しれっと解決
夕食時、家族の間に会話はなかった。
昼食の気まずさが、まだ残っている。
いつもは明るく話しやすい雰囲気を作るディアーズも、ちらちらとナタリアを見ながら食べている。
辺境伯家にしては珍しく、無言のままデザートまできた時に、たまりかねて父が言葉を発した。
「ナタリア、魔法師団長に見てもらったそうだな」
「はい。でも、自分で考えろと言われました」
「そうか。···わかりそうか?」
「いいえ、全く」
「次にラトリッジ商会と会うのはいつだ?」
「はっきりとは決まっていませんが、なるべく早く会って解除していただこうかと思ってます」
「そうか。まあ五日くらいは考えて、それでも駄目なら連絡して解除してもらえ」
「そんなに、ですか」
「あの男のことも、少しは考えてやれ」
「······意味がわからないんですが」
父は何か含みのある言い方をしたが、それ以上は教えてくれなかった。
団長から何かを言われているのだろうが、ナタリアに教える気は無さそうだ。
そしてこの日、談話室での交流は無かった。
ナタリアは湯浴みを終え、ベッドに入っていた。
ただ、すぐには眠れそうもなく、今日の出来事を思い出していた。
指輪にかかっている魔法。
なぜか見抜かれたナタリアの気持ち。
しかし、あそこで抱き寄せる意味はあったのか。
冷静に客観的に考えようと努める。
しかし、思い出されるのはテオドールの顔。
怒りと焦りと心配と、珍しく表情がささっと変わって、まるで自分を好きなように見えた。
··········いや?思い出した。求婚されてた。
あれ?それなら最後の言葉は、聞かれていてもかまわなかった?テオドールに聞かれた時に、正直に話しても返事が早まるだけだったのかしら。
ナタリアは、すっかり忘れていた自分に呆れつつ、次に聞かれたらちゃんと話して返事をしよう、それとも、聞かれる前に自分から話した方が良いのか、と今度はこちらに頭を悩ませていた。
答えが出ないまま寝てしまったナタリアは、翌朝それでも少し前進したと気持ちは軽くなっていた。
朝食時にも、表情が前日と違っていたナタリアに、ディアーズが話しかける。
「ナタリア、表情が良くなっているわ。解除出来そう?」
「あ、それはまだ全然です」
「あら?そうなの?」
「目の前の問題を一つずつ解決していこうと思いまして、指輪はその次です」
「ん〜、何だかわからないけど、問題が無くなるなら良いのかしら」
「はい。一つ一つ頑張ります」
前向きな言葉を発するナタリアに、テオドールは少し安心した。
問題が複数ある時に、一つ一つ片付けるというのも好感が持てる。
自分の能力を過信する者は、得てして問題を広げて一つも片付かないことが多い。
テオドールも『一つ一つ片付けないと、散らかったまま身動きとれなくなるな』とナタリアに共感していた。
ナタリアは、今日もテオドールと出勤していた。
最初はいつもより早く出ようと思っていたのに、ついうだうだしていて通常の時間になってしまった。
テオドールに聞かれたいけど聞かれたくない、そんな複雑な気持ちのままいつもの道を二人で歩く。
「右手の指輪、質問攻めでしょうね」
ナタリアが小さく溜息をついて言う。
「そうでしょうね。あの三人は好奇心に正直なようだ」
「······」
「どうしました?」
「···どうしようかと」
「正直に話すしかないでしょうね。誤魔化されてくれないでしょうし」
「······」
テオドールは、ナタリアの顔をちらりと見た。
「どう言ったら早く質問が終わるか考えていたでしょ?」
「わかりますか?」
「今の表情は、かなりわかり易いですね」
テオドールは、ははっと笑ってしまった。
ナタリアが、心底面倒臭そうな顔をしていたのに、テオドールが心の内を言い当てたことで、今度はパッと驚愕の表情に変わったからだった。
「あなたは本当に正直な方だ」
「レディとしては良くないと自覚してます」
「私はそんなあなたが好きなんですが」
「···ありがとうございます。···私も好きです」
「···ご自分のことがですか?」
「いえ、あの、テオドール様が···」
ナタリアは、自分の気持ちを伝える良いタイミングだと思った。今ならあまり畏まらずに、サラリと言える、そう瞬時に判断しての言葉だった。
そしてその言葉は、ナタリアが想像するよりも絶大な威力をもって、テオドールの体を撃ち抜いていた。
テオドールは突然の言葉に立ち止まる。
ナタリアが振り返ると、テオドールは右手で口元を覆い、少し前方の地面を見ている。
驚愕の表情にも見えるが、手で隠れていない頬は赤い。
そんなテオドールに今度はナタリアが驚愕してしまい、無言で見つめてしまった。
十秒程で正気を取り戻したテオドールは、ナタリアに確認する。
「それは、私の解釈が間違っていなければ、リアが私を好き、と言うことですか?」
「···はい。それであっています」
