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ナタリア・ドーレ

 よろしくお願いします。

 恋愛話を始めますが、ご都合主義ですので、「違うな、これじゃない」と思われた方は静かに戻っていただけると幸いです。


 ここはタキバルレ国の東端、隣国ソナモンドとの国境にあるドーレ。

 東に流れる川の真ん中を境に隣国となる。

 この川の幅は約十メートル。ドーレ領にある平地部分全長二十キロの川に架かる橋は全部で五本、北から一の橋二の橋三の橋四の橋五の橋と、わかり易い名前を付け、両国で共同管理している。

 ちなみに、ドーレ領の平地部分の川は全長約二十キロだが、北は岩山から川が流れ落ちてくる。この岩山は高さが三十メートル程、両国側共切立った絶壁で、まさに水道橋のような状態。硬い岩山の上を川が流れて来て、岩山の南端で滝となり平地部分へ落ちてくる。この滝は両国共に観光地となっている。

 二十キロ南下したその先は他領で、同じように橋の管理をしている。

 二百年程前まではこの辺り一帯戦地で、攻めて攻められての攻防を繰り広げていたらしい。

 今では両国は同盟も結び、友好な関係を続けている。

 しかし、橋を越えると隣国なので、お互い自国側の橋の脇に検問所を置いている。

 

 この川から西へ七キロ程にドーレ一番の町ホークムーンがあり、そこには辺境伯邸もある。

 邸といっても昔のまま維持しているので城だ。敷地内には入れないが、敷地を囲む塀越しに観光していく人は多い。

 

 今日も朝から観光客がいて、門から歩いて出てきた女性に声を掛ける。


「ここって、ドーレ辺境伯のお家ですよね」

「まあ、家ですね」

「中ってどうなってるんですか?」

「見ての通り古いですよ」

「ああ、やっばり。住み辛そうですねぇ」

「どうなんでしょうね」


 答えていた女性はナタリア・ドーレ、23歳。金髪碧眼の辺境伯令嬢、この城の住人だ。

 朝、この門から歩いて出てきて観光客に見つかると、ほぼ同じ質問をされる。

 結果、同じ返しを毎回して通り過ぎる。

 文字に起すとぶっきらぼうに見えるが、ちゃんと笑顔で答えている。

 観光地だ。イメージダウンは防ぎたい。

 が、正直飽きた。

 それなら馬車で移動すれば良いのだが、目指す場所は城から約四百メートル離れた職場。

 四百メートルに馬車もないだろう?と余程の悪天候でなければ歩いている。

 辺境伯令嬢は今日も歩く。

 

 職場の裏口の鍵を開け、中へ入ると魔導ランプを点ける。通路を歩いて扉を開け、部屋に入るとまた魔導ランプを点ける。

 部屋中が明るくなったので、お湯を沸かしお茶を淹れて自分の机へと向かった。

 これから二十分以内に所員が出勤してくる。

 ここは『ホークムーン職業紹介所』

 仕事を求める人に仕事を紹介し、人材を求める場所には人を紹介している。

 この紹介所はナタリアによって五年前に開所された。

 

 **********


「所長、おはようございま〜す」

「メリッサ、おはよう」

 

 メリッサにお茶を淹れてあげる。

 

「いつもすいませ〜ん」

「いつも思ってないでしょ?」

「あ、バレました?」


 メリッサは開所時から一緒に仕事をしている。

 ナタリアの一歳上の二十四歳、生まれも育ちもこの町。

 この職場はナタリアだけが貴族だが、皆気安く喋ってくるので、ナタリアも砕けた口調で話す。楽だ。


「所長、おはようございます」


 次に入って来たのはランバン。彼は少し上の三十歳。

 ランバンも開所当時からの所員だ。

 勿論お茶を淹れてあげる。


「ありがとうございます」

「いいえ」


 仕事が始まる前のゆったりした時間を過ごしていると、バタバタと走る音が聞こえてくる。

 バタンッと扉を開けたのはジュード二十歳。彼だけは今年採用したばかりの一年目。


「間に合ったぁ」

「おはようジュード。間に合ったけど、もう少し余裕持って来てね」

「はぁい、すみませぇん」


 ジュードにもお茶を淹れて渡してから、正面入口の鍵を開ける。

 さすがにまだ仕事探しの人はいない。

 今日のカウンターでの対応はメリッサとランバン。

 辺境の地ということで警備を希望する人が多く、そういった人向けにはランバン。

 ここ数年観光にも力を入れているので、メリッサはそういった場所やお店等を希望する人向けだ。

 勿論、それ以外の仕事もあれば紹介できるので、それを希望する人は空いてるカウンターで対応する。

 たまに観光地や宿屋等を教えて欲しいという観光客が入ってくるが、観光案内所は左隣の建物だ。

 観光案内所も五年前に開所し、ナタリアが所長を兼任している。

 

