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兄夫婦が言うことには

 公爵令息が帰った後も、いつもと同じくらいの求職者が来た。

 職場訪問までいったのは二人と少なめだったが、転職を考えているという人の相談などもあり、まあまあ忙しかった。

 十七時になり、帰宅の準備をする。

 『案外ちゃんとした人かもしれませんよ』『ちゃんと話し合ってくださいね』『逃げないで向き合ってくださいね』等など言われたが、最後には決まって『明日楽しみにしていてますよ』と言われるナタリアだった。

 城の門前では、やはりいつものように観光客に質問される。

 ナタリアは、ちゃんと愛想良く答えて城へ戻った。

 ここまではいつも通り。ただ、今日は玄関で執事が『ディアーズ様がお待ちです』と伝えてきた。

 ディアーズとはナタリアの兄嫁だ。ああ、きっと公爵令息のことだと思い、着替えてから行きますと答えた。

 流石に平民の服で城内を歩きまわることはしない。

 部屋に戻りドレスに着替え、兄嫁の部屋へ向い扉をノックする。

 すぐに返事があり入室した。

 

「早速テオドール様が会いに行ったそうね」

 

 ソファに座れと手招きをして、切り出してきた。

 近くでメイドがお茶の用意をしている。

 ディアーズは、聞きたくてしょうが無いという表情だ。


「お茶が美味しかった、ドーレのメイドが教えたと聞きましたって、お褒めいただいたわ。ナタリアが淹れたの?」

「いえ、メリッサでした」

「ああ残念。そうなのね。次はナタリアが淹れて差し上げてね」

「次が無ければ良いなと思っているんですが」

「何か気に障ることでもあったの?」

「う〜ん、何だか私に対してかなり高評価で」

「ああ、そうね。でも気持ちはわかるのよ」

「お義姉様もそんなことでは困ります」

「本当よ。特にテオドール様はあんなことがあった後は、一時女性不信みたいな状態になられてね。近衛騎士の仕事はしているけど、社交からは遠ざかってしまって。ナタリアもそうだけど」

「私は別に男性不信にはなっていませんよ」

「でも、未だに王都へは行かないじゃない?」


 返事に困ったナタリアは、お茶を飲んで誤魔化す。


「私達夫婦は社交シーズンには王都に行くでしょ?あれは、テオドール様が婚約解消なさった次の年だったかしら。ナタリアはどうしてる?って聞いてくるようになったの。今年は仕事の都合で社交はお休みですって答えたのだけど、頑張ってらっしゃるのですねって言われて。私、嬉しくてナタリアのこと沢山お話したのよ」

「何を話されたのです?」

「町に住む民が自身の望む職に就き、正しく評価され正当な賃金を得るために毎日頑張っていて、町民からも愛されているって」

「随分と肉をつけましたね」

「だって色んな人に、ナタリアはいつまでも結婚できないなって言われてるのよ、できないんじゃないの、自分の意志でしないのよって言いたかったのよ」

「言う相手が違う気がしますよね」

「今にして思えばね」


 ディアーズは溜息をついてソーサーを手に取る。

 カップを手に取り一口飲んでから、また話し始めた。


「昨年もね、聞かれたのよ。ナタリアはどうしてる?って。だから今年もお休みですって答えたら、ナタリアと会いたいけど、自分は王都を離れる訳にはいかないって、見るからに落胆なさって。ケネス様が慰めていらしたわ」


 ケネスとはナタリアの兄だ。生真面目な性格のケネスが何と言って慰めたのか、ナタリアは気になった。確か今年の見合いは断り辛いと言ったのは兄だ。クレメンス公爵令息は近衛騎士としてだけではなく、公爵令息の顔もあるので確かに王都を離れるのは難しい筈だ。それが今年は近衛騎士の仕事の一環とは言え、ドーレに来ている。兄は何か言った筈だ。

 ナタリアは後で兄を問い詰めようと思った。

 

「今年も聞かれました?」


 ナタリアはふと気になって聞いてみた。


「それがね、今年は何も聞かれなかったの。気にしなくなったのね、と残念に思っていたけど、きっとあの時既に決まっていたのね、ここへ来ることが」

「成程」


 兄夫婦は平和祭りの準備の為、社交シーズンの終わりを待たず領地へ戻る。毎年同じ頃に戻るのに、今年は何も聞かれなかったということは、そういうことなのだろう。


「最初に今年の指揮を執るのがテオドール様だって聞いた時は、悲鳴が出そうだったわ。とうとう来たのねって。ケネス様も来たかって笑っていらしたわ」


 笑っていたのか、こっちは苦笑いしか出ないわ。とナタリアは笑う兄を想像しむっとした。

 とにかく夕食時に兄を問い詰めようと決意したナタリアだったが、それができないと気がついたのは食堂に入った時だった。

 毎年、平和祭りに来る近衛騎士と護衛騎士は、別館に泊まる。後から来る王族だけが城に泊まるので、てっきり今年もそうだろうと思っていた。しかし、クレメンス公爵令息は殿下の従兄弟という身分もあるため、城に泊まるという事になったらしい。