嬉しさのあまり抱きつきそうになるのをグッと堪えて、テオドールはナタリアの手をとった。
両手でナタリアの両手を包み込む。まるで丁寧な握手のように。
その時、テオドールの掌にサファイアの指輪が触った。
テオドールは『もしかすると』と思い、指から引抜こうと試みた。
すると、力も要らずにスルスルと抜ける。
ナタリアはその様子にまた驚く。
「え?どうして?なんで解けたの?」
「ああ、やはり。ありがとうリア。ああ、良かった」
「え?わからない、教えてください」
テオドールは指輪が抜けたことで、ナタリアが本当に自分を好きなのだ、と目で見ることができ心の中で再度歓喜した。
しかし、なんとか心を落ち着け、昨日団長から聞いた解除条件を話した。
「え?そんなことなんですか?」
「解除条件を聞いていたら、リアはすぐに言えました?」
「無理、だと思います」
「今、なぜ言ってくれたのかわからないけど、結果としては良かったです。指輪だけではなく、私にとっても」
テオドールは、サファイアの指輪を自分の内ポケットに入れて『預かっておきます』とナタリアに言う。
「でもこれであの三人からは突っ込まれないわ。良かった」
「そうですね。ああそうだ、今度は私がリアに気持ちを伝えます。今はちょっと人目が···」
ナタリアが周りを見ると、開店準備中の店員達が興味津々で二人を見て、続きを求めているようだった。
これは恥ずかしい、とナタリアはさっさと紹介所の裏口へと歩き始め、テオドールはすぐ後ろを付かず離れずで歩いていた。
今日も裏口では三人が待っていた。
あの遅刻ギリギリのジュードでさえ裏口で待つのだから『今までもできたでしょ!』と呆れてしまう。
しかし、三人の興味はテオドールのようで、早速話し掛ける。
「あ、おはようございます。クレメンス様、宿題は解けましたか?」
「ああ、うん。なんとなく」
「え?なんとなく?それって······」
「ああ」
「宿題って何のこと?」
ナタリアが聞く。
「ベイジルからの問題のことです」
テオドールが答えると、ナタリアは先程のことを思い出して頬が真っ赤になってしまった。
「あれぇ?所長顔が真っ赤」
「あら本当に。何があったのかしら」
ジュードとメリッサからは『全て聞くつもり』という雰囲気がだだ漏れで、ナタリアはどの程度まで話せるか、自分の羞恥心と相談することになった。
今日も三十分程お茶を飲んだテオドールは、やはりというか、その間は宿題についての質問に答えることとなった。
自分が話さなければいけないかと思っていたナタリアだったが、テオドールが代わって話をしてくれた。
さすがに気持ちを伝えたことは、ぼんやりとしたニュアンスにしてくれたが、それでも三人はナタリアが気持ちをテオドールに伝えたということが信じられなかったらしい。
三人はナタリアをじっと見つめて、ナタリアの様子を観察し真偽の程を確かめている。
ナタリアはあまりにも恥ずかしくて、机に突っ伏してしまった。
それによって三人は『本当なんだ』と理解し、
「所長、頑張りましたね」
と、三人がそれぞれに労ってくれた。
ナタリアは、頑張ったのか自分自身ではわからないが、朝から気疲れしたと既に精神的には疲労困憊だった。
そしてこの日から、少しずつ町の警備の応募者が来るようになった。
警備の応募者は、ほとんど毎年同じ顔ぶれで、カウンター越しの挨拶は『ご無沙汰してます』『お元気そうで』『今年もお願いします』といった和やかな感じだ。
しかし、身分証等の提出書類はきちんと揃えてもらい、ドーレの騎士団へ渡す。
この日は三人程だったが、これから二〜三週間の間に定員は埋まる。
さらに警備の募集以外に通常の紹介もしているので、いつもよりほんの少し忙しくなる。
確かにほんの少しなのだが、ナタリアはその前にベイジルの宿題が解けて良かった、と安心した。
テオドールの迎えは、いつもより少し早めに来た。
どうやら待ちきれなかったようで、ナタリアに向ける雰囲気がいつもに増して甘い。
ナタリアは一生懸命平常心でいようとしているようだが、やはり少しぎこちない。
同僚三人はそんな二人を温か〜く見守り、やっと結婚に前向きになったナタリアの邪魔だけはしないように、冷やかすことはしないでおこう、と話し合っていた。
十七時、いつも通りにランプを消し施錠し城へ帰る。
城までの道程はあまりない。
そして、いつも通りに腕を組んでいるが、ナタリアの心臓はドクンドクンとうるさい。
もしかするとテオドールに聞こえているのではないか、とチラリと見上げると!テオドールはにっこりと微笑みを返してくる。すると心臓の音が大きくなった気がする。
一体他の方々はどうなんだろうか、とこの心臓の音が聞こえるのは病気ではないことをナタリアは祈っていた。
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