「もうすぐ平和祭りですね」

 

 メリッサがお茶を飲みながら言う。

 平和祭りとは初冬に行われる、二百年前の終戦を記念、そして恒久の平和を祈念するというお祭りだ。三日間続き、最終日は岩山の南端で両国協力して花火を打ち上げる。初冬の花火はとても珍しいが、メインイベントは別にあり、二日目に三の橋の真ん中で両国の王族が握手する。少し地味。

 しかし王族が来るので、両国それぞれ警備に気を使う。

 この祭りに合わせ警備員になりたいという人がやって来て、暫く忙しくなる。

 勿論王族の警備は、王都から近衛騎士や護衛騎士が王族と共に来るので、彼等に任せる。

 ここで扱う警備員は町中に配置する臨時要員だ。

 平和祭りは二ヶ月後にある。

 祭りの一ヶ月前には人員を揃えてドーレ騎士団に任せる。この手配までが職業紹介所の担当で、その後はドーレ騎士団が警備員を訓練し配置する。

 

 ドーレの城の中も、王族を迎えるための準備について、父と兄が話し合うことが増えてきた。

 もうすぐ王都から先発隊の騎士が数名来て、打合せを始める。

 毎年のことだが、このシーズンはナタリアにとって城に居辛い。

 貴族の令嬢は、だいたい二十歳迄には結婚する。

 ナタリアは二十三歳になったので、そろそろ行き遅れとも言える。

 この祭りに来る王族はここ数年殿下が常だが、この殿下が毎年飽きもせずナタリアを心配し、要らぬお節介をしてくるのだ。

 良い男を紹介するぞ、と。

 それが本当に真心からくることが、紹介相手を見ることでよくわかる。

 ナタリアがこの地を好きで離れたくない、と過去に話したことを覚えているらしく、それを条件に入れた上で探してくる。

 最初は二十歳になった年、お相手は十九歳の近衛騎士。彼は侯爵家の長男だが、ドーレに来てここの騎士団に入っても良いと言ってくれた。

 流石に長男を貰い受ける訳にはいかないので、丁寧にお断りした。

 次は二十一歳になった年、今度はとても見目麗しい一つ上の伯爵家二男。

 文官になったが、ドーレに来て紹介所の仕事を手伝っても良い、と言ってくれた。

 申し訳ないが、キラッキラに美しい男性はナタリアが生理的に受け付けなかった。ナタリアは男性らしさがある人が好みだった。

 その次は二十二歳になった年、ナタリアより三歳上の大商会の二男だった。

 爵位はないが商才はある、ドーレに益をもたらすはずだ、と殿下に言われ迷いに迷っているうちに、ドーレ領内に『ナタリアの夫がオーナー』を掲げ触れ回った衣料品店とお土産物屋を開店していた。

 嘘で儲ける奴は願い下げだ!と追い返し、勝手に開店した店舗は買い取った。勿論『ナタリアの夫がオーナー』という看板は捨てた。

 その二男からは、貴族にとって政略結婚はよくあるから、てっきり結婚するものだと思って先走ってしまった、非常に申し訳ないことをした、と謝罪され、商会頭と後継ぎの長男からも平身低頭で謝罪があり、しっかり反省した事を確認した上で最近になって取引を始めた。

 とても良い品をかなり安く卸してくれる。きっとこの安い卸値には反省が入っているからだと思うので、いつか正規の卸値にしなくては可哀想だと思うナタリアだった。

 

 さて、この調子でいくと、今年も誰か連れて来るだろう。

 そもそも殿下がここまで心配するのには理由がある。

 それはナタリアが王都で通っていた学園を卒業をする直前のこと。


 

