94.準備
アールスは王宮へ通されるなり「これはこれはクロム領主殿。自らお越しいただけるとは」とルーポトに皮肉な歓迎を受けた。
以前サカキと共に王都からクロム領へ歩いた際は10日もかかったが、ポポロに吊られての行程は半日程度で済んだ。
しかし木箱で王宮の門前に着陸するのはかなり恥ずかしいものだった。
「シュマルハウト王カール5世より親書が届きましたのでお持ちいたしました」
アールスは跪き報告し、親書を差し出した。するとルーポトは面倒そうに眉をひそめた。
「どうも堅苦しいな。やりにくい。ポポロしかいないから、以前のように話すと良い」
「いえ、そのようなわけには…」
ルーポトは軽く言うが、以前とは状況が違う。会った当初は敵であり、ノマダス王というのも真実かどうか定かではなかったが、今はそんなことができるわけがなかった。そばに控えるポポロの反応も怖い。
「構わん。そのような者が一人くらいいてもいいだろう。忌憚のない意見も欲しい。そして命令はしたくない」
命令みたいなもんじゃねえかとアールスは思ったが、大きく息をつき、唾を飲み込み、ポポロをチラリと見て、腹をきめた。
「…わかった。でもバラドラ様や、パルグアン様の前では勘弁してほしい」
「いいだろう」
ルーポトはニヤリと笑い、親書の入った箱の魔道印を解いた。親書を取り出し、ゆっくりと目を通した。
「和平交渉が始まるぞ」
ルーポトは満足そうに言った。
「え!ノマダスに誰か来るのか、それともアンティノキアがシュマルハウトに…」
「それはさすがに時期尚早だろうな、私は未統治地帯での交渉を提案したのだ。ノマダスに来るのは別に構わんが人間には遠かろう」
勢い込んで尋ねたアールスにルーポトは現実的な答えを寄越した。
「こちらからは誰が行くんだ」
「それは今から決めねばな。ポポロ、行ってくれるか。アールス、お主は当然行く」
「え」
「承りました」
驚くアールスの横でポポロは跪き拝命した。
「俺も!?何しに行くんだよ」
「お主こそ両国の和平の先鞭をつけた重要人物であろうが。和平の提案の使節としてここへ来て、今ではこの国の地方領主だ。お主は両国に属する象徴的な人物だぞ」
ニヤニヤと言うルーポトにアールスはため息を漏らした。それらしい事を言うが巻き込まれただけじゃねえかと心の中で悪態をついた。
「大丈夫かな。売国奴とか罵られるんじゃねーのか」
敵国ノマダス国内で人間が領主となり、領内のアンティノキアの生活を向上させようと奔走している_。「誰の味方をするつもりだ」と非難を受けるのは必至のように思われる。
「それはよくわからんが、大丈夫ではないか? ポポロ、バラドラとパルグアンをよんでくれ」
ルーポトは極めて適当にアールスの懸念を受け流した。
「ふむ、みずみずしくて美味いものですな」
バラドラが水瓜を食べ感想を述べた。パルグアンも隣で食べており、「甘いな」と言ったが、二人からすれば大きな水瓜も指でつまむほどの大きさである。
ルーポトも水瓜を美味そうにかじっている。魔王と見た目の禍々しい幹部が水瓜をかじっている光景はなかなか見られるものではないだろう。
「そうだ、アールス。パルグアンにどのようにクロム領主に勝ったのか教えてやってくれ」
ルーポトがそう言って、器に種をはいた。パルグアンが遥か上からアールスを見下ろしている。怖い。
「凄いんですよパルグアン様。私もやられちゃうかも、と思いましたもの」
「ほう。聞かせてもらおう」
ポポロの言葉にパルグアンの目に興味が浮かんだ。アールスは卑怯極まりないと決めつけられないかと恐れたが、亜空間を用いたその方法をパルグアンに説明した。
「なんと…」
パルグアンは絶句し、アールスをまじまじと見た。ある意味畏怖の表情のようにも見える。
「『物入れ』をそのように…俺では思いつきもしないな…」
口惜しげにパルグアンはつぶやいた。
「改めて人間の恐ろしさがわかったのではないか、パルグアン。魔力はナイガの方が遥かに大きかったが、アールスは知恵でナイガを短時間で倒し、領主に治まった。勝った方が強いのだ。我々が知恵をつけ強くならねば、人間に国を乗っ取られてしまうぞ」
ルーポトはアンティノキアにとって恐ろしいことを笑いながら言った。パルグアンは何も言わず静かに頭を下げた。
「いや…人間としてはあまりアンティノキアに強くなられるのは恐ろしいのですが…」
「人間の力は近い将来必ず我々を超える。和平だけでは心許ない。我々もさらに強くなり、敵にするには厄介な存在になっておかなければならないのだ」
アールスの弱々しい抗議に力強い口調でルーポトは答えた。
「では交渉の準備にかからねばな。ノマダスはまだまだ人材も少ないゆえバラドラにも来てもらうぞ。人選も頼む。相手は大国シュマルハウトの頭脳たちだ、気合を入れんと丸め込まれるぞ」
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