あっという間にお引取り
年末。
王都は新年を待つ人達がお祭り騒ぎで夜を明かす。
花火は上がらないが、夜店は沢山出るらしい。
ナタリアは王都で新年を迎えるのは初めてのことだった。
テオドールはナタリアを誘い、夜の街へと向かった。
夕食は特定の店では食べない。
平和祭りの時のように、夜店で買い食いだ。
今日はテオドールにも護衛がついて、ナタリアの護衛と恋人のフリをしながら、二人とは少し離れてついて歩く。
テオドールとナタリアは平和祭りの時と同じように、串焼きを食べさせ合っている。
ナタリアもすっかり慣れた。
今日は新年も一緒に迎えることになっている。
王都では新年を迎える時、それぞれが手に持つランプを灯し挨拶を交わすのが習わしとなっていた。
正確には、ランプはすぐに点かないので、火種が消える寸前まで細くしておいて、新年を知らせる教会の鐘が鳴ったら最大に灯す。
これはオイルランプも魔導ランプも同じ。
準備していない人の為に、夜店でもランプを売っている。
テオドールとナタリアは、ちゃんと魔導ランプを持って来た。
もうすぐ日をまたぐのか、周りを見ると少しずつランプに火を灯している人が増えてきた。
まずは普通に点けて、最小まで火を細くする。
後は鐘を待つだけ。
テオドールとナタリアも同じように準備をした。
夜店の灯りも極力細くし、辺りは薄暗くなる。
賑やかだったざわめきが遠慮がちな小声に変わった頃、教会の鐘が鳴り響いた。
皆一斉にランプの灯りを最大にする。
大勢の人々がランプを灯すので、まるで昼間のような明るさになった。
胸のあたりに掲げたランプを持ちながら、行き交う人達は『今年も良い一年になりますように』と声を掛け合う。
皆笑顔で、知らない人にも声を掛ける。
テオドールとナタリアもそれに倣い、挨拶を交わした。
まずは二人で挨拶を、その後は道行く人達と挨拶を。
十分程でそれは終わったが、笑顔で挨拶をするのはナタリアにとって楽しく思えた。
結婚前のナタリアをこれ以上遅くまで連れ回せないので、テオドールは後ろ髪を引かれつつ、二人で馬車へと歩いた。
新年を迎えたら、きちんと送り届けること。これは、深夜デートをするためにテオドールが両親と交わした約束。もしも約束を違えた場合、結婚式を延期すると父が言い、ナタリアと結婚式まで会わせないと母が言った。
もういい年した大人なんだけど、と反論したが、テオドールが破った時に両親は躊躇なく実行することはわかる。
婚約者とはいえ、朝まで一緒にいたと世間に知られると、悪く言われるのはナタリアの方だろう。それを危惧しての両親の言葉だと理解している。
理屈ではわかっているが、テオドールはやはり寂しく思う。
紋章は入っていないシンプルな馬車で、テオドールはナタリアをドーレ邸へと送る。
唯一ほっとできたのは、今日も楽しかった、とナタリアが笑ってくれたことだった。
ドーレ邸へ家庭教師が来たのは八日の午後だった。
馬車から降り立ったその女性は、杖をついてゆっくりと歩いていた。
ナタリアが想像するよりも怪我は酷かったようで、そんな状態で来てもらって、有り難いし申し訳ないとも思った。
家庭教師は以前にも教えを請うた女性で、母よりも十歳程年上の厳しい人だった。
ナタリアは挨拶の時から緊張したが、厳しいくらいでないとこれから社交の場へ向かうのに甘えが出てしまう、と気を引き締めた。
家庭教師はそんなナタリアを見て『まずは一通り見て、それから課題を探しましょう』とこれからの流れを説明してくれた。
崩れない笑顔はナタリアから見て、貴族らしいと感じる。社交の場では、こういう笑顔の女性が多かった。以前のナタリアはこの笑顔が怖く感じたが、今は仕事モードなのかもしれない、と考えると尊敬する。笑顔がピクリともせず保てるのは難しくないのか、と。
お茶をしながら一通りの流れを聞いたが、最後に質問はありますか?と尋ねられ、さすがにこれは聞けないと思い、ナタリアはふんわりと微笑んで『ございません』と答えた。
その直後『今の答え方は素晴らしいです』と採点された。
笑顔の作りが貴族の返しとして合格だと。
どうやら常に試験があるようだ。
週末。テオドールはドーレ邸でナタリアの部屋にいた。
いつの間にか試験が始まり採点される。ナタリアにとって、今では心が休まるのは私室しかない。