 王都にあるタキバルレ学園とは、貴族が十六歳から十八歳まで通う勉強機関。

 ナタリアは卒業後三カ月は領地へ戻り、その後婚約者と結婚する予定になっていた。

 卒業直前のある日、ナタリアと同じクラスのアルヴィン殿下は、領地へ帰る前にお茶でもしながら思い出話でもしようじゃないか、と城へ誘った。

 アルヴィン殿下はソナモンドの王女と婚約している。

 その為、今迄に何度かソナモンドへと婚約者に会うため赴いていた。その往復にはドーレに立寄る。

 勿論ドーレ家が対応するので、ナタリアも話をしたことがある。そういった経緯で学園では比較的仲が良かったので、それではと城へ向い、城の中庭をアルヴィン殿下と歩いている時のこと。


「好きなんです。どうか私を連れて逃げてください」

「私も愛してます。しかし、婚約者を裏切るわけには···」

 

 ナタリアはギョッとした。

 熱烈な場面が展開されているようだ。

 近くの木の向こうには、広がったドレスの裾が見える。

 しかし一番驚いたのは、男の声が自分の婚約者だったことだ。

 思わず足を止めたが、同じようにアルヴィン殿下も止まった。

 顔を見ると目を見開き驚愕している。


 しかしアルヴィン殿下はすぐに歩き出し、静かに近づくと声の主に優しく話しかける。


「何をしている?イザベラ」


 イザベラとはアルヴィン殿下の一つ下の妹君。


「お兄様!」


 ナタリアもアルヴィン殿下に近づき、相手を確認すると、男の声の主はやはり婚約者であるクロノス・タイト候爵令息。


「あっ、ナタリア!」


 四人は暫く無言で、それぞれがそれぞれの関係者と見つめ合っていた。

 その静けさを破ったのはイザベラ王女。


「私っ、クロノス様が好きなんです!ソーカヌリには行きたくありません!」


 ソーカヌリとは南の隣国。イザベラ王女はそちらへ嫁ぐ予定になっている。

 

「私っ、クロノス様と一緒になりたいんです!もう、もう子供も!」

「「「えっ!」」」


 アルヴィン殿下とナタリアだけではなく、何故かクロノスも驚いているが、否定しないところを見ると覚えはあるのだろう。


「···ナタリア、私はイザベラ王女を選んでも良いのだろうか」


「王女に手を出したくせに、この期に及んで何を言っているの」


 婚約者のこの言葉に驚き思わず言ってしまった。

 相手が王女なのに、自分は選ぶ立場だと言っていることに、勘違いするなと小一時間説教したいが我慢する。


「クロノス、行くも地獄戻るも地獄よ。でも、責任はとらないとね」


 結局ナタリアとクロノスの婚約は破棄。結婚を間近に控えていたことからクロノスから慰謝料を受け取り、王女のしたことだから、と王室からも慰謝料が支払われた。

 イザベラ王女は降嫁してクロノスと結婚しイザベラ・タイト候爵令息夫人となった。ソーカヌリにはアルヴィン殿下のいとこであるナーシャ・クレメンス公爵令嬢が嫁ぎ、持参金の他慰謝料も支払われたという。噂では、持参金はクレメンス家ではなくタイト侯爵家が支払ったとか。

 さらにナーシャ・クレメンス公爵令嬢の当時の婚約者との婚約解消もあり、その慰謝料も···となかなか大騒ぎだったのに、妊娠は狂言だったというオチまであった。まあ、そうまで言わないと、ソーカヌリに行くことになってしまうからだろうけど。


 そんな場面に出くわし、しかも妹がしでかした婚約破棄だったので、アルヴィン殿下はナタリアの結婚を心配しているのだ。

 

「もう良いのに」


 ナタリアはその時の慰謝料で、職業紹介所と観光案内所を開所し所長になった。残ったお金は運営費に充てている。

 結婚する気はとっくにない。それは伝えた。

 そう、何度も伝えた。

 それでも責任を感じているアルヴィン殿下が可愛そうだし、連れてこられるどこかのご令息にも迷惑かけていると思う。


「今年は諦めて誰も連れて来ませんように」



 更新は、毎日12時を予定しています。

 

 読んでいただき、ありがとうございました。

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