先発隊を指揮する人
午前中、職探しの人は五人来て、彼らを希望の職場へ案内し、見学してから決めてもらう。
案内人はジュード。軽い感じの男だが、雰囲気が柔らかく話しやすさを感じる為かフォロー等も上手だ。
ナタリアは過去に紹介した職場から、紹介した人がどのように働いているか、また紹介した人に不満を持っていないか等のアンケートをチェックしている。
概ね上手くいっているようだ。
採用した方もされた方も、不満はないとの返事。
良かった上手く回っている、とナタリアは安堵する。
午後は求人票を見るだけで帰る人もいる。
午後の職場案内は八人だった。
夕方十七時。正面入口の鍵を締め、魔導ランプを消して皆帰宅。
歩いて帰宅するが、門の前で朝と同じ質問をされる。
同じように答え、敷地内へ入る。『あれ?お城の人?』と声が聞こえるが、ナタリアは職場で平民と同じ服を着ているので、貴族に見えなくても仕方ない。
夕食時、王室から手紙が来たと父が言う。近々先発隊の騎士が四人来るとのこと。
先発隊とは、まず先に来て警備の打合せをする近衛騎士と護衛騎士のこと。
今年の『三の橋の握手』は、こちらはアルヴィン殿下、あちらはアルヴィン殿下の婚約者でソナモンド国のユシーナ王女だということも、併せて伝えてきた。
十八年前、ソナモンドにユシーナ王女が生まれた瞬間に二人の婚約は決められた。
王女がソナモンドの学園を卒業後こちらへ嫁ぐことになっており、それが来春。
何かロマンチックな演出でもする気なんだろうか。
事前に警備には伝えてほしいものだ、とナタリアは思う。
「ナタリア、今年の先発隊には警備の騎士団の指揮をする人も来るらしい」
うん?とナタリアは話しかけた父に顔を向ける。
今までも指揮をする人は先発隊に入っていたのに、今年に限って何を突然言い出したのか。
「どうやらその方は、お前と似た境遇らしい」
ナタリアと似た境遇。『婚約者を寝盗られたということ?』と聞くと『言い方!』と注意された。
ゴホンッと軽く咳払いをした父が、言葉を選びながら言う。
「その方は、四歳下の婚約者がいらしたが、あ〜、そのご令嬢が〜ぁ〜別の男の子供を〜ぉ〜妊娠してぇ〜」
「どっかで聞いた話ですね」
「ああ、まあ」
「寝盗られたんじゃない」
「ナタリア!お前、品がない」
「じゃあ端的にお願いします。はいっどうぞっ」
「うう、まあそういうことで」
「この手の話に品は関係ありません、お父様」
「いや、それでも貴族には必要だ」
「それでは端的にどうぞ」
「······」
「父上、ナタリアに言うことはそこでは無いと思います」
「ああ、そうだった。手紙によると、その指揮を執る人が今年の見合い相手らしい」
『今年の見合い』まるで行事のように伝えてくる父は、ナタリアがもう聞く気が無くなっていることに気が付いていない。兄が話を引き取って続ける。
「相手は私も良く知っている。同級生だったからな。素晴らしい人間性で身分も高い。今回ばかりは断り辛いと覚悟しておくように」
「二男?」
「長男」
「じゃあそれでお断りしましょう」
「嫁に欲しいと書かれている」
「私にこの地を離れろと?」
「問題ないだろう?」
「ええ〜?」
「元々結婚したらドーレを出ていく予定だっただろ」
「そうだけど···」
「問題ないな」
「ええ〜?」
「問題ない」
「···会ってみないとわからない」
ナタリアはそう答えるのが精一杯だった。
初冬の花火が好きだからこの地に居たい、なんてことが理由にならないことは百も承知だから。
そんな話をした一週間後、今日は先発隊がドーレに着く予定の日だ。
両親と兄夫婦は迎えに出るが、ナタリアは仕事があるので関係ない、と勝手に判断して今日も出勤する。
逃げるのだ。断る予定の『今年の見合い相手』から。
いつも通り、いつもの時間に城を出て、観光客とのいつものやり取り、職場に着いてもいつもと同じ。
変わり映えのしない平穏な一日の筈だった。
そろそろ気の早い警備員希望の人が登録に来始める頃ね、と考えながら求人票と求職票を整理するナタリア。
入口の扉が開く音がした。
「こんにちは、警備関係ですか?こちらへどうぞ」
どうやら男性のようだ。来所者にランバンが声をかける。
「警備とは違うのですが」
「ではこちらへどうぞ」
メリッサが目の前の椅子を促す。
入って来た男性はメリッサの前に座ったらしい。
ナタリアの机とカウンターの間にはパーティションがあり、入口やカウンターが見えない。
会話のみが届いてくる。
「こちらに希望の職種やその職場の名前等、わかる範囲でお書きください」
メリッサが紙を渡し、記入を待つ。
数分後『これで』と男性が渡した紙を見て、メリッサが困惑する。
「えっ···と、職場はクレメンス公爵家、仕事内容が公爵夫人?その他希望がドーレ辺境伯令嬢を求む?ん?」
紙を見て頭を整理していたメリッサだったが『これは求職ではなく求人ですね~』と求人用の紙を渡して、再度書くようにと促した。
男性は言われるがまま書いているようだが、おかしくないか?とナタリアは思った。
