活動開始
ナタリアは支度を軽く整えて、約束の時間に階下へ降りていった。
夕食は隣りにあるレストラン。
建物は隣だが、経営者は宿屋と同じなので、支払いは宿屋と一緒にする。
入り口で名前を告げると『いらっしゃいませ。こちらへどうぞ』と奥の個室へと案内された。
既にベイジル・ラトリッジが待っていて、席は全部で四つ。護衛達や使用人達は隣の部屋で食事をとるようだ。
「先日はありがとうございました。楽しい食事会でした」
ベイジルが言う。あれは確かに楽しい食事会だったとナタリアも思った。
「あんなに楽しいなら、毎年開いても良いですね」
「ナタリア様、結婚したら難しいのでは?」
「毎年、平和祭りには連れて行ってくれるそうです」
「それは良いですね。お誘いはいつでもお待ちしてます」
一年後の話をしていると、ナタリアの両親がやってきた。
それからは、四人で和やかな食事を楽しんだ。
食事の後も話題は尽きず、既に二時間は過ぎていた。
ここの食事代は自分が払う、その代わりナタリアの嫁入り支度については相談に乗ってほしい、と辺境伯が言う。
ベイジルはナタリアの結婚に必要な物に関しては、テオドールからも言われているので最初から関わるつもりだった。しかし、この場で一度ご馳走になったほうが、値引きしやすいかと思い、ご馳走してもらった。
翌日の宿泊先も、やはりというかラトリッジ商会とドーレ家は同じだった。
ベイジルとナタリアは顔を合わせると『これは明日も同じですね』と、どちらともなく笑う。
この日の夕食もベイジルとドーレ家の四人で食べた。
支払いはベイジルが持つことにした。
こうして毎日同じ宿屋で食事を共にし、王都に着くまで交互に支払いをする。結局一食分ドーレ家が多く支払ったので、ベイジルは遠慮なく値引きしようと思った。
王都のタウンハウスには、十四時過ぎに到着した。
タウンハウスを守っていた侍従やメイド達は、荷物を運び入れ荷解きをし、お茶の用意をし『長旅、お疲れ様でした』とドーレ家の三人を労う。
ナタリアの結婚についても話が伝わっているので、兎に角皆嬉しさを全面に出してお世話してくれる。
「ナタリア様、お手紙が届いております」
ナタリア付きのメイドが持ってきた手紙は、やはりというかテオドールからだった。
ナタリアは封を開き、何度も優しい笑みを浮かべながら読み返す。
「返事を出すので届けてもらえますか」
ナタリアは、テオドールへ返事を書いた。
勿論、これからはずっと王都にいるということを忘れずに書き入れる。
さて、テオドールはこれを読んだらどんな顔をするのかしら。ナタリアは実際に見られないことを残念に思いながら、でも笑ってしまった。
クレメンス公爵家へ届けられたナタリアからの手紙は、夕食前に帰宅したテオドールに家令から渡された。
急いで読むと『このまま王都に居て、領地には帰らない。王都でお茶会等の勉強をしながら過ごす』とあり、テオドールはそのままドーレ家のタウンハウスへ走り出しそうなところを、家令に止められた。
クレメンス公爵家の屋敷とドーレ家の屋敷は、馬なら十分かからないくらいの距離だ。テオドールがホークムーンへ行く前を思うと、ぐっと近い所にナタリアがいる。会おうと思えば会える距離だし、間柄だ。
早速明日は王城からの帰りにあちらへ寄って、顔を見ようか、とテオドールは考えを巡らせた。
ナタリアの顔を見るのが目的ではあるが、どうせなら顔合わせの日程等も決めてしまいたい、とテオドールは父へいつが空いているかスケジュールを尋ねた。
公爵からは、今ならいつでも良い、との返事をもらったので『明日夕刻、顔合わせの日を決めたいので訪問したい。都合の良い日を選んでおいてほしい』との手紙をドーレ辺境伯宛に出した。
テオドールは四月結婚なんて言わずに、三月でも良い、さっさと準備をして早く結婚したい。しかし、しっかり準備をしないとナタリアが可哀想だ。求婚を忘れた、あのようなことは二度と無いようにしないといけない。
