91.人間
「人間の印象はあんまり良くないみたいだなあ」
「いえ…そんな…申し訳ございません!」
苦笑するアールスにファーミアは慌てて謝った。
二人はクロムの町を視察していた。街の問題を見つけ出すために村の長や商店などを周り話を聞くためである。
ポポロは一時王都へ報告のために帰っているため、同行していない。
極めて評判の悪かった前領主ナイガを倒し、領主となったアールスである。少しは歓迎の向きもあるのではと期待していたが、領民は更なる不安に押し潰されているようだった。最悪の領主に輪をかけた最凶の存在_人間が領主についてしまったと思われているらしい。
領主の来訪とあって一応扉は開けられるが、どのアンティノキアも完全に警戒していた。ファーミアがいなければ話も聞けなかったのではないかと思われた。それでも十分な情報を得られたとは言いがたいだろう。
アールスから見れば領民たちは自分より上背も遥かに大きく、なかには魔力が勝る者すらいた。こちらの方が冷や汗をかきたい気分だった。
「いやいや、ファーミアさんが謝ることはないけど…実際人間ってどういう印象なんです」
その問いに、ファーミアは言葉を失ったまま俯いた。
「正直に」
二人はしばらく無言で歩いていたが、ファーミアが意を決したのか大きく息を吸い込んだ。
「残忍で卑怯でずる賢い…戦争の時に兵士が寝静まった時を見計らって攻撃を仕掛けてきたり、食料を運ぶ兵士を奇襲して食糧を奪ったり、焼き払い飢えさせたり、退却する人間の兵を追いかけていたら、違う方向から多数の人間の兵士が攻撃に飛び出してくる…とにかくこちらが想像もつかないような卑怯極まりない方法でアンティノキアの兵士を苦しめたと聞いています。私は当時子供でしたので、その話を聞いて恐怖に震えました。もしノマダスに人間が攻め込んできたらどれだけ残忍な目に遭うのかと」
「…」
今度はアールスが無言になる。夜襲、兵站を断つ、陽動作戦。いずれも人間にとっては卑怯のうちには入らないものだ。何せ戦争中なのである。当然行われていたことだろう。これは根が深いかも知れないな、とアールスは考えた。
それに王都との温度差がかなりあるようだ。王都では過去イプロスの尽力もあり、人間に対する印象は相当軟化しているが、遠く離れた辺境の地ではまだこんな物なのだろう。
アンティノキアが「人間の悪行」と考えるものはノマダス政府による政治的宣伝というわけでなく事実であるだけにタチが悪い。そして戦争時、もし人間側がノマダスに攻め込んでいたらどうなるかを考えると、ファーミアの恐怖は的を射ているように思うのだ。アンティノキアは有無を言わさず虐殺されていたかもしれない。
人間もまたアンティノキアを恐れ、憎んでおり、圧倒的な魔力で人間に厄災をもたらしてきた種族と認識している。もし戦力が上回ればアンティノキア殲滅を考えるに違いない。ルーポトはそうなる前に和平を結びたいと考えたのだ。
「確かに…ファーミアさんの印象は正しいです」
「え…ええ!」
ファーミアは目を見張った。てっきりアールスは反論してくるだろうと思っていたのだ。
「…正しいのですか」
やはり人間は噂通り卑怯な種族なのか、そしてこの人も…ファーミアはアールスを伺うように見た。
「戦争や敵に対しては人間はファーミアさんの言ったようなことを普通に行います。そして卑怯とは思いません。例え同じような目にあってもです」
「ええ…」
卑怯を卑怯とも思わず普通に行う…。と言うことは人間と言う種族は骨の髄まで卑怯な性質が染み込んでいるのではないか。ファーミアは暗澹たる気持ちになった。
「いやいや、敵に対してだけですよ。当たり前ですけど」
思わず言い訳がましくなる。アンティノキアたちの反応を見ると人間の方がよほど邪悪で魔物のように思えてくる。
「俺だってわりと緊張してるんですよ。会う人みんな自分なんかよりもすごい魔力だし体も大きいし怖いんですよ」
「た…確かに領主様の魔力は私とそれほど変わらないように思えます。ナイガ様をどうやって倒されたのか不思議だったんです」
ファーミアはずっと疑問だったことを口にした。アールスにはナイガのような凶悪な圧力を感じない。ファーミアの質問にアールスは一瞬「しまった」と言わんばかりに顔を顰めたが、仕方なさそうに答えた。
「それは…アンティノキアの方々からすれば、とても卑怯に映るかも知れない…」
アールスのどのようにナイガと戦ったのか正直に説明した。
「物入れ」をそんなふうに使うなんて…。アンティノキアが日常で便利に使用していた魔道を武器として使う…悪魔的な発想だわ…。なんて恐ろしい…。
ファーミアは息を呑んだ。
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