 食堂の扉を開けると、既にクレメンス公爵令息が家族と共に席に着いていた。


「遅くなりました」


 ナタリアは一言言うのが精一杯。なぜいる?と困惑中だ。

 父から説明を受けて一応納得はしたが、これから毎日、朝も夜も顔を合わせるのかと思うと逃げたくなる。

 これは早いうちに兄を問い詰めて責任とって断ってもらおうと考え、なんとか夕食は飲み込んだ。


 食事の場はいたって和やかで、クレメンス公爵令息も昼のような発言などしなかった。

 求婚したなどおくびにも出さない。

 ナタリアは食事が終わり次第兄を捕まえようとその時を待った。

 『お先に失礼』と両親が立ち上がり、ケネスの息子である一歳半のレイソンを抱き上げた時、ナタリアも立ち上がり兄に近づこうとした。

 するとクレメンス公爵令息が『ナタリア嬢、少しお話しませんか』と声を掛けてくる。

 え?今?と思ったが、相手は格上の公爵令息だ。断ることは失礼になる。

 少し考えて『兄も一緒なら』と条件付きでお受けした。

 兄は兄で『ディアーズも来るかい?』と兄嫁に声を掛け、結局四人で談話室へ移動した。

 

 談話室は応接室より落ち着いた雰囲気だが、ナタリアは全く落ち着けない。

 クレメンス公爵令息と話をするより、まず兄と話をして情報を整理したかった。その上でクレメンス公爵令息のことは兄に丸投げしようと思っていたのに、この状況ではどうやったら良いのかわからない。

 兄夫婦は当然隣通しで座り、兄の正面にクレメンス公爵令息が座ったので空いているのはその隣。

 幸いにも四人は座れるソファだったので、ナタリアは一番端、肘掛けに張り付くように座る。

 メイドがお茶の用意をし終えると、部屋から下がっていった。


「着替えたのですね」


 クレメンス公爵令息がナタリアに話し掛ける。

 

「貴族相手の仕事ではないので、日中はドレスは着ません」

「あれも可愛らしかったです」

「ありがとうございます」


 ナタリアは、とりあえず褒められたら礼で返し、この場をやり過ごそうと思った。

 兄はカップに口をつけてはいるが、気配を消しているかのようで、反対にディアーズはニコニコとナタリア達のやりとりを見ている。

 しかし、見ているだけで口を出す気は無さそうだった。

 兄も静かに座っていて、いつの間に持ってきたのか本を開き読み始めた。

 

「昼は突然すみませんでした」

「いえ、過ぎたことですからお気になさらず」

「そう言ってもらえると助かります。気が急いてしまい押しかけてしまいました」

「これきりにしていただければ大丈夫です」

「そうですね、仕事中は迷惑だと理解しています。ですので職場との往復を私に守らせてください。先程、仕事からお戻りになるところを見ましたが、門の辺りで声を掛けられていらした。ナタリア嬢はドーレの住民には大切にされていても、彼等はドーレの民とは限らない。どんな危険があるかわかりません。ですから」

「──ちょ、ちょっと待ってください。彼等は単なる観光客です。ドーレは今、観光も資源としています。観光客を威嚇なんてしちゃ駄目です」

「威嚇なんてしません。ただ、麗しい女性が一人でいるのと、横に男が居るのとでは違うでしょう?」

「麗しくないですし、今までも平気でした」

「ケネス、君はどう思う?」


 クレメンス公爵令息がナタリアの兄に尋ねる。

 ケネスは徐に本から顔を上げ、ナタリアを見ながら答えた。


「職場へ行くために城を出るときは平民の服装をしている。その姿はどう見ても平民だ。ただ、その髪を見ればドーレの家の者だとわかる」

 

 ナタリアの髪は金髪。入浴時にメイドが綺麗に洗い、きちんと手入れをしているため、とても平民とは言えないくらい綺麗だ。


「あ、この色ね。髪染めしようかな」

「やめてくれ。もうすぐ殿下が来られる。その時にお前が変わったことをしていたら、殿下がまた心配なさる」


 成程。毎年本気の見合い相手を送り込むくらいナタリアを心配している殿下だ。もしもナタリアが髪色を変えたら、何かあったか?と心配するだろう。


「それに、ナタリアには伝えていなかったが、殿下から一つ、提案が来ている。お前がこの先結婚をする気が無いのなら、という前提条件はあるが」


 ナタリアは結婚する気など起きないだろう、と思っているし伝えている。今年の殿下は『見合い』と『この先結婚しない』という二つのパターンを考えたのか。


「教えて下さい」

「これは、テオドールも知らないとは思う。先日の手紙に書かれていたことなのだが」


 ケネスはチラリとクレメンス公爵令息を見てからナタリアを見て言う。


「お前がこの先結婚する気が無いのなら、お前を王太子妃付の侍女にする、と」

「えっ?!」

「三の橋の握手の後、殿下がお前を王城に連れて行き、侍女としての教育をすると」

「はっ?!」

「今から教育すると、来春の殿下の結婚までにはなんとか間に合うだろうからそのつもりで、とのことだ」

「待って待って、それってどのみち私はドーレから出るってこと?」

「そう。そういうことだ。結婚はともかく、未婚を選んだ場合は王命で侍女の仕事を賜ることになるだろう」

「王命で?断れないじゃない」

「そうだな」


 いきなり壁際に追い詰められた気になるナタリアだった。





 更新は毎日12時を予定しています。


 読んでいただき、ありがとうございました。

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