あなたの色
ゆっくりと時間は過ぎ、二人は昼食と会話を楽しんだ。
サンドイッチはやはり食べきれず、テオドールに助けてもらった。
「テオドール様は、沢山食べますね」
「騎士は体力勝負なので」
「そういえば、なぜテオドール様は近衛騎士なのですか?爵位等を考えると珍しいと思うのですが」
ナタリアは不思議に思っていたことを聞いてみた。
近衛騎士は二男三男が多い。公爵家嫡男が殿下の護衛までというのは珍しい。
そこまで考えたが、この場での会話としては些か良くなかったと思い至った。
治安は良いといえど、やはり不用意な言葉だった。
ナタリアは焦って『あ、これは夕食後の談話室で』と言った。
テオドールは意図をしっかりと理解し『そうですね、きちんとご説明しますよ。たぶん、納得されると思います』と終わりにしてくれた。
そして懐中時計を見たテオドールは『ちょうど良い時間です』と支払いを済ませ、ナタリアをエスコートして店を出た。
店の前で少し待つと、辺境伯の紋章付の馬車が来た。
二人は乗り、また向い合せで座る。
乗っている時間はほんの僅か。あっと言う間に城へ到着した。
ナタリアはドレスに着替えるために部屋へ戻り、テオドールはケネスの執務室でケネスと話をしていた。
「え?ナタリアが胸を押さえた?」
テオドールは今日のナタリアの様子を話す。
どこか病んでいるのか気になったのだ。
「いや、あいつは昔から健康だったし、今も変わらないはずだが」
「それなら良いんだが···」
健康が一番だが、どこか病んでいても腕が良い公爵家の侍医に見てもらえばいい。テオドールはケネスからの言葉にほっとするも、やはり一度見てもらったほうが良いだろうかと思案する。
「あれじゃないか?お前の笑顔に胸を撃ち抜かれたんじゃないか?」
「適当なことを言うな」
「いやだって、テオドールがここに来てまだ一週間経ってないのに、明らかに距離が近くなっているだろう?」
「リアが零地点から考えてくれているからな。今までの見合い相手とは違うだろうよ」
「いや、俺も気が付かなかったけど、あいつはチョロいぞ。もう一押しっていう様に見えるぞ」
「それなら協力してくれ。ああ、今朝の辺境伯の提案は良かったな」
「あんなデートスポット、父上が言い出すとは思わなかったな。まあ、周りはお前を応援してるから」
「ありがたい。二ヶ月弱しかないが、何とかリアには応えてほしいものだ」
「ああ忘れていた。もうすぐお前の一番のライバルが来るぞ」
「···誰だ」
「去年の見合い相手。商談で来るって。今までは商会頭か嫡男が来ていたのに、今回は二男が来るんだと連絡が来た」
「二男が商談するのは?」
「ナタリアだな」
「······顔を合わせるのか」
「商談だからな」
「お前が代われないか?」
「無理だな。さっぱりわからない」
「勉強しろ」
「平和祭りがあるだろ。無理だな」
「チッ、なんでこの時期に」
「この時期だからだろ?平和祭りの時期にナタリアが見合いするっていうのは、一部には知られている。しかも去年の見合い相手は、それこそもう一押しだったんだ。向こうはナタリアを気にいってたしな」
「ナタリアは?」
「あいつはドーレの利益が一番の優先事項だ。今はどうかわからないが」
「······ドーレの利益···」
「心配なら護衛として商談中、側にいることは許してやるよ」
「そうするか」
「···殺すなよ」
「善処する」
物騒な会話を終わらせ、二人は宝石商が待つ応接室へ向かった。
既にディアーズとナタリアは居て、両親はレイソンの相手をすると言って別室に居た。
テーブルには所狭しと宝石や宝飾品が置かれ、ディアーズとナタリアが見ている。
「ドレスは淡い青から濃紺へのグラデーションでしょ。ネックレスはやはり青が欲しいわね。ああ、そうだわ。このサファイアをこのブラックダイヤモンドで挟んで」
ディアーズが宝石商に提案をしている。それを宝石商はデッサンを起こしながら確認する。
「そうそう、これがいいわ。ナタリアの色も入っているしね」
「私の色ですか?」
「サファイアとは少し色が違うけど、青って言えば青よ。イヤリングは、ブラックダイヤモンドだけでいこうかしらね」
「お姉様はブラックダイヤモンドがお好きなんですか?」
「いやね、これは牽制よ。周知させるのよ」
「何をですか?」
「···ナタリア、本当にわからないの?これはもう、元婚約者の責任よね。何も教えなかったなんて」
「もうあちらはどうでも良いんだけど」
ディアーズが張り切りナタリアは押され気味だが、買い物は進んでいるようだ。
ディアーズは入室したケネスとテオドールに気がつき、手招きをする。
「お二人共、カフスなんていかが?」
