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うろつく魔王  作者: こたつ布団
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88.冗談

「私ルーポト様にお会いしたことがあるのよ」

「ええ!」

 アンナが胸をそらせて言うと二人の兄は驚愕して振り向いた。アンナは得意げに宮廷魔道士と結界の視察中にルーポトと遭遇し、その後何度か会い、言葉を交わしたことを語った。

「ど…どんな奴なんだ、魔…いや、ノマダス王は?そういえばアンティノキアってやたらデカいんだろう?どんな見た目なんだ、尻尾があって角が生えているのか?」

 アンナは笑って首を振った。

「肩までサラサラの銀の髪で褐色の肌の素敵な方よ。背丈はアドレー兄様と同じくらいかな」

「そうなのか…」

「いろんな人がいるみたいよ。7エルくらいある人もいるって」

 みんなが想像するような魔族魔族した姿のアンティノキアもいるらしいわ、とアンナはしたり顔で言った。


「しかし…ノマダスと和平を結ぶとなると、他国の反応が気になりますね」

 ルーファスが顎に手を添え、思案の表情を浮かべる。

「その通りです殿下。我が国は大国です。そのため表立って批判を行う国はないと思われますが、悪名高いノマダスとの和平に危機感を覚える国はあるでしょう」

 タミルが首肯した。かつて連合軍として戦っていたにもかかわらずシュマルハウトだけが和平を結ぶことは単独講和となり、他の国を出し抜いたとの誹りを免れない。シュマルハウトに対し危機感を持つのは必定である。

 そのため和平交渉が始まった際には、他の国にも和平を呼びかけるようノマダス側に提言し、連携を強調する方針を取るべき、というのがカール5世との一致した意見であった。

 

「しかしお前たち」

 アドレーは不意にアンナとルーファスを見比べニヤニヤと笑い出した。

「何よ」

 アンナがアドレーを睨む。こんな顔をする時のアドレーは大体人をからかうのだ。

「俺はヘンリエッタと言う婚約者がいるがお前達はまだ相手が決まっていないだろう?和平を強固にするためにアンティノキアの貴族と結婚が決まるかも知れないな。巨大な図体で尻尾の生えた伴侶ができるぞ」

 アドレーがいかにも楽しそうに笑った。無論冗談のつもりである。

「何よそれ」

「ははは、それは凄いですね」

 ルーファスは冗談を受けて笑顔で返したが、父の表情を見て口を噤んだ。


 カール5世は衝撃を受けたような顔で、笑うアドレーの顔を見ていた。

「父上…?」

 ルーファスが声をかけると、カール5世は礫でも撃たれたように体をびくりとさせルーファスを見た。すぐさま片手を上げ笑顔を向けた。

「いや…なんでもない。とにかく伝えたぞ。今後は王族としてノマダスとの和平も念頭においてくれ」

 カール5世は告げ、王子たちを下がらせた。


「…」

 カール5世は大きく息をつき、背もたれに深く身を預けた。

「陛下、アドレー殿下の軽口です。そう大袈裟に考える必要はありますまい」

 察しのいいタミルはカール5世の考えを見抜き、笑みを浮かべ取りなした。

「ふふ、お見通しか。すっかり不意をつかれた」

 カール5世は自嘲の笑みを浮かべた。自分としたことがその可能性を一顧だにしていなかったのだ。

 王族が他国の王族、貴族と結びつきや影響力を強めるために結婚することは珍しいことではなく、むしろ当然の事とされている。選ぶ自由など、最初から存在しないのが王家の婚姻だ。シュマルハウトは大きな国であるため、その恩恵に預かろうと他国からも縁談の話は引きも切らず入ってくる。幸いな事にこちらは専ら選ぶ側ではあるが、ルーファスもアンナも婚約者がいても、いや、既に結婚していてもいい年齢であり、父としては大いに悩むところである。

 

 シュマルハウトは他国の力を借りずとも、政治、軍事共に安定しており、政略結婚に血道を上げる必要性はなく、カール5世自身も息子達の結婚をとりわけ急いではいない。孫を見たい気持ちはあるが、歴史上には生涯未婚を通した王族もおり、できるだけ息子達自身の裁量に任せたいと思っている。

 今の所ルーファスは国内外から殺到する釣書に鷹揚に目を通しているが、アンナは現在のところ算術にのめり込み片っ端から断っている。


 サカキが一人でナティアに戻ってきた。現在は王都に戻る途上であろう。サカキ自身の報告を聞くまでは確実とは言えないが、ノマダスで何らかの地位を得て、宮廷魔道士アールスを残してきた可能性が高い。

 アールスとは一度視察の際に、少し話しただけだが、誠実そうな青年だった。魔道士長のワトビアの評価も高い。だからこそサカキと共にノマダスに派遣されたわけだが、彼の人生の変転ぶりを考えると少し同情してしまう。今頃ノマダスで絶望しているのではなかろうか。

 アールスが首尾よくノマダスの地方領主となった場合を想像した。第二王女であるアンナと宮廷魔道士との結婚では考慮にも値しないが、和平を推進する他国の領主との結婚となると話が変わってくる。検討の余地が出てくるのだ。

 相手が種族の違うアンティノキアであれば、子を成せるはずもなく、いくら政略とはいえ国民や内外の反発は避けられまい。しかしアールスならば? シュマルハウト出身の宮廷魔道士が、ノマダスで善政を敷き、和平の象徴としてアンナに求婚_吟遊詩人なら大喜びしそうな話だが、カール5世には笑い事ではない。

 考えすぎかも知れないがノマダスに残され自暴自棄になったアールスが和平を盾にアンナをよこせなどというかも知れない。ワトビアは大笑いしていたが、早まったかも知れない。ルーポトの了承さえあればどこかの地位を奪い、そこで善政を敷き、和平の一助となるよう命令したが、命令された方がたまったものではないだろう。いや何もアンナである必要はなく、違う貴族の娘でも良いのでは?しかし、そんな無理を通せば権力の濫用と見なされ、王家への忠誠心が揺らぐ可能性もある。とはいえ……

「陛下」

 タミルが声をかけた。カール5世は我に返り自分が目を見開き頬杖をついていることに気がついた。

「あ…ああ、大丈夫だ」

 まだそこまで考えることではない、カール5世は気を取り直した。全てはサカキが王都に戻り報告を受けてからのことだ。カール5世は茶器を手に取り、一気に飲み干した。

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