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うろつく魔王  作者: こたつ布団
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92.水瓜

「そんな人間と和平など…考えられないですか?」

 アールスは目線を前に向けたまま歩いている。ファーミアが人間に対する恐れを新たにしたことが手に取るように分かった。

「今はまだ想像がつきません」

 ファーミアは震える声で言った。

「でも今の戦争のない生活は良いですよね」

「それは…そうです」

「陛下は英断をされたと思います。そして人間も戦争は望んでいません」

 アールスは立ち止まりファーミアを見た。


「人間にとってアンティノキアは圧倒的な魔力と力で人間を蹂躙してきた恐怖の存在なんです」

「え」

 思わず顔を上げたファーミアに、アールスは静かに続ける。

「人間は本当に一人一人弱いです。魔力も殆どの者が使えません。背の高さも私が平均くらいです」

 ファーミアは頭一つ分下にあるアールスを見た。アンティノキアからすれば子供と変わらない大きさである。

「そして一般のノマダスの領民の方たちでさえ、見たところ人間の鍛えられた兵士の何倍も強そうです」

 アールスしか人間を見たことのないファーミアはその辺りはよくわからない。


「自分で言うのは恥ずかしいですが、私は人間の中ではかなり強いのです。だからこそ宮廷魔道士という地位を得ております。それでもあなたから見れば卑怯極まりない手を使って、やっとのことでナイガを倒したのです。それしか勝てる方法がなかった」

「…」

「ポポロ殿から見れば私など赤子の手をひねるような物でしょう」

 アールスは自嘲の笑みを浮かべた。

「とにかく私はノマダスへ来て、アンティノキアの方々が思っているより遥かに『怖くない』ことが分かりましたし…まあナイガのような奴もいますが、それはさておき人間も思っているほど「卑怯で残忍」ではない事を政策でもって示そうと思っています。ただし人間にもナイガのような奴はいますけど…」

「…」

 ファーミアにもアールスが言葉を選びながらも正直に話している事が、その口ぶりから感じられた。恐れは完全には消えないが今のところ彼から酷い目に遭わされたことはなく、言葉にも嘘はないように思えた。この人間は信じられるのかも知れない…。ファーミアはそう考え始めた。



 数日して、クロム砦から人間の一団がクロムの町へやって来た。

 朝にアールスが砦に出向き、麓の街まで案内してきたのだ。ファーミアはソワソワと落ち着かない様子で領主屋敷の門前で一行を待っている。

「来たわよ」

 門の壁に背を預け、一行がくるはずの方向を眺めていたポポロが言った。

「は…はい…」

 ファーミアはびくりと体を震わせた。7人の人間が来ると聞いている。アールス以外で初めて見る人間である。緊張で鼓動が早くなっていた。今日クロム領に人間が訪問することは領内に周知されており、式典などは開く予定はないが好奇心と怖いもの見たさの領民たちがいくらか屋敷前の広場に集まっていた。

「見たらわかるけど、全然怖くないから心配しなくていいわよ」

 脂汗を滲ませるファーミアにポポロは笑いかけた。


 領民たちのざわめきを受けながら、クロム砦の兵士6人と連絡役の下級魔道士1人がアールスの後ろに見えた。彼らは硬い表情でしきりに辺りを見回しながら、歩を進めている。

「ああ、待っててくださったんですね。有難うございます。こちらはファーミアさんです。仕事を手伝ってもらっています」

 アールスが門前に着き、ファーミアを紹介した。ゴードンたち砦の兵は猫のようなしなやかな姿の彼女を目を丸くして見つめ、「ど…どうも」とオドオドと頭を下げた。ファーミアも思わず頭を下げたが、この人間たちの方がよほど緊張しているように見える。兵士と言うだけあって、体格も良いがファーミアよりも背が低く、アールスの言っていた通り一人を除いて魔力が全く無いようだ。その一人もアールスや自分に比べて弱く、なんだか私でも勝てるのではと思えた。これが兵士であれば人間の民はもっと弱いのか、と不思議な気分であった。

 

 一行は屋敷内の応接室に招き入れられた。

「これをどうぞ」

 ゴードンがポポロに包みを差し出した。

「バラドラ様にはご無礼を働いてしまいました。よろしければお召し上がりください」

「あ。持ってきてくれたのね、有難う。何かしら」

「シュマルハウトで採れる水瓜と言う物です。水分の多い甘い実です」

 ポポロが簡単な魔道で包みを解くと中から濃い緑に黒い縞の入った大きな丸い実が現れた。

「…何この縞々。どうやって食べるの?」

 ポポロは薄気味悪そうに水瓜をつまみ上げた。ファーミアも不思議な模様に目を丸くした。

「切りましょう」

 アールスは皿を用意してもらい、魔道で8等分に切り分けた。水瓜は亜空間内に沢山用意されており、数個試食する分にはどうと言うことはなかった。

「うわ、赤い。変なの」

 切り分けられた水瓜の中身を見てなんの遠慮もない評価をし、ポポロは水瓜を手に取った。


「毒味を兼ねて、私がまず頂きます」

 アールスはそう言うと水瓜にかぶりついた。

「あ、美味い。タネが多いので出しながら食べてください」

「え、そうなの?ちょっと恥ずかしいな…」

 ポポロが意外にしおらしいことを言い水瓜をかじった。

「甘くて美味しいわ」

 その言葉に、傍らで固唾を飲んで見守っていた兵士たちは、一斉に安堵の息を吐いた。

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