「では、私はディアーズの緑かな?このエメラルドで用意できるかな」
「勿論、お任せください」
「テオドール様はサファイアいかが?」
「良いですね。金で縁取ってもらおうか」
「承知いたしました」
ディアーズはもう宝石商と化している。
ナタリアは意味がわからなかった。
元婚約者のクロノスは、勿論宝飾品は贈ってくれたが、私の好みの色だったりでその都度違った宝石だった。
ところが目の前のやり取りは、何かの法則で石を決めている。
教えて欲しくても、まずは買い物が先のような気がして、口を挟むことが憚られる。
宝石商が帰った後はレイソンが入室してきたので、すっかりそちらに気が持っていかれた。
夕食まで時間があるので、そのまま応接室で軽くお茶をということになり、メイドが手早く用意をする。
父が、ここはいいからと人払いをし気軽な席となる。
扉が閉まるのを待っていたように、父がナタリアに言う。
「もうすぐ、ラトリッジ商会が来ると連絡が来た」
「そうですか。それならその時に正規の卸値にと提案しましょうか?」
「それはナタリアに任せるが、誰が来るか気にならないのか?」
「商会頭かご嫡男では?」
「ベイジルが来ると言うことだ」
「···なぜ?」
「お前の見合いが近いと思って、その前に会おうということだろうな。いつもは殿下が来るときに連れてくるから、今年は既に送り込まれていることは知らないのだろう」
「ベイジル様はお断りしてますけど?」
「再チャレンジだろう?」
「なぜ?」
「お前は甘いから、押せばいけると思われたかな」
「甘くないですよ」
「実際に取引しているし、今度は卸値をあちらに有利に見直すということだろ?十分甘い」
「それは反省したから正規の卸値にということで。あまりにも安すぎる卸値では、こちらが気後れしてしまいます」
「卸値は話合いで決めたことだろう?」
「では、今回もう一度話し合ってみます」
「三日後に来る。商談なので城では特別何もしないが、この部屋は貸してやる。ただ、その気がないなら思わせ振りなことはするな」
「もう断ってます」
「···甘い」
父とナタリアの会話を聞きながら、ケネスが言う。
「父上、護衛としてテオドールに居てもらうのはどうでしょう」
「ああ、それは良いな。睨みを効かせてもらおうか」
「お父様、あまり威嚇すると纏まるものも纏まりませんよ」
「ナタリアは何を纏める気だ?」
「商談でしょ?」
「他は駄目だぞ」
「他って何を?」
「······テオドール殿、任せても良いだろうか」
「しっかりと守りますよ」
「申し訳ない」
今までも商談は応接室で行っていた。
室内にはメイドもいたが、護衛はいなかった。
いったいなぜ今年は大袈裟になるのだろうか、ナタリアは疑問に思いながらも、テオドールが護衛だなんて随分と贅沢だなと頭が痛くなった。
ベイジル・ラトリッジ、それが去年先走って退場した男の名前。
ラトリッジ商会はこの国一番の商会で、他国にも支店はあると聞く。殿下はとんでもない男を紹介していたんだな。
その男が来る。皆が言うように、狙いはナタリアだということは容易に想像できる。
きっと去年の失敗を糧に成長し、慎重に近づくだろう。
先程の宝石商から、ナタリアへのプレゼントは別に購入したが、三日後では間に合わない。幸い護衛として同席は許可された。男女の恋愛の機微について全くと言って良いほど疎いナタリアは、うっかりすると流されてしまうかもしれない。
既に自分がいることをラトリッジの二男に理解させ、今年も早々に退場願いたい。しかし、無理をするとナタリアに反発される恐れがある。
こうした時はどう動くべきか、思えば自分も婚約者がいた頃は婚約者だけを見ていた。他の相手に声を掛けて『恋愛ごっこ』なんてものはしなかった。婚約解消後も、今度はナタリアに会うことばかりを考えて、やはり『恋愛ごっこ』はしなかった。ナタリアよりマシというだけで、恋愛についてレベルが低いのは自覚している。
今更レベルアップは無理だが、こうなる前に遊んでおくべきだったか。
いや、無理だな。想像すると嫌悪しかない。
誰かに相談しようにも、今はドーレから離れたくない。先発隊の顔を思い出しても、皆真面目な者達だ。
う〜ん、と考え、ふと思いついたのは、ナタリアの同僚ジュードだった。
彼は自分より年若だが、女性の扱いが上手だった。
先日助けてもらった時に見た光景は、かなり上級者に感じた。
彼なら恋愛について、そしてライバルを蹴散らす方法に長けているのではないだろうか。
これは彼に相談すべきだとテオドールは思った。
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読んでいただき、ありがとうございました。