テオドールはベッドに入ってもこれから先の事を考え、そして明日一週間ぶりに会えるナタリアを想い、幸せな夢に落ちていった。
翌日、ナタリアと母は仕立屋を呼んで、ドレスの採寸から始まり、生地を選んでデザインを決めて、となかなかに忙しかった。
領地にいる時は、母とディアーズが決めてくれて、ナタリアは横でうんうん言っているだけだった。
「こういうことも自分で決めないと。センスを磨かないとね」
母の言うことはわかるが、一朝一夕で身につくものではない。ナタリアは仕立屋に『これから相談にのってください』とお願いした。
ナタリアが一仕事終えたのは十六時を少し過ぎていて、仕立屋が帰ったあとはソファにグッタリと沈みこんだ。
テオドールが来るまであと一時間。
何とか元気を取り返そうと、ただグッタリとしていた。
その頃、テオドールは時間ばかりが気になっていた。
久しぶりにナタリアに会える。
朝からずっとソワソワしていて、アルヴィン殿下に『落ち着いて、気が散る』と呆れられていた。
この日テオドールは朝から、殿下の執務室で先日の平和祭りの報告書を作成していた。
警備の配置等はホークムーンにいる時に作成していたので、あとは変更点を書き加えたり、結果を書いたりするだけだったのだが、なぜかテオドールの筆が進まない。
いつものテオドールなら、この程度あっという間に仕上げるのだが、少し書いては考え事。少し書いては時計を見る。
そんな様子のテオドールを見て、体調でも悪いのかと殿下は心配したが、聞いてみると夕方ドーレ邸を訪ねる約束があるからだと言われ、開いた口が塞がらなかった。
報告書を仕上げてもらわないと、決済業務に支障が出てくる。
速やかに処理したいところだが、テオドールが今日一日仕事にならない。
それでも午前中に報告書を仕上げられたのは、偏に殿下が尻を叩きまくったからだった。
「こんなテオを見たら、ナタリアはがっかりするんじゃないか?」
この言葉が効果覿面だった。
この後、十分で仕上げたのだから最初からできた筈だ。
殿下は幼い頃からテオドールを知っているが、こんな男じゃなかったと、どうにも信じられない。
殿下が知っているテオドールは、いつも淡々として感情はあまり表に出さない。決して女性に夢中になるタイプではなかった。四年前のテオドール自身の婚約破棄の時ですらいつもと変わらなかった、と記憶している。
恋って怖いな。
殿下はつくづく思った。
十七時三十分、テオドールが馬でドーレ邸へやってきた。
今日は夕食を共にと辺境伯から言われていた。
久しぶりに会うナタリアは、やはり笑顔が愛らしい。
テオドールは抱きしめたいと思ったが、辺境伯夫妻の視線が痛いのでグッと我慢した。
「忘れないうちにお伝えしますね」
辺境伯夫人がテオドールに伝えたのは『ナタリアは仕立屋に採寸してもらった。ウエディングドレスのデザインは我が家で決めていいか。良ければテオドールの服も作る』
仕立屋は公爵家で贔屓の店だった。そこなら自分の採寸表はある筈だ。
ドーレ家にまかせることにする。
両家の顔合わせは、三日後となった。その日と翌日、テオドールは休みである。
ラトリッジ商会にも都合を聞いて、顔合わせの翌日にアポをとった。
「ラトリッジ商会といえば、こちらへ来る途中の宿屋はすべて同じでした」
辺境伯夫妻も笑う。
ホークムーンから王都への旅程が同じなので、そうなるかと思っていたテオドールは、ベイジルが羨ましく思えた。
この一週間、毎日夕食も共にしていたと聞いたらほんの少しだけ嫉妬もする。
「祭りの前の食事会、とても楽しかったから、毎年祭りに行ったら同じ仲間で集まりませんか?」
ナタリアの提案は楽しそうだとテオドールは思う。
途中で帰ったジュードと奥さんは、来年は子供を抱っこしていることだろう。
「それは良いね。計画は紹介所におまかせしよう」
楽しみが増えたな、とテオドールは笑顔でナタリアに答えた。
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