96.宰相執務室
「どうだった。ノマダスは」
「非常に貴重な経験だった」
珍しくサカキ将軍が魔道の塔を訪れ、魔道士たちは騒然となった。サカキはノマダスにアールスを置いてきた経緯をワトビアに説明しに来たのだった。魔道士長の執務室は爽やかな茶の香りが漂っている。
サカキの絵を交えたノマダス行の説明に「凄えな」「俺も見たかったなあ」と心底羨ましそうにワトビアはこぼした。
「で、俺が育てた宮廷魔道士は役に立ったか?」
「目を見張る活躍だった」
ナイガを倒し、領主になった経緯をサカキが話すとワトビアは「やるじゃねえか」と満足そうに茶を飲み干した。
「亜空間をそんな風になあ…よく考えついたなそんなの、俺も今度試してみよう」
「…」
元はと言えばグリエラが先王ルーポトを倒した際に用いた方法を応用した物であるが、そんな話はワトビアにも出来ないため、サカキは口元に薄く笑みを浮かべ何も言わなかった。
「彼はルーポト様に会ってから、何かと困難な状況に巻き込まれ、挙句ノマダス国の領主になるというなかなかの経験をする羽目になった。しかし妙な度胸がある。彼ならなんとかやっていけるだろう」
サカキが言うとワトビアは満足そうにニヤリと笑った。
「そうだろう。あいつは割と抜け目がないし度胸も座っている。奴は元々孤児だったんだが、色々あって俺がとっ捕まえたんだ。大人からも恐れられているようなえらい悪ガキだったが他の孤児たちからは慕われてた。意外と上に着くのに向いているのかも知れん」
「そうなのか」
旅の最中、サカキに対しては礼を尽くしていたし、一方ノマダスにつく前はルーポトに対しぞんざいな口調だったが、ルーポトが確かにノマダス王と認識してからは、相応の口調になっていた。そのため礼儀をわきまえた若者だと思っていた。
ナイガとの戦いの際に吐いたアールスの悪態はサカキを驚かせたが、そのような経歴があったのか、とサカキは驚きを新たにした。
「和平交渉か…俺も行きてえなあ。陛下に願ってみようと思うんだが」
「聞くだけ聞いてみれば良いだろう。私は長期間王都を開けていたから難しいだろうが」
「アールスは来ると思うか」
ワトビアが机に前のめりになりサカキを見た。サカキは空を見つめしばらく考え込んだ。
「本来なら領主が来ると言うことはないのかも知れんが、人間の領主ということでアンティノキアと人間を繋ぐ役割として来る可能性はあるな。内外の話題としても衝撃が大きい」
しかしその領主がシュマルハウト人となると、密約やすでにノマダスと結託しているなど要らぬ疑いを招くかもしれない…とサカキは懸念をワトビアに伝えた。
「全部正直に言っちまえば良いんじゃ無いのか、10年前から魔王に好き放題されており、そのくせ和平だとふざけた事を抜かしやがる。使節をよこせというから行ったが、確かに和平は本当のようだ。しかしこっちもやられてばかりじゃ情けねえ。意趣返しにノマダスの地方領主の座を一つ奪ってやったぞってな」
「ふむ」
いかにもワトビアらしい豪快な提案だった。武人であるサカキからしても爽快に感じる物だった。何より嘘がない。
「タミル殿に打診しても良いかも知れんな」
「おう、ややこしいことは宰相様に聞きゃあいいんだ」
サカキの言葉にワトビアは無責任に応じた。
「ちょうど良かった、サカキ殿、そちらにつかいを送ろうと思ってたんですよ」
いきなり訪ねたにもかかわらず、ワトビアとサカキがタミルの執務室へ行くとあっさり通された。
執務室の扉の前にはワトビアの部下である宮廷魔道士たちが2人立っている、外にも魔道士がいるはずであり、執務室を厳重な結界で守っていた。
折りしも和平交渉に向かう官僚たちに情報伝達をしているところだった。執務室は静かであったが異様な熱気と興奮に包まれていた。官僚たちにとっても晴天の霹靂のような情報に衝撃を受けていたのだ。
「サカキ殿の描いた絵を皆にも見せながら話したいのです。よろしければサカキ殿からお話いただきたい」
実際にノマダスを目にしたサカキの話を官僚たちは食い入るように聞いている。サカキが絵を一枚捲るたびに「おお」と官僚たちがどよめいた。
「ところでタミル殿」
ワトビアは官僚たちに話すサカキを尻目にタミルに話しかけ「内外に全て正直に言っちまう」というのはどうかと聞いてみた。
「難しいですね」
言下にタミルは難色を示した。
「10年も前からシュマルハウトと魔王が結託し計画を進め、和平を結んだ。何か企んでるに決まっている。私が他国の宰相なら警戒の極みですね」
「ははあ」
「もしシュマルハウトの言うことが本当で10年前から魔王に好き放題されてたと言うのであれば、魔王はどこの国だろうといつでも侵入でき、滅ぼせると考えるでしょう…現にそうなのですが…。そんな魔王と大国シュマルハウトは和平を結び、更なる強力な力を得て、こちらを攻めるつもりなのでは…和平も結ぶとしても『和平』と称した極めて不平等な条約を結ばざるを得ない状況に追い込むのでは、と考えるのではないでしょうか」
「面倒なこったな」
ワトビアは嘆息した。
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