家庭教師はドーレ邸で部屋を与えられているので、今のこの状況も知っているだろうが、部屋にはメイドと護衛もいるので見逃してくれているらしい。
「それで、習い直すのはどのくらいあるの?」
「まず、お茶会の開催方法ですね。これは一からです。他は今のところは言われてません」
「お茶会のことは、私の母上に聞いたら?公爵家に嫁ぐからというのなら、その場にあったやり方を覚えた方が良いでしょ。それに、ナタリアのお披露目のお茶会は何度かあるから、それで勉強すれば?」
テオドールは、気疲れしているようなナタリアを心配している。
家庭教師が到着してまだ二日。厳しい教師だというが、それにしてもナタリアの疲労が溜まり過ぎの気がする。
テオドールはどのような教師なのか、夕食を共にして確認しようと決めた。
マナー重視であるので、食事は静かに進んだ。
最後のデザートになって、教師から言葉が出た。
「ブリジット様はお元気でいらっしゃいますか?」
「母をご存知ですか」
「ブリジット様が公爵家へ嫁がれる前に少し」
「そうですか。それは懐かしいことでしょう。母にも話しておきますので、遊びに来てください」
「まあ、ありがとうございます」
たったこれだけの会話だったが、後日ブリジット・クレメンス公爵夫人から家庭教師とナタリア宛にお茶のお誘いが来た。
ナタリアは、後学の為にそのお手紙は大切に抽斗にしまい、当日着て行くドレスの選定に入った。
『懐かしい人に会うのが目的なので畏まらずに』と態々書いてあるので、アクセサリー等は抑えめが良いのだろう。
ああ、そうだとナタリアは思い立ち、テオドールから貰った髪飾りをつけることにした。
お誘いの当日。ナタリアは素材も仕立ても良いドレスでネックレスもイヤリングもこぶりなものを。勿論髪にはテオドールからの髪飾りをつけた。
教師はナタリアを上から下まで見て『良くお似合いです』と、たぶん合格であろう言葉をくれた。
「ありがとうございます。先生のドレスも素敵ですわ」
ナタリアが最近慣れてきた『貴族の微笑み』で答えると『ありがとうございます』と、これもたぶん合格だと思う返事をくれた。
二人は同じ馬車でクレメンス公爵家へ向かう。
公爵邸へ着くと、平日なのにテオドールが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、先生。リア、今日の装いも良く似合っているよ」
いつもナタリアへ向ける笑顔よりは硬い。これも『貴族の微笑み』。テオドールはやはり高位貴族なんだとナタリアは再認識した。
花が飾られたサンルームでのお茶会は、冬だというのに暖かだった。
「先生、お久しぶりです」
「ブリジット様、お元気そうでなによりです」
ナタリアにとっての『体験授業』が目の前で行われている。
『本日はお誘いありがとうございます』とナタリアは挨拶をした後、二人の会話を覚えようとじっくり聞いていた。
「未来の娘がお世話になっていると聞きまして、ご挨拶申し上げないと、と思ってお手紙を送りましたの」
「おめでとうございます。私もご縁があるお二人がこうして繫がりを持たれることは、嬉しくまた誇らしくあります」
「ありがとうございます。ナタリアは、どのような生徒でしょう。合格に達していないことはありますの?」
「不合格はございません。たいへん優秀ですので、ご安心いただけると思いますよ」
「まあ、それはようございました。全て合格なら習い直しも終了ですわね。これから公爵夫人の仕事も伝えていきますので、こんなに早く授業が終わると助かりますわ」
そしてブリジット公爵夫人は、少し意味のありそうな微笑みを教師に向け『ありがとうございます』と礼を述べた。
いつの間にか家庭教師は領地へ帰ることが決まって、ナタリアはブリジット公爵夫人の話術に驚愕した。
公爵夫人は大したことは言っていないし、なんなら授業の必要がないなんて教師から言われてもいない。
教師の謙遜を真に受けたふりをして、家庭教師不要と言ってのける。そして間をおかずナタリアに公爵夫人の仕事を教えると、スケジュールを組み込んでいった。
流れを自分に良いように作るのは至難の業だ、とナタリアは頭が痛くなった。
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