね、テオドールは······転移魔法を使える人だった」
「······」
「あ、転移って言うのは、ここから目指す場所へ一瞬で」
「そんなことは知ってます!凄いじゃないですか!」
「あ、だから表通りに出て来なかったのか」
「えっ?もしかして、所長も今転移魔法で戻ったってこと?」
「「「良いなぁ!」」」
多分、ナタリア以上に興奮している三人を見て不安に思ったナタリアは、兎に角他言無用で、ね、と念押しした。
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