クレメンス公爵家の領地はここではない。ドーレ辺境伯令嬢を求むとは、随分とピンポイントの求人、しかもそれは自分ではないか。
何かおかしいと様子を伺っていると、ランバンがメリッサの隣に行き男性に声を掛ける。
「こちらでは結婚相手は紹介しておりませんが」
「そうですか。こちらにナタリア・ドーレ辺境伯令嬢が居ると聞いて来たんだが···」
「···それは所長ですが···」
流石に初めてのことで、どう対応したら良いのかわからないようで、ランバンはチラリとナタリアの方に視線を寄越した。
ナタリアは紙に大きく『名前聞いて』と書きランバンに見せる。
「失礼ですが、どちら様でしょうか」
「ああ、これはこちらが失礼でしたね。私はテオドール・クレメンスといいます。先日ドーレ城でお世話になると手紙を出したはずですが」
「············ああっ!」
ナタリアは思い出して、うっかり大声を出してしまった。
父と兄が言っていた先発隊に、クレメンス公爵令息が入っていたのか。
その声にランバンは指示を仰ぐような顔をして、ナタリアを見る。
声を出してしまったので、ここに居るということはバレているだろう。仕方がない。
ナタリアは溜息をつきながら立ち上がり、カウンターへ向かう。
「ご無沙汰しております。クレメンス公爵令息様」
「ああ、ナタリア嬢五年ぶりか」
ふっと笑顔を見せた目の前の男性とは、そう五年ぶり。あの婚約破棄騒動でクレメンス公爵令嬢を隣国に嫁がせることになってしまい、ナタリアが悪いわけではないけど、申し訳なくて一度だけ謝罪の為訪ねたことがあった。
その時以来だ。ナタリアは全く王都には行かず、社交界からは引退状態だったし。
「こちらへどうぞ」
ナタリアは奥の部屋、応接室へと促した。
貴族の邸の応接室とは違い、ここは狭い。
ソファセットは置かれているが、背が高いクレメンス公爵令息が座ると、それすら小さく見える。
しかし、長時間居る訳ではないので我慢してもらおう。ナタリアはクレメンス公爵令息の正面に座った。
すぐにメリッサがお茶のセットを持ち入室する。
お茶を淹れているが、二人の会話を聞き洩らさないようにしているのが、ナタリアにはわかった。
実際そのつもりのようで、お茶をテーブルに置いても、退室することなく壁際に立っていた。
貴族の家ではメイドがそうするけど、ここは違うし、メリッサはメイドじゃないし。
しかし、どうでもいいか、とクレメンス公爵令息に顔を向けた。
一口お茶を飲んだクレメンス公爵令息が、
「ああ、美味しいですね」
とメリッサを見る。
「ありがとうございます。お茶の淹れ方はドーレ家のメイドが教えましたので、お口に合えば幸いです」
ナタリアが答えると、成程それなら美味しいはずだ、と微笑みまた一口飲んだ。
「殿下の護衛ですか?以前お目にかかった時は近衛騎士で、殿下のお側にいらした記憶がありますけど」
「はい。この度平和祭り護衛隊長を拝命いたしました」
ああ、この人が『今年の見合い相手』なのかと思った。
兄と同級生ならば二十五歳か。背は百九十センチ近くありそうだったし、近衛騎士らしく背筋も伸びて均整のとれた体型だ。到着したばかりなのか騎士服を着ているが、とても似合って素敵さ五割増し。黒髪の短髪が似合い男らしさがあるこの人が浮気されるとは、世の中わからないもんだ、とナタリアは思う。
「今でも近衛騎士を?」
「そうですね。相変わらず殿下の護衛兼話し相手をしております」
「そうですか」
ナタリアとしては、これ以上聞くことはない。さて、断る理由は何にしようか、とゆっくり考え始めた。
「ナタリア嬢はあれから王都には?」
「一度も行っていません。こちらの仕事を軌道に乗せるのが大変で」
そう言うとメリッサが小さく『えっ』と言う。
そうだ、メリッサは開所から一緒にやってきたから全て知っている。あの時から今までで、特別大変なエピソードなんて無いことも。
「そうですか。ドーレ領は観光で有名ですから、大変でしたでしょうね」
「たいしたことはできませんが」
「いえいえ、治安も良いと王都で評判ですよ」
公爵令息というのは、話術の勉強でもするのだろうか。薄っぺらい話の切掛から少しずつ広がりつつある気がする。
「私は社交シーズンの度に、ナタリア嬢に会えるのを楽しみにしていたんですが、一度もいらっしゃらないなら会えなくて当然でしたね」
微笑みながら話すクレメンス公爵令息。ナタリアは意味がわからずつい聞いてしまった。
「私に会いたいって、なぜですか?婚約破棄騒動の後、何かありましたか?」
「何も無いですよ。ただ、私があなたと会って話をしたかっただけです」
「···それなら遅くなってしまいましたが、今日お話できて良かったです」
「本当に」
クレメンス公爵令息はさらに良い笑顔を見せる。
その度にナタリアは理解できずに頭の中は???となってしまう。
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