8.呼べば来る魔王
「お呼びに預かり参上した」
宰相は驚きのあまり絶句していた。サカキ将軍はスラリと剣を抜きルーポトの前に立ちふさがった。
「本当に来ましたな」
ギトーはあごに手をやり髭をなでている。
目は深くかぶったフードに隠れ見えないが口元は笑みをたたえているように見える。
「本当にルーポトその人なのかこのじじいにはわかりませんが、本日2度もあっさりとここまで来るというのは常識を外れたご仁である事は確かです、陛下。本日とて魔道士団は決して警備の手を緩めておりません」
「ふむ…」
さすがのカール5世も大したことばが出ず腕を組んでうなずくだけである。
「ルーポト殿、私はこの国の魔道士長を務めているギトーと申す。情けない話だが、我々では力不足のようだ。あなたに敵意の無い事を祈るばかりだ」
ギトーは穏やかに切り出した。
「もっとも、あなた程の力があれば、わざわざ王や我々を弑する必要もあるまい」
「よくわかっている」
ルーポトは満足そうに微笑んだ。
「陛下」
ギトーはおもむろにカール5世に向き直り、跪いた。そして魔道士の象徴とも言える杖を両の手で掲げた。
「侵入者を陛下の御前までやすやすと近づけるなど、宮廷魔道士の長としてあるまじきことです。この杖をお返しし、どのような処罰でも頂戴いたします。」
「おけ、ギトー、そのようなことを言うておる場合ではないわ。お主にはまだまだ働いてもらわねばならぬ。それを処罰と心得よ」
カール5世はニヤリと笑みを浮かべた。
「なんと…陛下はこの老人をまだこき使われるおつもりか、フフフ」
2人はニヤニヤと顔を見合わせた。それを横目に冷静に口を挟んだのは宰相だった。
「お二人とも何を呑気になさっておられますか。どうあろうが王の執務室にまで来た侵入者です。拘束し、背後関係を手段を選ばず吐き出させ、その後処刑せねばなりません」
宰相タミルは当時35歳の若さにしてこの地位に就いたばかりの男である。どのような事柄にも臨機応変に対応できる極めて優秀な文官だ。このような異常事態にあっても原則論を口にし、王と魔道士長を嗜めたものの、一応言ってみたというような声音であった。
「しかしタミル殿、どうしようもないしのう」
呑気に髭をなでながらギトーは言った。すっかり開き直っている。
そのとき扉が叩かれ小姓が入ってきた。昨日の少年である。茶器の乗った盆を持っている。
「失礼いたします。お茶をお持ち…」
少年は思わず絶句し立ちすくんだ。サカキ将軍がこちらに斬りかからんばかりの形相で剣を構えている。
「サカキ、剣を収めよ。ショーン、驚かせたな。茶を頼む」
ルーポトが現れる前にカール5世は茶を頼んでいた。
サカキ将軍はルーポトから鋭い視線を外すことなく剣を鞘に収めた。
小姓が緊張した手つきで茶器に紅茶を注ぎ、カール5世、宰相、魔道士長、将軍の前においた。そしてもう一つ茶器を置こうとして小さく「あれ?」と呟き、青くなった。
「も…申し訳ございません。一つ余計に持ってきてしまいました。すぐ…お下げします」
少年は先ほどに続く失態にすっかりあわてていた。
カール5世は少年の真横に立っているルーポトを見やり、苦笑した。
「謝る事は無い、ここに置いておけばよい」
「は…しかし」
「小姓殿、気になさるな。わしは茶が好きなのでそちらも頂こう」
ギトーが笑って取りなした。
「申し訳ございません…失礼いたします」
少年は深々と頭を下げて退出した。自分の評価はどん底だと判断しているだろう少年の後ろ姿は、ありありと消沈していた。
「フフフ、一服するか」
カール5世はゆっくり背もたれに身体を預けた。幾分緊張した空気が和らいだ。
「あの少年にはわるいことをしたな。」
置かれた紅茶を手にとり、ルーポトは茶器に口をつけた。
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