89.サカキの帰還
10数日後、サカキがひっそりと王都に帰還した。カール5世は早速謁見の指示を出し、サカキは旅塵を落とすのも束の間、すぐに王の執務室に現れた。サカキはカール5世と一対一で向かい合っている。
サカキは一対一での謁見を希望し、カール5世がゆるしたのだった。
「帰ったばかりですまんな。一刻も早く話を聞きたかったのだ、わがままを許してくれ」
「とんでもございません」
サカキは一歩進み出て懐から筒を取り出し、カール5世に手渡した。厳重な魔道印が施されている。
「親書か」
「は」
カール5世が親書を取り出し、ゆっくりと読み進めた。
「ふむ、ではあの者は正真正銘のノマダス王であったか」
「は、国民や臣下の態度・振舞いからあの方はノマダス国王に相違ありません」
それについては半ば確信していたことなのでカール5世は驚くこともなく頷いた。
「わかった。今後は正式にノマダス王として対応しよう。そしてお主、一人で帰ってきたと言うことは…」
カール5世の視線がサカキに向けられた。サカキは頷き、口を開いた。
「クロム領主の地位を得ましたので、宮廷魔道士アールスにその地位を任せ帰国いたしました」
「アールスは…どうだ?なかなか酷な命令を出したとは思っているが、取り乱したりはしていなかったか」
さりげない風を装い、茶器を傾けながらカール5世は尋ねた。
「私は彼を高く評価しております。彼の作戦が功を奏し領主の地位を得たのです。ノマダスに残されることについては非常に驚いてはいましたが、彼なら何とかするでしょう。信じて良いと考えます。ルーポト様やバラドラ様、ポポロ殿という高位のアンティノキアも支援を約束してくれています」
サカキは重ねてクロム領はシュマルハウトの監視砦のある地であり、今後は砦を通じて連絡が可能であることを告げた。
「それは願っても無いことだ…ではノマダスの旅について聞かせてもらおう」
サカキが持参した背嚢から一抱えほどもある紙束を取り出した。旅の途上描き上げたペン画である。カール5世も楽しみにしていたものだ。彼もサカキの絵が巧みなことは知っている。絵を一枚ずつカール5世に手渡しながら、旅での出来事を説明した。魔界の大門、ファマトゥの光景、バラドラ、ポポロをはじめとしたアンティノキアの姿、神の器の絵にカール5世は驚嘆の声をあげた。そして次の絵が手渡され、その手が止まった。絵をまじまじと見た後サカキに視線を向けた。
「…この女性は?」
美貌の女性が描かれている。フードのない純白のローブを纏っており、魔石をはめ込んだ長い杖を持つ立ち姿だ。
「大魔道士グリエラ様です」
「…グリエラ…」
カール5世が絵を食い入るようにみた。
サカキは説明を続けた。イプロスの墓の存在、魔王を倒したのがグリエラであること。そして_
「グリエラ様はアンティノキアで現在のノマダス国王と言うことになります」
「…」
執務室を重苦しい沈黙が支配した。
サカキはさらにニファというアンティノキアがどのようにシュマルハウトに至りグリエラとなったのかを語ろうと口を開いた時だった。
カール5世が軽く片手を上げ、サカキの発言を遮った。
「もうよい。あとは知っている」
「!」
サカキは凍りついた。
「…英雄様たちは、このことを、報告されていたのですね」
「私はこの話を病床の父から聞かされた。この話は代々王になった者のみに知らされる情報の一つだ」
カール5世はサカキを正面から見た。
「サカキ、この話は何人たりとも口外はならぬ。何人たりともだ」
「はっ!」
サカキは直立不動で答えた。
「当時この話を賢者パルから内密に聞いた王は、即座に次の王のみに伝える秘密の一つに加えた。その時シュマルハウトは新興の小国。その国の魔道士が目的はどうあれ魔王になったと明るみに出れば、他国がどのような判断をするのかを恐れた。『ノマダスと通じている』という口実に攻め込まれる可能性もあった」
「今明るみすることも難しい…」
「そうだ、他国は王だけの秘密だとは思わぬ。国ぐるみで200年に渡り魔王がいることを隠し、ノマダスとの密約があると勘繰るだろう、私が他国の王ならそう考える。現在のシュマルハウトは大国ゆえ表立った反発はないかも知れんが、目に見えぬ影響が必ずあるだろう。そしてやがて国が衰えた時、こちらに攻め込む大義名分とされるかもしれんのだ。今更事実を告げるわけにはいかぬ」
カール5世の言にサカキは頷いた。サカキ自身もとてもではないが公表すべきではないと感じた。だからこそ慎重を期しタミルさえ遠ざけ王との対面を要求したのだ。既に知っているとは驚いた。
パルがこの重要な事実を告げたということは当時の王は彼にとって十分に忠誠に値する人物だったのだろう。
「いや、待てよ」
カール5世はふと思いついたように顔を上げた。
「サカキは私が知っているとは思わなかったのだな」
「はい、驚きました」
「すると今回使節がノマダスに行ったことにより初めて聞かされた、と内外に発表してしまうこともできるのか」
「それは可能でしょうが、陛下も仰られたように他国の反応が予想もできません。勘繰る者もいるでしょう」
「そうだな。本当ならタミルにも相談したいが…困ったな」
カール5世は少しの間机に肘をつき窓の外に目をやっていたがすぐに息をついた。
「まあしばらく考えてみるか」
カール5世はふと苦笑し背もたれに身を預けた。
「正直なところ…今日お主の話を聞くまでは眉唾であった。『本当の事なのか?』とな」
「…」
サカキは笑みで返した。無理もない。シュマルハウトの英雄である大魔道士グリエラが単独で魔王を倒し、実はアンティノキアであり現在もノマダスで魔王として君臨している。そんな話を即座に受け入れられるものは居なかろう。
「しかしお主が使者となってくれたおかげでようやく長年の霧が晴れた、礼を言う」
「もったいなきお言葉」
サカキが跪いた。
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